D.gray-man U





「ミランダが一生懸命作ってくれたんだ、大事に食べるよ」

マリは微笑みながら、ミランダが準備よく持って来てくれたフォークを取る。小皿はないのでそのまま直接、ケーキに刺した。
正直言えば、ほんの少しだけ緊張する。
普段のミランダの不器用さを知っているだけに、砂糖と塩の間違えぐらいウッカリしないとは、言い切れない。

「いただきます」

フワ、としたスポンジの弾力に安心感を覚えながら、マリは一口食べた。

(・・・・ん)

意外、と言っては失礼だが美味しい。ちゃんとケーキの味がしている。ホッと胸を撫で下ろしつつ、マリは二口目もフォークに刺した。
美味しい、と感想を言おうとミランダを振り向くと、マリはその異変に気付いて目を見開いた。

(・・ミランダ)

寝てる。

俯いたままの状態で、まるで電池が切れたようにピクリともしていない。
よほど疲れていたのか、ミランダの心音は浅い眠りのそれでなく、いきなり深いゆっくりとした音だった。

(・・・・)

どうする?と思わず自問自答する。
このまま寝かせてあげたいが、時間も時間だ。自然に目覚めるのを待てば、間違いなく朝まで目覚めまい。
しかし、これほどぐっすり眠っているのを起こすのも忍びなくて。

(困ったな・・)

手に持ったフォークを静かに置いて、マリはガクンと首が折れるくらい俯いている、ミランダの肩にそっと触れる。

「・・ミランダ?」

囁くように、名前を呼ぶがもちろん反応はない。

(起こすのも可哀相だな・・)

とはいえこのまま座ったまま寝かせるのは、かえって苦しいだろうと。やはりミランダの部屋まで運んであげるのが、1番良い気がした。

(この時間なら、皆寝ているだろうし・・誰かに見られる心配もないだろう)

勿論、マリのベットに寝かせて自分は修練場辺りで寝る事も考えたが、それでは明日の朝、ミランダがひどく落ち込むだろうと容易に想像できるから。
マリがケーキを箱に戻そうと、皿を持ち上げようと手を伸ばした。その時。

「!?」

ポフン、と何かがマリの腕に当たる。
いや、何かではない。マリはそれが直ぐにミランダの頭だと分かった。
ふにゃり、と力が抜けたようにマリの腕に寄り掛かり、スウスウと寝息をたてる。

(・・こ、これは)

ミランダの頬がぴたりと二の腕にくっつき、
そのフワフワしたくせっ毛からは、菓子作りで使ったのかバニラエッセンスの香りがした。
恋人なのに、ここまで密着した事はないからマリは鼓動が速まる。

「・・・っ、ん・・」

ミランダは僅かに身じろぎ、吐息を漏らす。
寝苦しさを感じるのか、微かに眉を寄せるとそのままマリの膝に寝転がろうとしたので、
驚いたマリは慌てて、倒れるミランダを咄嗟に抱き留めた。

(し、しまった)

腕にすっぽりと入ったミランダは、厚い胸板の布団を心地よく感じているようで、安心したような寝息を立てている。
逆にマリは、無防備に全身を預けられ動揺と緊張から、体中が固まってしまった。

甘い香りと柔らかな感触に眩暈がしそうで。
体に感じるミランダの体温は、寝入りばなのせいか熱かった。

「・・・・・・」

抱き上げて、ミランダを部屋まで運ぼうと思うものの、マリの体は動かない。それどころか、いけないと思いながら抱きしめる腕に力がこもる。
起こさないよう、ミランダを抱きながら、柔らかい髪に頬を埋めてマリはため息をもらした。

つい不埒な考えが頭を過ぎる。
このまま寝ているミランダに、口づけをしたいと思ってしまう自分をマリは情けなく思った。

(どうかしているな・・わたしは)

寝込みを襲う真似をしてまで、ミランダと口づけをしたいのか。
恥を知れ、恥を。と自らを叱り付けマリは落ち着きを取り戻そうとする。

けれど柔らかい髪がマリの頬をくすぐると。
もう半ば無意識に、その小さな頭にキスを落としてしまった。

(い、いかん・・)

動揺しつつ、唇を離す。
ミランダを抱きしめているうちに、まずい事を考えてしまった。マリは飢えた狼のような自分に嫌悪感を覚えつつ、ミランダからゆっくりと離れる。
そのまま抱き上げようとすると、ミランダがマリのシャツを握っているのに気付き、それを放そうと指に触れた時、ミランダは反射的に何かを掴むようにマリの指を握った。

(ミランダ・・)

その子供のような仕種に、マリは思わず微笑がもれる。

安心しきったような、その仕種はとても可愛らしかった。
起きている間は、我慢して甘えないミランダに「行かないで」と言われたようで。

それは、とても愛おしい仕種だった。

「・・・・」

抱き上げようとした腕を元に戻して、マリはもう一度ミランダを抱きしめると、握られた指を口元に寄せ、ミランダの人差し指の爪の先に、そっとキスをする。

微かに苺の香りがして、マリの頬が緩んだ。

いつもは手袋をしているが、今日はケーキ作りのせいか素手で。それだけの事なのに、マリは少しだけ胸に甘い疼きを覚える。

(もう少し・・このままで)

もう少し。あともう少しだけ。

そうしたら、今度こそミランダを部屋まで運ぼう。甘い香りと温かな体温は、一度知ると離れがたく。

しっかりと握りしめるミランダの指が再び離れるまで、マリはこのままでいたいと思うのだった。














マリの部屋から少し離れた、階段の踊場で。

「・・・・・・」
「・・・・・」

その一団は、赤い顔で顔を見合わせていた。

さっきまで保護者のような気持ちで見守っていたミランダが、マリの部屋に入って既に1時間。
これはやっぱり「そういう事」なのだろうか、あれか大人の時間が始まったという事なのか。


無事にケーキを渡せるか見届けようと、コッソリついてきたリナリー達は、思いもよらない結末に一同顔を赤らめながら、気まずい気持ちで苦笑いした。

「や、やっぱり・・なんだかんだ言ってあの二人も・・大人なんですね」
「そ、そうね」
「全く・・ふ、不謹慎なっ」

リンクは赤い顔のまま、憤然とした様子でマリの部屋を睨んでいる。

「いやー、信じられないさねぇ」

三人が三人とも信じられない思いでいるのとは反対に、ラビだけは一人笑顔で、ホッと胸を撫で下ろした様子だった。

(これはやっぱ・・オレの読みが当たってたってことか?)

しかし何となく腑に落ちない。
さっきまでのミランダはそんな素振りは感じなかった。

「・・・・・」

色々謎は残るものの、ふとラビはそこで思考を止め、口の端を上げ笑う。

(シアワセなら、それでいっか)

と。





End

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