D.gray-man U




「・・どこが順調なんですか?」

隣にいるリンクが、片眉を上げ、イライラしながら呟いた。

さっきからミランダの、手つきの危ない様子が気になるらしく「あっ」とか「違うっ」と独り言を漏らしている。
菓子作りが趣味のリンクは、見ているだけでも、つい口を出さずにはいられないらしい。

「そこは切るように混ぜないとっ・・!」
「うるさいですよリンク、ミランダさんに気付かれるじゃないですか」
「・・くっ」

注意されて、ハッとミランダから視線をずらすリンクだったが、やはり気になるらしくチラチラと見ては「ああっ」とか「そうでは・・」など呟くのだった。
リナリーは、なぜか隣で大人しくしているラビを不思議そうに見て。

「どうしたの?なんだか静かね」
「ん?あー、いや・・ミランダのプレゼントはケーキだったんかと思ってさ」

何かをごまかすように、ラビはヘラリと笑いながら、頭を掻く。

「なんだか可愛いわよね、ミランダったらあんなに一生懸命になって」

微笑ましく思いながら、リナリーは悪戦苦闘するミランダを見る。自分より10近く年上なのに、まるで少女のような初々しさだ。
そう感じるのはアレンも同じなようで、マリの為に手作りケーキを作る姿は、なんともいじらしい。
見ているだけで、なんとなく甘酸っぱいものが込み上げてきてしまう。

「なんか・・いいですねぇ」
「本当、なんだかピュアだわぁ・・」

15,6才の少年少女が、20代後半のマリとミランダに、甘酸っぱさを感じるのもどうかと思うが。
ラビは、ミランダの様子に少々気まずさを感じてしまう。それは今朝、マリにうっかり余計な事を吹き込んでしまった後悔で。

(まずったな・・マリ、信じてねぇよな?)

ミランダのプレゼントが誕生日ケーキだと聞いて、正直ちょっと焦っていた。

(まあ、マリも信じてねぇみたいだったし・・セーフ?で、いいさね?)

苦笑いしながらミランダを見る。
あの時、掴んで逃げた本は確かお菓子作りの本だったと、今更ながら思い出したのだ。

マリだから誰かに言い触らしたりはしないだろうが、万が一でも神田あたりに知られると面倒だ。あとリナリーも。

(それにしても)

どうしてミランダは、あんな男性向けの本を手に取っていたのだろうか。間違えたというのが本当ならば、あそこまで動揺するのはおかしい・・。

(うーん・・)

首を傾げてラビは考えるように下唇を軽く突き出したが。
すぐ横にいたリンクが、ミランダの生クリームの泡立て方が気にくわないと、立ち上がろうとしたので、それをアレンと共に押さえ付けている間に、疑問を忘れてしまった。



マリは別にラビの言葉を信じている訳ではない。


ミランダがそんな事を思いつくとは思えないし、万が一思いついたとしても、行動に移すとは考えられない。
だから、マリは「そういう」可能性はないと、分かっているし。自分でも望んでいない。

(・・・・・・・)

落ち着かないのか、マリは立ち上がりうろうろと部屋の中を歩く。さっきから頭の中で色んな考えが攻め合って、なかなか冷静になれないのだ。

(有り得ない・・うむ、有り得んだろ)

『実は・・差し上げたいものが』

ミランダのあの恥じらう様子に、なんだか良からぬ想像をしてしまったマリだったが、
それでもやはり、マリはミランダがそんな積極的な行動はとらないだろうと、思っている。
ただ理性ではそう思っていても、与り知らぬ大きな力(願望)が、その可能性を100%否定できなかった。

(・・・・・ううむ)

買い物帰りのミランダの荷物の様子が、色めいた雰囲気ではなかった為、一度はラビの言葉を忘れたのだが、まさかミランダから、ああいう発言をされるとは思わなかったのだ。

(しかし・・なぜ・・こんな深夜に?)

夜でなければならないと。
夜に、『差し上げたい』物とは・・何なんだ?

