D.gray-man U





だいたいに於いて、少年少女が互いを想いあう姿というのは、はたから見て好ましいものだ。

アレンとリナリーの二人もそれに違わず、周囲からいつも微笑ましく温かな視線を送られている。互いを見る甘やかな視線や、ぎこちなく言葉をかわす時につい表れる頬の赤みなど。
はたから見ればじれったい位なのだが、そういった、こそばゆくも甘酸っぱい風情が周囲の大人たちのちょっとした郷愁を誘ったりもしていた。


「じゃあ、おやすみなさいリナリー」
「うん・・おやすみ」

談話室で食後のお茶を飲んだ後、夜も10時を過ぎいつものようにリナリーが立ち上がる。
アレンはそわそわとした風で、持っているティーカップをソーサーに置いたり持ち上げたりして、どうやらリナリーを部屋まで送って行きたいらしい。

紳士として女性を送るのは当然、と気軽に出来た行為が、意識した相手だとなかなか出来ないらしく、アレンは立ち上がろうかと足に力を入れるだけで、結局実行に移す事が出来なかった。

「リ、リナリー・・また明日」
「うん、また・・明日ねアレンくん」

また明日、それがささやかな二人の約束のようにお互い頬を染めながら微笑み合う。熱っぽい視線を一瞬絡ませたかと思うと、二人は恥じらうように目を逸らせ、

「じゃ・・」

リナリーは赤らんだ顔を隠すように小走りで談話室から出て行き、アレンもカップで顔を隠しながらお茶を一口飲んだ。



どうにかしてくれ、とリンクは思う。

苛立ち気味に読んでいた本を閉じて、冷めた紅茶を一口飲む。ちらりと横のアレンに視線をやるがすぐに戻し、馬鹿らしいと鼻を鳴らした。

(いい加減にしてくれないか)

外野から見て微笑ましい光景でも、いつも否応なく渦中に居なければならない彼にとっては、迷惑以外の何物でもない。

アレンとリナリーの甘酸っぱい恋模様など、リンクには何の興味もない。邪魔する気もなければ、もちろん応援してやろうとも思わない。
監視対象のアレンが恋をしようが、ノアに関して不審な動きをしない限りリンクの関知する所ではない。

(・・・・)

そう思っていたのだが、正直リンクはもう我慢の限界だった。
あの二人が相思相愛なのは誰が見ても感じるところだが、当人達は気づいてもいないという鈍さには呆れる。

二人が意識し合いながら会話している最中、
リンクが(気をきかせる訳ではない)少し離れた場所で待機していると、何故か二人して助け舟を求めるようにリンクに話しかけてくるのは本当にやめて欲しい。
会話がない訳ではないだろうに、二人きりの空間が恥ずかしいのかリンクに気を使っているのか。
要所に「リンクはどうなの(んです)?」と話を振られても、正直恋する二人の会話など98%はどうでもいい事で、答えるのも面倒なのだ。

無視するのも如何なものかと考えリンクなりに適当な答えを言っても、二人にとってはリンクの答えなどどうでもいいのだろう。
たいていその答えは流されて、次の会話へと進んでいる。そしてまた同じ事の繰り返しなのだ。

(いい加減、くっついてくれないだろうか)

恋人同士になれば、リンクは堂々とあの二人から距離をおける。もちろん監視もあるから近くにはいなければならないが、それでも二人の会話が聞こえない程度に傍にいて、いちゃつく様子を無視していればいいのだ。



そんなリンクの心情を理解してくれている訳ではないのだろうが。
その提案を聞いた時、リンクはどうにも腑に落ちない複雑な気持ちになった。

「・・本気ですか?」

相手は次期ブックマン、ラビ。

「だってあんまり焦れったすぎて、もう正直お腹いっぱいさ」

言いながら、コーヒー牛乳のフタを剥がす。

場所は大浴場の脱衣所。
風呂上がりの二人は濡れた体のまま、コーヒー牛乳を飲むところだった。ちなみにアレンは神田とのサウナ対決が長引いて、現在水風呂にいる。

「だから協力してやっからさ、あの二人くっつけようぜ」
「・・・・なぜ、キミが?」

なんとなく胡散臭く思いながら、ラビを見る。ラビが言ってきたのは、リンクがここの所考えていたアレンとリナリーの事だった。

「え?いや、ほら、なんつーか・・ねぇ?」

ニヤニヤと笑いながら意味ありげにリンクの肩をポン、と叩き。

「純粋に、人助けさ!」

見るからに嘘だと分かる。

「暇なんですね、要するに」

ため息をつきつつ、リンクは空になったコーヒー牛乳の瓶を籠に置いておく。着替えの白いワイシャツに袖を通しながら、

「他人の恋路に口を出す趣味はありません」

やや素っ気ない口調でボタンをとめていく。
ラビはリンクの言葉を聞いていないのか、グイッと一気飲みした瓶を籠にほうり込むと、

「オレが思うに、アレンとリナリーがあと一歩踏み出すにゃ障害が必要だと思うね」

タオルで濡れ髪をわしわしと拭きながら、人差し指をリンクに突き付けた。

「・・障害ならあるじゃないですか」

面倒そうに呟いた。

「コムイ?あれは障害っつーより危険物、地雷・・いやリナリーに関しちゃ千年伯爵みたいなもんか」

ハハハと軽く笑う姿にリンクは眉間に皺を寄せながら、軽くラビを睨む。

「何が言いたいんです?さっきも言いましたが、わたしは・・」
「ライバルだよ、ラ・イ・バ・ル!」
「は?」

ライバル?

「例えばリナリーを好きな新たな男の出現!みたいな事があったらさ、あのアレンだって焦ると思うぜ〜」

タオルを口元にあてながら、ムフと笑うラビは明らかに遊んでいる。どうやら本気で暇つぶしをしたいらしい。
リンクは呆れる反面、心の内ではラビの言うことに成る程と思わないでもなかった。
あの二人はどうも互いを意識しすぎて、奥手になり過ぎている気がするから、ライバルなどの障害によって二人が急接近するという可能性には頷けるものがあった。

「・・・・」
「あれリンク、ちょっとノッてきた?」

ラビがニヤッと笑いながら、リンクを覗き込んだ。

「別にそういう訳では・・」

ツン、とそっぽを向いてジャケットを手に取るが、何かを気になったのか袖は通さず。

「どちらにしても、ライバルなんて・・それともいるんですか?」

訝しげにラビを見返した。

「だーかーらー、それをオレらが作るんさっ」
「は?」
「現実にゃいねぇけど、アレンに他にもリナリーを狙ってる奴がいるって分からせりゃいいんだから」

企むように笑って、ラビは着替えのシャツを手に取る。
どうも彼の中ではとうにシナリオが出来上がっている口ぶりで、リンクはどうにも苛立ってしまう。

「キミは何を考えているんです?」

痺れをきらすように、つい語調を強めてラビを睨んだ時。ちょうど大浴場の扉が勢いよく開いて、アレンと神田がふらついた足取りで現れた。

「はっ、んな千鳥足して何が勝負だよ。話にもならねぇ」
「神田こそ、痩せ我慢して瞳孔開いてりゃ世話ないですね」
「あ?んだコラ、最後泡ふいてた奴が言ってんじゃねぇよ」

よたよたと歩きながら睨み合う二人の後ろには、サウナ勝負を中断させたマリがやや疲れた面持ちで、

「やり過ぎなんだ、おまえら」

と未だ終わりをみせない二人の争いを諌めていた。

「・・神田、のど渇いてんじゃないですか?僕は平気ですからお先にどうぞ」

アレンが涼しい顔をつくりながら、水道を指さす。

「テメェこそカラカラだろうが、痩せ我慢しやがって」
「僕は全然平気ですよ、神田みたいに声がかすれてませんし」
「その割に、ずいぶん息が荒いじゃねぇか。モヤシ、萎びても知らねぇぞ」

互いに一歩も退かず、新たな勝負を始める二人にマリが深くため息をつきつつ、

「いい加減にしろ」

ゴツン、とその大きな拳で双方の頭に拳固をくらわせた。
そんな見慣れた光景をリンクは特に気に留めず、手に持ったままのジャケットを着る。ふと、裾をちょいちょいと引かれ、見るとラビが意味ありげに顎でアレンと神田を指していた。

「はい?」
「ちょうどいいと思わん?」

リンクは眉を寄せ、マリに叱られながら水を飲む二人を見る。
遺伝子や細胞レベルでの相性の悪さを発揮している神田なら、確かにアレンはライバル意識を燃やすだろう。

(しかし・・)

リンクは首を振りながら、

「無理でしょう。あの神田ユウがリナリー・リーに好意を寄せるとは思えない」

神田がそんな対象としてリナリーを見ていないのは第三者から見ても分かる。たとえそんな嘘をついても、すぐにバレてしまうなら意味がない。

「そうだけどさ、ほらあの二人って寄ると触るとあんな感じだから、名前だけでも効果あんじゃね?」

ラビはどうしても神田をアレンの起爆剤に使いたいらしい。企みがバレたら地獄を見るというのに、これはブックマンゆえの好奇心なのか。
リンクはなぜか感心してしまった。







リナリーは小さくため息をつく。

ポケットにしのばせてあるチケットを両手に持ち、それから諦めるように目を伏せた。

(ダメよね、きっと)

