D.gray-man U





朝だ。

爽やかな朝である。


ラビは昨夜遅く、長めの任務を終えて教団に帰還した。
ブックマンという立場ではあるが、帰ってくるとやはりホッとする。早く皆にも会いたいしジェリーの料理も恋しい。

教団の廊下を歩き、窓からさす朝日の眩しさを感じると、ラビは心地好くなり自然と目を細めた。
これが『ホーム』という感覚なのだろうか。こんな事、師匠であるパンダ目老人には言えないが・・。


(ん?)


ふと、食堂の前で足を止めた。そこに仲間の一人、ミランダがいるのが見える。
人影に隠れてよく分からないが、ちょうど食堂に入るところのようだ。
久しぶりの再会に嬉しくなり、ラビは思わず手を挙げて名前を呼ぼうと口を開いた−−・・

「ミラ・・」

しかし、声は一瞬にして止まる。すぐに彼女を取り囲む一団が現れたから。
ラビは訝しく眉を寄せながら瞬きを二、三回繰り返し、それを注意深く見る。何事か、ミランダを取り囲む彼らも仲間達であった。

(?・・)



「ミランダさん、おはようございます」

「まあ、アレンくん。おはよう」
「今日は修練場に行ってたんですか?お部屋行ってもいないから、心配しましたよ」
「・・おいモヤシ、なんか文句あんのかよ。いちいち近寄ってくんじゃねぇ、朝から胸糞悪い」

「は?誰が神田なんかに?僕今ミランダさんに話してるんですけど?自意識過剰じゃないですか?」
「ああ?何だとコラ、テメェら目障りなんだよ。どっか行け邪魔くせぇ」

「こら、二人とも朝からやめろ。ミランダが困っているだろう?」
「・・ノイズ=マリ、あなたこそミランダ嬢に近づき過ぎです。朝から不謹慎な」



アレンとリンク、神田とマリがミランダを取り囲み互いを牽制しながら、五人は食堂へ入って行く。
ミランダはオロオロしながら、どうすればいいか困っている様子だ。
それをフォローしようとするマリもリンクに牽制され、アレンも神田といがみ合っている。

(な、なんだありゃ)

ラビはその光景に顔を引き攣らせ、一団を背後から注視する。何だかよく分からないがどうやらミランダの争奪戦らしい。
しかし奇妙なのは、個人プレーではなくチーム戦になっている事だ。


ミランダの横にいる神田にアレンはさりげなく体当たりし、その隙にリンクが横に立つ。
しかし体の大きなマリが、食堂の人混みからミランダを守るように誘導するので、リンクは結局主導権が取れない。
そんなマリを邪魔しようとアレンが動くが、今度は神田がアレンの襟足を引っ張った。


(なに、あれ)

ラビが任務に行っている間、彼らの中でいったい何があったのだろう。
たしか前はマリと神田とミランダの三人で、よく朝食を食べには来ていたが・・なぜアレンとリンクが?

いや、リンクは前々からミランダに好意を寄せているのはラビも気づいていた。
分からないのはアレンだ。アレンがミランダをそんな対象に見ていたとは知らない。ラビが気づかないだけで前からそうだったのか?


「あら、ラビ」

「・・あ、リナリー」
「おはよう。どうしたの?入らないの?」

「いやー・・あれ、何なんかな?」
指でちょいちょいと前の五人組をさす。

「ああ、あれ?私もおととい帰ってきたばかりだから、よく知らないんだけど・・ずっとあんな感じなの」

困ったようにため息をつき、どうしちゃったのかしらね、と肩を竦めてラビを見た。

「神田やアレンくんに聞いても教えてくれないし、とにかくミランダも困って・・・あ、もうっ!まただわっ」
ミランダを巡って争いを始める神田とアレンに眉を寄せ口を尖らし、リナリーはずんずんと彼らに近づいて行く。

「え、リナリー?どこ行くん・・」

リナリーは一触即発といった神田とアレンの間に割って入り、クラス委員のように説教を始める。
アレンもリナリーの言うことは聞くらしい、神田に見せていた邪悪な笑みは紳士的な微笑に変わり、神田も頭の上がらない妹分の登場に渋々拳を収めた。

ミランダは喧嘩にならなかった事にホッとしているようで、マリに何やら話し掛けようとしていたが、それを悟ったリンクが二人の間に入ってくる。
さすがに温厚で知られたマリも、この強引さにはムッとしたらしい。

リンクに何か言いその場の空気が悪くなり、ミランダが気にして申し訳なさそうに涙目になる。
するとリナリーがそれに気づき、二人からミランダを引っ張り、強引に連れて行ってしまった。


(うわ・・関わりたくねぇさ)




