D.gray-man U
ないものねだり
風呂上り。鏡にうつった自分の姿に、エミリアは眉をひそめため息をつく。
(・・・また、大きくなった)
はちきれんばかりの両乳房を忌々しげに見ながら、わしっと握り締める。むにゅうと肉がはみ出て収まるどころでない。
もういいかげんにしてくれないだろうか、十分育ったのだからこれ以上成長する必要はないだろうに。まだ大きくなるとはどういうことだ。
最近いままで着ていたブラウスがきついと思っていた、もしやと思ったがブラジャーのワイヤーの跡がつき始めた。サイズ交換しろという合図である。
いったいこの胸はどこまで大きくなるのだろう、このまま成長しつづけたら恐ろしい・・いやおぞましい体になるのではないか。
ショーツ一枚まとった姿で真剣に乳房を揉みしだく姿を不思議に思ったのか、リナリーが傍へ寄ってきた。
「どうしたの?マッサージでもしてるの?」
「マッサージ?」
「だって、さっきから難しい顔で胸揉んでるから・・あ!もしかして豊胸マッサージ?教えて教えて!」
「え?ち、違うわよっ」
慌てて手を放し、バスタオルで体を巻く。大きな乳房がバスタオルに押さえつけられ上部がむにゅとはみ出した。
それを見てリナリーが羨ましそうに「いいなぁ」と呟くので、エミリアはうんざりとした様子で「どこが?」と聞き返す。
「どこって、エミリアの胸よ。一度でいいから揺らして歩いてみたい」
「なに言ってんのよ。揺らしたっていいことなんか無いわ、肩は凝るし服だって制限されるのよ?だぶだぶの服着たら太って見えるし、ピッタリしたのなら強調してるって思われるし・・」
「えええ、そんな贅沢な悩み一度でいいから言ってみたいわよ」
口を尖らしてリナリーは自身の胸を見る。とくに小さくも大きくもない平均サイズだろうに、何を言うのかとこちらが文句を言いたいくらいだ。
リナリーは淡いピンクのレースとリボンがついたブラジャーを着替えの籠から出す、それを見てエミリアも口を尖らす。
「こっちこそ羨ましいわ、私なんかこんな可愛い下着つけれないのよ?大きいサイズなんてみんなベージュとか白とかくすんだピンクとか・・年寄りくさい色とデザインばっかなんだから」
「え、そうなの?知らなかったわ」
「そうよ、さっきも言ったけど服だって胸に合わせると袖やら肩が合わないし・・あと痴漢に遭うし。パパ直伝の護身術で片っ端からのしてるけど、胸なんか大きくたって良いことないわよ」
溜まった鬱憤を吐出すように、ぎゅううっと両乳房を掴み引っ張る。白く豊かな乳房に微かに赤みがさし、それは色っぽい光景なのだが言ったらまた怒りそうなのでリナリーは黙っておく。
エミリアはパッと手を放し、はあああああ・・とため息をつくと「どんなものにも適量ってあるじゃない」と呟いた。
「適量ねぇ・・でも大は小を兼ねるとも言うじゃない。それに男の人はやっぱり大きい方が好きなんじゃないの?」
「そんな胸で女を選ぶ男なんてご免だわ。どっちにしてもいやらしい目で見られるのってゾッとしないものよ。ティモシーみたいなエロガキの餌食になるし」
よほどその胸で嫌な目にあったのだろう、リナリーがフォローしようにも畳み掛けるようにマイナスポイントが出てくるので苦笑いをするしかない。
エミリアは子供の顔くらいありそうな大きなカップのブラジャーを着け、濡れ髪をまとめていた頭のタオルを解くとキレイなブロンドが背中に落ちた。
同年代の女子と思えないくらいのスタイルの良さに、リナリーは自分の発育が心配になる。むろんアジア人と欧米人の差もあるだろうが、真っ白な肌と豊かな胸は憧れてしまう。
ふと、背後の風呂場の扉がガララッと開いてクラウドとミランダが現れた。ミランダは控えめな様子で胸元を隠しているが細いだけに逆に大きさが引き立つ。
クラウドは堂々とその美しい肢体を披露している(当人はそんなつもりはないだろうが)。エミリアに負けずクラウドも豊かな乳房の持ち主であるが、それほど目立たないのは何故だろうか。
