D.gray-man U






厨房にいるアレンとリンクに目を留めると、リナリーはカウンターから身を乗り出して声をかける。

「ねぇねぇ、何作ってるの?」
「あれ?リナリー、帰ってきたんですか?」
「ええそうよ、二人ともハッピーニューイヤー!」

長期の任務に出ていたリナリーは、ほぼ一ヶ月ぶりの本部帰還だった。
年末年始をオーストラリアで過ごす嵌めになったリナリーは、心なしか日焼けしていて。それなりに楽しい思いもしたのだろう、コアラのTシャツがそれを物語っていた。

「オーストラリアはどうでした?暖かかったですか?」
「とっても暖かかったわ、だからこっちに帰ったら寒くって、あっちはビーチで泳げるくらいなのにね」
「全く・・任務で行っているというのに」

エプロン姿のリンクは眉をひそめるが、その姿にリナリーは口を尖らせながら、

「いいじゃない、任務の後くらい。それより、何作ってるの?」
「・・わたしが何を作ろうが、君には関係ないでしょう」

メレンゲを泡立てながらツンとそっぽを向くリンクに、リナリーは肩を竦めてアレンを見る。
マカロンの乗った皿を差し出し、アレンはコーヒーを飲み苦笑した。

「もうすぐルベリエ長官の誕生日らしくって、ケーキの試作品を作ってるんです」
「誕生日・・・?長官の?」
「なんでも毎年新作を作って渡しているらしいんです、プレゼントみたいですよ」
「・・・・リンクって、ホントに長官が好きなのねぇ」

50を過ぎた男に毎年手作りケーキをあげるなんて・・ちょっと理解に苦しむが。リナリーは呆れを通り越して感心するように言った。
言われた方は気にもしていないらしく、メレンゲにゼラチンを混ぜている。傍らに苺を潰した汁があるのを見ると、苺のムースを作るらしい。

「ああ、そういえば」

アレンから貰ったマカロンを口に放ると、リナリーは食堂をぐるりと見回して、

「ねぇ、ミランダ知らない?」
「ミランダさん?さっきまで朝食を食べていましたけど・・何か急用ですか?」
「ううん、急用って訳じゃないんだけど。プレゼントを渡したくって」
「プレゼント?オーストラリアでお土産買ってきたんですか?」
「何言ってるの?誕生日プレゼントに決まっているじゃない」
「え?」

アレンはキョトンとして目をパチパチと瞬く。何のことか分からない、という風に。
その様子にリナリーは怪訝な顔でアレンを見ると、

「え、って・・・・1月1日はミランダのお誕生日だったじゃない」
「・・・・・え」
「ちょっと待って?アレンくん、もしかして知らな・・」


ガッコーーーン!!!


「!?」
「なっ、なに?」

背後からの凄い物音に驚き振り返ると、製作中のムースをボウルごと床にぶちまけたリンクが真っ青な顔で立ち尽くしている。

「・・・リ、リンク?」
「ど、どうかしたの?」
「・・・・・・1日、だと?」
「え?あ、そうか・・リンクも知らなかったのよね、そうなのミランダのお誕生日は1月1日なのよ」

リンクはふらついた体を支えるように、作業台に手をつき片手で額を押さえた。余程の衝撃だったらしい。
無理もない、ミランダへ片想いしているリンクには、誕生日というイベントは恰好のアピールポイントだったのだ。
しかも1日や2日遅れるならまだしも今日は1月も後半。21日である。さすがに今更誕生日を祝われても、相手に困惑されるだけだろう。

「くっ・・・わたしとしたことがっ!」

悔し紛れに作業台を拳で殴るが、ダイヤモンドコーティングしている台は意外と硬く、リンクは無言で赤くなった第二関節を摩る。
少々間抜けなその様子にアレンとリナリーは同情を寄せるも、滑稽な様子に顔を見合わせ曖昧に笑った。

「べ、別に今からでも遅くないわよ?ほら、おめでとう言いにいきましょうよ」
「そうですよ、ちょうど今ケーキ作っているじゃないですか」

「・・・・・・ケーキ?」

アレンが指差す先にあるのは、リンクが敬愛してやまないルベリエへの誕生日プレゼントだ。
毎年この日の為にと、新作を考えデザインは勿論、フルーツの仕入れや小麦粉の産地にまでこだわって作る、お菓子という名の芸術品である。

自分の腕前を長官に披露する、この日の為に日夜菓子作りの腕を磨いていると言っても過言ではない。

「し、しかし・・これは・・」

さすがにルベリエへのケーキを渡すのは、躊躇うものがある。
確かにミランダは恋しい人であるが、ルベリエもまた、リンクにとっては唯一無二の存在だからだ。

「いいですかリンク、これはある意味チャンスだと思いますよ」
「・・・・・チャンス?」
「分かりませんか?おそらく今、この時点でミランダさんに『おめでとう』を言った人間はいないんです」
「それは、つまり・・」

「リンクがミランダさんの今年・・初めての男だという事ですよ」

「!!」

『初めて』という表現にリンクの頬がポワアアアッ・・と染まっていく、余計な想像力が働いたらしい。
ゲホンゴホンと軽くむせた後、照れ隠しのようにアレンを睨みつけ、それから製作中のケーキに目をやった。

(・・・・・しかし)

試作品といっても何度も改良を重ね、今作っているのがほぼ完成品である。
レアチーズと苺のムースを二層に重ね、間にはシロップを含ませたスポンジに季節の苺に胡桃。
新鮮な生クリームと、ビスキュイやマカロンでお菓子の家に見立てたデコレーション。目も舌も楽しめるという自信作だ。

(同じ物を作るには、もう時間がない)

ルベリエは今夜中央庁へ帰る予定だし、ミランダの方はリナリーより先に渡さねば意味がない。つまりどちらか一つ。

「・・・・・・わかりました」

拳をぎゅうと握りしめる。決意に満ちた・・というより悲壮感溢れる顔つきで。

「やはり・・・・・ケーキは長官に差し上げます」

「えっ、そうなの?」
「さすがに長官を優先しますかー・・」

意外、という顔で二人はリンクを見る。普段からのミランダへの一途さを思えば、その決定は驚きだった。

「長官も楽しみにされていると思う、それを裏切ることは・・わたしには出来ない」
「リンクって義理堅いわね」
「恋より忠誠心ですか・・・」

リンクは迷いを断ち切るように、さっきこぼしたムースを片付け始める。まだ後ろ髪引かれているのか、その手つきは若干荒っぽかった。

「そういえばマリは任務?」
「いえ、昨日フランスから戻ってきてますよ。マリも年末年始は任務でしたから」
「じゃあ、マリもミランダの誕生日は知らないのかしら・・・」

リナリーがぽつりと呟いた言葉に、リンクの雑巾を持つ手が止まった。

(・・・・・・・・なんだと)

いつもいつも、ここぞという時に美味しい思いをするノイズ・マリ。あの男も知らないというのか?

床にこぼしたムースの残骸を睨みつけながら、リンクは眉間にシワを寄せた。決めた意思に迷いが生じる。
もし今自分がここで諦めたら、間違いなくまたあの男が、ノイズ・マリだけがいい思いをするのか。

彼女の喜びも驚きも、独り占めするのか・・?


「駄目だ・・!!」


「な、なにっ?」
「びっくりした・・なんですかリンク?いきなり大きな声出して」
「リナリー・リー、絶対に駄目ですっ!」
「え?・・な、なによ、何の話?」

いきなり名指しされて、リナリーは驚きつつも少しムッとした様子でリンクを見る。
厳しい顔でリナリーを見る彼は雑巾を握りしめ、新たな決意にその目は燃えていた。言わなくても分かる、やる気になったのだ。

「いいですか、ノイズ・マリにこの情報を流してはなりません」
「情報・・・って、ミランダの誕生日?いやよ、ミランダだってマリにお祝いしてもらいたい筈よ」
「勿論、タダとは言いません」
「・・・・買収する気?」
「先日、ベルギー産の三ツ星品が手に入りましたから・・・・・フォンダンショコラではいかがですか」

リナリーの眉がぴくと動く。考えるように視線を床へと落とすと、口の端をゆるく上げた。

「それに生チョコのケーキも付けてくれるなら」
「生チョコのケーキ?」

リンクは僅かに眉を寄せたが、フッと鼻で笑うと。

「・・・・・・まあ、いいでしょう」
「ちゃんとチョコで薔薇の飾りも作ってよ?あとチョコはとろける感じでね、フォークで刺したらトロッとした感触がいいわ」
「わかりました、濃厚で程よくラムが効いたやつですね?」

リナリーはニッコリと笑い、頷いた。

「そうよ、楽しみにしてるわ」
「・・・では、頼みますよ」

「・・・・・・・」

リナリーが言わないでも、マリはもう知っているのではないだろうか。あの二人は恋人同士ではないが、どう見ても両想いなのだから。
アレンは心の中でそんな呟きを漏らしたが、リナリーの為にあえて口には出さないでおいた。