数日前に、ジェリーから貰った最近話題のお芝居。
シェイクスピアの「空騒ぎ」をオペラにした作品らしく、そういうのに疎いリナリーも名前だけは聞いた事があった。

チケットは二枚。

ジェリーに『デートに行ってらっしゃい』と背中を押されたのだが、いざ誘う段階で、リナリーは最重要課題を忘れていた事に気付く。
エクソシストが外出する際は「外出届け」が必要で、行き場所を明記する必要がある。戦争中の事もありいざという時の為なのだが、その「外出届け」は室長である兄、コムイの判が必要であった。
といってもコムイは忙しい為、他のエクソシスト達は外出の際リーバーに報告して、リーバーが代わりに判を押す事もまま有り、その辺は比較的緩いシステムではあるのだが。

しかしリナリーは、毎度外出の時に直接兄から判を貰わねばならない。
以前コムイが忙しくてリーバーに判を押して貰ったら、それを知った兄が心配のあまり外出先まで追いかけて来た事があるからだ。

(・・絶対、ダメだろうなぁ)

アレンを誘いたいけれど兄が反対するのは目に見えているし、それよりも二人で出かけたなんて知れば、あの兄の事だアレンの命が幾つあっても足りない。

「・・・・・」

リナリーはもう一度ため息をつきながら、チケットをポケットにしまう。
恋する相手を命の危険におかしてまでデートに誘いたい訳でない。ただいつもと違う場所でアレンと二人きりになれば、言いたい事を言える勇気が出るような気がして。

(好き・・って)

喉まで出かかっているのに、いつも言えないでいるその言葉。
アレンを前にすると、なぜか胸がドキドキして言いたい事の半分も言えない。

一緒にいると緊張するけど、幸せで時間があっという間に過ぎてしまう。このままの関係でもいいのに好きになるとどんどん欲が出てしまって、気持ちを知って欲しい・・なんて思ってしまうのだ。

(アレンくんは、私のこと・・)

嫌われてはいないと思っているけど、どう思っているのだろう。

(もしかしてアレンくんも・・なんて、自惚れかしら)

そう思い、リナリーは頬が染まった。だったらいいのに、そうだったら嬉しい。

(やっぱり、誘ってみようかな)

兄の事はこの際ちょっと脇に置いておいて、行動してみようか。せっかくのチャンスなのだから、色々考えるのはやめてみよう。

(・・アレンくんに相談してみてもいいし)

そう思うと、何となくワクワクしてしまうのはどうしてだろう。「二人で相談」というのが恋人みたいで、すごくイイ。
リナリーはうんうん、と一人頷きながらもう一度チケットを取り出し、願をかけるみたいに額につけると、恋しい人を探しに駆け出して行った。

その後ろ姿を心配そうに見ている一人の仲間に、気付く事もなく。




どうにかしてあげたい、とその彼女は思っていた。


リナリーが駆け出したその姿を見送りながら、ミランダは心配そうに眉を寄せる。
リナリーのアレンへの気持ちを知っている者の一人として、ミランダはその恋を応援していた。
時折リナリーから小さな相談を受ける程度だが、力になれるならば何でもしたいと常から思っている。

ミランダが心配なのは、ここのところリナリーが何か思い悩んでいる様子だ。何か封筒をいつも持ち歩いて、そっと取り出してはため息をもらし。またしまっては、肩を落とす。

(やっぱり・・あれはラブレターなのかしら)

アレンへの想いを綴ったラブレター。渡したくても、なかなか渡せないのだろうか。

物陰から様子を窺いながら、ミランダはリナリーのアレンへの想いになんだか胸を打たれて泣きそうになってしまう。
封筒をまるで祈るように額につける様子は、今日こそ渡すと自ら誓いを立てているようだった。

(頑張って、リナリーちゃん)

ミランダにとってアレンとリナリーは特別大切な存在だから、二人が結ばれるならそれは嬉しい事である。
心から祝福するし、こんな自分だが二人の為ならどんな事でもしてあげたい。

(でも・・アレンくんは・・どう思っているのかしら)

頬に手をあてて真剣に考える彼女だが、おそらく本人たち以外で気付いていないのは彼女くらいだろう。
科学班に箝口令もしかれているからコムイは除くとして。元来の鈍さから、ミランダは二人が両思いであると知らないかなり、レアな存在だった。

(あんなに可愛いリナリーちゃんだもの、アレンくんだって・・)

きっと憎からず思っているだろうと思うものの、やはり心配になる。
あんなにアレンを一途に想っているリナリーが、傷つくのを見るのは辛い。

(遠回しにでも・・聞いてみるのは・・)

そうは思うものの、正直ミランダは自信がない。自分のような女が、そんな難しい事を首尾よくこなせるとは思えなかった。
ミランダがため息をつき、身を隠していた壁の隙間から出て窓の下に目をやると、マリが中庭でスケッチをする、ティエドールの傍を今離れるところらしかった。

すれ違うようにチャオジーが現れ、軽い挨拶をして何か言いながら肩をポンと叩く。
それは頼れる兄弟子という風で、チャオジーも尊敬と親しみを込めてマリを見ていた。

(そうだわっ)

思いついたその発想に、ミランダは自分でも名案だと思わず手を叩いていた。



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