残された四人、とくに黒いのと白いの。間違いなく今行けば、自分にとばっちりが来る。
危険な任務から五体満足で帰ってきたのだ、君子危きに近寄らずである。

(・・に、逃げよ)

ラビは後ずさりしつつ、久々の本部での朝食を諦めるのだった。




◆◇◆◇◆





紅茶にぽとん、と角砂糖を落とす。これで三つ目だ。
スプーンでそれを掻き混ぜ、アレンは熱さを気にしつつゆっくりとすする。

側にいるリンクは午後のお茶の時間に向けて、勝負菓子を作成中で。今日は桃のムースケーキらしい。
現在、眉間にシワを寄せながらケーキの上に繊細な花びらをクリームで作っている。

リンクがデコレーションに失敗したケーキを一口食べながら、アレンは今朝の神田とマリの様子を思い出していた。


「やっぱり、なかなか手強いな・・」

思わず声が漏れて、デコレーション中のリンクが振り返る。
訝しく眉を僅かに寄せたが、すぐにその意図を察したらしくフンと鼻を鳴らした。

「そうですか?わたしは別に」
「言っときますけどリンク、今のところかなりの率でマリにいいとこ取られてますよ」

「ウ・・ウォーカー、君だって神田ユウと無駄な喧嘩が多過ぎます。彼女がその度どれほど心を痛めているか」
「仕方ないでしょ?神田ってば、もーあからさま過ぎて・・あれじゃいくら鈍いミランダさんでも気づいちゃうよ」

口を尖らせながら紅茶を一口飲む。
側にいるティムがケーキを欲しそうにしているから、フォークに刺して食べさせてやった。

マリはそれなりにセーブしているようだが、神田は見ていて背中が痒くなるくらいミランダを意識している。
とくに自分たちが関わるようになって以来、まるで他の男を近づけようとしない。あれではまるで産後の猫だ。
子猫(ミランダ)に近づくだけでフーフーと背中を逆立てる様子は、見ていてかなり不愉快である。

「・・・・・」

アレンはケーキの上に乗っている桃のコンポートを一口食べる。唇に蜜がついてペロリと舌で舐めた。
フォークを弄ぶようにゆらゆらと揺らめかせると、反射する銀が先日の光景を脳裏に過ぎらせる。


『きっと、間違えちゃったのね』

一瞬見せた、寂しそうな表情にアレンは眉を寄せた。




アレンにとってミランダは、とても大切な人だ。
それは男と女という単純なものではなく、もっと深く密接な関係。

長い間、特殊な環境で育った自分にこうも無心に優しくしてくれた女性はいなかったから。
アレンは『姉』というのはこういうものだろうと、ミランダにそういう感情を持っていた。

優しく、いつも自分を気にかけてくれるミランダ。
頼りなくてついこちらも心配になるけど、実は意外に芯はしっかりしていて。

『アレンくん』

そう呼ばれるのが心地好く、嬉しい。彼女の為なら出来ることなら何でもしてあげたいと思う。
逆に彼女を不幸にしようとする原因は、全て排除しなければ。そんな使命感を覚えていた。


(だから、認めるわけにはいかない)

あの朝。
ぽつんと一人佇むミランダを、アレンは不思議に思い声をかけた。


『ち、違うの。きっとマリさんも神田くんも・・言ってくれたのよ、でも私が忘れちゃって』

ダメね私ったら、とまだ二人を庇おうとするミランダに、アレンは怒りを覚えた。
ミランダにではない、彼女を裏切ったマリと神田に。


三人がよく一緒にいるのは知っていた。もちろんあの二人がミランダへ仲間以上の気持ちを抱いているのも。

正直愉快ではなかったが、ミランダがあの二人といると楽しそうだし、
神田は置いてマリにもアレンは親しみを抱いていたから、積極的に邪魔する事はなかった。

何より二人が、ミランダを大切に扱っているのを知っていたから。
仲間という枠を逸脱しないように、慎重に彼女に接しているのがアレンには分かった。


それなのに。

(この期に及んで、自分達を取るんですか)


マリは神田に、神田はマリに。こともあろうにミランダを譲り合った。
理由なんかどうでもいい、二人の絆がどうこう聞きたくもない。結局のところ逃げたのだ。



アレンは皿の上に残った桃のクリームをフォークですくい、それをティムが待ち兼ねたように舐める。
カップの底に残る紅茶を一口で飲み干すと、ちょうどリンクがケーキを作り終えたようだ。
満足そうに唇を上げながら、リンクはケーキを箱に入れる。

「出来たんですか?」
「・・言っておきますが、もう味見分はないですよ」



- 26 -


[*前] | [次#]








戻る


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -