D.gray-man U
七面鳥をさがして
「もうすぐクリスマスねぇ・・」
ミランダが教団に飾られた大きなモミの木を見上げて言った。
星や天使、真っ赤なりんご、金や銀のモールを見つめるミランダの瞳はキラキラしていて。神田は見とれてしまったのを隠すように、思わず眉を寄せる。
「・・ガキじゃあるまいし、いつまでそうしてんだ。ほら行くぞ」
「あっ、ごめんなさい。でもとっても綺麗だわ、うふふクリスマスが楽しみね」
「別に、いつも通りメシ食って寝るだけだろ。くだらねぇ」
「いつも通りって・・だ、だって、みんなでお祝いするのって楽しいわ」
神田の素っ気ない物言いに少し抗議するように、口を尖らす。
「私、毎年クリスマスは一人だったからとっても楽しみなの。それに今年は・・あ、ううん」
「?・・今年は、なんだよ」
言い淀む様子のミランダを訝しく見る。ついポロッと言葉を零した様子で、頬が赤い。
「違うの、いえ、あの・・なんでも」
「いいから早く言え」
「その・・・・・ええと・・・・か、神田くんが・・・」
「あ?俺が、なんだよ」
問い詰められて、ミランダの顔がますます赤くなった。
「神田くんが・・あの、神田くんが・・一緒だから、嬉しいの」
「・・・・」
不意打ちに神田の顔も微かに赤くなる。
付き合ってもうすぐ一ヶ月、そういえばクリスマスは初めての『イベント』だった。
まだ恋人らしいことは一つもしていない。手を繋ぐ事も抱擁も、それ以上も。
らしくない事に、ミランダの喜ぶ顔が見たいと神田は思ってしまう。
正直それもどうすればいいか分からないが、目の前でいじらしい仕種を見ていると、何かしたいと思ってしまう。
「何が、好きなんだ」
「えっ?」
「クリスマス・・おまえは何が好きなんだ」
ミランダはキョトンと首を傾げるが、神田がクリスマスに興味を持ってくれたのが嬉しいらしく、口元が綻んだ。
「そうね、やっぱりみんなで食べるクリスマスケーキや、あっ、でも七面鳥が1番好きかしら・・」
「七面鳥?」
「ええ、小さい頃憧れたわ。家族で囲む大きな七面鳥・・私の家は貧しかったから、今でも七面鳥を見ると胸がドキドキしちゃうの。子供みたいに」
「・・・・・」
クスクスと笑いながら昔を懐かしむミランダに、神田は何かを決めたように頷いて、照れ隠しのように顔を背けると。
「・・やる」
「え?」
「七面鳥、お前にやる。ちょっと待ってろ」
「か、神田くん・・それって」
「うるせぇな、いらねぇんなら・・別にいいけどよ」
ミランダの顔がみるみると綻びる。嬉しいのだと分かった。
「ううん・・とっても・・とっても欲しいわ。神田くんがくれるなら、何でも嬉しいもの」
「あ?何でもってなんだよ、七面鳥がいいんだろ?そこんとこハッキリしろよ」
苛立ち気味に片眉を引きつらす神田だったが、その頬の赤みは隠しきれない。
「ごめんなさい、とっても嬉しくて・・神田くんと七面鳥を囲めるなんて、あの・・・夢みたいで」
ミランダは頬を染めながら、そっと神田を見上げる。潤んだ瞳で見つめられると、慣れないせいかこそばゆい。
ぷいと顔を背けると、神田は一人ずんずんと逆方向へ歩きだした。
「か、神田くん?どこ行くの?」
「どこって、七面鳥捕まえに行くんだよ」
「・・えっ?」
「おい、その七面鳥ってのはドイツにいるのか?」
「そ、そんなことはないと思うけど・・あの、神田くん?」
呼び止めるが、神田の足は止まらずミランダの声も聞こえていないようだ。
(・・・捕まえる?)
何かがおかしい、何かが噛み合わないような気がして、ミランダは嬉しい中にも一抹の不安を感じたのだった。
◆◇◆◇◆
自室に戻り、旅仕度をする神田は地図を広げて難しい顔をしていた。
(七面鳥か・・)
七面、という位だから恐らく顔が七ツあるんだろう。
そんな奇怪な鳥は聞いた事はないのだが、ミランダの様子を見るに彼女の生地ドイツでは比較的有名な鳥のようだ。
ドイツに赤ペンで丸をつける神田は、残念ながら真剣そのもの。
彼は、『七面鳥』がクリスマスに出される料理とは知らない。年中蕎麦を食べる神田は、クリスマスも例外ではなかった。
地図を畳みながら、ふと手が止まる。軽く首を傾げ、宙を睨む。
(つうか・・・・七面鳥を『囲む』ってなんだ?そんな遊びがあんのか?)
「・・・・・」
よく分からないが、ミランダが喜ぶならその遊びに付き合ってやってもいい。
神田はポケットに地図を仕舞うと、いつもより僅かに六幻を強く握りながら自室の扉を開けたのだった。
クリスマスまで、あと一週間。
神田が真実に気づくのは・・・まだ、先のこと。
End
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