考えるほどあらぬ想像が浮かんでしまい、何だかラビの言葉に翻弄されているようで、情けなくなる。
マリは戒めるように拳で額を強く叩き、大きく息をついた。

(考えてもしかたない)

もし万が一、億が一でもミランダがそう望んだとしても、やはり自分としては二人がそういう関係になるには早いと思う。
まだもう少し、お互いを知ってからでも遅くない。うん遅くない。

そうだ、その通りだ。
マリはうんうんと頷きながら、冷静さを取り戻していく。

(・・・よし)

ふう、と一息ついてマリは机の椅子を引いて腰掛ける。落ち着かない気持ちは、さっきから比べると大分ましになっていた。
しかしすぐに、階段を上るミランダの足音が聞こえると、ハッとして立ち上がり、マリはもう腰掛けることはなかった。

(ミ、ミランダ・・)

さっきまでの落ち着きはどこへやら、マリはうろうろとしながら胸の鼓動が速まっていくのを感じる。
どうやら色々考えているうちに、時間が経っていたらしい。時計は0時をまわっているようだ。
ミランダはいつもよりゆっくりした足取りで、マリの部屋へと近づいてくる。

(いかん、落ち着かなければ)

動揺してしまうのを抑えるように、大きく息を吸いゆっくりと吐き出した。

ミランダは、作り立てのケーキを箱に入れてゆっくりと歩いていた。
いつもよりずっと細心の注意を払って歩かなければ、うっかり、転んだり躓いたりしては全てが水の泡になってしまう。

(あと、少し・・)

初めて作ったにしては、ケーキはかなり上出来だと思う。
スポンジは中央が凹んでいるものの、なんとか膨らんだし焦げることもなかった。
苺を切る時にちょっと親指を切ったけど、あとの指は全部無傷だ。

(・・もう0時過ぎたわよね?)

マリの部屋のフロアにたどり着き、ミランダは辺りを見回す。
しん、と静まり返って部屋から明かりも漏れていないから、皆寝静まっているようだ。

部屋までたどり着くとミランダは、すう、と息を吸い。コンコン、と扉を軽くノックした。

ひと呼吸置いて、静かに扉が開きマリが顔をみせると、ミランダの胸の鼓動が速くなる。

(えと、ええっと・・)

そういえば、いつおめでとうを言うかを考えていなかった。
ケーキも持っていることだし、今言うべきなのだろうか。しかしいきなり過ぎる気もしないでもない。

でもケーキまで持って「こんばんは」と言うのも、なんとなく意味不明な気も。マリはいつもより表情が固く、彼もまた何を言えばいいかを迷っているように感じた。

「あのっ、お、お、お誕生日おめでとうございますっ・・」

ミランダはおずおずと、手に持ったケーキの箱を差し出す。
結局、第一声が「おめでとう」になってしまった。想像していたイメージは、もう少しロマンチックな言い方だったのだけれど。

「ミランダ、これは・・?」

マリは目の前に差し出された箱に、やや驚いたように瞬きをして。
そのまま受け取ると、フッと力が抜けたように微笑んだ。

「ありがとう」
「いっ、いえ・・あの、あんまり美味しくないとは思いますが・・」

もじもじと指を擦り合わせ、赤い顔で俯く。

「では、これはミランダが作ってくれたのか?」
「はい・・あの、すみません・・本当に」

そっとマリの顔を窺うと、とても優しい顔でケーキの箱を持っていて。
その顔を見れただけで、ミランダは本当にケーキを作って良かったと思う。

「ミランダ・・その、よければ入らないか?」

躊躇いがちに、マリが誘う。

「こんな時間だが、せっかくのケーキだ。わたしとしては、二人で食べたいんだが・・」
「マリさん・・」
「あ、いや、時間も時間だし・・さすがにまずいな・・うん」

マリらしくない、少し慌てた様子にミランダは意外に思いつつも、ちょっとだけときめいた。
深夜の静けさと、お互い囁き声で話しているせいか、なんとなくいつもとは違う雰囲気を感じる。

「あ、あの、私・・実は蝋燭を持ってきたんです・・」

ポケットから小さな袋を取り出して、ミランダはマリに見せる。

「・・子供っぽいんですけど・・あの、願い事とお祈りを・・えと」

言いながら、ミランダの声はどんどん消えそうになる。なんだかとても幼稚な発想に思えて。
呆れられたらどうしようと、不安になったが、マリの顔が暗くても分かる位、赤く染まっているのを見てミランダの不安は消えた。

「では・・」

マリは、赤らんだ顔を隠すように軽く咳ばらいをすると、部屋へとミランダを招き入れる。
この部屋に入ったのは何度があったが、こんな夜にお邪魔するのは勿論初めてで、ミランダは少しだけ、緊張していた。

マリがランプを燈して、部屋は柔らかな明かりで包まれる。
椅子を勧められて、そろそろと腰を下ろすとマリがテーブルを持ち上げ、ミランダの前へと運んだ。

それからマリはもう一つ椅子を持ち、ミランダの隣に座るとケーキの箱をテーブルに置く。
テーブルは少し小さめで、二人が並んで座るには少しきついから。肘と肘が触れそうになり、ミランダはドキドキして隣のマリを見れなかった。

