D.gray-man U
3
ラブレター。
神田はリナリーへ思いを告げるつもりなのだ。
不器用な彼はきっと直接渡せないから、ミランダに頼んでいるのだ。そう思うと神田の不機嫌な様子は、もしかしたら彼なりの照れ隠しなのかもしれない。
(で、でも・・)
神田をそっと窺うと、彼はすぐに受け取ろうとしないミランダに苛立ちをみせていた。
(神田くん・・ごめんなさい)
やっぱり、協力できない。
リナリーのアレンを想う切なくもいじらしい姿を知っているから、やっぱりアレンと幸せになって欲しかった。
「で、できないわっ・・」
「は?」
「ごめんなさい神田くん・・わ、私・・できない」
両手で顔を覆い、ブンブンと頭を振った。
「ミランダ?どうかしたのか」
マリが心配そうにミランダの肩に手を置く。
「マリさん・・ごめんなさい、あの・・わ、私」
神田がリナリーを好きと分かって、もうマリに協力を頼む事はできない。それは彼に弟弟子を裏切らせる事になるから。
(お願いする前で良かった・・)
その一点にのみ安堵しつつミランダは二人から後退り、
「な、何でもないです・・すみません」
「ミランダ?」
「わ、私・・あの、ちょっと用事があって・・その」
しどろもどろになりつつ、二人から距離を取っていく。怪訝な顔のマリが、どうしたのかとミランダに一歩近付くと、ミランダはハッとした顔で。
「私・・し、失礼しますっ・・ごめんなさいっ!」
ペコリと頭をさげ、それは素早い動きで二人の前から走り出して行った。
「お、おい・・」
マリは声をかけるが、ミランダはもう廊下を真っ直ぐに走って、曲がり角で一度躓いたものの持ち直し、そのまま神田の視界から消えた。
「なんだ、あの女」
舌打ちしながら封筒をしまう神田に、マリが首を傾げながら。
「それはなんだ?」
封筒をしまった場所を指さす。
「・・リナリーの奴がすれ違いざまに落として行きやがったんだよ」
ああ面倒くせえ、と言いながら神田は一人近くの階段へと歩いて行った。
「おい神田」
「うるせえ、もう兎狩りはしねぇよ」
そう言って、マリを振り返ることなく神田は階段をずんずんと上って行った。
(・・・・・)
いつも面倒を起こす神田はとりあえず置いて、マリはさっきのミランダの様子が気になっていた。何か悩んでいるような、それはとても深刻そうに感じられて。
(本当は、何か相談でもあったのだろうか・・)
さっきは神田がいたから言いづらかったのかもしれない。わざわざ自分を探していたくらいだ、きっと本当に深刻な悩みなのだろう。
マリは、深く考えずに神田を側にいさせた自分を責める。
(どうも気が利かないな・・わたしは)
ため息をつきながら、マリはミランダを追い掛けるように、静かに歩き出したのだった。
赤いチューリップの花言葉は『愛の告白』。
クロウリーがそう教えてくれた時、アレンはチューリップに、告白の後押しをされた気がしてなんだか嬉しかった。
(あれ?)
アレンがリナリーを見つけると、彼女は何か探し物でもしているのか、廊下を行ったり来たりしながら床を念入りに見ている。
眉を八の字にして、本当に困っているのだろう。唇を少し尖らせ指先を不安げに口元に持っていくのが、まるで子供のようで可愛らしい。
「リナリー、どうしたの?」
「!・・ア、アレンくん」
ハッとした様子の彼女は、とたんに顔が赤く染まる。慌てたように頭を振ると、なんでもないの、と小さな声で囁いた。
「なくしもの?僕も一緒に探しますよ」
「う、ううん大丈夫よ」
「え?でも・・」
「ホントに、大丈夫・・うん、大丈夫だから」
ごまかすように明るい声で言うと、リナリーはニッコリと笑う。
そんな笑顔に、アレンはどうしても胸が高鳴ってたまらない。アレンの後ろにいるリンクは、いつもよりずっと離れた、はるか後ろの柱に背をもたれながら本を読んでいた。
どうやらリンクなりに気を使っているらしい。そう思うと、アレンは何となく照れ臭いような気持ちになって、つい黙ってしまう。
「アレンくん?」
不思議そうに自分を見るリナリーに、ときめきからか緊張していた。
誰かに恋をするなんて初めてで、アレンは自分がこんなに不器用な人間だと思わなかった。リナリーを前にすると、言いたい事の半分も言えなくて。鼓動は速まり、リナリーの一挙一動に目が離せない自分がいる。
誰からも愛されているリナリーが、自分だけに特別な感情を持っているとは思わないが、
時折みせるリナリーの仕種や表情で、けして望みが無い訳ではないと思う。
「あの・・リナリー、チューリップは好き?」
「え?うん、好きよ」
はにかんだような笑顔を見せながら、リナリーはアレンを見上げる。
「クロウリーが植えた、チューリップが満開らしくて・・・その」
アレンは緊張から少しだけ声が上擦ってしまい、ごまかすように軽く咳ばらいをした。
「後で見に行きませんか?・・は、話があるんで」
ドキドキした。
リナリーは期待と少しの不安をこめてアレンを見ると、
「あのね、私も・・アレンくんに話があったの」
恥ずかしそうに俯いて、もじもじと指をすり合わせる。
「・・でも、失くしちゃったんだけど」
「?」
リナリーは落胆しているのか、そっとため息をついて。
「ジェリーからお芝居のチケットをもらったの・・二枚」
だからさっき床を念入りに見ていたのかと、アレンは思い出し納得した。
「二枚・・って、僕を誘ってくれるつもりだったんですか?」
「う、うん」
リナリーの頬が染まり、それを隠すようにアレンから顔を背ける仕種が本当に可愛くて。
アレンの顔もつられるように赤くなり、嬉しさからさらに胸の鼓動が速まった。
「でもリナリー、たぶん二枚だと・・行けないんじゃないかな、僕等」
「え?」
「ほら、リンクがいるから」
苦笑しながら、背後のリンクを見ると本を読みながら我関せずと無視を決め込んでいる。
「あ・・そっか、そうよね」
忘れてた、とリナリーが呟く。
「ああ見えて・・意外と淋しがりやな所があるから、きっと二枚だけだと拗ねると思うんです」
「ふふ、アレンくんて優しいのね」
「そ、そんな・・仲間外れはかわいそうかなって思ってるだけです」
照れたように笑い、違いますと手を振るアレンに、リナリーはクスクスと笑った。
(・・・・遅い)
リンクは本を読みつつ二人の様子を窺うと、
相変わらずのピンク色オーラを醸しつつ、アレンとリナリーは何やら楽しげにお喋りしている。
かれこれ30分は立ち話をしているのだが、肝心の森へ誘う話は出来たのだろうか。
別に無駄話をするのが悪いとは言わないが、要件が済んだらすぐ行動に移してもらいたいものだ。
リンクがやれやれとため息をつくと、ちょうど話を終えたらしいアレンとリナリーが、二人並んで歩み寄って来たのに気がつく。
「リンク、お待たせ」
頬をほんのり染めている様子を見ると、どうやらいい雰囲気だったようだ。
リナリーも同じように頬を染め嬉しげに微笑んでいる。
「これからジェリーさんにお弁当作ってもらって、三人でピクニックに行きますよ」
「は?」
「リンクも一緒だから、安心してね」
リナリーがニッコリ笑う。
「・・・はい?」
リンクの顔が引き攣り、嬉しそうに食堂へと目指す二人の背中を凝視した。
なぜ自分も頭数に入れられるのだろうか、普通想いを寄せ合う男女なら、二人きりになりたがるのではないのか?違うのか?
ピクニックならば二人で行けばいい、もちろん自分は仕事だからついていくが、きちんと二人を邪魔しないよう、距離を取って監視するつもりだ。一応、そういった事はそれなりに心得ている。
リンクがやや混乱しながら二人について行くと、前を歩いていたリナリーが「あっ」と何かを思い出したように立ち止まった。
「忘れてたわ」
「どうしたんです?リナリー」
怪訝そうにアレンはリナリーを見たが、
リナリーはクルリと振り返り、リンクをじぃっと見ると。小さな声で「そっか」と何かを納得して、ニッコリと嬉しそうに笑った。
「リナリー?」
「・・なんですか?」
「あ、ええと・・う、ううん、なんでもないわ」
首を振って、少し早足になりながらリナリーは新たな真実に気付いて、胸をときめかせる。
(そうよ)
(アレンくんと二人きりじゃないから、兄さんにも・・ごまかせる)
リンクが一緒なら、アレンと街でデートも可能なのだ。そう思うと、リナリーは未来への可能性に心が弾んでしまうのだった。
ミランダは、あるものを両手でガッシリと掴んでいた。それは普段はパタパタと鳥のように飛び回る、ペットとまではいかないが愛着のあるもの。
「・・・・ぁぁああ」
目の前にあるそれは、無線ゴーレム。
彼女は今、それである人物を呼び出そうとしているのだ。
神田の前から逃げ去ったミランダだったが、自室につくなり激しい後悔に襲われる。
(わ、私ったら何て考えなしの馬鹿なのかしら・・!)
神田のラブレターを受け取らず、あれでは突き返したのと同じではないか。
きっとリナリーへの一途な気持ちが綴られていたに違いないのに、ミランダの浅はかな行動に彼は深く傷ついたのではないだろうか。
(せめて・・せめて一言、自分で渡すのを勧めるとか・・してあげればよかった)
あの神田が自分に頼み事をするなんて、どう考えても有り得ない事なのに。彼のリナリーへの気持ちは、そこまで切羽詰まっているのではないだろうか。
相変わらずのミランダの思い込みの激しさは留まる事をしらず、底無しのマイナス思考も手伝って、今や神田はガラスの少年のような、ナイーブなキャラクターに脳内が書き換えられいく。
(い、言わないと・・)
傷つけてごめんなさい、と。そしてリナリーへ気持ちを伝えるなら、やはり直接がいいと。素直になって結果はどうあれ、ぶつかってみるべきだと。
そう思って、ずっとさっきから無線ゴーレムを手に持っているのだが、なかなか行動に移せない。
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