D.gray-man U
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店主は頷きながら、伝えておきますね、と穏やかに言うと、ちょうど奥から電話が鳴る音がしたので。
「では、行こうか」
マリがそっと背を押して促し、ミランダも頷いて店主に礼を言って店から出た。外に出ると暖かい日差しにミランダは目を細め、隣に立つマリを見上げた。
マリはミランダの視線に気付いたようで、
「この後、どこか行きたいところはないか?」
「いえ、私は・・マリさんはありますか?」
「そうだな・・」
マリが考えるように目を僅かに伏せた時。
「ミランダ・・ミランダ=ロットー?」
背後から自分の名を呼ばれ、ミランダが振り返ると。そこには配達から戻ってきたらしい、ハンスが立っていた。
「あ・・」
「今、引き取りに来たのかい?」
「え、ええ」
屈託のない笑顔を向けられて、ミランダもぎこちなく笑い返す。ハンスはちらとマリを見上げて、軽い会釈をするとマリも返すように会釈した。
「ミランダ、わたしはあそこの屋台を見ているから」
マリは少し離れた場所にある、果物の屋台を指でさす。
「え?ええっ・・」
予想もしないマリの行動に驚いてミランダは目を見開くが、マリは何も言わずにミランダの肩をトン、と叩いて屋台へと歩いて行った。
大きな背中をやや不安げに目で追うと、
「恋人?」
ハンスの突然の問いにミランダは、心臓が跳びはねた。
「えっ・・ええと・・その」
みるみる顔が赤くなりながら、ミランダは頷いて曖昧に笑う。
「そっか・・やっぱりなぁ」
「?」
「いや、なんて言うか」
頭を掻いて、ちらとミランダを見ると。
「昔と、ずいぶん印象が違ったからさ・・結婚でもしたのかと思ったんだけど」
「・・け、結婚っ?」
そんな、まさか。とミランダは首を振り、なんとなく意識を離れたマリに向ける。
マリは果物を売っている老女と会話を交わしていて、ミランダ達の事は気に留めてもいない様子だ。
そんなミランダの様子にハンスは苦笑しながら、
「よっぽど気になるみたいだね、彼の事」
「!・・あ、ええと」
図星をさされ赤い顔のまま俯いた。ハンスはそんなミランダを見て、懐かしそうに目を細めながら、
「そういうとこ、変わんないね」
「え?」
「いや、なんでもない」
首を振って、ミランダから目を逸らす。
「・・・・」
「・・・・」
沈黙が二人の間に流れ、ミランダは何となく気まずい気分になった。
「あの・・オルゴール、ありがとう」
「あ、ああ」
ハンスの顔が一瞬照れたように、赤みがさしたがミランダは気付かない。
「・・・・・」
「・・そ、それじゃあ」
ぎこちない会話から逃げるように、ミランダは軽く頭を下げマリの元へと足を向ける。
「あ、あのさ」
引き止めるように口を開き、ミランダは目を見開いてハンスを見た。
「やっぱり変わったよ・・なんだか・・」
彼は何か言いたげにミランダを見たが、ちょうどマリがこちらに歩いて来るのに気付き口をつぐむ。
「マリさん」
ミランダはホッとしたように笑い、傍へと二、三歩近づいた。
「さて、そろそろ行こうか」
そう言って手に持っている紙袋をミランダに渡す。ミランダがキョトンとしてそれを見ると、
「桜桃だよ、帰って一緒に食べよう」
穏やかに微笑んだ。
一緒に、という言葉にミランダは知らずに笑みがこぼれてしまう。
はい、と頷いてミランダは紙袋を大切そうに抱えると。
それを見ていたハンスが自嘲気味に笑い、ため息をつく。
「じゃあ、俺仕事に戻るよ」
「あ、ごめんなさい・・お仕事中なのに」
「いや、こっちこそ引き止めて悪かった」
人懐っこい笑みをミランダへ向けると、ハンスは次にマリに会釈して。
「じゃあ・・失礼します」
「ああ。こちらも、失礼するよ」
会釈を返し、マリはミランダの背中に手を添えた。
その仕種がなんだかとても恋人らしくて、ミランダは嬉しく思いながら緊張してしまう。
マリを窺うと、一瞬なぜか考えるように眉を寄せていたが、ミランダの視線に気付いて、普段の穏やかな表情に戻った。
(?)
不思議に思いながら、ふいに背後から時計店の古い扉を開く音が聞こえて。
(・・・・)
バタン、と閉まる音がすると。
ミランダはいつの間にか、ハンスへの気持ちが友情へと変化しているのを感じていた。
トロイメライの夢見るようなメロディを聴きながら、隣にいるミランダの様子を感じる。
マリの部屋にいる事にまだ緊張しているようだが、それでも二人で過ごす事を嬉しく思ってくれているらしい。
桜桃を口に含みながら、種を出すのが恥ずかしいのか思案している様子や、オルゴールを聴く自分の様子を、嬉しそうに見る姿を感じた。
(気付いてはいないか・・)
あのハンスという青年を思い浮かべる。
ミランダの話を聞いてから、ずっとある思いが引っ掛かっていたが、今日彼に会って、マリはその考えが正しいような気がしていた。
(・・少年というのは、不器用なものだからな)
二人の時には優しいが、誰かがいるとよそよそしい。
誕生会に誘いながらもミランダを置いていったのは、不器用な少年の精一杯の優しさだったのではないか。
(おそらくは・・彼も)
淡い恋心を持ちながら、仲間達の目を気にして素直になれない。
傷つける言葉を口にしたが、本人にしてみれば勢いに負けただけで、酷い言葉を言ったつもりもない。
(まあ、推測に過ぎないが)
苦笑しながら、マリはふとハンスと会話している時のミランダを思い出す。
目の前に初恋の男がいるにも係わらず、ちらちらとマリを気にする様子に思わず笑みが漏れた。果物売りの老女に不審に思われたくなくて、つい桜桃を買ってしまった。
(まったく・・わたしという男は)
あんな風にミランダから求められて。マリは不謹慎とは思いつつ、優越感を感じずにはいられなかった。
(いや、今だって感じている)
ミランダに微笑みかけると、それに応えるようにはにかんだ笑顔を向けてくる様子。
そっと手を握るだけで、早くなる鼓動や自分を見つめる甘やかな視線。
それらを一人占めしている事に、マリは例えようのない優越感を感じていた。
「マリさん?」
不思議そうに小首を傾げる仕種に、マリは頬を緩ませて。
「なんでもないよ」
そう言ってもう一度オルゴールを回す。
音に身を任せるように目を伏せて、ミランダの肩をそっと抱くと、オルゴールよりも速い二人の心音に、マリはまた笑みをこぼしたのだった。
End
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