D.gray-man U
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無線で神田を呼び出すなんて、そもそもミランダはあまり無線を使用した事がない。
誰かを呼び出すなんて、おこがましくて呼び出すくらいなら探しに行く方がいい。
だから任務の間にしか使用しないが、ミランダのようなサポート系能力は、動き回る攻撃系と違って無線でやりとりする事もあまり無い。
なので、ミランダ自身が積極的に無線ゴーレムを使用した事はなかったのだ。
(き、緊張するわ・・)
個別の無線に連絡を取るには、相手の識別番号を入力する・・はず。
ミランダは緊張から、震える指で神田の番号を押そうとするが、胃がキリキリして何度も吐きそうにえづてしまう。
「し、し、しっかりしないと・・!」
顔をパンパンと叩いて一度大きく深呼吸すると、ミランダは再びゴーレムに番号を入力していった。
(ええと・・2・・3・・10・・と)
以前科学班から渡されたメモ紙を見ながら、慎重に打ち込んでいく。ミランダの指が最後の「9」を押して、「完了」を押すとピピピと機械音が鳴った。
心臓が激しく鳴って、本当に口から飛び出しそうで。何度もゴクンと唾を飲み込んでしまう。
ピピピ、ピピピと機械音は暫く続き、いっこうに神田からの返答はない。
(あら・・・・?)
ふっ、と一瞬緊張の糸が切れて、神田が出ない事に安堵してしまう自分を感じた、その時。
『はい』
「ひっ!?」
突然男の声が無線ゴーレムから聞こえて、ミランダは咄嗟にゴーレムを放り投げてしまった。
パタパタとそれが飛び回る中、ミランダは急な展開に焦りパニックを起こしてしまう。
「かかかか神田くんっ!あ、あのっ・・その、あっさっきはその、ごごごごめんなさいっ」
自分でも吃り過ぎて何を言っているのか分からない。
『は?』
「ええとあのその・・リ、リナリーちゃんの事で、あの、あの神田くんっ」
さっき考えていた言葉や内容は、とっくに記憶の彼方へと飛んで行ったのか、何も思い付かない。
こういう状況はかなり危険だと、自分でも分かっているのだが、何を言えばいいのか。神田が無線ゴーレムの向こうで苛々しながら、こちらの声を聞いているかと思うと、ますます焦る。
「あの、ええと、い、いくら好きでもっ・・押し倒すのは、だだ駄目だと思うわっ・・!」
『・・・・』
「そそそそれじゃっ!ごめんなさいっ!」
言い逃げるように、ミランダは慌ててゴーレムの「切」スイッチを押した。
「・・・な・・」
そのまま力尽きるようにベットに倒れると、
(なんて・・馬鹿なの)
ミランダは不甲斐ない自分に涙がにじんでしまい、深く深く・・ため息をついたのだった。
ちなみに。
「・・・・・・」
たった今、修理を終えた無線ゴーレムが受信した衝撃の内容に、科学班は凍り付く。
「今・・神田って言ったよね」
白いベレー帽が特徴のその男の存在が、さらに室温を下げている気がした。
ミランダからの無線は、残念ながら神田に届くことはなかった。
二日前に修理に出された神田の無線ゴーレムは、ちょうどついさっき修理を終えて、リーバーが最終チェックの最中だったのである。
「・・・・・・」
神田がリナリーを押し倒す?
未遂なのか?未遂なんだよな?科学班の面々は恐る恐る、なぜかそこにいてしまったコムイを見る。
背中しか見えないが、コーヒーを持つ手がブルブルと震えて、熱いはずのその液が、コムイの手を濡らしていた。
(し、室長っ・・・!)
科学班全員がその姿に震撼し、きっともう誰も止められないだろう、この後の惨劇に戦慄を覚えたのだった。
ミランダを追いかけて、マリは彼女の自室へとたどり着いたのだが。ノックしようと、こぶしを扉へ持っていく恰好のまま・・
マリは固まっている。
全身から冷や汗がじわじわと流れて、止まったままの思考が徐々に動き始めると、さっき聞いてしまった、この扉の向こうからの衝撃的内容が再びマリの思考を襲う。
『い、いくら好きでもっ・・押し倒すのは、だだ駄目だと思うわっ・・!』
とりあえず、困った事が二つある。
一つは、どうやら彼女が盛大な勘違いをしているらしい事。
おそらく、その事実を知ればミランダは海よりも深く落ち込んでしまうだろう。
そしてあと、もう一つ。
神田の無線ゴーレムは、現在修理中だという事だ。おそらく、今ミランダが呼び出したのは・・科学班だ。
差し当たって、緊急を要するのは後者の問題である。
本当は今すぐにミランダの誤解を解いて、彼女をそこまで思いつめさせた自分を詫びたかったが、つい先程から、科学班付近を中心とする爆発音が、どうやらそれを許してはくれないようだ。
そして事がここまで進展してしまった原因を考える。様々な要素を脳内で照らし合わせて、仮の答えが浮かぶ。
(・・・・・ラビか)
食堂での悶着を思いだし、マリは大きくため息をついて、とりあえず弟弟子を止めに向かうのだった。
ドーン、と何かの爆発音がして。
「ん、何ですか?」
「また科学班かしら・・」
リナリーが心配そうに呟く。
これから森にピクニックに行く予定の三人は、バスケットを持って森へと続く裏口を目指して歩いていた。
和やかに、クロウリーから聞いた春の花の話をしたりしていたのだが、遠くに聞こえた爆発音に、三人の足は止まる。
「かなり大きな爆発のようだったが・・」
リンクは怪訝な顔で音がした方向に目をやる。
「そうね、何かあったのかしら・・」
「リナリー、ピクニックはまた今度にして・・様子を見に行きますか?」
気になるらしいリナリーに、そう優しくアレンが声をかけた時。バタバタと凄まじい勢いで、何かが駆け寄って来るのを感じ、アレンたちは咄嗟に身構える。
「リナリィィィィッッ!!」
「「!?」」
また新たな機体、おそらく新式のコムリンなのだろう。それの背に乗りながら現れたのは、病的なシスコンであるコムイ、その人であった。
コムイはひらりとその背から降り、ポカンとした三人の前に立ちはだかる。
「に、兄さ・・?」
「リナリー!無事だったかいっ!?」
ガシッとリナリーを抱きしめて無事を確認するように体を摩る。
「大丈夫?平気?何でもない?」
「に、兄さん?な、何?どうしたの」
「あ・・あの、コムイさん?どうしたんですか?」
なんとなくコムイの様子に嫌な予感をしつつ、アレンは恐る恐る聞く。
「!?」
コムイはアレンの存在に初めて気付いたのか、ハッとしたようにアレンを見た後、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回した。
「この三人だけ・・?他にはいないんだね?」
眼鏡をキラリと光らせ、探るようにアレンとリンクを見る。
(これは・・もしかしてリナリーとのピクニックを反対している?)
