D.gray-man U





その自信溢れる仕種にマリはさらに眉を寄せると、ゴホンと咳ばらいをして。

「しかし、直接ミランダから聞いた訳でもなし。憶測でそういった事を言うのは良くない」
「いやーまあそうなんだけど・・マリ、気にならんの?」

ラビは真面目くさった顔で注意してくるマリを、疑うように見る。

「気にならんな」
「またまた、んな事ないだろ?」
「ミランダがそんな事をするはずがない」

キッパリ言い切ると、ラビは面白くなさそうに口を尖らせたが、すぐに肩を竦めて、

「ま、マリがそう言うんならオレはいいけど」
「ラビ、この話は余所でしてないだろうな?ミランダに失礼だぞ」
「あのなぁ、オレだってそこんとこは分かってんよ、マリにしか言ってねぇさ」
「なら、いいが・・」

ホッとしたようなマリを見ながら、ラビはからかうように口の端を上げると。

「なんにせよ、明日は楽しみさね?」

マリの背中をポン、と叩くとラビは軽い足取りで歩いて行った。

「・・・・・」

その足音を聞きながら、やれやれとため息をつく。ラビの言葉に嘘は感じられなかったが、それでもやはり納得できない。

(あのミランダが・・まさかな)

そんな積極的な女性ではない。最近ようやくマリに緊張しなくなったようだが、二人はまだおやすみのキスすらしていないのだ。
手を握っただけで、バクバクと激しく鳴り出す心音を考えれば、ラビの言っている事は信じられない。

(・・・まてよ)

再び食堂へと歩き出したマリは、昨日のミランダの様子を思い出す。

『最近の生活で・・物足りない事は、ないですか?』

突然の不思議な問いだった。

(・・・・・・?)

はた、とマリは拳を口元に宛てて歩みを止める。『物足りない事』とはいったい何だろう。
あの時は深く考えずに、何かを悩んでいるミランダばかりを気にしていたが。

(ま、まさか・・いや、そんな馬鹿な)

さっきのラビの話がマリの頭にこだまとなって響く。

『私をプレゼントします』

『彼女に着てほしいランジェリーベスト10』


「・・・・・・」

マリはなぜか自らの心音が速まるのを感じ、戒めるように額を叩いた。

(な、何を考えているんだ・・わたしはっ)

一瞬、ラビの言葉を信じそうになってしまった。
そんな筈はないと分かっているのに、どこかで期待してしまう自分がいるのだろうか。

(期待?違う、そ、そういうのじゃない・・)

自分としては、そういった事はこれからゆっくりと時期をみながら・・と思っていた訳で。
だから誕生日だとか、そういった事で二人の仲を進展させようとかは考えてもいないし、望んでもいない・・うん、いない・・・

じわじわと顔が熱くなる顔を隠すように、俯き掌で顔を覆う。
一度想像してしまうと、どうにもそれが消えずマズイ事ばかり浮かんでしまうのだ。

(まったく・・これではラビのことを言えんな)

こんな想像ミランダに失礼だ。全くどうかしている。

まだ付き合い始めたばかりなのだから、もう少し段階を踏んでから男女の関係になるべきだと、マリは思う。
むろんミランダもそう思っている筈・・・筈だ。

(・・・しかし)

もし、万が一・・いや億が一にでも、ミランダがそう望んだなら?

「・・・・・・」

マリの胸に、何か甘いときめくような、熱い気持ちが沸き上がるのを感じて。

(ばっ・・な、なにを、わたしはっ!)

ハッとして、自らの頬をバチンと張るのだった。











森を抜けて、オレンジ色の空に黒く浮かぶ教団本部を見た時、ミランダは涙と共に鼻水を拭った。


(よ・・よかった!)

時刻はもう夕方の6時。
案の定迷子になっていたミランダだったが、奇跡的に夜になる前に戻ってこれた。

背中のリュックサックには、街で買った卵や小麦粉、砂糖にバター、生クリームとかなり重たい。何度も見返し握り締めた地図は、汗と涙と鼻水でヨレヨレである。

(帰ってこれた・・)

鼻水を啜り、ミランダは逸る気持ちから走り出したくなるが、背中にある卵を思い出し、ゆっくりと門に向かって歩き出す。転ばないように。

ミランダがここまで遅くなったのは、迷子だけが原因ではない。実はケーキにのせる苺が、季節柄無かったのだ。
やはり苺は春がメインらしく、露店でも商店でも今は取り扱ってないらしい。

