D.gray-man U






「そっ・・それは」
「?」

みるみる顔が赤くなり、恥じらうような仕草を見せるミランダに、ソカロは首を傾げる。
言いづらそうに、もじもじとスカートを指先でねじりながら、

「あの、元帥のお体が、大きいので・・・」
「オレの体ぁ?」
「その、ええと・・み、見ていると思い出す・・というか・・あ、いえその」
「あん?」

ただでさえ声が小さいのに、しどろもどろでよく分からない。傾げていた首をさらに捻り、ソカロはミランダをまじまじと見た。

「何いってんだ、テメェ」
「・・っ!すすすみませんっ」

怒らせたと思ったのか、ミランダの顔は瞬時に青ざめて。

「すいません、本当に・・あのっごめんなさあぁいっ!」
「?」

頭をペコペコ下げながら、ミランダは泣きそうな顔で後ずさると、それは素早い速さでソカロの前から逃げ出す。
引き止めようかと口を開いたソカロだが、無駄に終わるような予感から口を閉じた。

ミランダは食堂の入口までたどり着くまでに、二度ほど躓き、最後に柱に衝突すると、よろめきながら食堂から出て行ったのが見えた。

「・・・・・」

なんなんだ、あの女は。

近づいてきたかと思えばすぐに逃げ出して。
その意味不明な物言いとビクビクした弱気な態度には、少しであるがソカロを不快にした。

(馬鹿にしてんのか?)

苛立ちながらそう思ったが、すぐに違うような気がして思い直す。見たところ、あの女にそんなこと考える脳みそはなさそうだ。

そんな余裕もなさそうだ。

「・・・・・」

ミランダがいたテーブル付近はガラスが散乱し、こぼした水でびしょびしょに濡れて滑りそうである。
多分、いや間違いなく当の本人は忘れてしまったのだろう。切った指の痛みも治療も、彼女の頭の中には既にないのかもしれない。

(三歩歩いて忘れる・・・トリ頭か)

以前、クラウドに言われた言葉を思い出し、ソカロは不快そうに眉を寄せる。
本物のトリ頭(ミランダ)を見た後だからか、クラウドに猛烈に抗議してやりたくなった。





◇◆◇◆◇



(きっと、すごく怒ってらっしゃるわ・・)

中庭のベンチに座りグッタリとうなだれながら、ミランダは拳を握りしめた。
さっきまで血が出ていた指は、走っている間に止まっていたらしく、流れた血の跡が手袋に染みて痛々しい。

(・・・・・)

あんなふうに逃げ出したりして、きっと元帥は失礼な奴だと思っているだろう。
あの時、マスクの中のソカロの瞳に自分への苛立ちと呆れを見て、ミランダは申し訳なさといたたまれない気持ちから、ついあの場を逃げ出してしまった。

(後で・・もう一度、きちんと謝りに行かないと)

ふぅ、とため息を漏らして。血が固まり硬くなった手袋を外すと、傷口が引っ張られ痛みから顔を歪める。

(あっ!そういえば割れたコップ・・!)

片付けもせず来たことを今さら思い出して、ミランダはハッとしてベンチから立ち上がる。

「・・・・・」

食堂へ行かなければ、そう思うけれど・・。
ミランダは、力が抜けたようにドスンとベンチに腰を下ろした。

(私・・何をやっているのかしら)

どうかしている。
恋人のマリに会えないからって、何をやっているんだろう。

ミランダは情けなさに、気持ちがどんどん重たく落ち込んでいくのを感じる。ほんのひと月、たった一ヶ月会えないだけでどうしてこうも気持ちは塞いでしまうのか。

(マリさんだって、頑張っているのに・・)

教団で毎日のほほんと過ごしている自分なんかよりも、間違いなく大変な筈だ。
戦闘につぐ戦闘で、もしかしたら怪我をしているかもしれない。

(マリさん・・)

心配と恋しさに、涙が滲んで指先で目頭を押さえる。

午後の暖かな日差しが、カエデの木をキラキラと照らすと、ミランダは半年以上前のクリスマスにした、宿り木のキスを思い出した。

大きな体に包まれるように抱きしめられて、とても優しいキスだった。
耳元で囁かれた愛の告白に、全身に電流が流れるような痺れを感じ、あの時ミランダはとても幸せだった。

(・・・・・)

寒い夜だったけれど、とても暖かくて、今思い出しても胸が熱くなる。

(また・・私ったら)

毎日毎日、こんな事の繰り返しだ。

いつもいつも何処かに、マリの面影や存在を探してしまう。そんな事ばかりしているから、さっきみたいな事が起きたのだ。

身長や体格が似ているからと、思わずマリを見るようにソカロを見つめてしまった。
食事中に、あんなふうにジロジロと見られたら誰だって嫌に決まっている。

(でも・・)

ミランダは、ソカロを見上げた時を思い出す。
本当に、マリを見上げているような・・そんな気持ちにさせられて。実はこっそりドキドキしていたのだ。

見上げる首の角度、何より胸元の筋肉の様子がとてもマリを思い出された。ソカロの顔を見ず、胸元を見ていればマリがそこにいるような錯覚を起こしそうになる。

「!?」

(わ、私ったら・・!何を考えているのっ)

ハッとして焦りながら頬をペチペチと叩き、邪念を掃うように首をブンブンと振った。

だから、どうしてこうもマリの事ばかり考えてしまうのだろうか。自分の頭はそれしかないのか、こんなに色恋にうつつを抜かしてばかりではエクソシスト失格だ。

「ああ、もうっ」

ポカポカと頭を叩き、ミランダはベンチから立ち上がる。
こんな風に一人でウジウジ考えているのがダメなのかも、このままではどこまでも深く、地底の底までマリを探しに行きそうだ。

(とりあえず、人がいる所へ行きましょう)

食堂へ戻って、コップを割った事を謝らないと。掃除もしないといけないし。ソカロへの謝罪は・・とりあえず食堂へ行ってから考えよう。

ミランダは何とか考えを前向きに修正すると、やや早足で食堂へ向かって歩き出した。

その時。

「あら、ミランダさん?」

ちょうど中庭と建物をつなぐ扉から、室長補佐のフェイが現れて。

「室長、見なかったかしら」
「えっ?い、いいえ・・どうかしたんですか?」

ミランダは真剣な面持ちのフェイに、少し驚いて目を丸くする。フェイは手に持っていた一枚の紙を見せると、ふうとため息をついた。

「また、逃げたのよ」

『探さないで下さい』と書かれた紙を見て、ミランダの顔は引き攣った。
コムイの逃走癖は教団中のよく知る所だが、
このフェイが中央庁から来てから、さらに逃走回数が増えているらしい。

どうやらかなり厳しい補佐ぶりらしく、彼女が来てから科学班の残業が劇的に減ったと、もっぱらの噂であった。

「全く・・今度はどこに逃げたのかしら」

美しい眉を軽く上げながら、置き手紙?をちらりと見ると、

「中庭に、不審な様子はありませんでした?大きな箱や不思議な置物とか・・」
「さあ・・な、無かったと思いますけど」
「そうですか」

フェイは考えるように口元に指を宛てると。

「一応、念のため・・私も見てみますわ」

では失礼、と中庭へと歩き出した。ミランダはフェイの大変さに同情しながら、自分も食堂へ行こうと扉を開けようとした。

(あ・・!)

はた、と思い出したようにフェイを見る。
室長補佐の彼女なら、現在任務中のマリの状況を誰よりも早く知っているのではないだろうか。

(マリさんが・・いつ戻るかとか)

思わずゴクリと喉が鳴る。

今まで何度も科学班まで行きながら、聞くに聞けなかったのは科学班のメンバーが男性ばかりだからだ。
しかも激務中の科学班員に、呑気に恋人の状況を聞くほどミランダは図々しくない。

フェイは同性だし、何度か一緒に食事もした事がある。しかもマリとミランダの関係も知っているから、聞いても不審に思われないないだろう。

(き、聞いちゃおうかしら・・)

ドキドキと胸が高鳴り、頬が染まる。
おそるおそる振り返ると、フェイはまだミランダから少しばかり離れた場所を歩いていて、今なら、声をかけても間に合いそうだ。

「あ、あの・・フェイさんっ」

上ずった声は微かに震えていたが、フェイは聞こえたらしく足を止める。

「どうかしまして?」
「ご、ごめんなさい・・聞きたい事がありまして」
「聞きたい事・・?」

僅かに眉を寄せて、ミランダの様子を見る。
赤らんだ頬と恥ずかしそうに俯く仕草に、何を聞きたいのかフェイはすぐに悟った。

「それは・・任務中の、ノイズ=マリさんの事でしょうか」
「!・・えっ、あっ・・は、はい」

図星を指されて、ミランダの心音がさらに速まる。フェイは止まった足はそのままで、やや離れた場所からクス、と微笑むと。

「無事ですわ、つい先程連絡がありましたから」

さらりと言われた言葉に、ミランダは大きく目を見開いた。

「さ、さっき?・・連絡があったんですかっ?」
「ええ、怪我もないようですし、任務の目的のイノセンスも無事回収したようです」
「!!」

フェイの言葉に、ミランダの胸は跳び上がらんばかりに踊り跳ねる。

「じゃあ・・その、マリさんはもうすぐ帰って・・?」
「あ、いえそれは・・」
「え?」

フェイが気まずそうに、ミランダから視線をずらすと、その様子に、さっきまで高鳴っていた胸は不安げな鼓動へと変化していく。

「今回の任務は終了ですが、実はノイズ=マリさんがいる場所の近くでアクマの目撃情報がありまして」
「・・・・・・」
「一旦、本部にお戻りになるのをお勧めしましたが、ご本人の希望もありましたので・・」

そのまま続けて任務に入られました、と。

事務的な内容なのにフェイの口調は優しかった。自分を気遣っているのだとすぐに分かったが、ミランダは顔が強張りうまく返事ができない。

「そ・・そう、なんですか」
「ですが・・ミランダさん、この任務を無事終えればすぐに帰ってきますよ」
「はい、あの・・すみません、ありがとうございます」

ぺこ、と頭を下げ何とかぎこちなく微笑を返すミランダの様子は、見ていて痛々しいが、当の本人はその気落ちを隠そうと、頑張っているのがフェイには分かった。

「あの、ミランダさん・・大丈夫ですか?」
「えっ、はい、大丈夫です。本当にすみませんでした」
「いいえ、それはいいんですが」

フェイは慰めの言葉をかけるか迷い、結局上手い言い回しが思い浮かばず諦める。

「では、私そろそろ行きますね・・室長を探さなければなりませんので」
「す、すみませんっ、フェイさんお忙しいのに」
「いえ、宜しいんですよ・・では」

軽く会釈し、中庭へ続く道を歩いて行くフェイが見えなくなると、ミランダはゆっくりと視線を地面へと落とした。
さっき前向きにした気持ちは既に萎み、食堂へと向かっていた足はぴくとも動かない。

(また・・任務)

分かっている、仕方のない事だって。

ミランダも同じエクソシストだ。
マリの任務への強い責任感を理解するし、尊敬もしている。

(・・・・・)

分かっている、分かっているのに。頭ではそう分かっていても、心はどうしても沈んでしまう。

(また、しばらく会えないのかしら・・)

ミランダだっていつ任務の呼び出しがあるか知れない、そうなって入れ違いにマリが戻ってきたら、ますます会えないではないか。

(マリさん・・)

扉を開けて、ややふらついた足で室内に入ると。
明るい光に慣れた視界が一気に暗くなり、まるで自分の心のようだ、と思いながらミランダは扉を背に瞳を閉じた。




◇◆◇◆◇





寝酒に一杯やろうと、ソカロは自室の酒棚を開けたが、いつも飲んでいるテキーラが無いのに気づく。

しかしすぐ、先日クラウドと飲み競べをした時の事を思い出し、置き忘れたのだと気づくと、面倒だが取りに行くためソカロは談話室へと向かった。

深夜2時を過ぎているせいか、廊下は明かりも消えて非常灯だけが床を照らしている。
かなり薄暗く人気もないが、まだ仕事中の班も多いのだろう、遠くで人の話し声が聞こえていた。

(?)

ふと、妙な気配に気づいて足を止める。
談話室の明かりが扉の隙間から漏れて、微かに人の気配がしていた。

こんな夜遅くに誰が談話室を使うのか、訝しく思いながらもソカロは扉を開ける。

(なんだ?)

すぐに部屋中に漂う強烈な酒気に眉を寄せ、
足元にゴロゴロ転がるワインやウイスキーといった酒瓶に躓きそうになった。

ゴト、とグラスが倒れるような音がして反射的にその方を見ると、一人の女がテーブルに俯せになり、どうやら寝ているようである。

(あれは・・)

何となく嫌な予感に眉を寄せる。
間違いない、昼間のミランダ=ロットーとかいう女だ。

(また・・こいつか)

何をやってるんだ、まさかこれだけの量の酒を一人で飲んだのか。
いや、床に転がっている空瓶だけで5,6本はあるだろう 、いくらなんでもそれはない。

「・・・ん・・」

ミランダは俯せのまま、微かに身じろぎ寝苦しそうに腕を伸ばすと、ちょうど飲みかけらしい酒瓶に肘が当たった。
グラグラと揺れ今にも落ちそうになっている酒瓶に気づき、ソカロは思わずそれを手に取る。

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