アレンとリンクは顔を強張らせて、なんとなく俯いた。
「あの、兄さん・・これから森にピクニック行こうと思ってたの」
リナリーが少しだけ頬を染めながら、疑うような視線を向けるコムイの前に出た。
「ピクニック?三人で?」
「はい・・ええと、天気もいいので」
本当はリナリーに愛の告白をしに行くのだが、アレンはごまかすように曖昧に笑う。
そんなアレンをコムイがじいっと見て、何故か突然肩をガシッと掴まれた。
「!?」
ビクン、と心臓が跳びはねる。
「それじゃアレンくん、今日一日リナリーを頼むっ!」
「は!?」
何の天変地異の前触れなのか、あのコムイがリナリーを(今日一日とはいえ)誰かに託すなんて。一同信じがたい気持ちで茫然としていると、コムイはくるりとリナリーを向いて。
「神田くんには、気をつけるように」
「神田?」
「心配しなくていい、夕方までにはケリをつけるから」
深く頷いて、任せてくれと胸を叩いた。
神田と何かあったのだろうか、聞いてみたいが何故かそれは、止めておいた方がいいような予感がした。
「ところで」
リンクはコホンと咳ばらいしながら、
「先程からの、爆発音はいったい何なんですか?」
コムイはぴくりと体を反応させ、リンクを見ると。
「そうだね、強いて言うなら・・・・・・害虫駆除かな」
そう言うなり、コムリンの機体に乗った彼は、目の前の壁をぶち抜きながら突進して行ったのだった。
いまいち事の流れが把握出来ない三人は、顔を見合わせる。
「いいんですよ・・ね?」
「いいのよね?兄さんが・・言ったんだし」
リンクはコムリンの後に聞こえる物騒な物音に眉を寄せた。
そんな三人の背後から、聞き慣れた声がする。
「なんだありゃ」
振り返ると、神田がコムイが作った壁の穴を見ていた。リナリーはやや心配そうに神田を見ながら、
「ねぇ、神田・・兄さんとなんかあった?」
「あ?コムイの野郎とはしばらく顔も合わしてねぇよ」
「そう?ならいいんだけど・・」
言いながらも、リナリーは首をひねる。
「おい」
神田はポケットを探り、リナリーに封筒を差し出した。
「あっ!神田が拾ってくれてたの?」
リナリーは封筒を受け取ると、中のチケットを確認して嬉しそうに笑った。神田は舌打ちしながら、
「・・とりあえず、渡したからな」
らしくない事をしてしまった後悔なのか、神田は大きくため息をついて踵を返す。
「あ、待って」
リナリーは神田の服の裾を掴んで引き止めた。
「なんだよ」
「これ、神田にあげる!」
「はあ?」
片眉を吊り上げながらリナリーを見ると、
「なんだよ。もとから、いらなかったのかよ」
「そういうんじゃないけど・・」
リナリーとアレンは、どちらともなく顔を見合わせ、微笑みあう。頬を染めて見つめ合う二人に、神田は嫌そうに顔を引き攣らせる。
「アホらしい」
呟いて、舌打ちすると。コムイが行った方へやや大股で歩いて行くのだった。
「あげちゃった」
フフ、と笑ってアレンを見ると、アレンは少しだけ残念そうに。
「神田には勿体ない演目ですけどね」
肩を竦めて、苦笑する。
リンクは一人意味が分からないようで僅かに眉を寄せたが、すぐにどうでもよさそうに、報告書にコムイの件を書き記していた。
リナリーはアレンが持つバスケットにそっと腕を伸ばす。
「一緒に・・持ってもいい?」
「う、うん」
微かに触れる指先に、二人の頬が染まる。
バスケットの中にはサンドイッチとフルーツなどのオヤツ、紅茶が入っているだけなのに。
アレンとリナリーはまるで重い物を持つように、しっかりと柄を握っていた。
「行こう、リナリー」
「うん」
にっこり笑うリナリーに、アレンはやっぱり。
(チューリップみたいだ)
そう思って、一人赤くなるのだった。
ちなみに、マリの尽力によりコムイの暴走と神田への誤解は解ける事になる。
後日、大元の原因たるラビはまたも神田に追い掛けられる事になったのだが、その時マリはしばらく止めに入らなかった・・・らしい。
End
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