D.gray-man U


父と娘



ふわふわと母親ゆずりの癖ッ毛が揺れる。

本名はイザベルといい、皆からは「ベル」と呼ばれる彼女は最近誕生日を迎えて2歳になった。

マリとミランダの娘である彼女は、最近は父親のマリとお散歩に行くのがお気に入りである。
もともと発育が遅れがちで、最近ようやく言葉らしい言葉を言うようになり、歩くのも前よりずっと早く歩けるようになった。
春になりぽかぽかとした暖かい空気を吸いながら、季節の花や木を眺めるのが楽しいらしい。


「・・・・・?」
「どうした、ベル」

公園をとことこ歩いていた娘が突然しゃがみ込んだので、マリは同じように横に腰を落とす。
どうやら蟻がめずらしいらしい、春になって巣から出てきたのだろう。小さい体でちょこちょこと動くそれをベルはじいっと眺めていた。

「これは蟻っていう虫だよ、おうちから出てきたんだ」
「あい?」
「そう、アリ」

ふとその蟻が方向を変えてベルの足元へと歩いてくる、急に近づいてきたその虫に驚いたのだろう。
ベルの体はビクン!としゃがんだまま跳ねると思い切り尻餅をつき、未知の物へ恐怖するように、小さな蟻を見て体を震わせ大声で泣き出した。

「ふ、ふえええええん!!ええええええん!!」
「大丈夫だ。怖くない、ただの虫だ何もしないよ」

マリの背中にしがみつき顔を埋めてイヤイヤと泣き出す娘に苦笑しながら、ゆっくりと抱上げる。
背中をポンポンとあやすように叩くと、ベルは安心したように鼻を垂らしたままマリを見る。それでも怖いというように首にがっしりと腕を回しながら。

「なーい?」
「ああ、なにもしないよ。蟻はベルにこんにちはを言いたかったんだよ」
「あい・・こわーよ」
「こわくないよ」

「・・・・」

マリに抱かれたまま顔を地面におそるおそる向けると、さっきの蟻はもうずっと先を歩いて餌を捜しているのか草むらへと向かっている。
それを見て、自分のせいで逃げていったかと申し訳なく思ったのかベルはマリの腕から放れると、とことこと蟻を追いかけて、

「こんいちは」

とペコンと頭を下げた。
しかし時間が長かったのか、ベルが頭を上げたとき蟻はもう草むらに入ってしまっていた。

「あえ?」と訝しげな声を出すのが可笑しくて、マリは緩んだ頬を抑えることもせず愛おしむように小さな頭を撫でた。ふわふわした手触りが心地よい、母親のように。
ミランダとよく似た娘は、小さな頃のミランダを育てているようで面白い。マリは事ある毎に「ミランダもこうだったのか」と想像して、楽しんだり感慨にふける。

マリを見上げて、にこおと笑うとベルはまたとことこと歩き出す。けれど今度はしっかりとマリの手を握り締めて。
外は知らないものがいっぱいだというのを身をもって体感したからだろう、けれどそれも白い蝶がひらひら飛んでいくのを見てベルは放してしまった。

「ちょちょ、ちょちょ!」

まだ覚束ない足取りで追いかけていくベルに、急に走っては危ないとマリが伝える間もなくビターン!という音がしてベルの顔面は地面に強打した。
起き上がってすぐ泣き声とともに噴出した鼻血を拭いながら、そういえば昔よくこうやってミランダの世話をしたなと、マリはしみじみと懐かしむ。

今もよく転んだり躓いたりするが母親になって昔より落ち着いたミランダは、こんな風にマリの世話になる回数がずっと減った。その分ベルを世話するのが増えたのだが。
それはそれで少し淋しいような気になる自分は、やはり元々が構い性なのだろう。



ふええん、と泣き止まないベルの顔のまわりにさっきの白い蝶がひらひらと飛んできたのが見えた。

「!」

大きな目を円くし泣き止んだ彼女は、鼻の下を真っ赤に染めながら、おそるおそる「こんいちは」と声をかけると、蝶はそれに応えるようにひらりと回りついにはマリの頭にとまる。
それを見てベルはにこおと笑うと、自分の頭にあるピンクのリボンを指して、

「いっちょ、こえ、いっちょね」

頭にとまった蝶をリボンに見立てて嬉しそうに言うので、マリは蝶が逃げないよう身動きを堪えたが可愛い娘のしぐさに笑みがこぼれてしまう。

その動きに、ひらりと逃げてしまったのだった。










END

- 37 -


[*前] | [次#]








戻る


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -