D.gray-man U


「好きです」



朝の修練を終えて食堂へ向かう道すがら、マリは同じく食堂へ向かおうとしているリナリーとミランダに気づく。

「おはようリナリー、ミランダ」
「あ、おはようマリ」
「!!!」

リナリーがこちらに気づいて声を上げると、隣のミランダが心臓をシンバルのような激しい音を鳴らし、じりと後ずさった。
顔を強張らせ、ドクンドクンと慌ただしく鳴る胸を押さえ、

「リ、リリリ、リナリーちゃんっ・・わっ、私ったら忘れ物しちゃったみたいっ・・」
「えっ?なにミランダ急にどうしたの?」
「そういうわけだからっ、さっ、先に行っててぇっ・・!」

クルと身を翻し慌ただしく駆けていくその姿に、マリは思わず声をかける。

「待ってくれないか、ミランダ」
「!」

ミランダはビクッと跳び上がったが、振り返る事もなく廊下を走って行く。
パタパタと足音が遠ざかるのを耳にしながら、マリはここ数日の認めたくなかった疑惑に確信を得てしまった。


(やはり、避けられてる)


最初は気のせいだと思っていた。いや思い込もうとしていたが、顔を合わせる度にさっきのように逃げられては、そう思わざるを得ない。
間違いなく、ミランダは自分を避けている。

(原因は・・あれか)

二日前の出来事を思い出し、マリは溜め息をついた。
ふと傍にいたリナリーが興味津々といった視線をマリに向けているのに気づき、苦笑いをして頭を掻く。

(とにかく、誤解だと伝えなければ・・)






◆◇◆◇◆



二日前。
その日はバレンタインデーだった。


「マッ、マリさんっ・・す、すす、好きですっ・・!!」


ミランダから差し出されたチョコレート、真っ赤に染まった顔と震える手。早鐘どころじゃない心音。

突然の事に、マリの体は硬直してしまう。
時刻は2月14日に針が回った直後である。バレンタインデーだというのも忘れていた。

開口一番に「好きです」と言われた衝撃も大きい。
ミランダが・・あの大人しい彼女から、そんな台詞を聞こうとは夢にも思っていなかった。
正直言えば、ミランダが自分にそういう感情を持っているのは気づいていた。もっと言うならマリもミランダに恋をしている。

近いうちに自分から告白する気でいたマリは、ミランダからの告白に一瞬どう反応していいか分からなかったのだ。

そんな訳で、時間にすれば数秒だが言葉に詰まったマリに、ミランダは誤解をしたらしい。

「ごっ!ごめんなさあああああいっ・・!!!」

真っ赤な顔を一瞬にして真っ青にし、チョコレートを胸に抱えたまま、脱兎の如く走り去ってしまったのだ。
急いで追いかけようとしたが、色々と動揺していたので、次の日に事を先送りしてしまった。


しかし、それが悪かった。元々思考が負に傾きがちな彼女は、誤解をさらに深めてしまったらしい。
マリに迷惑をかけたと、深く反省(誤解)しているミランダは、マリの気配を感じるやいなや凄まじい勢いで逃げて行く。
修練中や食事中でも構わず中断して。

当初は恥ずかしがっているだけと考えていたマリだが、あまりに本気の逃げっぷりに「もしや」と近づくが、声もかけれぬ程の逃げ足の速さであった。

(とにかく近づかなければ、これでは誤解も解けない)

もちろんマリが本気を出せばミランダを捕まえることは出来る。しかしできれば穏便にいきたい。
追いかけ回したり、大きな声を出したりは好ましくない。

(そうなると、やはり・・)

マリはミランダの部屋へと足を向ける。もっと早くこうしておくべきだったと、後悔を覚えながら。
女性の彼女から先に告白させて、及び腰になるマリではない。ハッキリと自分の気持ちを伝えよう、ずっと以前からの想いを。

階段を上りながら、一歩また一歩と緊張感が増していく。
きっとミランダもこんな気持ちだったのだろう、それを思うと愛おしさと申し訳なさが募った。


「ミランダ」
「・・・!?」

階段を上りきりミランダの部屋へ近づいた時、足を止める。ちょうど当の本人が部屋に入ろうとドアノブに触れた瞬間だった。

「マ、マ、マリさんっ?」
「すまないが少し話がある・・・お、おい!ちょっと待ってくれ」

マリの顔を見るや全速力で走り出すミランダに面食らいながら、追いかける。
こういった展開は不本意ではあるが、致し方ない。もうこれ以上ミランダに避けられるのは辛いし淋しい。
幸い今はみな食堂へ向かっているので、自室のフロアはあまり人気がない。なんとかここで誤解を解いておかねば。

「ミランダ待ってくれないか、話があるんだ!」
「いいえいいえっ・・もう分かってますからっ!すいませんごめんなさいぃっ!」
「だから違うんだ、そうじゃなくて・・」
「ごめんなさいぃっっ!」
「!!・・ミランダ危ない!」

「!?ひいぃぃっ!!」

思い切り足を踏み外し、ゴロゴロと階段を転がり落ちるミランダに、マリは慌てて駆け寄ろうとしたが、
彼女は常ならぬ素早い動きで立ち上がり、マリが近づく前にその場から逃げ出していた。

「大丈夫か!?怪我はないのか?」

走る彼女の背後を追いかけ声をかける。ミランダは首を振りながら、

「わ、私なんかの心配なんてしないで下さいっ・・私なんか、マリさんにいつも迷惑ばかりで、いつも困らせてばかりなんですからあああっ!」
「だから待ってくれ、話があるんだ。とにかく走るのを止めて聞いてくれないか」
「わざわざ言ってもらわなくても分かってます、分かってますからっ、私のことなんて放っておいてえぇぇっ・・!」

あきらかに誤解されている、どうもマリがハッキリ断りに来たのだと思っているらしい。
これはいよいよ本気で訂正しなければ、思い詰めて涙声を出すミランダに、マリは咄嗟に距離を詰めて彼女の手首を取った。

「!!」
「そうじゃないんだミランダ!」
「マ、マリさんっ・・」

走ったせいでミランダは息を乱していて、その息遣いでマリを見上げる。
マリも正直ここまで本気で走るとは思っていなかった、ミランダの逃げ足の速さは相当な物だ。

掴んだ手首を放さぬよう僅かに力を込めて。


「違うんだ、わたしだってミランダを・・好っ・・・」


好きだ、そう言おうとした時。マリはある事実に気づいて全身を硬直させる。
周囲の音が耳に入り今いる場所がどこか悟る、マリは瞬時に茹タコのように赤く染まった。

(・・・・・こ、ここは)


食堂である。


ミランダを追いかけ走っている内に、どうしてか食堂へとたどり着いてしまったらしい。
いつもは騒がしい朝の食堂が、水を打ったようにしんと静まり返っている。
いきなり現れたマリとミランダの今後の展開を、みんな興味津々に見守っているようだ。

「・・・・・・」
「・・マリ、さん?」

マリを見上げるミランダは、まだ気づいていないらしい。その視線に期待と不安が込もっているのが感じる。
言うべきだろう、分かっている。今ここでミランダの手を放してはさらに誤解を生むだけだ。

好きだと、ミランダが好きなのだと告白するべきだ。

「・・・・・・・」

周囲の固唾を飲んで見守る視線が突き刺さる。

誰か分からないが「頑張れ」という声がして、マリはさらなる居た堪らなさを感じながら、スウと息を吸った。
どうしてこうなった、こんなはずでは、そんな言葉が脳裏を駆け巡りながら。


そうして、マリはその言葉を告げたのだった。







End

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