D.gray-man U
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◆◇◆◇◆
泣きながら部屋に戻ったリナリーは、すぐに自室に備え付けられているシャワー室に入り、全身をくまなく洗った。
ボディシャンプーをいつもの3倍は使い、爪の先までピカピカに洗い上げるとタオルで体を拭く。素っ裸のままベッドに座ると、くんくんと自分の匂いを確かめた。
「・・・・・・」
匂う、なんて言われて落ち込まない乙女がいるだろうか。
あの神田が言ったことだから気にしすぎは良くないって分かっている。神田は昔から「繊細」とか「気遣い」といったスキルは持ち合わせていない。
しかもだいたいに於いて悪気はない、それも分かっている。腹立たしいくらい無神経な男なのだ。だから落ち込むだけ損なのだと、頭ではそれも分かっている。
(でも、匂うってヒドくない?)
確かに任務の後だと清潔とはちょっと言い難いから、その辺のことを言われたんだとしたらあながち嘘とも言えない。山や林の中での戦闘もあるし、任務先によってはホテルがない所もあるのだから。
でも普段は毎日お風呂も入っているし、体だってしっかり洗っている。それに言っちゃなんだけど神田だって戦闘中は髪の毛を埃だらけにしてるではないか。団服の下になにも着ないから汗だって染み込んでいるだろうし、下着の代えだってあるんだか無いんだか。
「そうよ」
考えれば考えるほどリナリーの眉間にシワが寄ってきた。唇を尖らし、苛立ちまぎれに近くにあったクッションを壁に投げつける。
ぱふんと頼りない音とともにガサッという音がして、クッションを投げた時に何かがベッドの下に落ちたのに気づいた。タオルを首にかけてベッドの下に手をやると、さっき片付け忘れた勝負下着の紙袋だった。
下着は袋から半分零れ出ており、リナリーはそれをじっと見ると徐にシーツの上に広げる。
「・・・・・」
華やかな勝負下着を見ながら、頭の中ではリーバーのことを考えていた。
(班長はどう思っているのかな、私のこと)
さすがに恋人なんだから「匂う」なんて思ってないと信じている。むしろ何日も風呂に入っていない科学班メンバーの匂いの方がキツイから、多少の匂いも気づいていないんじゃないかと思う。
それに、もし神田が言っていたみたいに思っていたらと想像しても、おそらくリーバーならなんの遠慮も無く「ちゃんと風呂入っとけよ」とか言いそうだ。それはもうビックリするくらい気安く、爽やかに。
「あーあ・・いつになったら本当の恋人みたいになれるのかしら」
本当に、10も年下の自分に恋心を持ってくれているのだろうか。「好きだ」と言ってはくれたけれど、もともと積極的にアピールしていたのは自分だった。どちらかと言えば、彼の方は恋人同士になるのを躊躇っていたと思う。
リナリーが気持をにおわせても気づかないフリをしたり、ことさら兄的なスタンスで言葉を返そうとしたり・・それでも結局はリーバーも「リナリーが好きだ」と降参してくれたのだが。
(そういえば・・・・まだこの下着、つけたことなかったっけ)
ベッドに広げた勝負ブラを持ち上げて、誰に見られているわけでもないのに辺りの様子を窺う。一呼吸した後、リナリーはそろそろと腕を通してみた。
いつも着けているスポーティなものとは違い、持ち上げ効果のワイヤーがちょっとキツイ。背中のホックを留めて脇の肉をカップへと入れると、今までにない盛り上がりがそこにあった。
ついでだからショーツも履いてみると面積の狭いのが頼りなくて、つい持ち上げたくなるがこれでいいのだろう。お尻がぎりぎり隠れるくらいの小ささに、ちょっと落ち着かない。
リナリーはベッドから立ち上がると、全身鏡のある洗面台へ向かう。緊張ぎみに鏡の前に立つと、思わず「わっ」と声が出た。
「これ、ちょっとすごいかも」
ベビーピンクのサテン地に繊細な黒のレースが上品で、大人の女性の体に見えないこともない。見慣れない姿に照れくさくもあるが、自分で思っていたよりも似合っていたことに、心が弾んだ。
とくに寄せ上げた胸の谷間が嬉しい。エミリアほどではないが、こう見ると自分もそう悪くないんじゃないか。盛り上がった部分を指で突くとフニッとして、リナリーは鏡の前で頬が緩んだ。
(班長は・・こういうの好きかな)
この姿でリーバーの前に立った時を想像し、一人「ひゃ〜・・っ」と小声で叫びながらジタバタ足踏みした。
その時、コンコンと部屋をノックする音が聞こえてリナリーの体が飛び跳ねた。こんな下着だけの格好、誰にも見せられない。近くにあったガウンをつかみ、あわてて羽織る。
「は、はい!誰っ?」
「ええと・・俺、いや、リーバーだけど」
「えっ!」
ドキンと心臓が跳ね、ガウンの前あわせを急いで引っ張った。
「班長?ど、どうしたの?」
「いや、さっきのリナリーの様子が気になって。今ちょっと話せるか?」
「今っ?ち、ちょっと待って・・」
とりあえず服を着なければと、クローゼットを開いて簡単に着れそうな服を探していると、扉の向こうから「どうした、都合悪かったか?」とリーバーの声がして。
リナリーは取り出したワンピースを手に取ると、頬を染めて恥かしそうに言った。
「あの・・うん。ちょっと着替え中だったの・・」
「ああ、わかった。じゃあまた後で時間が空いたらでいいか?」
「え?」
呆気ないほどサッパリした物言いに、リナリーは見開いた目を扉へ向ける。
確かに今はちょっと困るけれど、だからといってあっさりしすぎではないか。こうやって恋人が着替えていたら、普通ならもっと動揺なり狼狽なりするのではないのか。
自分なら彼が着替えていると聞いたらドキドキして慌てると思う。でもって着替えている間はなんとなくソワソワして落ち着かなくなるだろう。
リーバーに悪気がないのは分かっているが、どうにも拍子抜けだ。
(やっぱり、恋人だって思っていないんじゃないの?)
昨夜からのもやもやした感情も手伝って、リナリーは着ていたガウンを脱いで下着だけの姿になる。ごく、と唾を飲むとベッドの中にその身を隠した。
「ちょっと待って、班長」
「ん?なんだ?」
「・・・あの、いいわよ。入っても」
「もう着替えたのか?ずいぶん速くないか?」
「・・・・・」
「リナリー?」
「いいから、早く入って」
布団を頭から被りドアが開くのを待つ。自分でも随分大胆な行動をしていると思うが、ここまできたら後には退けない。何としても彼に自分が立派な『女』であることを認めさせてやる、そんな意気込みがリナリーを後押ししていた。
カチャ、とドアノブを回す音が聞こえるとドキドキして布団をぎゅうっと握り締めた。
「なんだ?布団に入って。どっか具合でも悪いのか?それなら別に後からでもいいんだぞ」
リーバーの心配そうな声が聞こえる。
「いいのよ班長、そんなんじゃないから。それより・・話ってなあに?」
布団から顔半分だけ出してそう言うと、リーバーは「ああ、うん」とちょっと困った顔で笑い、ベッドサイドに腰掛けた。
「さっきはどうしたんだ?神田に聞いてもよく話が見えないし、リナリーはいなくなるし・・何かあったのか?」
「・・べ、別になにかあったわけじゃないわよ、ちょっと言い争いっていうか、喧嘩したわけでもないし・・神田の言い方についムカッとしちゃって」
「言い争い?・・神田と?」
「ううん、言い争いっていうか相談っていうか・・・あ、でも全然ダメだったわ。神田ってばこっちの癇に障ることばっかり言うんだもん」
思い出し怒りで口調がつい荒くなるリナリーを、リーバーは不思議そうに見る。
「相談って、なにか悩みでもあるのか?」
「え?あ、ええっと・・悩みっていうか・・」
原因となる人にそう聞かれると、なんとも複雑な気分だ。あなたの態度が悩みの種なんですけど?そう言ってやろうかとも思う。
布団の中は下着だけと知ったらこの人はどんな顔をするのだろう、少しは動揺してくれるかしら。緊張しているのだけど、想像するとちょっとワクワクしてしまう。
「リナリー、やっぱり具合が悪いんじゃないか?すこし顔が赤いぞ?」
そう言ってリーバーはリナリーの額へと手を下ろす。長い指、指先についたインク。少し赤みのある手のひら。それらが視界に入ったとき、思わず布団から手を出し握り締めてしまった。
「・・え」
「あ・・・」
むき出しの二の腕と黒いレースの肩紐。リーバーの視線がそこに注がれているのに気づくと、リナリーの肌は恥じらいから色づく。
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