D.gray-man U







亜麻色の髪が頬にかかる、肩を押さえられのし掛かられているリンクは、この状況をうまく把握できなかった。

目の前、15センチもない距離で自分を見下ろしているのは、幼少の頃より共に厳しい訓練を受けた少女。怒っているのか、眉間にしわを寄せながら自分を見ている。
ここはアレンと自分の部屋、またいつものように迷子になった彼を捜してこの部屋に来たのだが、そこにいたのは目の前の彼女、テワクであった。

そうして、問答無用とベッドに押し倒されたのである。



「どうしたんだ?なにかあったのか?」

「・・・・・・・・」
「テワク?」

華奢な体が馬乗りになってもそれ程負担はないのだが、肩を掴む手が爪を立てて、微かな痛みとともにリンクは軽く顔をしかめる。

「なんですの、それは」
「?」
「この状況で、出る言葉が・・それですの?」

顔がぴくぴくと痙攣し眉は跳ね上がる、薄く染まっていた頬はみるみる赤くなっていった。
理由は分からないが、どうやらテワクは自分に対して怒っているらしい。こんな彼女は初めて見る。あまり感情を表に出すことをしないテワクは笑うことも怒ることも稀であった。

唇を引き結び、胸倉を掴まれる。彼女の拳が震えているのを見て、殴られる、そう思い咄嗟に目をつむった。

けれど。

「!?」

柔らかな感触がリンクを襲い、何がなんだかよく分からないうちにそれがテワクの唇だと感じると、思わず目を見開いた。
キスというより押さえつけるようなその行為に、リンクは動揺し困惑しつつもとりあえず受け入れてしまう。どうしても信じられなくて。
同じ鴉ではあったが、仲間というより年少の彼女を妹のように感じていた。そんな彼女がこんな行為をするはずがないと。

そもそもこれはキスなのか?違うだろう、そんなはずはない、あのテワクが。そうだテワクがそんな行為をするはずがない。これは頭突きみたいなものだ。頭ではなくて唇だっただけだ。
色々と考えを巡らして、そう結果を出したリンクだったが次の瞬間、その考えは早くも崩れた。


ぬる、と割り入れられた舌に。


「!?!?・・んんんっっ!!」

濡れた感触が口腔を感じたとたん、思わず体を起こそうとしたが肩をがっちり掴まれている為それが出来ず、顔を捻ってその舌から逃げ出した。

「往生際が悪いですわよ」
「ななななななにをっ?テ、テワク、おおおおおおおまえは自分がいま何をしたか分かってるのかっ!?」

「・・決まってますわ、口付けです。それ以外のなんだと言うの?」

「なっ・・ち、ちょっと待て」
「待ちません」
「いいからっ、わっ、ちょっ、は、話を・・話をっ!」

またも寄せられる唇から逃げるように顔を捻りながら抵抗するが、柔らかな感触が頬や唇の端に感じると、リンクの顔はどんどん赤く染まっていく。

「逃げるなんて卑怯者です」
「にっ、逃げるもなにも、いったいどうしたと言うんだ。突然・・」
「あなたは昔からそうやって分からないフリをするのがお得意だったわ、今だって・・そう」

「は?なんのことだ?」

甘い息が鼻先にかかる、長い睫毛に縁取られた濡れた瞳が訴えるようにリンクを見つめて。両頬を押さえられ再び唇が降りてくる。

(うっ・・!)

混乱しながらもそれが『キス』だと自覚すると、さっきまで感じなかった奇妙な感覚が体を襲う。
柔らかな唇の感触やもれる微かな吐息、テワクの髪からのジャスミンの花の匂いがして。リンクの内側からもどかしいような狂おしいような、言葉で説明できない熱が沸き起こる。
まずい、これはまずい、かなりまずい。反応してしまう、いやもう反応している。体の一部分が。

侵入してくる、舌が。
小さなそれがリンクの舌に触れる、ちろと舐められる。そこまでが限界だった。

「う・・うわあああああ!!」

脳裏に走馬灯のように幼いテワクの顔やその兄のマダラオの顔が駆け巡る、罪悪感に耐えられず咄嗟に華奢な体を突き飛ばしてしまった。
勢いよく飛ばされたテワクは、そのまま転げ落ち隣のアレンのベッドの脚に頭を打ったらしい。ガツンと大きな音がして、リンクは慌てて身を起こす。

「す、すまない。大丈夫か?」
「・・・・・・・」

テワクはむくりと起き上がると、打った頭をさすりながら「キッ」という擬音がしそうな眼光でリンクを睨んだ。やったわね、という声が聞こえてきそうな雰囲気である。
どう声をかけてよいものか戸惑い、とりあえず立ち上がるよう手を差し出すがパチンと叩き落された。
ゆらりと立ち上がり、ベッドの上のリンクを見下ろす。決意のこもった眼差しで唇を尖らした彼女は、今度は自身が着ている装束の上半身に手をかける。

なにをする気だ、と声をかける間もなく白い肌と小さくて丸いヘソが覗くと、リンクは咄嗟に両目を手で覆い彼女から顔を背けた。

「ばっ、ばば、馬鹿なことをするな!な、な、なんのつもりだっ!?」

「ここまでしても分からない、あなたの方がお馬鹿さんですわ」
「いいから、これ以上おかしなことをするな、なんだというのだ、どうかしているぞ!」

「・・・・どうかしているのは、あなたですっ」

こちらを責める彼女の声に僅かに震えを感じた。泣いているのかと、顔を覆った手を下ろそうとしたが指の隙間から白い乳房がちらりと見えて、全身が湯気が出そうなほど赤くなる。
再びがっちりと両手で覆い、さらにリンクはシーツに顔を埋める。テワクの上半身はなにも纏っていなかった。
はっきりと見えたわけではない、そう、見えたわけではないが・・・・ふくらみかけの青い蕾のような乳房だった気がする。

「ハワード、あなた変わりましたわ」
「・・?」
「前はもっと・・中央にいた時は・・・・・もっと」

なにか言いたげではあるが、それ以上続かないのか言葉は途切れた。シーツに顔を埋めたままリンクはその後の言葉を考えるが、結局分からず躊躇いつつ口を開く。

「・・・前は、なんだと言うんだ」

テワクがどんな表情をしているかは見えない。鼻を啜る音がしているから、やはり泣いているのかもしれない。

「・・・・・・」
「テワク?」
「前は・・私が知るハワード=リンクは、もっと厳格で近寄りがたくて、もっと・・・もっと・・立派な人でしたわ」

責める、いや、拗ねるといった方がいいのかもしれない、リンクの耳はそう捉えた。もちろん長い付き合いだからそう感じるのであって、他人が聞けば突き放した物言いだろうと思う。
いずれにしろ彼女がここまで感情を露わにするのはめずらしい。その行動内容はさておき、何かを自分に伝えたいのだというのは分かった。

「わたしは、なにも変わってなどいないぞ」
「変わりましたわ、自分では気づいていないんです。俗人になってしまわれたのよ、本部に来て・・変わってしまったんだわ」
「何を誤解しているか知らんが・・おまえがこんなことをする理由にはならないぞ、いったいどうしてこんな真似をした?」

シーツに顔を埋めながら問い詰める姿は少々間抜けであるが、こればかりは致し方ない。顔を上げると冷静に話すことも出来なくなるのだから。
しかし突然背中に重みを感じて、リンクは硬直した。抱きついているのではない、寄りかかっているのだテワクが。

「ハワード、あなた・・・好きな女性がいるの?」
「は?」
「いるんでしょう?ううん、いるんだわ」
「・・なんの話だ、突然」
「だって、ここには中央よりもずっと女性がいますもの」

「???」

質問の意図が分からずそれを問い詰めたいと思うものの、背中に感じる体温がテワクの直肌だと思うと、なんとなく緊張してうまく声が出ない。
脳裏にさっきちらと見てしまった白い肌が浮かび、それを打ち消すように拳で後頭部を殴る。危うくまた反応してしまいそうになる、体の一部が。