二人とも大人のせいかエミリアと違いラインが緩やかだからだろうか。若いと胸も尻もパンとしていてはちきれそうな印象だから、目立つのかもしれない。
「ねえエミリア、あなたきっと将来クラウド元帥みたいな体になるんじゃないかしら」
「・・・・え?なあに、突然」
「だって元帥もあなたに負けず劣らず大きいけど、そんなに気にならないわ。きっと成長とともにああいう体になるのよ」
「・・・・・・・」
リナリーに言われて、クラウドを見る。まさに大人の女の体つき。大きな胸は自分同様であるのに確かにそれ程目立たない。引き締まっているのに女らしい、柔らかそうな体。
ああいう体なら大きな胸もそれほど嫌には思わないな・・と思うものの、それもこの胸の成長が止まったら、の話である。この乳房は自分でもどこまで成長するかわからないのだ。
(なんとかこの辺でストップしてもらいたいわ・・)
切実な思いで胸を見ていると、
「どうかした、早く着替えないと風邪をひくぞ」
濡れ髪をタオルでゴシゴシ拭いながら二人に気づいたクラウドが声をかける。
「あ、元帥。ちょっと聞いてもいいですか?」
「ちょっとリナリー、あなた何を・・」
「いいからエミリア、元帥ならあなたの気持ち分かるんじゃないかって・・」
「なんだ?何かあったのか」
黒のシンプルなショーツをはきながら、怪訝そうに二人を見る。傍ではラウ・シーミンが小さなタオルで自身の体を拭いていて、ミランダがその姿に顔を緩ませていた。
リナリーは少しだけ躊躇いつつも、声を落として聞いてみる。
「あの、元帥は胸が大きいのって・・・気にしたことあります?」
「ち、ちょっと!」
「胸?・・どうしたいきなり」
「エミリアったら胸が大きいのを気にして・・」
「きゃあ!もうっ!な、なんでもないですっ。すみません元帥!リナリー、ちょっとやめてちょうだいっ」
真っ赤な顔でリナリーの口を押さえる、だってせっかくだし、とモゴモゴ言ってるリナリーの口を両手で封じながら前に出た。直球すぎる、これではいくらなんでも失礼だろう。
黒のスッキリとしたブラジャーをつけながら、クラウドは首を傾げるがやがて二人の言わんとしていることが分かったのか。ふ、と口元を緩ませた。
「エミリア」
「え?あ、はい」
「そうだな・・確かにおまえくらいの年頃なら、色々と厄介だろうな」
「あ、へ?きゃっ!」
突然、ブラジャーの上からムニュウと掴まれ、エミリアは驚きと恥ずかしさに顔を赤らめる。ボリュームを確かめるようにひとしきり揉まれた後、クラウドの手は放れた。
「まだ硬いな」
「へ?」
「男に揉まれてないだろう?感触がまだ硬い」
「・・・は?」
男性経験のことを聞かれたのだと気づき、エミリアの顔はさらに赤く染まる。もちろん生娘だ、恋すらしたことない。
「とりあえず男に揉まれたら、硬さもほぐれて全体的に柔らかくなるだろうさ。そうしたら胸がでかいだの気にすることもなくなるはずだ」
「ど、どういう意味なんですか?」
「言葉のとおりだよ、なあミランダ?」
「えっ?」
いきなり話をふられたミランダは何の事か分からず、つけようとしていた薄い紫のブラジャーを手にもったままキョトンとして三人を見ている。
「な、なんでしょう・・ごめんなさい、話を聞いていなかったので」
「ミランダが最近色っぽくなったって話だよ、やっぱりマリと付き合ったのが原因だろうってな」
「えっ・・えええっ・・な、なにを、あの、そんな」
恋人の話題が不意打ちに出たせいか、ミランダの全身が赤く染まる。確かに最近のミランダの体つきは女っぽい、前は一緒に風呂に入っても細すぎる感じで脚なんて少年みたいだったのに。
リナリーがそんなことを考えていると、クラウドの手がスッと伸びて今度はミランダの胸をむぎゅと揉んだ。
「きゃっ!?」
「ほら、やっぱり」
「えっ?あ、あのっ?げげげ・・元帥っ、あん!」
こちらもひとしきり揉んだ後、クラウドの手は放れる。開放されたミランダは両胸を押さえながらへなへなと床にへたり込んだ。
「ミランダはマリに可愛がってもらってるんだろう、柔らかく丸みが出てきたからな。色気というやつだ」