「開けても、いいか?」
「は、はい」

目の前で縦結びのリボンが解かれ、箱からケーキが取り出される。
生クリームと苺がのったそれは、土台のスポンジが完全に冷めていない内にデコレーションされたようで、クリームがドロリとしていて苺の大きさもバラツキがある。
けして美味しそうとは言えないビジュアルだ。
もっともマリに視力はないので、その辺の事情はよく分からないが。

フワリと、甘く優しいケーキの匂いがしてマリは微笑む。

「美味しそうだ」

お世辞ではない。マリは本当に、このケーキが嬉しかったのだ。
隣にいるミランダは、どうやら落ち込んでいるらしい。改めて自分のケーキを見てみると、なんだか色々と反省点があるようだ。

(・・ミランダ)

マリはそんな彼女の様子を隣で感じながら、さっきまでの自分に苦笑する。

実は「そういった事」を少しだけ期待していた自分を否定できない。けれどマリは、ミランダの不器用すぎる程不器用な、そんな彼女が好きなのだと。改めて実感していた。

きっと、このケーキも一生懸命作ってくれたのだろう。

あの重そうな荷物も、きっとケーキの材料だったのだと今なら分かる。真面目なミランダなら、多分ジェリーに材料を分けて貰う事もしないだろうから。

「マ、マリさん・・その、ケーキはあまり美味しくないと思うので・・せめて蝋燭だけでも・・」

自信なさ気に、小さな声で言いながらミランダは蝋燭を一本づつ取り出す。
溶けたようなドロッとした生クリームに、ミランダは蝋燭をさして。
マリの年齢と同じ本数がのると、なんとなく重たそうにケーキが沈んだ。

「じゃあ、火をつけますね」

手にマッチを持って火を点けようとすると、マリがやや慌てた様子でミランダの手を取った。

「わたしがやろう」
「え?でも・・」
「ミランダは座っていてくれ」

ハラハラする内心を抑えて、マリは穏やかに微笑む。ミランダは、少しだけ驚いた様子だったが、マリの申し出に甘える事にしたようで、マッチを差し出した。

「じゃあ、お願いします」
「ああ」

ホッと安堵したのをマリは顔には出さず、マッチを擦ると手慣れた手つきで蝋燭に火を点す。さすがに三十路近くなると、マッチも一本では間に合わず全部に火が点るまで三本使った。

ほわん、と蝋燭の火の熱が二人の顔を暖める。
ミランダがそれを嬉しそうに見ていて、マリはその様子をとても幸せに感じていた。

「あっ、マリさん願い事をして下さい、私お祈りしますから」

まるで子供のようにワクワクした声で、ミランダが言うと。つられて、何だかワクワクしている自分に気付いてマリは微笑した。

ミランダはお祈りをしながら目をぎゅう、と閉じる。

(願い事か・・)

考えてみるが、あまり浮かばない。
戦争が早く終わって欲しいという願いはあるが、これは願うというより、自分達が何とかしなければならない事だ。

(・・・・・)

それならばと、マリは隣で一途に祈り続けるミランダに意識を向ける。

(口づけをしたい・・というのは不届きかな)

今、目を閉じているミランダに口づけをしたら・・やっぱり怒るだろうな。
そんな想像を一瞬でもしてしまった事を、マリは恥ずかしく思いながら、そろそろ熔けそうな蝋燭をフーッとひと吹きで消した。

煙りが立ち上ると同時に、ミランダがパチパチとそれは嬉しそうに拍手する。

「マリさん、お誕生日おめでとうございます」

こんな風に誰かから祈りを捧げられて誕生日を祝われたのは、いつぶりだろう。
マリはミランダの拍手と、本当に嬉しそうに笑うその姿に、痺れるような幸福を感じた。

本当に、嬉しくて。

「ありがとう、ミランダ」

抱きしめたい衝動にかられたが、それは何とか理性で堪えた。きっと驚かせてしまうだろう、それによって警戒心を持たれてしまうのも辛い。

「では、ミランダのケーキをいただこうか」

そう言うと、ミランダが困ったように眉を八の字にしながら、

「マリさん・・あの、本当に・・き、期待しないで下さいね?」

急に声が小さくなり、恥ずかしそうにミランダは顔を俯かせた。



- 52 -


[*前] | [次#]








戻る


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -