D.gray-man U






「お誕生日おめでとうございますっ・・これ、よかったら貰ってください」


言いながら手の中にあるチケットを差し出す−−−と、いってもミランダの前には誰もいない。目の前にあるのは大きな姿見の鏡だ。

「さ、さあ・・練習はもう完璧ね?行くわよっ・・今日こそ、今日こそ渡すわっ・・」

鏡の中の自分を見て、大きく肯き深呼吸する。パンと頬を打って気合いを入れると、悲壮感を振り切るようにもう一度肯いて談話室を出た。
彼女の手にあるのは、ある有名ピアニストのリサイタルチケット。一ヶ月前にそれを購入したのは、ひそかに思いを寄せるマリの誕生日プレゼントの為だった。
チケットは2枚ありできることなら一緒に行きたいと思うが、ミランダはそこまでは高望みはしない。渡せるだけで嬉しい。

というか、渡せるかどうかが問題だった。

今日は7月25日。ちなみにマリの誕生日は7月15日である。
もう10日以上もミランダは当人の周りをうろうろするだけで、肝心のプレゼントを渡せずにいた。毎度気合いを入れチケットを握り締めマリの元へ赴くのだが、いざとなると尻込みして逃げ出してしまう。

チケットは封筒に入れて持ち歩いているが、その封筒は手汗と握った指の力でシワシワで、渡せなかった後悔の涙の跡までついていた。




◆◇◆◇◆


食堂。

朝というのもあり賑やかなこの場所で、ある一団が柱の影でことの成り行きを窺っていた。

「来たわよ。あ・・違うわミランダ、マリはそこじゃないわ。もっと右よ右・・ほらそうそう、そこよっ」
「大丈夫ですよ、マリが気づかないはずは・・ほら、マリのほうから声をかけた」
「まったく・・なぜ私まで・・」
「チッ、オレは関係ねぇだろ」
「しょうがないさ、ユウがいたらミランダも渡しづらいじゃん。おっ、今日は二人並んで座ったぜ。いけんじゃね?」

若年エクソシスト4人と監査官1人。
当初は、じれったい様子を微笑ましく見ていた一同だったが(神田除く)一週間経った頃から、果たして渡すことができるのだろうかと、心配になってきた。
リナリーが手助けしようとしたが、あんなに一生懸命な姿を見てはそれも不粋に思えて。できるならミランダ自身の力でプレゼントさせてあげたかった。きっとマリもその方が嬉しいだろうし、二人の今後を思えば第三者が出しゃばるべきではないと思ったのだ。
なのでアレン達は表立ってはそ知らぬふりをしているが、離れた場所から二人の世界に邪魔が入らないように見張っている。(神田は一番最初にマリから引き離された)

「あ!ミランダがチケットを出したわ」
「ここからですよ、ここからが・・あ、だめですよミランダさん、しまっちゃ・・ああ」
「いや待て待て、マリだっていいかげん気づいてるはずさ。ちゃんとフォローして・・フォローって、ああまたかよっ・・」

和やかそうに見えたのだが、緊張に耐え切れなくなったらしいミランダは「ご、ごめんなさいっ、あの、ちょっと用を思いだして・・」と席から立ち上がり、マリが声をかけるも逃げるように食堂から消えていった。
アレン達がまたか・・とため息をつくと、神田が我慢ならないと片眉を跳ね上げマリの元へと歩きだす。

「ちょっと、神田!」

リナリーが慌てて後を追い、アレン達も神田を追いかけ後ろから羽交い絞めにしてそれを防いだ。

「何やってんですか!それじゃ意味ないでしょう、ちょっとは頭使ったらどうですかっ」
「うるせえな!見ててイライラすんだよっ、てめぇらだってそうだろうがっ」
「いや、分かるけどさ。そこはもっと心を広くもってやれよ、あのミランダが頑張ってんだし・・ててっ!蹴んなよっ」
「・・・君たち、もっと声を低くしたらどうだ。周囲に丸聞こえだぞ」

リンクの声にぴたと動きを止めて、アレン達は柱の影からマリを窺う。けれどそこにマリの姿は無く、ファインダーの集団が代わりに席についていた。
一先ずホッとしながらも、いつのまに居なくなったのだろうと5人は顔を見合わせた。今の会話は聞かれていただろうか・・。

「と、とりあえず次の現場に行くわよっ。ほら神田も!」
「だからオレは関係ねぇだろ!」
「いいから団体行動乱さないでください」
「次は修練場かな、確率でいうと談話室な気もするけどな。早く行こうぜ、見逃しちまう」
「君たち・・野次馬根性なだけでは?」


−−−−慌しくも騒がしく、若者達は食堂から出て行く。

その様子を近くの廊下で聞きながら、マリは苦笑いした。彼らの存在はずっと前から気づいており、会話も全て丸聞こえであったから。
今日だけでない。この1週間彼らがミランダの様子を窺っているのも気づいている。というか、教団にいる人間の殆どがミランダを心配しているといってもいいだろう。とくにこの数日の周囲の視線は痛いくらいだ。

