D.gray-man U





「・・ねぇ、アレどういうこと?」

黒髪を肩で揃えた可憐な美少女である彼女は、唇を尖らせながら仁王立ちになっていた。

「アレ?」

食事中のアレンとラビは、彼女が顎で指したその光景を見ると、そこにはマリとミランダが仲睦まじく、ほのぼのと食事を楽しんでいた。

「えっと、リナリー?・・あの二人が何かあったんですか」

アレンが恐る恐る聞く。
リナリーは明らかに面白くなさそうに、腕を組みながら。

「いつから、ああなっちゃってるの?」
「ああなっちゃ・・えっと、付き合った時期ですか?ラビ、知ってる?」
「は?・・そりゃ、つい最近だろ?オレもよく知らんけど」

アレンとラビは、怒っている様子のリナリーに顔を引き攣らせつつ、ちらちらと不機嫌な彼女の様子を窺う。

「それよりリナリー、今帰ってきたんですか?」

団服姿のリナリーはその言葉に軽く眉を上げただけで、面白くなさそうに大きくため息をついた。

「どしたんさ?なんかあった?」

ラビは食事をしながら読んでいた本を閉じて、不思議そうにリナリーを見る。
リナリーはそんな二人に、なんでもないと首を振ると。くるりと踵を返すように、やや苛々した足取りで二人の前から離れて行った。



任務を終えて、ひと月ぶりに教団に帰ってみれば、大好きなミランダは恋をしていた。

一目見れば分かる、あのうっとりとした瞳やバラ色に染まった頬。相手のマリも、見たことないくらい緩んだ頬でミランダに笑みを向けている。

リナリーが任務に行く前の二人は、親しくしていたが男女の意識はそれほどなかった気がする。

ミランダはどちらかと言うと男性が苦手のようで、アレンは別として、他の男性エクソシストに積極的に接触する事はなかった。

(どういうことよ)

リナリーは食堂からずんずん大股で歩きながら、今見た光景を思い出していた。

姉のように妹のように、近しく感じる初めての同性の友人。年上なのに頼りなくて、なんだか放っておけないミランダが大好きだった。
ミランダもリナリーを妹のように可愛がり、時にエクソシストの先輩として尊敬していて。

二人は教団にいる時は、いつも一緒であったのに。
リナリーはミランダに裏切られたような、複雑な気持ちだった。

(しかも・・なんでマリ?)

マリがとても出来た人間で、人格者である事はリナリーも認める。誰にでも公平で、あの神田ですらマリの事はなんだかんだ言いつつ認めている位だ。
しかしリナリーから見て、マリは尊敬する仲間だが異性としての魅力はよく分からない。
ミランダはいったい、マリのどの辺に惹かれているのだろうか。

「・・・・・・」

リナリーは歩いていた足を止めて、腕を組みながら視線を上に向ける。
ふと、背後からパタパタと誰かが小走りで駆けて来る足音に気付いて、そちらを振り返った。

「リ、リナリーちゃん・・ま、待って!」

食堂から追いかけてきたらしい、ミランダが息を乱しながらこちらに近づいてくる。

「ミランダ・・」
「リナリーちゃん、お帰りなさい」

つい拗ねたように目を逸らすリナリーに気付かないのか、息を整えながらミランダはニッコリと微笑んだ。
ひと月ぶりに会ったミランダは、リナリーの手をギュッと握り、手袋ごしだがその手は温かい。

