D.gray-man U





ミランダは腰と背中を打ちながら、すぐ下の踊場まで落ちる。
それほどのスピードではなかったので、ミランダはすぐに身を起こし、打った背中を摩った。

「イタタ・・」
「大丈夫か?」

マリは慌てながら階段をジャンプして、ミランダの傍へとしゃがむ。
その顔は強張り、眉を寄せた表情はとても辛そうに見えて、ミランダは驚いた。

「すまない・・」
「え?」
「わたしが、もう少し早く気付いていれば・・」

マリは悔しそうに呟き、俯く。

間に合わなかった。

タイミングは間違っていなかったのに、あるべき物がなかった。指二本、その二本が失くなっただけでミランダを助ける事が出来なかったのだ。

「・・・・・」

考えても仕方のない事なのだが、ここにきてマリはあの二本の指を切り落とした事を、少し残念に感じてしまう。
そして咄嗟とはいえ、無事な左手ではなく右手を出した自分の意識の甘さを、情けなく思った。

「・・はやく、義指をつけてもらわないとな」

自嘲ぎみに、ポツリとこぼす。
そんなマリの様子を見て、ミランダは突然顔を覆って泣き出した。

「ど、どうした?」

ミランダは、うっうっ、と耐え切れず声を漏らしながら、鼻水をすすり。

「・・ご、ごめんなさいぃっ」
「?・・ミランダ?」

泣きながら謝り始めたミランダに、マリは驚きつつ動揺する。ミランダは涙を指で拭きつつ、マリを見ると。

「マリさんの指・・失くなったの・・わ、私のせいですっ」

うわああん、とその場にうずくまるように再び泣き出した。

「な、何を言って・・そんな訳ないだろう?」

慌てて否定しながらミランダの丸まった背中を摩ると。ミランダは、いいえいいえと首を振って地べたに額をつけながら、

「わ、わらひ・・けがひてもって・・ううっ、ぐすっ」

涙と鼻水が邪魔して、よく聞き取れない。
マリはそのまま床にめり込んでしまいそうなミランダの肩を掴んで、そっと起こす。

「どうしたんだ?何かあったのか?」

心配そうに聞くと。

「わ、私・・マリさんが・・アクマと戦闘に・・って聞いて、だから・・っ」
「だから?」

ミランダはマリを見ながら、ぐすっと鼻水をすすった。

「だから・・怪我しても・・・・生きて帰ってほしいって」

ごめんなさい、と言って涙を流したまま俯く。マリは目をぱちぱちと瞬きをし、今言われた事を考えた。

(つまり・・)

マリ達が戦闘に入ったと、ミランダが聞いて。
『怪我しても生きて帰って欲しい』と祈ったら、その通りマリが指を失くして戻ってきてしまった、と?

それで『自分のせい』だと?

「・・・・・」

マリは思わず笑みがこぼれて、こぶしで口を押さえる。真剣なミランダには申し訳ないが、こらえきれなくて。

「マ、マリさん?」
「あ・・や、すまない」

ゴホン、と咳ばらいをしながらも頬が緩むのを止められない。どうして彼女はこうも可愛らしいのだろう。
昨日からのミランダの様子が、なんとなく気になっていたマリだったが、こういった事情があったのかと安心するように、ふうと息を吐く。

「ミランダ」

優しく彼女の頭を撫でて。

「今回の任務は、本当に危なかったんだ」

ミランダは静かに語りかけるマリを、少し不安そうに見つめていた。

「だから、きっと・・ミランダのお陰で指だけで済んだと思う」
「マリさん・・」
「祈ってくれた通り、怪我だけで帰ってこれたんだ」

ミランダの頭を撫でていた手が、ゆっくりと頬をさすり涙を指で拭う。本当は抱きしめたいくらいの気持ちだったが、さすがに我慢した。
ふと、右手の今は失くなってしまった二本の指を切り落とした、あの瞬間を思い出す。

(・・本当に、よかった)

