D.gray-man U





◆◇◆◇◆




扉を開けてマリは中庭へ足を踏み出す。爽やかな夏の風が頬にあたり心地かった。
すぐにミランダの存在を耳で捉えてマリは頬を緩めたが、次の瞬間異変を感じ眉を寄せる。嗚咽が聞こえたのだ。

「どうしたんだ?何かあったのか?」

驚いて駆け寄ると、マリの声に驚いたらしくミランダはビクンと体を震わせ、ハッとして見上げる。「マリさん」と小さく呟いたかと思うと、突然立ち上がり走り出した。

「!・・ミランダ?ちょっと待ってくれっ・・」

鉢植えを抱えたまま追いかけようとした途端、速度を上げたミランダが石畳に足を躓いてしまった。そのまま豪快にスッ転ぶと、持っていたらしいファイルは宙を舞って、ぱさりとマリの傍へと落ちてきた。

「?」
「あっ!!」

落ちたファイルを指先で拾いあげた途端、いつのまにか立ち上がっていたミランダに凄い勢いで奪取される。

「ミ、ミランダ・・大丈夫なのか?怪我は・・」
「だっ大丈夫です。す、すいません・・その」
「いや、いいんだが・・・なにかあったのか?・・突然走り出すから、少し驚いた」

転んだものの大した傷もなさそうなのでマリはホッとしつつ、明らかに様子のおかしいミランダが気になった。
彼女はぶんぶんと首を横に振って「なんでもない」とアピールする。マリの様子を窺いながら、ファイルをゴソゴソと探り何かを掴むとポケットの中に押し込んだ。

「いえっ・・急用を思い出しまして・・。あの、えっと、さっきフェイさんが中庭に来まして、このあいだの健康診断の控えを・・わた、渡してほしいと・・」
「健康診断の控え?どうしてミランダが?」
「それは・・フェイさんは、し、室長さんを捜してらして・・時間がないので、私にお願いと・・ですからどうぞマリさん・・」

元気のない声でそう言いながらマリの手にファイルを渡すと、ミランダは後ずさりしていく。

「ありがとう・・」

受け取り礼を言いつつ、もしやこのファイルの中に例のチケットが・・?と期待したが、残念ながら(さりげなく探ったものの)期待ハズレであった。

「で、では・・失礼します」
「!・・いや、ちょっと待ってくれ」
「え?」

本当はもっと落ち着いた雰囲気でと思っていたが、一刻も早く逃げ出したい様子の彼女にマリも慌てる。
まさか呼び止められると思っていなかったらしく、ミランダは驚いた顔でこちらを見る。その隙に彼女の傍へ近づくと、マリは手に持っていたベゴニアの鉢植えを差し出した。

「これを、貰ってくれないだろうか」

可憐な白い花を見て、ミランダの目は大きく見開く。たった今この花に気がついたらしい。

「これは・・?」
「クロウリーが育てた花で、とても綺麗に咲いたからとさっき持ってきてくれたんだ。私は残念ながら見えないし・・よければ、その、ミランダが持っていてくれると嬉しいんだが・・・わたしの代わりに」

ドクン、とミランダの心音が大きく鳴り、続けてドクドクと速まり早鐘のようになった。喜んでくれるだろうかと、期待と不安の入り混じった気持ちでマリは反応を待つ。

「あ・・わた、わたしっ・・あの、あのっ・・」
「ミランダ?」

声が震えていると気づいた時には、もう既にミランダはその場にうずくまって、溢れ落ちる涙で地面を濡らしていた。声を殺すのも忘れて、おいおいと泣き出した彼女にマリは驚く。もしかして突然のことで迷惑だっただろうかと、急に心配になった。
傍らにしゃがみ込むと、マリはやや慌てた口調で言う。

「す、すまない・・別に押し付けるとか、そういう意味ではないんだ。もしよければ・・という話で、ふ、深い意味は・・その・・」

考えたら突然花を贈るというのは、相手からしたら困ることかもしれない。チケットのことで舞い上がったのもあるが、紋切り型に花は喜ばれるものだと勝手に思い込んでいたのだ。クロウリーにはせっかく気遣ってもらったのに、申し訳ないことをした。せっかくの花だが、やはり丁重にお返ししよう・・・。
やや沈んだ気持ちを隠しマリはミランダに向けて微笑むと、鉢植えをもう一度脇に抱えた。

「ミランダ・・わたしはどうもデリカシーに欠けるタイプで・・その・・申し訳なかった」
「!・・ちっ・・ちがいますっ」

うずくまっていた状態から弾かれたように顔を上げて、ミランダは首を激しく横に振った。

「そうじゃないんです・・わ、私っ・・わた・・うっ、ぐすっ、本当に・・」
「?いったいどうした、何があったんだ?」
「・・・・それは・・」

鼻をすすり、泣き顔のままマリを見ると本当に自分を心配しているのが分かって、ミランダの目からぶわりと涙が溢れる。うおおん、と地面に突っ伏すと感情の波に任せて口を開いた。

