D.gray-man U
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「やっぱり、あの二人って付き合ってんのかなぁ」
ラビが食パンをかじりながらポツリ呟いた。
その視線の先には、マリとミランダが微笑み合いながら向かい合わせに座っている。
朝食に二人仲良く食堂へくるのは今日が初めてではない。新しい本部へ移ってからはほぼ毎朝だ。
「あー・・どうなんでしょうねぇ。確かにいっつも一緒ですけど」
「どうかしら、マリもミランダもそういうの奥手そうだけど」
アレンとリナリーは軽く首を傾げつつも、それほどこの話題に興味がないようで、食後のコーヒーを飲んでいる。
横にいるリンクはちらと視線を向けただけで、全く興味なしという風に持ってきた本を読み始めた。
「いやさ、あの二人なんだかんだいい年だぜ。もしホントに付き合っていたら結婚とかするかもよ」
声をひそめながらラビは呟く。
『結婚』という言葉に、三人は少し真面目な顔で改めてマリとミランダを見た。
「たしかに・・そういう事もあるかもしれませんね」
「あの二人・・真面目だものね」
「しかし、エクソシストは教皇の威信の象徴でありますから、結婚は・・」
リンクは考えるように呟く。
「そうなったら中央庁はどうすんのかなぁ・・オレは文句つけながらも許すに賭けるさ」
オレンジジュースをチューと吸いながら、悪戯っぽく目を細めた。アレンは首を傾げながら、
「どうしてですか?」
「そりゃーエクソシスト同士の結婚なんて面白くねぇだろうけど・・」
ラビはさらに声をひそめて。
「もし二人に子供でもできりゃ、ある意味純血のエクソシストになるかもしんねぇだろ?」
「ラビ!」
リナリーがムッとしながら睨む。
「エクソシストは血縁とは全く関係ない事、ラビだって知ってるでしょ?」
「もちろん。でもさ、過去の記録にもエクソシスト同士の子供ってのはいなかったんさ」
僅かに眉を寄せながら、少し心配そうな口ぶりでラビは言った。リナリーはラビの言った「記録」という言葉に、嫌悪感を抱いたようでぷいとそっぽを向く。
「ごめんごめん、ちょっと冗談が過ぎた。許してリナリー」
少し慌ててリナリーの顔を覗き込むと、リナリーはジロとラビを見ながら、
「ラビって、デリカシーが無さ過ぎるわ」
「いやいや!オレが言いたかったのは、あの二人が付き合ってんなら応援してやろうと・・」
やや焦りながら首を振る。
「全然、そんな風には聞こえなかったわよ。ねぇ、アレンくん?」
「ですね。ラビの底意地の悪さというか人を人とも思わない冷酷さを垣間見ました」
「ええ?オレそこまで酷いの?!」
顔を引き攣らせながら二人を見た。
「オ、オレはちょっと気になっただけさ・・」
咳ばらいしながら周囲の様子を確認すると、ずっと声を落として。
「あの二人・・ひ、避妊とか・・知ってんかな」
「・・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・」
《ベチャ!》
ラビの視界が黄色く染まる。
甘い味からして、アレンが食べていたリンク特製プリンケーキだろう。
「最低です。ラビ」
「最低ね、ラビ」
「君には品性のかけらも見当たらない」
「・・・・・」
三人の氷のような声を聞きながら、ラビはベタベタしたプリンを布巾で拭い、
「じゃあ・・知ってるって確信はあるんさ?」
口を尖らせながら聞くラビに、リナリーは頬を染めながらも片眉をくいっとつり上げて、
「そ、そういうの他人が言うことじゃないでしょっ」
「そうですよ、しかも年下の僕等に言われるマリの気持ちになって下さいよ」
10以上も違うのに、それは男としてかなりいただけない。
「や、ほらマリってなんか浮世離れしてるっていうかさ・・俗世では生きてねぇってか」
「・・・・・ああ」
リンクが顎に手をあてながら考えるように呟く。
「確かに、そういった俗世間を自ずと廃除しているような感はありますね・・」
たまに悟りを開いた聖人のような雰囲気を醸し出す時があり、アレンとリナリーはリンクの言葉に思い当たるように目を合わせた。
「だったら迂闊にそういった・・その、関係にはならないわよ・・きっと」
「だからさ、ほら真面目な奴が急にソッチに目覚めちゃうとのめり込むって言うだろ?」
