D.gray-man U




「ち、長官・・・・っ?」
「どうかしたのかね、リンク監査官」
「い、いいえ」

ルベリエは訝しげにリンクを見て軽く首を捻るが、その手に持っていたケーキの箱を見ると、僅かにだが顔を緩ませる。

「やはり、間に合ったか」
「はい?あの・・長官?」
「いや、中央庁へ帰るのが少々早まりましてね。しかしあなたのことだ、また今年もケーキを作っているだろうと思い、一応様子を見に来たんですよ」

ルベリエは黒いコートを着て、手には革の鞄を持っている。帰るついでにわざわざ寄ってくれたのかと、ハッとしてルベリエを見た。
いつも一方的に渡しているだけなのに、忙しい長官がこうして自分の為に時間を割いてくれた・・・リンクの胸に感激と共に罪悪感が沸き起こる。

恥ずかしさに居た堪らない気持ちで、下唇を噛み締めた。

「申し訳・・ありませんでした」
「?・・なんのことかね」

ケーキの箱を持つ指に力が入り、脳裏にちらつくミランダに心の中で詫びる。
やはりダメだ、ダメなのだ。自分はどうあっても長官を裏切るなど出来ない、例え恋しい人の為であったとしても。

「お・・お誕生日、おめでとうございますっ・・・」

「リンク?まさか・・」
「・・・いいの?」

差し出す箱を持つ、その指が微かに震えていたのに気づいたのは、アレンとリナリーだけだった。

「ありがとう、では見せてもらいますよ?」

受けとってすぐ箱を開けるルベリエの顔は、まるで教師が生徒の宿題をみるように、真剣な顔である。
苺のピンクとクリームの白、ハートマークと薔薇の飾りを見ると、ルベリエは一瞬戸惑うような表情をみせたが、ふむ、と頷いて。

「今回は・・珍しいコンセプトのようですね・・・力の入れ込みが伝わってくる」
「・・・・は、はい」
「飾りのディテールも素晴らしい、また腕を上げたようだ。とくにこの薔薇に囲まれた猫が実に可愛らしい」
「・・・・・・」

その猫はミランダのつもりで作ったのだ。
薔薇飾りの中で眠るチョコレート色の猫、その周りでダンスする動物たち。リンクの自信作である。
出来れば見せたかった、これを見せた時に彼女がどんな顔をするのか・・それだけが後悔だった。

「リンク監査官、一つ減点があります」
「!?・・な、なんでしょうか」
「名前が、違います」

(あ)

リンクはプレートに書いた『M,〇,L』という文字を思い出し、顔がジワジワと赤くなるのを感じる。
まるで奇妙な暗号である、どうして無難な『HAPPY BIRTHDAY』とかにしなかったのかと、自分自身を強く責め立てたい。

「それは・・あの・・」
「わたしの名前は『M,C,L』ですよ?」
「・・・・・・は?」

「マルコム(M)・C・ルベリエ(L)は『M,C,L』でしょう?『C』が『O』になってますよ」

軽く咎めるように言うが、ルベリエ自身それほど気していないようだ。
『C』という文字を書くときに勢い余って『O』になったくらいに、想像しているらしい。

「もっ、申し訳ありませんっ」

深々と頭を下げて、助かった・・と目をつむる。気づかれぬように小さく息を吐いた。
ケーキが箱にしまわれる音がして、リンクは頭を上げる。ルベリエは刺すような目つきで背後にいるアレンを見ると、

「・・リンク監査官、引き続き任務にあたって下さい。報告は欠かさぬように」
「は、かしこまりました」
「では、戻ります」

お気を付けて、とリンクは再び深く一礼しルベリエの足音を耳にした。
カツ、カツ、と一歩また一歩と遠退くのが聞こえると、安堵とともに喪失感が芽生える。

これでよかったと、心から思ってはいるが・・どうしてか、立っている足に力が入らなかった。

「リンク・・」

やや丸みを帯びた疲れた背中のリンクの肩に、アレンが手を置く。

「あの、何と言っていいか・・大丈夫ですか?」
「別に、元よりこうする予定でしたから・・どうという事は」

そう言いつつも、声に力がない。アレンとリナリーは顔を見合わせ頷き合うと、

「えっと・・ほら、ケーキが無くてもおめでとうは言えるじゃない。行きましょうよ、ね?」
「そ、そうですよ、リンクが1番にお祝いを言ってあげれば、ミランダさんは喜んでくれますって」
「・・・・そう、だろうか」
「そうよ!ほら、リンクにはまだその花が残っているじゃない」

たしかに、スノードロップはまだリンクの手の中にあった。しかしこんな小さな花で、一輪だけだ。みすぼらしくないだろうか。
俯いて、その白い雫の形をした花を見る。リンクの故郷ドイツでは、雪に色を分け与えたと伝えられる花。