「わ、わらしが、お・・お花なんて・・貰う資格ないんですぅっ・・!ら、らって・・ううっぐしっ・・わらしはマリさんに・・なんにも、なんにも・・差し上げられないんれすからっ・・」
「ミ、ミランダ?」
「ほ、本当は・・ピアノの・・うっ、チ、チケッ・・トを・・用意、してたんれすへどっ・・お誕生日にっ・・・ぐしっ・・でも私、本当にバカで、バカでどうしようもないから・・ううっ、ふぎゅううっ・・も、もう、日にちが過ぎてたん・・ですぅぅっ!」

「日にち?」

おんおんと号泣するミランダの背中を撫でながら、マリは今言われた内容を頭の中で整理する。チケットは渡せないと・・。日にちが過ぎていた・・つまり、演奏会は既に終わっていると?
泣いていた理由が分かり、マリは「そういうことか」と呟く。もっと大変な事態に巻き込まれているのではないかと心配だったから、少しホッとした心地でもあった。

「わ、わたしがもっと・・早く、早く・・ちゃんとしていたら・・ほんとに、もう・・ぐすっ」
「いや、その気持ちだけで十分嬉しいよ。わたしの趣味のことまで覚えてくれたなんて、驚いた」

ポンポンと優しくあやすように背中を叩くと、ミランダは突っ伏した顔を上げマリを見る。

「で、でも・・私がちゃんと・・ちゃんと・・もっと勇気を出していれば・・マリさんにピアノの演奏会を楽しんでもらえたのに・・・そう思うと・・本当に・・申し訳なくて」
「ありがとう、そう思ってくれただけで本当に嬉しいんだ。だからもう泣くのを止めて・・・その、少し話しをしないか?」
「・・はな、し・・?」

ミランダは鼻水と涙をハンカチで拭っていたが、キョトンとした顔でこちらを見つめる。その視線にどう応えていいか、マリは照れくさそうに視線をずらして微笑んだ。


「今度は・・・わたしから誘ってもいいだろうか。ミランダが・・嫌でなければ」


熱を含んだ夏の風が二人の間を通り抜け、持っていたベゴニアの花を揺らす。微かな甘い匂いは互いの鼻に届いてすぐ消えたが、二人の周りを包みはじめた甘い空気はベゴニアの余韻のように残った。








◆◇◆◇◆






「で?結局渡せたのかしら・・?見えた?」
「う〜ん・・とりあえずベンチに座ったみたいですけど、いまのところそれらしき行動はしてませんねぇ」
「でもさ、なんでミランダさっきあんなに泣いてたんだろ」
「オレに聞くんじゃねぇよ。しるか」
「膝を押さえてますから・・転んだのでは?」

談話室の窓から若年エクソシスト4名+監査官1名は、中庭を観察していた。
彼らが来たときには既にマリがミランダの背中を摩っていたところで、一同は「中庭だったか・・!」と悔しさを噛み締めた。そして泣いているミランダを見るや、もしやマリが受け取らなかったのか?と心配をしたものの、そうではないらしい。

綺麗に咲いた百日紅の傍にあるベンチに2人並んで腰掛けている。見る限り話が弾んでいるふうでもない、緊張しているらしく動きの硬さがここからも分かった。
ポツポツと会話をして、ミランダは赤い顔でもじもじとスカートを弄っている。マリも頭のてっぺんまで赤く染めていた。2人きりだしチケットを渡すなら今だと思うのだが、ミランダの手にいつも握られている封筒はなかった。

「・・・・もう、渡しちゃったんですかね。ミランダさんの手にチケットないみたいだし」
「やっぱりアレンくんもそう思う?たしかにちょっと意識しあってるわよね2人とも。じゃあ、なんでさっきミランダ泣いてたのかしら・・」
「アレじゃね?受け取ってもらって嬉しかったんさ、だから嬉し泣き?」
「にしては・・・盛大すぎたように感じるが」

リンクは首を振り、窓から離れてソファーに腰を下ろし持っていた本を読み始める。とりあえず一段落したと判断したらしい。神田は普段落ち着いたマリのソワソワした様子が面白くないらしく、眉間のシワを深くして「くっだらねぇ」と呟くと早々と談話室から出て行った。

「でもさ、なんでわざわざあそこに花置くんさね」
「え?なにがですか?」

ラビの言葉を聞いてアレンが見ると、ベンチに座った2人の間に鉢植がちょこんと置かれてあった。たしかにあれを避ければ、もう少しお互い傍に寄れるのに。首を傾げつつその様子を見ていると、隣からウフフと笑い声がした。

「やぁね、あの2人はあれだからいいのよ」
「?どういう意味ですか、リナリー」

「きっと・・相手のこと考え過ぎてるんじゃない?うふふ、どう見ても両思いなのにねぇ」


お似合いよね、とリナリーが笑うとアレンも笑う。それを合図のように、残った3人も窓辺から離れたのだった。







END

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