「へ?あ、いえ、その・・あの」
「好きな男に揉まれてると自然と体つきが変わるもんだ、エミリアもいつかそうなるさ」
「え、えええ?」
揉まれる、という言葉にエミリアの顔が引きつる。説明されても意味が分からない、恋人が出来ると体が変わるとはどういうことなのか。
隣にいるリナリーは「そうなんですか?」と分かったような声を上げている。揉んで体が変わるなら自分でも出来るじゃない、他人に揉まれて何が変わるのだろう。
それにそんな遠い未来のことより現在まだ大きくなりつつあるこの胸だ、どうしてこんな肉の塊でこんなに悩まされないといけないのか、エミリアは納得いかないふうにため息をついた。
そんなエミリアを見てクラウドはくすりと笑う。
「だから、色気だよ」
「・・・はあ、色気・・ですか」
「エミリアがそれを身につけたら、その時には自分の胸の大きさなんかどうでもよくなってるはずだと思うぞ」
「??」
さらに分からないと複雑な表情を浮かべる。そんな彼女にクラウドは目を細めた。どこか懐かしさをその視線に含ませて。
「まあ急ぐことはない、いずれは分かるだろうさ。女の体ってのは刻一刻と変化していくものだというのがな、それは時間だったり誰かのお蔭だったり・・」
ちら、とミランダを見る。思い当たることがあるのか彼女は耳まで顔を赤くしている。ブラジャーのホックを留めようとしているが動揺してうまく留められないので、見かねたリナリーが留めてあげていた。
クラウドは着替えの籠から黒のカットソーを取り、それを頭から被る。まだ水分の残る体は若干滑りが悪そうであったが、大きな胸をピッタリ強調させるその服にエミリアは複雑な表情を見せる。
それは反発心と、同じだけの羨ましさと。そうしたくても出来ないジレンマのようでもあり・・。
「ああそうだ」
はた、と思い出したようにクラウドが呟き、エミリアに手招きをする。
「?なんですか?」
「ちょっと耳をかせ」
「?」
ゆっくりとクラウドの唇が耳元へと近づく。同じシャンプーを使ってるはずなのに、その香りは自分よりずっと甘く感じてエミリアは少しドキドキした。
「おまえに恋人ができた時に使える、とっておきの魔法の言葉を教えてやる」
「魔法の・・言葉?」
「いいか?最初はダメだぞ、付き合って時間が経ってからがいい。初っ端にかましては逆に引かれる恐れがあるからな・・」
「・・・・は、はい」
ゴクリ、と唾を飲む。なんの言葉か非常に気になった。すう、とクラウドの息が耳にかかる。
「『挟んであげる』・・・・だ」
「・・・・・・は?」
はさんで?
目をぱちくりとしてクラウドを見る。意味が分からなかった。挟むって・・・何を?
それを聞きたかったが、エミリアが口を開くより早くクラウドの唇は耳から離れてしまった。躊躇っているうちにタイミングを逃してしまった。
ラウ・シーミンが「キキッ」と鳴きながら肩に乗り、髪を乾かすためにドライヤーのある場所まで移動するクラウドは、またも思い出したように振り返り、
「大きいサイズ向けの下着の通販雑誌がある、今度貸してやろう。さすがにその年でそれはないだろ」
「え?は、はい・・ありがとうございます」
いったいなんのことだったのかしら。
分からないまま白いブラウスに袖を通す。後でもう一度聞いておきたいけど、時間が経つと逆に聞きづらい気もする。
「エミリア、元帥となんの話していたの?」
スカートのホックを留めながら、リナリーがひそひそ声で聞いてきた。
「・・・ねぇ、『はさむ』って何のことかしら」
「挟む?はさむって、何を?」
「さっき元帥が言っていたんだけど・・・・どういう意味なのかしら」
「え?うーん・・分からないわ。あなたの聞き間違いじゃないの?」
首を傾げるリナリーに、エミリアはああなるほどと納得してブラウスのボタンを留める。確かに『はさんであげる』が魔法の言葉とは思えない。使いどころも分からない。
きっとそうだそうなのだ。うんうんと頷きながら、エミリアは胸の前の糸が緩くなったボタンを留めたのだった。
END
- 35 -
[*前] | [次#]
戻る