その花言葉は『希望』であった。

「・・・希望か」

リンクの丸まった背中がいつものようにシャンとし始めるのを、アレンとリナリーはホッとした心持ちで見る。
いつもミランダの件ではからかったり面白がったりする二人だが、流石に今回は同情してしまう。もちろん焚きつけた責任もあるが。

「ほらリンク、行きましょう!ミランダさんの初めての男になるためにっ」
「そっ、その言い方はやめろ!」

赤らめた顔でキッとアレンを睨みつけ、照れ隠しのようにオホンと咳ばらいをする。

「では・・・行ってみましょうか」
「そうよ、せっかくだもん」
「さっ、そうと決まれば急ぎますよ、お茶の時間が過ぎちゃいますからね」
「・・・君たち」

珍しく元気づけてくれるアレンとリナリーに不覚にも胸が熱くなり、へこたれた気持ちがムクムクとプラスへ転じて行くのが、自分でも分かった。

そうだ、早く彼女に誕生祝いの言葉を告げるのだ。きっと忘れられていると思っているだろう、彼女の為に。
遅くなって申し訳ないと、詫びとともに告げた瞬間の驚きと喜びの表情は、間違いなく自分のものだ。

(まだ、希望はある)

スノードロップが微かに揺れる、まるで自分を応援してくれているように・・・。



「お、三人してどこ行くんさ?」

気楽な声が聞こえ、振り返るとラビがジュース片手に近づいて来るのが見え、リナリーは久々の仲間に笑顔で応えた。

「あらラビ」
「お、リナリー久しぶりじゃん。お帰り!どうだったオーストラリアは」
「ラビ、たしか科学班でイノセンスのメンテナンスじゃなかったんですか?」
「あー、終わったよ。えらい時間かかってさぁ・・正直ちょい疲れたわ」

コキ、と首を回し苦笑いしながら持っているジュースを一口飲む。ふと、思い出したように目を見開くと。

「ん、そういや科学班にミランダもいたな」

「えっ!」
「ホントですかっ?」
「え?なにその食いつきっぷり」

怪訝な顔をするラビの前に、眉間にシワを寄せたまま問い詰めるようにリンクが立つ。

「ちなみにミス・ミランダはまだ科学班に?」
「え?ああ、まだいるんじゃねぇの・・ってなに、ミランダになんかあんさ?」
「・・・別に、なんでもありません」

興味が沸いたらしくワクワクしたラビの様子に、リンクは花を後ろに隠し、ツンと顔を背けた。

「ところで、そのミランダなんだけど」
「・・?」


「1月1日が誕生日だったらしいぜ、リンク知ってた?」


咄嗟に目を見開き、信じられないものを見るようにラビを見る。

「は・・」
「いやー科学班のファイル見て気づいてさ、こりゃヤベェって」
「・・・・・・ラビ?」
「まさか」

嫌な予感に三人の顔は強張り動きが止まる。
そんな三人の様子に気づかないラビはジュースを飲み、なんてことない口ぶりで。

「だから急いで『おめでとう』って、そしたらミランダってばえらいビックリし」
「セイヤアアアッ!!」

ラビが話を言い終わるより早く、風切り音とともにリナリーの一本背負いが見事に決まった。ドスーン!とラビの背中は床に強く打ち付けられ地面が揺れる。
飲んでいたジュースがカコンと頭に落ち、咄嗟のことにポカンとして目をぱちぱちと瞬いた。

「・・へ?」
「信じらんないわっ、ラビがそんな人だとは思わなかった!」
「ひどいです、もうラビにはガッカリですよ」

「えっ?えええっ・・?」

「空気読めってんですよっ!」
「ほんとよ!」

罵倒されても何のことかサッパリ分からないラビは、床に倒れたまま説明を求めるようリンクを見たが、そのリンクも何か強い衝撃を受けたのか、崩れ落ち床に四つん這いになっていた。

「あの、リンク・・げ、元気出して下さい」
「ええと・・ラビのは、ほら悪い犬に噛まれたみたいな?・・あら、例えが違うわよね」
「・・・・・・」

がっくりとうなだれたリンクに、もはや何と言えばいいか分からず、アレンとリナリーは顔を見合わせる。
どうフォローすればいいかも思い付かない、今回はさすがに色々と間が悪い・・悪すぎた。

「別に初めてにこだわらなくても・・ミランダさんにおめでとうは言えるじゃないですか」
「そうよ、そもそも十分遅れてるんだから。ラビの一人や二人・・ねっ?」

焚きつけた二人が言うのも説得力がない。アレンとリナリーはなんだか気まずくて、そのまま黙り込む。
今回、リンクにとって千載一遇のチャンスだった。いつもライバル(マリ)に先手を取られ悔しい思いをしていた彼が、初めて優位に立てるはずだった。

(こんな・・状態で、彼女に会うことは出来ない)