「テワク、離れてくれ」

「・・・ほら、やっぱり」
「なにが『やっぱり』だ、馬鹿なことを言ってないでいいから離れるんだ!」

やや強い口調で言ったのは、どうにもならない所まできているからである。うっかり反応してしまった場所を見られては冗談ですまない。今後の関係にも影響してしまう。

「私の体では・・駄目ですのね」
「は?」

「確かに本部にいる女性は、みんな豊かですものね。あなたがそういうのがお好みだろうというのは・・薄々気づいてましたわ」

声に微かな棘を感じる。背中に感じた温かさが離れるのを感じリンクはホッとする。しかしそれも束の間、凄まじい力にシャツの襟足を引っ張られ、首が絞まった。
ぐえ、と声が出たかもしれない。とにかく窒息するほどの力強さでシーツから顔を引き起こされたリンクは、目の前の光景に全身が硬直する。
きめ細かな白い肌とともに見えた薄いピンクの頂に、ぐらりと目眩がして。さっきから鎮まらない一部分がここぞとばかりに主張し始めたのだ。

「あ・・」

サッと目を逸らしたものの時は既に遅し、「どうだ」と膨れてしまった下半身を隠すより早く、テワクに気づかれてしまったのだ。

「うわああ!な、なんでもないっ・・なんでもないぞ!」
「ハワード、それは」
「だからなんでもないと、言っているではないかっ・・」

慌ててさっきと同じく顔をシーツに埋め、下半身を手で押さえる。間抜けな格好ではあるが、反応してしまった部分を見られるよりはずっといい。
気まずい沈黙がながれ、事態をどう収拾すればいいものかリンクは考えるが、頭の中が混乱して何をどうすればいいのか全く思い浮かばなかった。

「・・・・・・」
「・・・あの、ハワード?」

躊躇うようにテワクが口を開く。何を言われるのかと、それだけでリンクは耳まで赤くなった。

「一つ、聞いてもいいかしら」
「・・・・・・・だめだ」
「な、なんですの?一つだけですわ」
「だめなものは、だめだ」
「・・・・・その、今見えたそこは・・・もしかして、私のせい?」
「き、聞こえなかったのか」
「答えて、そうしたら・・・服を着ますわ」

その言葉にリンクはぴくと反応する。しかしテワクを女として見てしまった事実を口にするのは躊躇った。そういういかがわしい目で仲間を見てしまったことに抵抗があった。
テワクの細い体が背中に再び寄りかかる。温かな体温と柔らかさ、甘い匂い。自分の心音が速くなるのを感じる。それは昔から知る少女のものではなく、一人の『女』の感触であった。

「・・・・・・」
「ハワード?」

「と、とにかく、こういう事はやってはいけない。おまえだって年頃の娘なんだ。もう子供じゃないんだ、お、男というのはどんな人間でも聖人君子ではいられないのだ・・だから、その」

上ずった声で説教しても何の説得力を持たないのは分かっている。背中にいるテワクもそう思ったのか微かに、本当に微かにだが・・笑ったような気がした。
何かが背中にあたる、おそらく額だろう。ぐり、と擦り付けるとゆっくりと彼女は離れた。「そうですわ」と小さく呟いて。

「もう子供じゃありませんわ、私」
「なに?」
「いざとなれば、もっとスゴイことだって出来ますの」

そっけない口調であったが、どことなく嬉しそうで。リンクはシーツに埋まりながらも怪訝に思う。結局彼女は何がしたいんだ、冗談にしてはタチが悪い。
今はこんな格好だから説得力に欠けるが、テワクが服を着たらここは年長者としてきつく叱ってやらねばならない。
マダラオはああいう性格だから懇々と諭すこともないだろう。女子が前触れなく男の部屋に来るなど、お行儀のよくない行為だと。

(?・・・待てよ)

急にふと、彼女はなんの為にこの部屋にいたのだろうと気づく。

「・・・テワク、そもそもおまえ何故この部屋にいたんだ」
「あ、そうでしたわ。兄様からの御用があったんです」
「マダラオが?」

顔を上げそうになり、あわてて押し止めた。危ない、またうっかり見てしまうところだった。

「大丈夫ですわ、もう着てますから」
「・・・・そ、そうか」

ホッとして顔を起こす、体の力が抜けたせいかリンクは強い疲労感に襲われた。大きく息をついてテワクの方へふり返る。
けれど、あ、という間もなく肩をつかまれ、体はまたもベッドに沈んだ。いや沈まされた。


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