◆◇◆◇◆




ピンクのハート型のプレートチョコに白い花飾りをつけて、ゆっくりと慎重に、リンクはチョコレートの文字を書いていく。

『M,〇,L』

と、まるで暗号のようだがリンクなりに考えた言葉なのだ。
『M』は勿論ミランダの『M』。『L』はロットーの『L』だが実はリンクの『L』でもある。

そして最後に書いた真ん中の『〇』は・・・

「・・・・・・」
「リンク、なに顔赤らめてんですか?」
「べ、別に何でもありませんっ」
「ねぇねぇ、これって・・」
「今大事なとこなんですから、君たちは離れていて下さいっ!」

シッシッと手で追い払い、リンクは眉間にシワを寄せて最後の『〇』を書くと、満足げに口元を緩ませた。

その様子にアレンは首を傾げ、リナリーに耳打ちする。

「ねぇリナリー、あの『〇』って何なんですか?」
「アレンくん知らない?ほら、よく手紙の最後に書いたりする・・何て言うのかしら、メッセージ?」
「メッセージ?」
「たしか『×』はキスだけど『〇』って・・・・ええと、なんだったかしら」


『〇』は、抱擁だ。


ミランダへ抱擁を贈る、そんな隠れた意味がある。勿論実行は出来ないから、心の中で、という意味だが。

書き終えたプレートをケーキの上に乗せると、苺とレアチーズのムースケーキの出来上がりである。
ルベリエに贈るつもりで作っていたのより随分可愛らしい出来であるが、後悔はしていない。
砂糖で作ったウサギやタヌキがケーキの上でダンスしているのは、ミランダの誕生日を祝いたい自分の心の表れである。

「・・・・出来た」

最後に雪を演出する為に苺に粉砂糖をかけ、用意していた白い箱にいれると、ピンクのサテンのリボンを結んだ。

「・・随分力の入ったケーキでしたね、もう3時ですよ」
「あら、じゃあちょうどお茶の時間ね・・・もしかしてそれに合わせて作ってたの?」
「当たり前です」

胸を張ってそう答えると、エプロンを取りクルクルと丸める。
リンクの予定は、ケーキを渡した後にミランダと一緒にお茶をするつもりなのだ。その為にお茶の葉もセレクト済みだった。

「じゃあ、用意はいいですか?リンク」
「ケーキも出来たし、もう行くわよ」
「待ってください」

厨房の扉を開けようとする二人を制して、リンクは冷蔵庫の横にある棚を開ける。
怪訝な顔をする二人に背を向けて手を伸ばす、白い花が一輪さしてあった。

スノードロップ。ミランダの誕生花。

(・・・よし)

ケーキが焼き上がるのを待っている間、誕生花を調べたリンクは、白く可憐なその花をミランダに渡したくて、思わず中庭の花壇まで走り取ってきたのだ。
スノードロップは、ドイツでは『小さな雪の鐘』とも呼ばれており、その白く清らかな花はさながら早春の天使のようである。

「まあ、可愛い花。ミランダにあげるの?」
「リンクって・・・ほんとロマンチストですよね。さっきいなくなったのはその花のせいですか」

二人の声は無視しながら花にピンクのリボンを結び、ケーキの箱とともに持つ。

「行きますよ、二人とも」

首もとのタイを軽く直しながら緊張をほぐすように、は、と息を吐く。
誕生祝いがここまで遅れたことを何と言うべきか迷うが、言い訳するのも男らしくない。やはり素直に知らなかった、と言った方がいい。

「・・・・・」

(誕生日か・・・)

ここにきて急に思い出してしまい、リンクは迷いを断ち切るように頭を振った。
明日は1月22日、ルベリエの誕生日である。尊敬してやまない長官は、今夜中央庁に戻るのだ。

正直言えばまだ迷っている、本当にいいのだろうかと。いくら恋の為とは言え、まるで長官を裏切ってしまったようで・・・。

「どうしました?リンク」
「いや・・なんでもない」

いつまでも考えていても仕方ない、もう選んでしまったのだ。ケーキもミランダ向けに作り替えてしまった。悩んでも、もう遅い。

(・・・誰かが言っていた、人は恋と革命に生きるのだと)

革命に生きるつもりはない、出来るなら自分は・・・。

脳裏に白く繊細な面立ちが浮かぶ、淋しげで綺麗な顔の年上の彼女。慎ましやかな、可憐な人。
ミランダを想うだけでリンクの胸に、キュンと甘く切ない何かが生まれて痕を残す。

(革命ではなく・・)


「恋に生きる!」


キッと空を睨むとドアノブを掴み、勢いよく開けた。


「・・・・・・こい?」

目の前に現れた人物は、ちょうど厨房の扉をノックしようと拳を持ち上げたところで、突然開けられた扉にやや驚いている様子。

「・・・!!!!」
「・・・・・あ」
「あら」

最初に声を出したのはアレンとリナリー。
扉の向こうに立っていたのは、厳めしい顔のルベリエ長官・・その人であった。



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