あの時の咄嗟の判断がなければ、こんなふうにミランダの涙を拭う事もなかった。
彼女らしい、少し飛び抜けた思い込みを聞く事もなかった。

じんわりと温かな、優しい気持ちが広がるのを感じながら、マリは心のどこかで、指を失くした事に納得できないでいた自分がいたのに気付く。

仕方なかったのだと思いながら、やはり割り切れない思いだった。後悔するのが怖くて、考えないようにしていたんだ、本当は。

「・・ミランダ、ありがとう」
「え?」

不思議そうにマリを見る、ミランダに穏やかに微笑する。小さくない代償ではあったが、それに余る大切な存在を実感できた。

ミランダはまだ不安げな様子であったが、マリはミランダの手をそっと握りしめて。

「こうやって、ミランダと一緒にいるのは・・幸せだという事さ」
「え・・えっ?」
「さて、そろそろ行かなければ。ミランダ大丈夫か?立てるか?」
「へ?あ、は、はいっ」

ミランダは持ち上げられるように立たされるが、頬を赤くしながらマリを見上げる。
そんな彼女の様子に、マリは胸をときめかせながら。

「・・行こうか、ミランダ」

そっとミランダの手を取り、繋いだまま歩き出した。

















「マリさん、どうぞ」
「・・・・・」

ミランダはどうやらマリの世話をやめる気はないらしい。
昼食をとりに食堂に来たのだが、朝と同様にミランダはスープをふうふうと冷ましている。

医療班へ行くまでの間の出来事で、彼女の思い詰めたような様子は変わったものの、マリの役に立ちたいという気持ちは、変わらず熱いままのようだ。

「あの、熱くないですか?」
「あ、ああ・・大丈夫だ」

朝からの事もあり、マリの気恥ずかしい気持ちは大分薄らいでいるものの、やはり顔は赤らんだ。
それよりも、またミランダの食事が遅くなるのが気になってしまう。世話をしてくれるのは嬉しいが、こうやってミランダに負担をかけるのは心苦しい。

(ううむ・・)

断るような事を言えば、どことなく嬉しそうにマリの世話をする彼女を拒絶するようで。
悩ましいような気持ちで、マリはミランダの手から再びパンを一口たべた。

(・・まてよ)

ふと、ある事を思い付いて。マリはフォークを持つミランダの手首を掴んだ。

「思ったんだが、交替で食べさせるのはどうだろう」
「交替・・?」

キョトンと、マリを見る。

「左手の練習もしなければならないし・・わたしがミランダに、ミランダがわたしに・・どうかな」

だったら自分で食べた方がいいだろ、誰かの声が聞こえてきそうだが、マリは気付かぬフリをする。ミランダは左手の練習と言われたからか真剣な顔で、頷いて。

「わ、わかりました」

ゆっくりと自分のトレーをマリに差し出した。マリは器用に左手一つ使いスプーンでオムレツを掬うと、冷ますようにふうふうと息を吹きかける。

「はい、ミランダ」
「あ・・ありがとうございます」

ミランダの頬が、ほんのりと染まった。
遠慮がちに口を開きながら、差し出されたスプーンを口に入れる。その瞬間、ミランダの心音がドキンと跳ね、忙しく鳴り始めたのが聞こえた。

「・・・・・」
「・・あ、つ、次は私ですね」

そう言って、ミランダが赤い顔で俯くのを感じながら、マリもまた更に顔が赤くなる。
提案しといて何だが、思った以上の破壊力にマリ自身がやられていた。

(・・・・・)

小動物のように小さな口で、オムレツを食べる仕種が可愛かったのは勿論の事、それ以上にスプーンを口に含む瞬間、指に感じる彼女の口内が何だが生々しかった。
ミランダがチキンを動揺しながら切っている。カチャ、と音を立て恥ずかしそうにする様子を聞きながら、マリはさっきまであった、気恥ずかしい気持ちが消えているのに気付く。

代わりに、ドキドキと早まる鼓動に合わせるように、甘い刺激が胸をときめかせていたのだった。



そして、勿論のこと。

その様子を見ていた周囲の人々は、甘ったるい二人の光景に胸やけを起こして。
しばらくの間、食堂のデザートの注文が劇的に減少したのであった。










End

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