方々の店や露店を回って見つからなかった苺は、最終的にケーキ屋から分けて貰う事で、何とか手に入れる事ができた。
しかし、その頃は既に3時を過ぎていて。教団の外出届けに3時迄と書いたミランダは、帰りを焦って結局いつものように迷子になったのだった。

(でも、なんとか帰ってこれて・・本当によかったわ)

歩きすぎて、ヨロヨロしながら何とか門にたどり着くと、門番に暗証番号を伝えミランダは門をくぐる。
一歩、教団の敷地に足を踏み入れただけで、安堵のため息が漏れた。

さて、とりあえず遅れた報告に行かなければならないのと、買ってきた食材を冷蔵室に入れて貰えないか、ジェリーに聞いてみなければ。
昨夜徹夜でレシピを頭に叩き込んだミランダは、まだまだ気力十分である。




(何とか、なったか)

マリは、ホッとため息をついた。

ミランダが暗証番号を伝えるのを聞きながら、マリは裏口へとまわる。

時間を過ぎても、ミランダが戻らない事を心配して捜しに出たマリは、すぐに森で迷子になっていたミランダに気がついた。

いつもならミランダの傍へ行き本部まで同行するのだが、今回は彼女の外出理由を思い、マリは遠巻きに本部への道を案内する事にしたが、これが実に大変で。

地図を逆に見ているのか、本部の逆へ逆へと行ってしまい、その度に物音を立てたり、先回りして行き止まりを作ったりと。
また、途中何度も泣き崩れるミランダを、慰める事が出来ないのはかなり堪えた。
何度か傍へ行こうと思うものの、ミランダの気持ちを思えばマリはじっと我慢するしかなく。

(・・とりあえず、無事に戻れて良かった)

ずっと草木に隠れていたので、至る所に擦り傷が出来ている。それはいいが、ミランダに気付かれないようにしなければ。

ふと、マリは裏口への道すがらミランダの荷物に思いを巡らす。

(ずいぶんな量だったな、歩き方からしてかなり重そうだった・・)

いったい何を買ってきたのだろう。
マリは考えるが、何も思い当たり事はなく首を傾げるに終わった。

ただ、何となくラビの言う『ランジェリー』ではない気がして。安堵と落胆が入り交じる、複雑なため息を漏らすのだった。





ケーキを作るのは、そういえば初めてだったと。泡立て器で卵と砂糖を混ぜながら、ミランダはふと気付く。
昨夜の予習の成果か、まだ失敗らしい失敗はしていない。強いて言うなら卵を割る時に力加減を間違えて、三個ほど潰した事か。

あとは粉を量る時に、ボウルの重さを差し引かずに量り、何度かやり直したくらいで。
あとは自分でも驚くくらい順調に事が運んでいて、オーブンも余熱しているし型にシートも貼った。バターも溶かして用意してあるし、後は本の順番通りに掻き交ぜていくだけだ。

(あと、3時間・・)

時刻は夜の9時。ミランダは厨房で一人、ケーキ作りに勤しんでいた。
いつもならこの時間の厨房は、まだスタッフが後片付けなどで残っているのだが、今日は誰もいない。

これはミランダへのジェリーからの気遣いで、誰かいるとミランダが気にするだろうからと、厨房スタッフを早めに上がらせてくれたのだ。
お陰で、ミランダはじっくりと自分のペースで作業が出来る。

(ええと・・マヨネーズみたいになるまで、混ぜる・・と)

ボウルを片手で抱え込み、手首を使い泡立て器で混ぜる。
カシャカシャとひたすら掻き混ぜていくと、腕が痺れて額にうすく汗が滲んでいった。

これはかなりの力仕事だと、いまさら実感するがマリの為と思えば苦にはならない。

(頑張らないとっ)

実は、ミランダには小さな野望があるのだ。
それは昨夜、ケーキを作ろうと決めた時点でひそかに胸に芽生えていたのだが、いざするとなると、かなり勇気がいる事で・・。

それは。

誰よりも先に、「お誕生日おめでとう」を言うこと。

だから、時計が0時をまわってすぐにマリの部屋にケーキを届けに行きたい。ケーキは食べなくてもいいのだ。蝋燭を吹き消してくれるだけで、すごく嬉しいから。

(・・・マリさん)

ミランダは掻き混ぜる手を止めて、ふと数時間前を思い出す。


『今日の夜・・0時過ぎに、マリさんのお部屋に行ってもいいですか?』


深夜に部屋にいきなり訪ねるのは、さすがに失礼だと思うから。ミランダは恐る恐る、マリに聞いてみた。

食事中のマリは、突然のミランダの申し出に動揺したのか。ツルッと手からスプーンが滑り、カチャンとシチューへと落ちた。

『ミ、ミランダ・・?』
『あの・・やっぱり、遅いですから寝てますか?』

おずおずと、聞くと。突然マリはゲホンゴホンと盛大にむせ始め、ミランダは驚いて水を差し出した。

『だ、大丈夫ですか?マリさん』
『あ、ああ・・いや、まあ、うん・・』

むせたからか、マリの顔は赤くて。ミランダは心配そうに、それを見つめた。

『ミランダ・・その、いったいどうしたんだ?そんな夜更けに』
『そ、それは・・』

誕生日を祝いたいと、言ってしまうのは何だかあからさまで。ミランダはどう言えばいいのか困って、胸の前で組んだ指をつけたり離したりして考える。

(でも・・)

ごまかしても、きっとマリには気付かれてしまうだろうから。やっぱり、正直に言ったほうがいいかしら・・

『あの・・実は、マリさんに差し上げたいものが・・』

なんとなく頬が染まっていくのを感じ、ミランダは恥ずかしそうに俯いた。
マリはそんなミランダの様子に、なぜかさらに動揺したらしく、飲んでいた水を吹き出しそうになり、慌てて口を押さえる。

『マリさん?どうかしましたか?』
『い、いや・・なんでもない』
『・・?』

マリは自分の拳で額を叩き、大きく咳ばらいをすると何かを振り切るように頭を振った。

『ミランダ・・よ、夜じゃないと駄目なのか?』
『はい・・あの、でもマリさんの都合が悪いのでしたら・・』
『い、いや、そういうのじゃないんだ・・都合は悪くないが』
『マリさん?』

なんとなく落ち着かない様子のマリに首を傾げながらも、ミランダはどうやら了承してくれたのを感じて、ホッとした心地になるのだった。



(・・3時間・・)


カシャカシャと泡立て器で卵を掻き混ぜるうちに、空気と絡んでもったりした状態になり始める。
あとはバターと牛乳を加え、小麦粉と一緒に混ぜオーブンで焼くだけだ。

(マリさん、喜んでくれるかしら)

時間も時間だし、マリの誕生日というより自分の我が儘な気がしないでもないが。

(大丈夫・・かしら)

少し心配だが、それでもやっぱり、誰よりも先に「おめでとう」が言いたい。
実は昔から、こういう事に憧れていたのだ。

(ほんの少しでも・・喜んでくれると、すごく嬉しい)

頬を染めながら、ミランダはケーキを受け取り喜ぶマリを想像して、口元がふにゃと緩む。
いつもいつも、心配かけてばかりな気がするから、マリが喜ぶ姿は想像だけでも幸せだ。

(・・マリさん)

あの穏やかなマリの顔が、驚きから喜びに変わるのを想像する。

そして・・


『ありがとう』

と、言ってくれたなら・・。


(ひゃあああっ!)

想像しただけで顔が熱くなり、鼓動が速まる。

動揺して手に持った泡立て器を放してしまい、ガチャン!とボウルの中に勢いよく落ちると、ミランダの顔に黄色い液が飛び散ったので、咄嗟に顔を背ける。

「あっ!きゃっ!」

体勢のバランスを崩し、持っていたボウルを落としそうになってしまう。
抱え込むように守ったお陰で、なんとか一からやり直す事は避けられた。

「よ、よかった・・」

ホッと安心すると共に冷や汗が出て、ミランダはボウルを台に置いた。

(ちょっと気を抜くと・・あ、危なかったわ)

それほど時間があるとは言えないから、失敗は出来ないのだ。
ミランダは、しっかりしなければと頬をペチンと叩くと、気合いを入れるように胸の前でガッツポーズを作ったのだった。



そんなミランダを心配そうに見つめる一団がいた。


「あ、危なかったですね・・」

アレンはホッとため息をつく。
テーブルに隠れながら、ミランダのケーキ作りを見守るのは、アレンにリナリー、ラビとリンク。

ジェリーから話を聞いた四人は、いじらしくもマリにバースデーケーキを作るミランダの姿を、保護者のような気持ちで見守っていた。
ちなみに、当初は神田もいたが、甘ったるい匂いに耐え切れず10分も経たずに脱落した。

「あ、危なかったわね・・でも持ち直したみたいでよかった」
「ミランダさん・・今のところ失敗も少ないし、このまま順調にいってほしいですよね」

リナリーとアレンは顔を見合わせ、頷く。



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