D.gray-man U
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物陰からコムイの様子を窺っていたリナリーは、どんどん大袈裟になっていくラビの話に怒り心頭といった様子だったらしい。
「でもラビ、僕も男色疑惑は言い過ぎだと思いますよ。コムイさん・・かわいそうに」
アレンがため息をつきつつ、肩を竦める。
「そうよ、しかもなんで私が言った事になってんのよっ」
「いやほら、そっちの方が・・効果あるかなって・・く、苦しいさ・・リナリー」
リナリーに胸を締め上げられながら、ラビは呻いた。
「だいたいミランダさんの事だって、寝ても覚めてもとか・・夢中だとか、言い過ぎなんですよ」
アレンが咎めるように片眉を上げて、口を尖らせる。
「いやいや、コムイならあの位は言わねぇと絶対気付きもしねぇって」
「だからって・・大袈裟過ぎない?なんだかミランダに悪いわ」
ラビを締める手の力を緩めて、リナリーは心配そうに呟いた。
ラビはリナリーの手首をギュウと握り、
「何言ってんさ、リナリー!二人をくっつけんだろ?」
「そ、そうだけど・・」
「コムイとミランダをくっつけんなら、ある程度のスタンドプレイは当たり前だって!」
力強く言いきって、大きく頷いた。
「ラビ、下心見え見えですよ」
アレンが冷ややかに呟く。
「えっ?な、何が・・つかおまえだって、すぐに乗ったじゃねぇか」
「僕は・・ラビと違って純粋にリナリーの為ですから」
ニッコリ笑いながらリナリーを見る。
「お、俺だって・・じ、純粋に」
「でも、こんなんであの二人・・なんとかなるのかなぁ」
動揺から口ごもるラビを無視しながら、アレンは呟いた。
コムイとミランダをどうにか恋人同士に出来ないかと、相談された二人は当初は困惑したが、コムイの妹離れのキッカケになるかもしれないと気付き、俄然協力する気になった。
「大丈夫。絶対コムイはミランダの事意識したって、間違いないさ」
ラビが身を乗り出すようにアレンを押し退けて、言った。
「ならいいんだけど・・でも兄さん、落ち込んでないかしら」
リナリーが心配そうに呟いて眉を寄せる姿に、アレンは慰めるようにそっと肩に手を置いて。
「大丈夫ですよ、リナリー」
アレンは咎めるようにラビを軽く睨み付けたのだった。
頭が混乱して、何をどう考えればいいのか分からない。
とにかく、愛する妹は自分を同性愛者と勘違いしている事は分かった。
それはかなり由々しい事態である、捨ててはおけない・・が、その件は今は置いておこう。
(ミランダ・・ミランダ=ロットー)
コムイは階段の角にうずくまりながら、頭に浮かぶ色んな事実を整理していた。
(ホントに・・僕の事を?)
黒に近い焦げ茶の髪と瞳、細くて控え目すぎる物腰が印象的な彼女。今までそういった対象でミランダを考えた事は無い。
(寝ても覚めても・・僕の事を?)
正直、そんな情熱的なタイプとは思えないが。
(いや、でもリナリーが言っているなら・・そうなのかな)
そう思うと、なんとなく頬が染まる。
(・・・・・ミランダ)
出会った時は地味で老けて見えたが、教団に入って環境の変化もあり確かに綺麗になった。団服を着た姿を見た時は、思いの外スタイルが良くてちょっとドキドキしてしまったのを思い出す。
性格も慎ましやかで、でしゃばる事なく。失敗も多いがそれに余りある美点も多い。
(ん?)
こう考えると、何だか自分がミランダに好印象であるのを実感する。コムイはそんな自分に驚きながら、さっきのラビ達の会話を思い出して。
(僕が、ミランダを幸せにできないだって?)
しかもコムイにミランダは勿体ない、とまで言っていた。
納得いかないように、うずくまりながら腕を組んで、口を尖らす。
(・・まったく、僕の事をいったい何だと・・)
しかしリナリーにまでそう言われている事を思い出し、コムイはどんよりとした重たい気持ちになって、視界に映る壁の染みを数えていた。
「あら?・・室長さん?」
「!」
背後から聞こえる声にコムイはビクン!と体が震えて振り返り見上げると、不思議そうな顔でコムイを見下ろす女性が、一人立っていて。
(ミ、ミランダ・・!)