ラビは髪についたプリンを拭きながら、肩を竦める。
「だいたい男なんて基本野獣なんさ、それを紳士とか色んな鎧着てごまかしてんの!」
「ラビ、誤解されるんで僕を見ないで言ってください」
アレンが睨み付けた。
「というかラビ。さっきから何が言いたいんですか?」
妙な疑いをかけられそうになり、アレンはムッとしつつ聞く。ラビは汚れたバンダナを外しながら、再びマリとミランダを見て、
「・・あの二人が付き合ってんのか聞いてみね?」
「「「はあ?」」」
何を言い出すのかと、全員が唖然とした。
「そんで、一応・・ソッチの方も知ってんのか遠回しに・・」
「嫌よ!」
「僕だって嫌です!」
「聞くなら君一人で行くんですね、馬鹿らしい」
ラビは、全員の非難がましい視線を浴びて少したじろぎながらも、
「だって心配じゃねぇの?なんかあってデキちゃったらどうすんの」
「デキ・・ちょっと、あの二人がそんな事、あるわけないでしょ」
リナリーが冷えたコーヒーを飲みながら、軽く睨む。
「だからもしもの話。んな事になったら、あのルベリエ長官あたりはぶっ倒れるだろうな」
ちら、とリンクを見ると、
「・・・・・・」
眉をピクと動かして真剣な顔でマリとミランダを見る。
「確かに・・そうなると困りますね。大事な戦力が欠ける事になる」
やや深刻そうな面持ちで呟いて、
「・・ブックマンJr.の言う事にも一利あるかもしれない」
「ええ?リンク、本気ですかぁ?」
アレンが嫌そうにリンクを見た。
「もし、男女の仲であれば長官に報告しなければなりませんので」
報告書をぱら、と開く。
アレンはそうなると自ずと付き合う羽目になる為面倒そうにため息をつきつつ、リナリーの様子を窺った。
リナリーは困ったように眉を寄せたが、
「・・・・・・」
ミランダの事を考えると、いざ聞く時に男ばかりよりも女が一人でもいた方がいいような気がして。
「・・・・さりげなく、よ?」
口を尖らせて、気が重そうに呟いた。
(・・・・・・)
ミランダは食後の紅茶を飲みながら、そっとマリを窺う。
「どうかしたか?」
視線に気付いたらしく紅茶を飲む手を止めて、マリは不思議そうに聞いてきた。
「あ・・いいえ」
曖昧に笑いながらカップに両手を添えて、再び紅茶に口をつける。
(ああ・・どうしましょう)
ミランダは悩んでいた。
彼女は何かしらよく悩む方であるが、今回の悩みは今までの悩みの中ではかなり異色である。
というのも悩みの原因は自分ではなく、目の前にいるマリに関してだからだ。
(今日こそ、言わないと)
キュ、とカップを持つ手に力を入れて勇気を振り絞るように口を開く。
「あ、あの・・」
「そういえば、ミランダは今日の午後は空いているかな?」
「え?あ、は・・はい」
「では、天気も良いから裏の森に散歩でも行かないか?」
カチャ、とソーサーにカップを置きながらマリが穏やかに聞いた。ミランダはそんな突然の誘いに胸をときめかせながら、
「はい・・行きたい、です」
チクリと罪悪感を感じつつも、頷いた。
(ああ、また言えない)
ミランダの悩みは、約一ヶ月前の迷子になった時まで遡る。
新しい本部に引っ越してきてすぐに、ミランダはまたも迷子になってしまった。
食堂の場所が分からなくて、地下室付近で半ベソかいているところをマリに見つけられたのだが、優しい彼はミランダが食堂の場所を覚えるまで、毎朝部屋まで迎えに行くと言ってくれたのだ。
もちろん、そんな申し訳ない事は出来ないと固辞したのだが、朝の修練のついでだしミランダが道を覚える迄だから、と優しく諭されると、逆に断る方が失礼な気がして、ミランダは申し訳なくも有り難くその提案を受け入れたのだ。
(・・・私って、ずるい女だわ)
ちびちびと紅茶をすすりながら、そっと俯く。
(でも、このまま覚えていないフリをするなんて・・)
さすがにそんな事は不自然すぎるだろう。
本当は、もうとっくに道を覚えている。一緒に食堂へ来るようになって、一週間程で覚えてしまったのだ。
目の前のマリは穏やかな表情で、手に持ったカップを流れるように口へと運んでいて。時折、ミランダの視線に気付くのか静かに微笑みかけてくる。
(マリさん)
そのたびミランダの胸に甘い疼きが起きて、トクトクと鼓動が速まった。こうやって側にいればいるほど、幸せなのに騙している事が苦しくて。
(・・・ごめんなさい)