「・・ただいま、ミランダ」

変わらないミランダに、リナリーの固くなりつつあった気持ちは解けていく。

「今、戻ったの?怪我はない?」
「大丈夫・・かすり傷ばかりだから医療班で塗り薬しか貰わなかったわ」

ホッとしたように息をついたミランダに、リナリーはなんだか嬉しくて。

「だからミランダ、今日はゆっくり二人でお茶でもしない?お土産のチョコレートがあるの」

そう言ってミランダの手を握り返すと、ミランダの表情が一瞬にして曇るのを感じた。

「どうかした?」
「え・・えと、あの今日は・・明日じゃ駄目かしら?」

ミランダの頬が、みるみる赤く染まり始める。

「その・・今日は、マリさんと・・」

約束しているから、と声にもならないくらい小さな声で呟いた。

「マリと?」
「うん・・あの、マリさんがバイオリンを聴かせてくれるって・・」

もじもじとしながら、少し恥ずかしそうに俯いた。

「・・・・・・」
「あ、そうだわ、よかったらリナリーちゃんも・・」

思い付いたように、ミランダの顔がパッと明るくなり、リナリーを見る。リナリーはフイ、と視線をミランダから逸らして。

「・・私は、いい」
「え?でも・・せっかくだから、リナリーちゃん」
「いいの!」

つい強めの口調で言ってしまい、ハッとしてミランダを見ると、ミランダはビックリしたのか、キョトンとリナリーを見つめていた。

「・・リナリーちゃん?」
「・・・・あ、ごめんねミランダ」

なんだか気まずくて、リナリーが俯くと。

「リナリー、帰っていたのか」

リナリーの背後から聞こえたのは、マリの声だった。マリはゆっくり歩いてリナリーに近づくと、

「無事そうで、よかった」

言いながら、穏やかに微笑する。

「・・うん」

いつもは素直に笑い返せるのに、何となく素っ気なくしてしまう。マリはそんなリナリーに気付かないのか、何も言わずミランダへ顔を向けて。

「ミランダ、忘れ物だ」

ハンカチを差し出した。

「あっ・・す、すみません」

ミランダはハンカチを受け取ると、申し訳なさと嬉しさが入り交じったように、頬を染めマリを見上げる。
その姿はどう見ても「恋する女」で、リナリーはなんだか急に淋しいような気持ちになった。

(やっぱり、二人はつきあっているのね)

面白くない気持ちから、リナリーは二人から顔を背ける。
どうしてだろう、マリのことは好きなのにミランダと一緒だと、意地悪な気持ちになる。

「ねぇ、マリ」
「ん、なんだ?」

マリがリナリーに顔を向けた。

リナリーは視線をマリからずらしながら、

「さっき・・・ティエドール元帥が、呼んでいたわよ」

嘘をつく。

マリは見えないその目を僅かに見開くと、

「そうか、わかった」

いつもと何も変わらず穏やかに言って、頷いた。

「ミランダ・・そういう訳だから、申し訳ないがバイオリンはまた後日でもいいか?」
「は、はい・・」
「すまない、ミランダ」

そっと肩に手をやり、ミランダからの視線に応えるように微笑した。
ミランダは落胆しながらも、それをマリに気付かせないよう口元に笑みを浮かべている。

リナリーはその姿に胸がチクンと痛み、

「では」

マリが背を向け来た方向へ歩き出すと、急に泣きそうになった。

「ごめん、嘘よ」

咄嗟にマリの腕を掴むと、泣きそうな声で呟く。そして、そのまま逃げるようにリナリーはその場から走り出していた。

長い付き合いだから、リナリーはマリの人となりを知っている。マリに嘘を言っても通じない事も、本当は知っていたし、騙されたフリをしてくれるだろうと、想像できた。

(・・マリって、出来過ぎてるわ)

なんでああも、悟ってるのだろうか。
ちょっと意地悪してやろうと思っていたのに、あれでは逆にこちらが落ち込む。

(ちょっとでいいから、困った顔してくれればいいのに・・)


リナリーは二人の前から立ち去ると、そのまま自室に戻るのも億劫で、なんとなく中庭に立ち寄った。
クロウリーが丹精込めて育てている花たちは、ちょうど春から夏へと移り変わるようで、まだ蕾の方が目立つ。

木陰のベンチに座りながら、リナリーは力無くため息をついて。
罪悪感と後悔と、なんだか分からない苛立ちが、リナリーの胸にモヤモヤと重たいものを残す。

(ミランダが・・恋)

うっとりとマリを見つめるその姿は、誰か知らない人みたい。リナリーはなんだか淋しいような、置いていかれたような気持ちになった。

(マリに恋・・)

マリに。

その点に関しては、正直少しだけ納得いかなかったりする。
いや、マリが変だとは思っていない。むしろ頼りがいのある立派な人間だと思う。
けれど、あまり女性にうけるタイプじゃないというか。見た目もゴツイし、顔もけっこう怖いから、マリをよく知らない団員などに実は怖がられていたりする。

ミランダはリナリーから見ても臆病というか、怖がりな所があるから、マリのようなタイプは苦手なのかと思っていたのだ。

(いったい、いつから好きだったのかしら)

たしかに二人は、以前何度か任務で一緒だった事はあるけど。

「・・・・その頃から?」

なんとなく腑に落ちないが、リナリーはそれ以上二人の事を考えるのをやめる。
考えるほど、どんどん気分が滅入ってきてリナリーのため息は深くなるから。

(そういえば・・お腹空いた)

グウ、と鳴るお腹をさすり、リナリーは昼食を食べに食堂へ行ったのを思い出す。
けれど行ってすぐ、マリとミランダを見て頭に血が上ってしまい、空腹も忘れて出てきてしまったのだ。

「あーあ・・」

また食堂に行くのは、少々バツが悪いものの、やはり空腹には勝てない。
任務から帰ってきたばかりで、ずっとまともな食事をしていなかったし、ジェリーの料理が恋しかった。

ゆっくりベンチから腰を上げて、これが最後と大きくため息をついた後、リナリーはふと視線を感じて、何気なく振り返ると。

(あれ?)