慌てて立ち上がり、ゲホンゴホンと咳ばらいをした。
「な、な、なんだいっ?」
「あの、どうしたんですか?どこか具合でも・・?」
うずくまっていたコムイを心配したのか、既に立ち上がっている彼をおずおずと見上げる。
「いや、少し・・か、考え事を・・」
ついさっきまで考えていた相手の登場に、コムイは激しく狼狽しながら改めてミランダを見返す。
(・・・・・)
優しげで繊細な、どちらかといえば幸薄そうな顔ではあるが、儚げというか、頼りない印象が庇護欲を掻き立てられる。
目立つタイプではないが美人だと、コムイは思った。
(ち・・ちょっと、遠回しに聞いてみようかな・・なんて)
ミランダはジイッと自分の顔を見るコムイを不思議そうに見ながら、
「あの・・し、室長さん?」
「あ、いやその、ミランダは・・」
「はい?」
キョトンと小首を傾げる姿に、コムイの顔は赤くなってしまう。
(かっ・・かわいいじゃないかっ!)
ドキーン!と胸が高鳴るのを感じて、飛び出しそうな心臓を手で押さえる。
そのままフラフラと背後の壁にぶつかり、コムイは勢いよく後頭部を打ち、そのまま座り込んだ。
「し、室長さん?大丈夫ですかっ?」
心配しながら慌てて駆け寄るミランダに、コムイはくらくらと目眩しながら、確かに胸をときめかせていて。
(ミランダって・・こんなに綺麗だったっけ?)
意識してしまうと、なんだか目を合わせるのも恥ずかしい。けれど頭を打ってる自分を、本当に心配でたまらないという様子のミランダから目が離せなくて。
(ミランダ、こんなにも・・)
キュン、と胸が締め付けられる。
(こんなにも・・僕の事を)
そして、自分はそんなミランダを眩しいような、切ないような気持ちで見ていて。
もしかして自分も気付かない内に、彼女に恋をしていたのだろうかと、新たな驚きを感じていた。
「だ、大丈夫ですか?痛いとこありませんか?」
「う、うん・・平気だよ、うん」
赤い顔でぎこちなく笑顔を返すと、ミランダが安心したように微笑む。
「室長さんは、リナリーちゃんの所へ行くんですか?」
「あ、いや・・うん、まあ・・ミ、ミランダは部屋に戻るのかい?」
「私もリナリーちゃんにお話があって、捜していたんです」
うふふ、と笑ってコムイを見た。
「話・・リナリーに?」
(もしかして)
ハッとして、目を見開く。
(僕のことを、相談する気?)
きっとそうだ、と心の中で照れつつも微笑む。
(何もリナリーに相談しなくても・・直接、僕でいいのに)
「ミランダ、その件なんだけどね・・」
コホン、と咳ばらいしながらほんのり頬を染めて口を開いたが。
『リナリーは反対してんだって』
さっきのラビの言葉を急に思い出して、一瞬にしてコムイの顔は強張る。そうだった、同性愛疑惑が払拭された訳ではないのだ。
(む・・困ったぞ)
ミランダの様子では、まだその疑惑は知らないように見える。
(待てよ、今日のリナリーはいつもと様子が違った・・という事は)
もしかしてその辺の誤解した事情をミランダに話すつもりなのかもしれない。
(そっ)
それは困る!
ミランダを改めて見ると、彼女は突然黙り込んだ自分を不思議そうに見ていて。ぱちぱちと瞬きする瞳はどことなく潤んでるようで、恋する女の顔に見えた。
座り込んだコムイに合わせるようにミランダもしゃがんでいるから、二人の距離は近い。顔と顔で30センチほどしか離れていなくて、実はさっきから、ミランダの香りがしている事にコムイも気付いていた。
(・・・む、むぅ)
なんだか気まずいような心持ちになって、コムイは急速にミランダへの気持ちを実感し始める。
(こ、これは・・そうなのか?そういう・・事になるのか?)