どっと体に疲れが生じる、これは精神的な疲れだろう。上りと下りのスピードについて行けなくなっただけだ。
とりあえず今日は出直そう。今は力が出ないが・・・後日にあらためて彼女に誕生日の祝いを告げればいい。

目を閉じ、握っていた白い花から顔を背けた。

壁に手をつき、ヨロリとリンクは立ち上がる。ふと、視界に見覚えのある人物が近づいて来たのが分かり、怪訝な顔でそれを見た。

(・・あれは)

ゆっくり視界の焦点が合ってきて、チョコレート色の髪とミルクみたいな白い肌を見ると、リンクの心臓は跳びはねる。


「みんな、どうかしたの?」

その人は、ミランダだった。
ただならぬ様子に不思議そうに辺りを見回し、リナリーがいるのに目を止めると、顔を輝かせながら近づいていく。

「リナリーちゃんっ・・お帰りなさい。無事でよかったわ」
「ただいまミランダ、会いたかったわ」

私もよ、とミランダはリナリーと手を取り合う。それからアレンやラビに目を移し、最後にリンクに目を止めると何かに気づいたように目を見開いた。

「まあ、ハワードさん」
「は、はい?」
「それは、どこで?」

「・・・それ?」

食い入るような視線を手元に感じる、ミランダはリンクが持っていた白い花を見ていた。

「この、花ですか?」
「ええ、スノードロップ・・懐かしいわ。この花、大好きなんです・・小さくて可愛くて」

「あ、あの、ミス・ミランダ・・」

目を細めて花を見つめるミランダに、リンクの胸は早鐘のように鳴り響く。
背中をドンと押され、振り返ると「今ですよ」とアレンに小声で囁かれたので、気恥ずかしさに軽く睨んだ。

「こ、これは・・」

緊張から声が上擦ってしまい咳ばらいでごまかす、ピンクのリボンがついたその花を、リンクはおずおずと差し出して。

「スノードロップは・・・あなたの誕生花です」
「え?」

「おっ・・・お誕生日、おめでとうございますっ・・!」

湯気が出そうなくらい、顔が熱かった。

「誕生日?」
「あっ、す、すいません、遅ればせながら・・ではありますが」
「・・ハワードさん」

ミランダは差し出された一輪の花をそっと受け取ると、香りをかぐように鼻を近づける。
淹れたての紅茶が醸す湯気のような柔らかな微笑みが、眩しい。

この笑顔を見れただけで、もう全てが報われた気がした。

「ありがとうございます、私・・誰かに花なんて貰ったの、初めてで・・」

「初めてですか?」
「ええ、しかも大好きなこの花を貰えるなんて、とっても嬉しいです」
「・・・初めて・・・」

ほわほわんと胸が甘くとろけるような感覚に、軽い眩暈を覚えた。
リンクは心の中でグッとガッツポーズを作る、彼女に花を送った『初めての男』は自分なのだと。
誕生日の祝いは毎年あるが、ミランダの人生で『初めて』花を贈ったのは自分なのである。

「・・もし宜しければ、このスノードロップが咲いている花壇までご案内しましょうか?」
「まあ、いいんですか?」
「もちろんです、枯れ草に隠れるように咲いていて、ちょっと見つけづらいですから」


自信に満ちた笑みを浮かべるリンクに、アレンとリナリーは複雑な顔をする。さっきの落ち込みが嘘のようだ。
この変化は素直にすごいと感心するが、二人とも今回はそれを憐れみを含んだ目で見ていた。というのも、ミランダが見覚えのない髪飾りをしていたから。

白く繊細な作りの髪留めは、どう見ても新品で。デザインはフランス風の物であった。

「・・・・・」
「・・・・・・」

多分、いや間違いなく・・昨日までフランスにいたマリからのプレゼントだろう。
口には出さないが、アレンとリナリーはお互いそれを感じているのに気づき、目を合わせて頷き合った。


(いつ・・リンクがそれに気づくか)


気づかないはずはない。おそらくミランダの後ろ姿を見た時が・・・あの笑顔が、崩れる瞬間だ。

出来れば気づかずにいて欲しい。落ち込むリンクを慰めるのは、また自分たちのような気がするから。

(正直、メンドクサイ・・・)



そして、もう一人。

床に叩きつけられ『空気読め』と叱られたラビも、リンクが誕生祝いに渡した白い花を見て、なんとも言えない顔をしていた。

言うべきか言わざるべきか・・・。

スノードロップはイギリスでは親しまれている花だが、反面贈ってはいけない花といわれている。異性には・・とくにいけないらしい。

「・・・・・・」

当の本人達は全く気づいていない。そういえば二人ともドイツ人だった、なら仕方がない。ドイツではそんな言い伝えはないのだから。
わざわざ言うことではない、リンクとミランダが嬉しそうならそれでいいじゃないか。ここはやはり空気を読んで口を閉ざすべきだ。

ラビはそう決めて、まだ痛む背中を摩ったのだった。










End

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