D.gray-man U






◆◇◆◇◆



ゴン、ゴンと額を百日紅の幹にぶつけながら、ミランダは人生で何度目か分からない反省の渦にいた。

中庭は、夏の日差しを防いでくれる沢山の木々の木漏れ日や、小鳥や虫の鳴き声からとても爽やかで。これが普通の時であったら、きっととても心地よかっただろうと思う。
自分の周りだけは秋・・いや冬かもしれない。吹き荒ぶ吹雪が身も心も凍らせて、遭難し行き倒れになったような、寂しく暗い気持ちでミランダは大きくため息をついた。

(もう・・・・ほとほと嫌になる)

今日こそは、とマリのもとへ行くものの、いざ当人を目の前にすると意気込みは脆く崩れてしまう。
渡そうとチケットはいつでも手にある。けれど、あの優しく微笑んでくれる顔を見ると、渡した後で彼を困らせるのではないかと、心配になるのだ。
きっとこれは自分の心に邪まな思いがあるからだ。純粋な仲間としてのプレゼントであれば、ちゃんと当日に渡せていると思う。そう考えると、どうしてリサイタルチケットを選んでしまったのだろうと、今更なことで落ち込んだ。しかも2枚だなんて・・どう考えても誘っていると思われる。
これをプレゼントに選んだのは、以前マリ本人が音楽鑑賞を趣味にしていると教えてくれたからであり、チケットを2枚にしたのは売り場の人にペアの方がいいと勧められたからで、もちろん大それた望みなど抱いていない。(その時、一緒に行けたら・・と一瞬だが脳裏を過ぎったのを否定しないが)

ミランダは、マリに気持ちを悟られるのではないか・・と、それが怖かった。
今はエクソシストの後輩として優しく色々教えてくれるが、ミランダの邪まな気持ちを知って失望されたらどうしよう。そして、大人な彼は自分を傷つけないように距離を置くのではないか・・。

もっと気軽に渡せたらと思う。たとえばリナリーがアレンやラビに話すように、楽しげに。「はいプレゼント」と言えたらどれほどいいだろう。そうしたらマリも気軽に受け取ってくれるだろうに。

(ああ・・だめだわ、これじゃどんどん渡せなくなってくる)

マイナス思考を振り切るように首をぶんぶんと振り、強めに額を百日紅の幹にぶつける。振動でちりちりとしたピンク色の花びらが、ミランダの頭にひらりと落ちた。
こうしてぐずぐずしているうちに時間は経ってしまう。今日こそは渡すのだ。色々考えてしまうと、堂々巡りで終わってしまうから。もう何も考えずに「貰ってください」と去り際にでも渡せばいい。
そうだ、そうしよう。うんうんと肯き、もう何度考えたか分からない渡す想像を脳内で繰り返す。チケットの入った封筒を握る力を強めて、ミランダは百日紅の幹から顔を上げた。

「・・あら?ミランダさん?」

唐突に名前を呼ばれて、思わず体が跳ねる。声の主は室長補佐のフェイだった。

「あ・・ど、どうもこんにちは」
「こんにちは・・って、どうなさったの?お一人で。ずいぶん暗いお顔をなさってるようですけど」
「えっ?い、いえ・・そんなことは・・」
「?」

訝しげなフェイの視線はミランダの手元のチケットにそそがれると、納得いった風に眉を上げた。彼女もミランダの事情を知っているのだ。
けれどそのことには触れず、フェイは何かを捜すように中庭を見回す。

「あの、室長見ませんでしたか?」
「室長さん?いいえ、見てませんが・・」
「そうですか、では見かけたら必ず科学班に知らせてください。まったく・・午後までに署名が必要な書類が山とあるのに、また性懲りもなく逃げ出して・・」

苛立ちぎみに呟きながら、フェイはミランダに背を向け早足で歩きだしたが、少し離れたあたりで足を止めた。そのまま5秒ほど立ち止まっていたが、やがてくるりと振り返りミランダの元へ戻ってきて。

「そうだったわ、そうそう、忘れていました」
「??」

戻ってきたフェイは、持っていた書類の束をごそごそ探ってファイルを1冊取り出す。コホンと咳払いをして、やや強引にそれをミランダの手に押し付けた。

「あの・・これは?」
「先日の健康診断での結果の控えで、医療班から各エクソシストに渡すようにと」
「え?でも、私貰ってますよ?昨日キャッシュさんから・・」
「ええ。これはノイズ・マリさんのです。ですから、ほら字が点字でしょう?」
「!?そっ・・そうですけど、あの、あの、えっと?どうして私に?」

突然出たマリの名前に動揺し、ミランダは渡されたファイルを落としそうになってあわあわした。

「ご覧のとおり、私は今から室長を捜しに行かなければなりませんので、そのファイルをノイズ・マリさんにお渡しする時間がないんです。ですからミランダさん、お願いできますか?」
「わっ、私ですかっ?」
「ええ。できれば早いうちの方がいいですから、それに・・・」

言葉を切って、ちらとミランダを窺う。一瞬困ったような表情を見せたフェイだったが、すぐに仕事モードの凛とした表情に戻りさらりと続けた。

「ミランダさんも、用があったんでしょう?あの方に」

「えっ・・」

驚いて目を見開いたが、フェイは「では失礼します」とまた背を向けて歩いて行く。ミランダはじわじわと頬が熱くなるのを感じた。もしかしてフェイは気づいているのだろうか、プレゼントを渡せないことを。
けれどすぐに、いや、まさか、と首を振る。だってチケットを買ったことは誰にも言っていない。マリに贈り物をするだなんて、自分自身おこがましいような気でいるのだから。

(そんな訳ないわよね・・)

うんうんと肯いてフェイから渡されたファイルを見る。預かったのだから渡さなければ・・そう思った途端、ミランダはちょうどいい口実が出来たことに気づいてパァァ・・と顔が明るくなった。
今まで全く考えもしなかったが、別の何かと一緒に渡せばプレゼントも自然に貰ってもらえるのではないだろうか。例えばこのファイルと一緒に「どうぞ」と差し出せば、マリも不審に思うことなく受け取るだろう。

「そうよ・・!」

暗がりの中に光明がさしたような気がして、ミランダは思わず声を上げた。本当にこれで今日こそ・・今日こそ渡せるかもしれない。思えばチケットを買った1ヶ月前から渡すことだけを考えて、緊張の日々を送っていた。チケットを握り締め彼のまわりをウロウロしながら、一歩踏み出せない自分に毎晩後悔の涙を流した。
それが、今日こそ報われる(かもしれない)のだ・・!

ミランダは封筒からチケットを取り出し、鼻息を荒くしながら決意を込めてそれを凝視した。
頑張ろう、今日こそ絶対に渡すのだ。そう心で繰り返し呟いて、チケットを封筒にしまおうとした・・・・が。



(・・・・・・・・・・・え?)



ミランダの視線はある一点で止まってしまい、体はそのまま凍り付き全身の血の気が引いていった。




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