目の前のミランダが自分に恋をしている事が、嬉しい。
信じられないくらい、嬉しい。
どうやら知らないうちに自分も、彼女に恋をしてしまったらしくて。その瞳に見つめられていると、なんでも出来そうな不思議な力が湧いてくる。
コムイはミランダの手をぎゅっと握り、その瞳を見つめる。
「・・実は、僕はキミの気持ちを知っているんだ」
「・・室長さん?あの?」
「いや、女性のキミからそんな事を言わせれないよ・・僕から言わせて欲しい」
ミランダの言葉を遮るように首を振り、熱っぽい眼差しを向けた。
ミランダはコムイの真剣な様子に戸惑いながらも、何を言われるのかと不安げに眉を寄せる。
「な、なんでしょう・・」
叱られる子供のように、ビクビクしながらコムイを見た。
「僕は・・ミランダが、好きだ」
言葉を区切るように、ゆっくりと言った。
「え?」
ミランダは目を見開いてパチパチと瞬きをして。考えるように視線を上に向けると、何かを思い当たったようでホッと安心したように笑い、
「・・私もです、室長さん」
握られた手をぎゅう、と握り返した。コムイは嬉しそうに微笑みながら、
「色々と心配しただろうけど、大丈夫。僕はキミを幸せにするからね」
大きく頷いて、グッとガッツポーズを作った。
「え?は、はい」
ミランダが首を傾げつつ頷くと、コムイは満足したようにニッコリ笑って、握った手を持ち上げるようにミランダを立たせた。
「そうだ、これからリナリーに会うなら『もう大丈夫』って伝えてくれるかな?」
リナリーには、ミランダの口から言ってもらった方が信憑性が高い。
これで愛する妹からのあらぬ疑いは解けるのかと思えば、コムイの気持ちはさらに高く軽く舞い上がる。
「え?リナリーちゃんの所へは行かれないんですか?」
「あー、うん。そういえば、いっぱい仕事あったの忘れてたんだ」
ごまかすように笑いながら、背後に隠していた機関銃と麻酔銃を肩にかけた。ミランダは、まあ大変ですねと心配そうにコムイを見て。
「・・ええと『もう大丈夫』ですね?分かりました」
ミランダは頷き、もう一度復唱するように口を動かした。
「あ、そうだわ・・あの明日なんですけど、イノセンスのメンテナンスお願いしてもいいですか?」
思い出したように、コムイを見る。
「明日?」
「ええ。あの、いいでしょうか・・」
「ああ、大丈夫だよ」
コムイは緩む頬を抑えながら答えた。
(ミランダってば・・可愛いなぁ、そんな遠回しにデートの誘いなんて)
「じ、じゃあ・・昼頃に来てくれるかな?」
コホン、と咳ばらいをして。
「昼食を、一緒にとろう」
ミランダは少し驚いたように目を見開いたが、ニッコリと微笑むと。
「はい」
そう返事してペコッと頭を下げると、失礼します、と階段を上がって行った。
ゆっくりと階段を上る彼女を目で送りながら、コムイはうきうきと心が沸き立つような興奮を感じていた。
(おっと・・)
知らずに笑顔になってしまう頬をペチッと叩いて、彼は軽やかな足取りで階段を下りたのだった。
「ねぇ、あれって・・・」
「おい、まさかもう二人デキちゃったのかよ?」
「いや、多分ミランダさんは分かってないんじゃ・・」
突然のミランダ登場に驚いた三人は、物陰からコムイとミランダの様子を窺っていたのだ。
(・・・・)
(・・・・・・)
ウキウキとスキップでもしそうなコムイの後ろ姿を眺めながら、三人は顔を見合わす。
「ねぇ、リナリー・・ミランダさんの仕掛けどうします?」
アレンがそっと窺うと、リナリーは顔を若干引き攣らせながら、
「え・・そ、そうねぇ、どうしたらいいのかな」
「つか、当初の目的は果たされてんだから、いいんじゃね?」
ラビは頭を掻きながら曖昧に笑って言う。
確かにコムイに恋人を作らせる、というのは出来た。(まさかこんなに簡単に出来るとは思わなかったが)
「でも、ミランダさん・・分かってないですよね・・あれ」
アレンが気まずそうに呟く。
ミランダはコムイの告白を、文字通り「好き」という言葉としか受け取っていないようで。
確かにあまり突然すぎて、ああ前触れもなく言われれば誰でも戸惑うだろう。しかし、ミランダはコムイの気持ちをまた違う角度で受け止めたようだ。
「ちょっとラビ、責任感じて下さいよ。コムイさん焚きつけ過ぎ」
「えっ・・んな事、俺だってあんなお手軽に恋に落ちるなんて思わんさ」
ラビが慌てて首を振って、後ずさる。
リナリーは心配そうにミランダが行った方向を見ながら、
「どうしよう、ミランダに言った方がいいかしら・・なんか悪いわ」
「い、いや!逆にショックと罪悪感で寝込んじまうって」
「ですね・・ミ、ミランダさんがコムイさんの気持ちに気付くまで、待っていた方がいいかも」
「?」
なぜか慌てる二人の言葉に首を傾げながら、リナリーは見つめ合う兄とミランダを思い出した。
それにしても・・
(兄さんたら、あんな顔するのね)
妹の自分にも見せた事のない、熱っぽい視線と男の表情。
見てはいけないものを見たような、でもあの兄があんな顔をするなんて。
(やっぱり、『恋の力って・・スゴイ』のね)
以前読んだ少女小説のフレーズを思い出し、感心するように頷いた。
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