D.gray-man U
2
(マリさん・・)
リナリーの恋に協力してくれないだろうか。
みんなから尊敬される頼れる兄貴分のマリならば、きっとうまくアレンの気持ちを聞き出す事ができるだろう。
問題はそんな彼が、ミランダごときの考えを受け入れてくれるかだ。
他人の恋愛に口を挟みたくないと言われればそれまでだし、逆にそんな事を考えるミランダが叱られるかもしれない。
それでも・・と心の中で彼女は呟く。
(アレンくんとリナリーちゃんには、幸せになってもらいたいわ・・)
祈るように両手を合わせ口元へとあてると、ミランダはマリを追いかけるように階段を下りたのだった。
アレンはいつも、リナリーはチューリップのようだと思っていた。
たくさんの花たちにあってもすぐに目が引く、可憐なのに眩しいくらい生命力があっる花。
だから、リナリーに気持ちを告げるのはチューリップが咲く春にしよう・・と、いささか恥ずかしくもロマンチックな事を考えていたりした。
そして。
クロウリーが植えた春の花たちが、裏の森で咲いたらしい。
クロウリーが嬉しそうに報告してくれた時、アレンはようやく気持ちを固めた。リナリーに想いを告げようと。
「・・リンク、ちょっといいですか?」
アレンには珍しい、ほのかに赤らみ困ったような表情に、リンクはすぐにその意図を察知する。
(リナリー・リーの事だな)
読んでいた本から顔を上げて、アレンを見た。
昼食前のオヤツを食べながら、アレンはどうにも言いづらいのか無駄にフォークを動かしながら苺のタルトを口に運ぶ。
その仕種だけで、リンクにはアレンの考えがなんとなく読めてしまった。
だてに24時間一緒にいるわけじゃない。
(とうとう・・行くのか?)
告白をする気になったのか?
声に出しそうになって慌てて押し止める。せっかく本人がようやくやる気になってくれたんだ、変にまわりが水を注さない方がいい。
リンクは内心、ようやくかと安堵の気持ちで胸を撫で下ろしていたが、顔は平静を装いコーヒーを一口飲んだ。
「その、実は・・気付いてるかもしれないけど、僕はリナリーが・・」
赤らみを隠すように顔を背けながら、ぽつぽつと語り出す。リンクは本を持つ手がなんだか震えてしまいそうで、つい持つ手に力を入れた。
(これで、開放されるのか)
正直、長かったと思う。
リンクが本部に来てからの殆どが、アレンとリナリーの傍にいたような気がする。
これで会話の糸口にされたり、困った時に「リ、リンクはどうなの?」といった脈絡のない質問から開放されるのだ。それは正直・・いや、かなり嬉しい。
これからは恋人達として、リンクに構わず二人だけの世界を作って欲しい。
リンクが顔には出さず感慨にふけっていると、二人が座る背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「お、いたいた」
その声の主が意味深に笑いながら二人の前に座った時、リンクは嫌な予感に、ズシンと体が重たくなるのを感じる。
「どうしたんです?ラビ」
アレンも片眉を軽く上げながら、胡散臭そうにラビをちらと見た。
「えー、いやぁ」
ラビは持っているコーラをチュウと吸い、
「・・なぁなぁ、今日リナリーは?」
小声でぽそっと問うと、アレンは突然の想い人の名前に微かに動揺を見せた。
「・・・・なんですか?」
僅かに頬を染めながらも、明らかに何かを疑っている顔でラビを見る。
リンクはそんなアレンの様子に読んでいた本を閉じ、ラビを見ながら『余計な事は言うな』と目で訴える。
首を軽く横に振り、視線でアレンを指しながら口パクで『言うな』と伝えた。
本人がせっかく真っ当にやる気をみせているんだから、もう他人が妙な気を回す必要はない。いや、余計な事をしないでくれ。頼む。リンクは祈るような気持ちでラビを睨む。
ラビは何か誤解したのか『まかせろ』と言わんばかりに親指を突き立てたので、リンクは焦り『違う』とアピールするよう、エヘンオホンと咳ばらいをした。
「リナリーとユウってさぁ仲良いと思わん?」
そんな、ささやかなアピールには気付かず、ラビは笑顔でアレンをたきつけ始める。
「仲良いいって・・あの二人が?」
「いや、オレには分かる。何だかんだ言ってユウってばリナリーを大事にしてんさ、アレでも」
「そうかな・・」
そう言われてもイマイチ腑に落ちないのか、
それともラビが言う事だからか、アレンは話半分という様子で聞いている。
苺のタルトを完食して口元をナフキンで拭いながら紅茶を一口飲み、何かを探るようにラビを見て、
「ちなみに、ラビは二人について・・どう思っているんですか?」
やはりリナリーの名前が出たからか、食いつきをみせるアレンにラビは心の中でほくそ笑む。
「そうさね、・・ユウはリナリーを特別だと思ってるのは間違いねぇな」
「神田が?」
訝しむように眉を寄せて。
「単細胞のミジンコ並の頭脳と、脊髄反射みたいに暴言を吐かずにいられない、原始人の神田ですか?」
「・・や、オレちょっとそれには同意しかねるっつーか」
ラビが顔を強張らせながら、乾いた笑いをした。
「ラビ、原人の神田がそんな高尚な考え持つ訳ないですよ」
紅茶を飲みながら肩を竦めて、否定するように手を振る。頭から否定されて何となく面白くないのか、ラビはややムキになりながら、
「い、いやいや、だって何だかんだ言いながらリナリーの言う事はきくし・・」
「ゾウリムシ並の脳レベルだから、本能でリナリーが強いって分かってるんですよ」
バッサリ言い切るアレンを横目に、傍にいるリンクは再び本を開く。どうやらアレンの方が一枚上手らしい。
普段の行いの悪さからか、哀しいかなラビの言葉はまず疑われてしまう。自分の心配は杞憂に終わりそうだ。やれやれと、再びコーヒーに口をつける。
ふと、視界のすみに写った人影にリンクはカップから口を離した。
「つか、アレン。んな風に言い切っていいんさ?」
人差し指をアレンの眉間に突き立てるようにのばし、口を尖らせる。アレンは紅茶をくいっと飲み干し首を傾げて、面倒そうに。
「・・いったい何なんですか?」
ため息をつきつつ、ラビを見た。
ラビは全く相手にもされないのが悔しいのか、コーラをチューッと一気に吸い、勢いよくテーブルに置いた。
「そ、そんな原人ミジンコゾウリムシって言うなら、単細胞の本能でリナリーがユウに押し倒されてもおかしくないさ」
どうにも苦し紛れであるが、ラビは何とか優勢に立ちたいらしい。
「は?」
「だからユウは単細・・じゃなくて、リ、リナリーを大事にしてんだよ」
「神田はリナリー以外の女性には、節操なく押し倒してんですか?」
女性の敵ですね、と呟くアレンにラビは慌てて首を振りながら。
「い、いや違っ・・!」
「ほう、言ってくれんじゃねぇか・・バカ兎」
頬に当たる冷たい感触が神田の六幻だと気付いた瞬間、ラビは全身の血が凍る。アレンは神田の存在に気付いていたようで、驚くでもなく紅茶のおかわりを入れた。
「ち、違う違うっ・・誤解さ!」
「うるせえ、その赤毛切り取って頭皮ごと血の色に染めてやる」
チャキ、と刃先をラビの鼻先に向けると、ラビは情けない叫び声を上げながら、兎のように六幻からピョンピョン跳ね逃げる。
何とか食堂から脱出したラビと追いかける神田を見ながら、アレンは入れたばかりの紅茶を飲んだ。
「リンク・・あとでリナリーを裏の森に誘いたいんですが」
「・・あ、ああ。分かりました」
頷きながら、リンクはさっき目の端に写った人影について考えていた。
(もういない・・)
少し気にはなったが、すぐにラビの断末魔の叫びがし、リンクは忘れてしまった。
リンクが見た人影とは、ミランダである。
(ほ、本当なの?)