ミランダのことはマリも気づいている。
最初は分からなかったが、人より優れた聴覚は知らずに情報を集めてしまう。どうやら自分の誕生日プレゼントをくれるらしい、そしてそれはピアノのリサイタルチケットらしい・・と。

初めてそれを聞いた時、マリの心は躍った。自分も彼女をひそかに想っていたから。両思いとまでいかなくとも、ミランダも少しは自分に好意を持ってくれているのかと期待した。
マリは、チケットを握り締めた彼女がいつ来るかと、そわそわしつつ待っていた。けれど彼女はなかなか渡す勇気を持てないようで、とうとう誕生日を10日も過ぎてしまった。

勿論マリも、一人でミランダの目につく場所にいたり、少々不自然かと思うくらい偶然を装って声をかけたりと、自分なりに渡しやすい空気を作っていたつもりなのだが、なかなかうまくいかなかった。
貰うほうであるし、こちらから「欲しい」とも言いづらい。今となっては言っても詮無いことだが、もっと早くにこちらから誕生日の話を振っておけば、彼女も渡しやすかったんじゃないだろうか。もう10日も過ぎた今それを言うのは、不自然すぎた。
そしてミランダも日が経つにつれて、どんどん渡しづらくなっていると思われる。夜もあまり眠れてないようだし、その点もマリは心配であった。

−−−今日こそは、なんとしても貰わなければ。

決意をこめて目を伏せる。とりあえずはミランダを捜さなければ、多分中庭か談話室だろう。それか自室に戻って一人反省会を開いているかもしれない。
マリは一番近い談話室へ向かう。本当は耳で捜すのが一番なのだろうが、相手は女性であるし、緊急でなければその手段を使うのは躊躇われた。




「ああ、ちょうどよかったである」

階段を上ろうとした時、クロウリーの声が背後から聞こえて振り返る。小走りでマリの元へと現れた彼は少し息が乱れていた。

「どうかしたのか?」
「いや・・あの、今からどこかに行く予定だったであるか?」
「ん、いや・・そういうわけでは・・その、わたしに用があったのか?」

ミランダを捜しに行くとも言えず、マリは曖昧に言葉をにごす。
クロウリーは中庭で土いじりをしていたらしく、土のついたエプロンと手には鉢植えを持っていて、おもむろにその鉢植えをマリに差し出した。

「これ、貰ってくれないであるか?」
「?・・これは?」
「私が育てた花で、とくに綺麗に咲いたものであるから・・マリに持っていてもらおうかと、その・・」
「??」

歯切れの悪いクロウリーはなにか別の意図があるようにみえる。そもそも目が見えない自分に『綺麗に咲いた』と花を持ってくるのも合点がいかない。
首を傾げるマリだったが、次のクロウリーの言葉で彼の意図をを察した。

「これはベコニアという花で・・花言葉はいろいろあるが『片思い』とか・・・あ、『愛の告白』というのもあったであるなぁ。うん・・」

意味ありげな声でそう言いながら、クロウリーは鉢植えをマリに押し付ける。

「この花は、愛する女性への贈り物に最適ではないかと・・、もしマリにそういう人がいるんなら・・遠慮なく差し上げてほしいと思ったものであるから」
「クロウリー・・」
「きっと、そうすればミラン・・じゃない、ゴホッ・・そ、その愛する女性もきっと、思いを渡しやす・・いや、返しやすいような・・気が・・エヘンオホン」

クロウリーも自分たちを心配してくれているのらしい。
この鉢植えをミランダにプレゼントすれば、彼女もチケットを渡しやすくなると・・・なるほど、確かにそうだ。全く気づかなかった。クロウリーは男性でも細やかな方だから、こういうことも気が付くのだろう。

「ありがとう、そうさせてもらうよ」

肯いて、マリは談話室へと向かう階段に体を向ける。するとクロウリーが慌てたように、オホンオホンと咳払いをして。

「そっ、そっちではなく、ええとそのう、ああ、中庭に行ってはどうであるか?・・今日は、天気もいいし・・ぜっ、ぜひ中庭をオススメするである!」

どうやらミランダは中庭にいるらしい。クロウリーは中庭で彼女を見て、自分のもとに来てくれたようだ。ありがたい気持ちから、マリの頬は緩んだ。

「そうか、では中庭へ行ってみるよ・・ありがとうクロウリー」
「いや・・よかったである。ええと、百日紅の木の横にあるベンチがあって、休むにはちょうどいいと思う」
「ああ、わかった」

貰ったベコニアの鉢植えをしっかり抱きしめ、マリは中庭へ向かう廊下を歩き出す。それにホッとした様子のクロウリーだったが、何かを思い出したらしく「あ」と短く呟いた。思わず足を止めて振り返る。

「なんだ?」
「あ・・いや、独り言なので・・その、あげた鉢植えの木立ベコニアには、たしかもう一つ花言葉が・・・『つりあいが良い』であったなと」
「つりあいが良い?」

「たぶん・・・お似合い、という意味だと思う」

クロウリーはそう微笑むと、どこか嬉しげな足取りで歩いて行った。



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