覚えた、と言ってしまえば、もうこうやって二人で食事する事が出来ないような気がするから。
それが淋しくてミランダは本当の事を口に出来ないでいる。
(私は・・・)
親切で尊敬するエクソシストの先輩。旧本部の襲撃事件やコムビタン騒動、年齢も近い事もありミランダはマリを知らず知らずに頼っていた。
その穏やかな優しさからか、ミランダはマリの側にいると焦ったり自己嫌悪に陥る事もあまりなく、誰といるよりも、ホッとするような居心地の良さを感じていた。
そうして、その心地良さに馴染むうちに安心と信頼の気持ちに新たな感情が芽生えていく。
それは例えば、一緒に歩いた時ミランダが誰かと衝突しない為、守るように添えられた腕。
食べるのが遅いミランダに合わせて、実は普段よりゆっくり食べてくれている優しさ。
けして主張する事なく、何気ない様子で助けてくれるマリに、積木のように想いが重なって。気付いた時には恋する気持ちが溢れるように、彼を想ってため息をこぼしていた。
(こんなズルイ私・・知られたら嫌われてしまうわ)
だからといってズルズルとこのままマリの時間を縛っていいわけない。
今日こそは、今日こそは・・と毎日思いながらとうとう一月近くも経ってしまった。
(言わないと・・今日こそは)
紅茶の最後の一口を飲み干すと、ミランダは覚悟を決めるようにマリを見る。
「あの・・マリさん」
「あのー、ちょっといいっすか?」
(え?)
突然、頭上から聞こえた声にミランダの心臓がビクンと跳ねた。
振り向くとラビがいつもの張りのある赤毛ではなく、しんなりと濡れたような髪をして、ほのかに甘い香りをさせて立っていた。
ラビの背後には観察するような視線でこちらを見ているリンク、そして曖昧に微笑するアレンとリナリーがいる。
「あ・・みんな、どうかしたの?」
いつもと違う雰囲気に、ミランダは戸惑うように聞いた。
ラビは、ええと、なんだ、と言いづらいのか助けを求めるように後ろのアレンを振り返るが、アレンは眉間に皺を寄せながら、何かの合図のようにラビの背中を肘で押す。
「えーと、ほら、二人って・・」
ラビはなんとなく頬をそめた。
「なあに?」
ミランダがキョトンと首を傾げる。
マリは軽く咳ばらいをしながらラビに顔を向けると、
「ラビ、話があるならこの後に時間をつくるが・・」
マリの真面目な雰囲気にごまかすように笑いながら、
「いやいや!そんなたいした話じゃないさ、なんか二人仲良いな〜って・・」
「えっ!」
ミランダの声が裏返った。
「いや、ほら!いっつも一緒にいるしさ。な、なぁリナリー?」
ラビの急なパスに、リナリーの顔は引き攣る。
「えーと、そうね、毎朝一緒だもん。なんか羨ましいわよね?アレンくん」
「へ?あ、そうですね。あれですか、やっぱり・・二人はその・・あれなんですかねぇ?リンク」
リンクは肝心の核心を自分に振られて、ムッとした顔でアレンを睨む。
「・・・・」
コホン、と咳ばらいを一つして。
「あなた達は・・男女の関係なんですか?」
「は・・?」
一瞬何を言われたか理解出来なくて、ミランダの目は真ん丸になった。
「バッ・・リンク、唐突すぎんだろっ」
「そうよ、全然さりげなくないじゃないっ」
「しかも男女の関係・・って、語彙が堅すぎっ」
三人が声をひそめながら抗議するが、リンクは眉間に皺を寄せながら、
「・・君達は、卑怯だ」
苦々しい顔で呟いた。
「ミランダ・・ミランダ、大丈夫か?」
マリの心配そうな声がして、四人はミランダを見る。
ミランダは肩をかたかたと震わせながら、テーブルに額をつけそうな程、俯いていて。
「・・ご、ごめんなさい」
その声は震えていた。
「え?ミランダ・・」
「どうしたの?」
尋常ではない様子に、心配になりリナリーが顔を覗き込むと、ミランダの瞳はうるうると潤んでいる。
「わ・・私のせいだわ」
「ミランダ、どうした?」
マリが心配そうに声をかけるが、ミランダはそれを拒否するように首を振って。
「ごめんなさい・・マリさん!わ、私・・あなたに・・」
手で顔を覆って、声を振り絞るように呟いた。
(私が・・ずるずる嘘を続けたせいで)
よりによって自分と彼にそんな噂が立ってしまうなんて。どんな迷惑をかけるよりも申し訳ない。
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