D.gray-man U




『男の(ヒ・ミ・ツ)雑学入門』や『イザ!の時に使える男読本』など。
なんとなく嫌な予感がしないでもないタイトルに、ミランダの顔はどんどん赤くなっていく。

(・・・・・)

なんとなく辺りを見回し、こそこそと本を集めるとミランダはさっきの『雑学』の本棚へと戻る。
夜更けに、こんな男性向けの本を読んでいるなんて、誰かが見たら変に思うだろうから。

図書室はしんとして、人もまばらで。
誰もミランダを気にしていないのだが、なぜか後ろ指をさされているような気がしてしまう。

あった場所に、一冊づつ戻していく。
何となく気が焦って手が滑り何冊か落とす、それをまた拾い、また戻した。

(これで、最後ね・・)

あと一冊、ちょうど本棚に戻そうと背伸びをした時。

「あれ?ミランダじゃん」
「!?」

背後から聞こえた声に、ビクン!と反応して。ミランダの右手から、最後の一冊はバサリと床に落ちる。

「何やってんさ?・・ん?コレ」
「あっ・・ラッ、ラビく・・!」

ラビが落とした本を拾おうと手を伸ばしたのを見て、ミランダは全身が石のように固まった。

ラビは怪訝な顔をしつつ、本を拾い上げるとパラリと頁をめくる。

「ん?・・これ・・」

めくった頁に、あられもない下着姿の女性の姿が確認されると。

「あわわわわっ・・!ち違うのよっ、あの、ええとっ何と言うか・・そのっ・・」

ミランダは全身赤く染めながら、ブルブルとわなないて。

「そっ・・それは、その、おっ落ちていて・・あの、わわ私はっ」
「お、落ち着くさミランダ、オレは別に何とも思わんから」

あまりの動揺の凄まじさに、ラビも慌てて宥めるようにミランダの肩を掴む。

「そ、そうじゃなくて・・あの、あのっ」

間違いなくラビは誤解している。
なんとか誤解を解かないと、誤解を何とか。
何とか・・なんとか・・なんとか・・・。

(!)

グルグルとパニックする思考の中、ミランダはパッと視界に入った本棚の本を咄嗟に掴み取ると。

「み、み、見つけたわぁっ!これを探していたのよっ・・ま、まま間違えて、それを取っちゃったのよねっ!」

うっふ、ふふ、と不自然に引き攣った笑い声を立てながら、ミランダはじりじりと後ずさる。考える事はただ一つ。これ以上ボロを出さないように、逃げる事だ。

「そ、そういう事だから・・ラビくん」
「へ?ミランダ?」
「さっ、さようならっ」

ラビがキョトンとした顔でミランダを見るが、当人はラビを見る事もなく、凄まじいスピードでラビの前から逃げ走って行った。


間違いなく変に思われた。絶対に、間違いなく。

(うわあああんっ!)

図書室から怒涛の勢いで逃げ出したミランダは、躓き転びつつもなんとか自室に辿り着くと、扉を開けるなり直ぐさまベットへとダイブした。
グワングワン、とスプリングが揺れるのを感じつつ、恥ずかしさから枕に顔を埋める。

「ああぁぁぁ・・」

きっと変態だと思われたろう。
どうして自分はこうも間が悪いのだろう・・今に始まった事ではないが。

きっと不幸の星の下に生まれた自分は、想像してしまう最悪のシチュエーションを、実現できる魔法の力でもあるんじゃないだろうか。

(・・明日、ラビくんに顔合わせづらいわ)

あんな自分の嘘なんて、どうせすぐに見破られていただろう、昔から嘘をつくのは苦手だった。

(しかも・・全然、思いつかなかったわ)

マリへのプレゼント。
目的も果たせず、これでは何しに図書室へ行ったのかわからない。

はああ・・と深くため息をつきながら、ミランダは顔を枕から上げる。肘をついてゆっくり身を起こすと、足元に何か当たったのに気付いて目を向けた。

(・・?)

さっき苦し紛れに持って来てしまった本が、ベットから半分落ちかかっている。

(そういえば、貸し出しの手続きもしなかったわ)

明日、戻して来よう。そう思い本を手に取ると可愛らしい装丁で、『簡単♪おいしいケーキのつくりかた』と書かれたタイトルが目に入った。

「・・・・・」

なんとなくパラ、と頁をめくると、目にも楽しく美味しそうなケーキやゼリー、クッキーなどの作り方が図解入りで記されている。

(まあ、美味しそう・・)

見ていると、自然と顔が綻んできてしまい、さっきまでの暗い気持ちが少し癒されていく。
ミランダは一枚づつ頁をめくっていたが、ふとある頁でその指が止まる。

(・・これ・・)

『初心者でもラクラク☆バースデーケーキの作り方』

苺がのった生クリームとスポンジに、色とりどりのロウソクが刺さったショートケーキ。
本を持つ手に力が入り、ミランダの目は釘づけになった。

(バ・・)

バースデーケーキ!!

大きく目を見開き、ミランダは咄嗟に本を掴んだまま、ベットを下りて仁王立ちになる。
さっきまでの鬱々とした気分は、夏の日のように晴れ渡り上気した顔は自然と微笑んでいた。

(そうよ、バースデーケーキ・・バースデーケーキを作るわっ)

灯台下暗しで、ちっとも思いつかなかった。
偶然手に取った本のおかげだと思えば、やはりまだ神様はお見捨てではないのね、と幸運を噛み締める。

(そういえば、マリさん甘いもの好きだって言ってたわ)

食後にデザートのケーキを何度も一緒に食べたし、日本式のパンケーキみたいなのが好物だと教えてくれた。たしか銅鑼焼きと言ったかしら。

ミランダはキラキラした瞳で、もう一度バースデーケーキの頁を見る。

(銅鑼焼きは・・難しいだろうから)

一般的なバースデーケーキなら、不器用な自分でも何とかなるかもしれない。こんなに図解で細かく書いてあるんだから、本の通りにやればきっと大丈夫。
うんうん、と頷きながらミランダはさっそく机の上のランプをカチと点けて椅子に座ると、引き出しからメモ紙を取り出し、本に書いてある材料を写し始めた。

(ええと、卵が三個、お砂糖が90グラム・・小麦粉・・)

カリカリとペンを動かしていたが、ふと、この材料をどこで仕入れようと考えて手が止まる。

(・・ジェリーさんには頼みたくないわ)

ジェリーに頼めばきっと快く材料を提供してくれるだろう。けれどこれはマリへのプレゼントなので、やはり自分で材料は揃えたい。
このケーキは、出来るだけ自分の力で作りたかった。それが、マリへの想いの証だと思うから。

ミランダはやる気に満ちた顔で大きく頷くと、

(明日は、お買い物に行かなくっちゃ!)

ペンをグッと握りなおし、『生クリーム300mlと』と力強く書いた





朝の修練を終えたマリはシャワーで汗を流し、さっぱりとした気持ちで少し遅めの朝食へと向かう。

窓から射す陽射しの暖かさに、今日の天気は恐らく快晴なのだろうと感じ。
ふと、午後からでもミランダを誘って、森の湖に散歩に行こうかと思い付く。

(ミランダは、まだ食堂だろうか)

時刻は朝の9時を過ぎた頃だから、リナリー達とのお喋りが弾んでいたらまだいる筈だ。
そう考えながら歩いていると、そのミランダが小走りで、少し前の十字廊下を横切って行くのを感じた。

「?・・ミランダ、どうしたんだ?」

不思議に思い声をかけると。

「!!」

ミランダの心臓は驚いたのかドキーン!と大きく鳴り、そのまま軽く躓き壁に手をついた。

「だ、大丈夫か?すまない驚かせて」
「い、いいえ・・あ、おはようございます」

まだ心臓は忙しく鳴っているが、マリだと分かり安心したのか微笑むのが感じる。

「おはよう。急いでいるようだが、どうかしたのか?」
「えっ・・あ、いえ、な、何でもないです」
「・・・?」

明らかに不自然な様子だが、マリはあえてそれには触れず。

「その・・今日は何か予定でも?なければ午後に、森へ散歩に行かないか?」
「えっ・・」
「どうした?」

ミランダは困ったように眉を寄せながら、ええと、あの、と断る理由を考えているようだ。

「何か予定があったのか?」
「は、はい・・あの、ちょっとこの後出かける予定でして・・」
「出かける?・・一人でか?」

マリは、少し驚いて目を見開いた。

ミランダは今まで一人で外出をした事はない。それは一度出かけたら最後、どこへ行くか分からない重度の方向音痴だからである。

「はい、あの、でも・・すぐ戻ってくるつもりなので」
「・・そ、そうか」

(大丈夫だろうか・・)

心配になってしまう。
何か理由をつけて同行しようか、しかしいきなり言うのも・・マリが迷い考えていると。

「あの、じゃあマリさん・・私そろそろ行きますね」

急いでいるらしく、ミランダはペコッと頭を下げると、そそくさと小走りで駆けて行き。
マリは引き止めようと口を開いたが、何を言えばいいか思い付かず口を閉じた。

「・・・・・」

何となくミランダを信用していないようで、マリはあえて同行を申し出なかったが、ミランダの走り去る足音が遠退くと共に、不安が増していった。

(やはり・・ついていくべきだったか?)

それにしても、ミランダはいったいどこへ行くのだろうか。おそらくは近くの街だろうが・・こんな朝一番に、いったい何の用事があるのだろう。

考えるように俯き、僅かに眉を寄せる。
ふと、背後に人の気配がするのに気付き振り返った。

「・・ミランダの後、ついて行くのは止めたほうがいいさ」
「ラビ?」

背後にいたラビは、何か含みを持たせた言い方で、どこか楽しんでいる様でもある。
悪戯っぽく、イヒ、と笑いマリの横へと立つと肘でツンツンと突いて。

「せっかくのミランダの気持ちなんだから、余計な事で潰すのは得にゃならんて」
「?・・何を言ってるんだ?」
「またまた・・って、マリもしかして忘れてんさ?」
「何だ?何を忘れているんだ」

ラビの言っている事がイマイチ解らないマリは、怪訝な顔で首を傾げる。

「おいおい、自分の誕生日を忘れてんの?」

呆れたように言ったラビの言葉に、マリは、あっ、と小さく声を漏らした。
そうだった、明日は7月15日だったか。もう祝うような歳でもないから、大して気にも留めていなかったのだ。

「あ・・ああ」
「何々、マジで忘れてたん?」
「いや・・まあ、な」
「ミランダはちゃんと分かってたみたいさ、マリ愛されてるぅっ」

ラビはからかうように、ペシペシと背中を叩く。
マリは何だか気恥ずかしいような気持ちで、赤くなる顔を隠すように咳ばらいをした。

(では・・そういう事なのか?)

出かけるのは、もしや自分へのプレゼントを買う為?

「・・・・・・」

そう思うと、やはり嬉しい。
さっきのミランダの、どこかぎこちない様子を思い出し、マリの口元は僅かに緩んだ。
にしてもミランダはいつ自分の誕生日を知ったのだろうか。当の本人すら忘れていたというのに・・・

「なあ、マリ」
「なんだ?」

ラビが声を落とすと、辺りを窺いながら。「オレさー、見ちゃった」と口元に手を宛て、ニヤリと笑いながら囁いた。

「・・何をだ?」

ラビの様子を訝しく思いつつも聞かずにはいられないのは、それがミランダの事だから。

「いやー、言うのはマズイかなぁと思うけど、やっぱさマリもそれなりに心の準備がいるだろうしー・・」

ニヤニヤしながら何かを含んだラビは、神田なら既に六幻の錆にしているところだ。
マリはそこまで短気ではないが、やはり多少はカンに障るものがある。

「いったい何を言いたいんだ?」
「いやね、オレ見ちゃったのよミランダのプ・レ・ゼ・ン・トッ」
「だから、どうした。言っておくがラビからは聞きたくないぞ」

やや面倒そうにため息をつきながら軽く肩を竦めた。ラビは、ふーんそう?と意味深に呟きつつ。

「まあまあ、さっきも言ったろ?マリにも心の準備がいるってさ」
「心の準備?」
「オレさぁ昨日の夜、偶然ミランダと図書室で会ったんだけど・・何読んでたと思う?」

ハッキリと答えを言わないラビに、マリは少し面倒に感じて、「さあな」と言うと、そろそろ会話を切り上げて食堂へ行こうかと考え始める。

「ラビ、そろそろ・・」
「『彼女に着て欲しいランジェリーベスト10』・・だって」
「は?」
「いや、だからさ、ミランダが持ってた本にそんなページを発見しちゃって」

こそこそと声をひそめるラビの言葉に、いまいちピンとこない。

「ラビ、いったい何を言っているんだ・・」
「やっぱさ、あれだろ?『私をプレゼントしますっ』ってヤツ」
「・・・・・・は?」

予想を飛び越えたラビの言葉に、マリの思考は真っ白に止まる。はて、いったいそれはどういった意味なのかと。

「まあ、二人ともいい歳してんだし、誰に文句言われる訳じゃねぇもんなぁ」

ラビは意味ありげに笑って、ちらとマリを見る。

「ちょっと・・待てラビ」
「ん?なに?」
「そ、そういう事は・・ミランダに失礼だろう」

動揺は隠しきれないものの、眉を寄せて厳めしくマリは言う。

「何かの間違いではないか?あのミランダが、そんな行動に出るなど考えられない」
「いやいや、オレに本を見られた時の様子じゃ九分九厘間違いねぇさ」

自信満々に親指を突き出し、フッと不敵に笑う。



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