建物と中庭をつなぐ出入口の陰から、こちらを窺い見ているのは紛れも無いミランダだ。

「ミランダ・・何してるの?」
「えっ!?あ、リナリーちゃん・・きゃっ!」

声をかけると驚いたのか、ミランダは手に持っているバスケットを落としそうになり、慌てる。

「どうしたの、あれ?マリは?」

辺りを見回すがミランダ一人で。
ミランダはなんとか落とさずに済んだバスケットを、膝に抱えながら座り。

「あ、マリさんなら・・科学班に急用らしくて」
「急用?」
「ヘッドフォンの調子が、あんまり良くないんですって」

心配そうに呟いてリナリーを見上げる。
それを聞いたリナリーは、眉を寄せて複雑な顔で俯いた。

「・・・・・」
「リナリーちゃん?」
「え、あ、ううん」

なんでもない、と首を振った。

(マリったら・・)

見透かされている。

自分の子供っぽい感情を、マリが気付いている事が恥ずかしくて。そしてなんだか、悔しい。

(これじゃ・・まるで駄々をこねた子供じゃない)

少しプライドが傷つけられて、面白くなかった。いや、確かにさっきの態度は子供だったと自分でも思うが、分かっているだけに更に恥ずかしい。


「あ、あの・・リナリーちゃん・・」

ミランダは、リナリーのそんな気持ちには全く気づく事なく、何かを思い切るように口を開いた。
座っていた体をそっと起こし、両手にバスケットを抱えてリナリーを見る。

「わ、私でよければ・・何でも話してちょうだいっ」
「・・え?」

突然の意外な言葉に、リナリーは複雑な感情も忘れて、目を見開いた。ミランダは頬を染めながらも、その瞳はまっすぐリナリーを捉える。

「私ったら、鈍くて・・ごめんなさいねリナリーちゃん」
「?」
「そうよね、リナリーちゃんだって年頃ですもんね、私、ついつい忘れちゃって・・」

申し訳なさそうに頭をペコリと下げて、反省するみたいにゲンコツで頭をぽかりと叩く。
リナリーは目をぱちぱちと瞬かせ、いったいミランダは何を言いたいのかと考える。

「あのミランダ、どういう意味なの・・かしら?」
「え?ええと・・リナリーちゃん、何か悩み事でもあるんでしょう?」
「悩み事?」

心配そうなミランダを、リナリーは驚いた顔で見つめた。

「あのね、マリさんがねリナリーちゃんの様子が変だって、心配していて・・」
「マリ?」
「きっと・・年頃だから色々と悩みがあるだろうからって・・そうよね、その通りよね」

うんうん、と納得しながら頷いて。手に持ったバスケットの蓋をあけると、

「だから、一緒にお菓子でも食べながら・・お話しない?」

籠を開けると、中にはクッキーやマドレーヌなどの焼き菓子のほか、お茶のセットも入っていた。バターの香りがフワンと香って、お腹が鳴りそう。マフィンは焼きたてらしく柔らかな湯気が立ち、見ているだけで食欲をそそられた。

「ね?いいでしょう?」
「・・・・・」

ミランダが優しく微笑むと、リナリーは何も言えない。
だってお菓子は美味しそうだし、天気はいいし。それにそれに、リナリーだってミランダとお喋りがしたかったのだ。

本当はまだ少し、バツが悪い気持ちから素直になりづらいところもあったけど。ミランダの嬉しそうに笑う顔を見て、リナリーは心の中でマリに感謝した。







中庭と建物をつなぐテラスで、二人はバスケットからお菓子を取り出し、少し早いお茶会を始める。
ミランダがお土産のチョコレートを一口食べて、美味しさに頬を押さえるとリナリーは嬉しそうに笑った。

午後の日差しは、ぽかぽかと温かく、心地良くて。紅茶を一口飲むと、リナリーはさっきからずっと考えていた質問を口にする。

「あの・・ミランダ」

何となく聞きづらくて、視線を逸らすと。

「な、なに?リナリーちゃんっ」

とうとう悩み事の相談ねと、ミランダが身を乗り出す。



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