今さっき聞いてしまった話に、ミランダは驚きと動揺で額に手をあて壁にもたれた。
(神田くんも、リナリーちゃんを好きだなんて)
マリを探して食堂に来ていた。ミランダにしては珍しく、転ぶ前に靴紐が解けているのに気付き結び直そうと屈む。
そんな時に、ミランダは偶然ラビとアレンの会話を聞いてしまった。
とは言っても、ラビが言った『ユウはリナリーを特別に思っている』と聞いた段階で、
脳内がフリーズしてしまいその後の会話は殆ど覚えてはいないのだが。
会話の後半に聞き捨てならない言葉が出て、ミランダの耳はそれだけは拾っていた。
(押し倒す・・とか言ってなかった?)
誰が?誰を?
「・・・・・」
あまり思考に向かない頭ではあるが、ミランダなりに考えを巡らすと、ある結果に思い当たりミランダは咄嗟に口を押さえる。
(えええっ!?)
そんな、まさか、と首を振る。
(神田くんが・・リナリーちゃんを?)
そういえば昔、恋しさが募って好きな相手に無体をはたらく男の話を聞いた事がある。
ミランダには理解出来ない事ではあるが、普段抑圧されている男性こそ、内に篭る激しい気性の持ち主がいるのだそうだ。
(も、もしかして神田くん・・言葉で上手く伝えられないから、行動で・・?)
確かにぶっきらぼうで、神田はあまり器用なタイプではなさそうだ。同じ年頃のアレンやラビなら、気持ちを上手に言葉や態度にできるだろう。
(神田くん・・)
ミランダの胸に好きだけど、うまく態度に表せない少年のような神田が浮かび、胸がキュウンと締め付けられる。
つい同情してしまいそうになるが、ハッとして頭を振った。自分はリナリーを応援しているのだ。
リナリーはアレンを好きなのだから、申し訳ないが神田には諦めてもらわなければならない。
(ああ・・でもどうやって?)
先走り始めるミランダの思考は止まる様子もない、加速する思い込みはとうとう使命感にまで上り詰める。
(話して、みようかしら)
もしかしたら神田も苦しんでいるのかもしれない。リナリーに素直になれない自分に。
自分ごときにあの神田が心を開いてくれるとは思えないが、何か少しでも力になれる事はないだろうか。リナリーへの気持ちが乱暴な行為へと向かってしまう前に、どうにかしないと。
はたから見ればミランダの思考こそ、どうにかしないと、と思うが彼女はいたって大真面目である。
壁に向かって、何やらブツブツと話すミランダの側にさっきまで探していた人物が声をかけた。
「ミランダ?」
「!?」
ビクッと体が反応して、振り返るとマリが不思議そうにこちらを見ている。
「あ、マ・・マリさん?」
「クロウリーからミランダが探していたと、言われてな・・どうかしたのか?」
その言葉で、そういえばマリを探していたのだと思い出し、恥ずかしさに顔が赤くなる。
恐らくマリもミランダを探してくれていたのだろう。
「あっ・・あの、その」
申し訳なさに冷汗が出そうで俯きがちの顔を上げた時、ミランダはその顔が強張った。
「か、か、神田くん?」
マリの後ろに不機嫌そうに腕を組んでいるのは、間違いなく神田、その人だった。
「あ?」
かなり不機嫌なのか凶悪にミランダを睨むその姿で、さっきまでの使命感は凍り付いてしまう。
神田はすんでの所でラビを取り逃がし、結局マリに捕まったのが面白くないのだったが、
その辺の事情を一切しらないミランダは、自分に対して不機嫌になっている気がして身をすくませる。
マリがそんなミランダに気づいて、
「神田、ミランダは関係ないだろう?当たるのはよせ」
厳めしく注意をすると、神田は舌打ちしながらフンとそっぽを向いた。しかしすぐに何かを思い出したようにミランダを見て、
「おい」
「はっ、はいぃっ」
「おまえ、これからリナリーんとこ行くのか?」
突然リナリーの名前が出たので、ミランダの心臓はドキンと跳ねる。神田はポケットに手を入れ、やや乱暴な仕種で何かをミランダの前に突き出した。
「わたしとけ」
「え?」
キョトンとしてそれを見ると、神田の手にあるのは封筒で。
(これ・・)
何かしら、と思った瞬間。
ミランダは確かに電流が走るのを感じて、大きく目を見開く。間違いない、これは・・
(ラブレターだわっ!)
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