D.gray-man T




((い・・いったい二人に何があったんだ・・))

ゴクリ、生唾を飲み込んだ時。

「何をしているんだ、おまえら」

あきれたようなクラウドの声がして、異空間は再び現実世界へ戻された。フェイはハッとして、

「あ、あら。申し訳ありませんわ」
「こんなとこで・・おまえらも」

ちら、とリンク達を見る。

「わ、私たちは・・」
「まあいい。暇だな?」
「は?」
「人手が足りなくてな。今、おまえらを呼ぼうと思っていたんだ」

ロッカーから三人分のエプロンと三角巾を出して、投げるように渡した。

「は・・その元帥」
「なんだ、文句でもあるのか」

よく見ないと分からないが、どうやら元帥は余り機嫌がよろしくないようだ。

「い、いえ」
「が・・頑張ります」
「お・・おう」

いそいそとエプロンを装着し始める。
調理場へ入るとクロウリーが黙々とジャガ芋の皮剥きをしていたが、アレンとラビを見てパッと顔を輝かせた。

「二人とも!無事だったであるか?」
「この通り。わ!これ全部クロウリーが剥いたの?」

アレンが目を丸くして綺麗に剥かれた野菜達を見る。

「すっげえ!クロちゃんこんな才能あったんさね」
「そ・・そんな、照れるである」

ほんのり顔を赤らめながら、器用に包丁を動かす姿に二人は感心した。

「よーし!僕も頑張りますよっ。昔から仕事で皮剥きはいっぱいやったんですよね」

腕まくりをして。

「あー・・じゃあオレは洗いものでもすっかな」

シンクにたまった調理用具を目にする。リンクは大きな鍋の前で難しい顔をするキャッシュに気付き、

「何をしてるんですか?」
「ん?あー、どうも味がピンと来なくてさぁ」

コーヒーの癖が抜けないんだよねぇ、とこぼして。

「ああ、これもダメだわ」

味見した皿を置く。

「ちょっと・・失礼」

リンクが味見の皿を持ち、一口のせると口に含んだ。

「・・・・これは」

少し考えるように眉をひそめると、

「トマト・・ですね。あとコンソメが欲しいです」
「トマト・・」

キャッシュがうんうん、と頷きながら。

「それいいかもね!あ、ねぇ。誰かトマト取りに行ってくれる?」

フェイが片眉を上げながら、リンクをちらと見る。

「・・キャッシュさんがそうおっしゃるなら」
「何か文句でもあるんですか?」
「いいえ、別に。相も変わらず訳知り顔なところが鼻につくだけですわ」
「お互い様です。文句を言う暇があればとっととトマトを取りに行ったらどうですか?」

クス、と笑いながら。

「インスタントコーヒーを大量に入れて、せっかくのカレーを台なしにしたのは君なんでしょうから」
「・・!」

フェイの眉間の皺がぐっと深くなり、悔しそうに唇を噛み締めた時。


「ご・・ごめんなさいっ・・」


え?

と、皆が振り返ると。


「わ・・私が・・入れたんです・・」

青ざめた顔で、ミランダが今にも泣きそうな顔で立っていた。

「ご、ごめんなさい・・み、皆さんっ・・」

溢れそうになる涙を拭うようにミランダは顔を覆う。

((リ・・リンクッ・・・!))

アレンとラビはあまりの間の悪さに、俯きながら切なさを噛み締めた。

「い・・いえ、あ、あのっ・・」

リンクはこの展開に、ミランダの白いエプロンが可愛いとか三角巾は初々しくていいな、とかそんなどうでもいい事に思考が逃げようとするのを必死に押し止める。

「ち、違うんです・・こ、これ」
「違います、ミランダさんは悪くありませんわ」

リンクの言葉を遮り、フェイがミランダに駆け寄り、

「思い付いたのは私ですから、あなたには何の落ち度もありませんわ」
「で・・でも・・」

グスグスと鼻を啜る。

「だいたいあの男は陰険なんです。ああやって自分の手柄を自慢する為に他者を貶るんですから」
「ち、ちょっと待て・・」
「あら、この期に及んでまだ言い足りないんですの?」

フェイが責めるようにリンクを見る。
その姿に、アレンとラビは勝敗が決したのを感じた。

ガサ、と音がして。ミランダの背後から米の袋を担いだマリが現れる。

「どうした?ミランダ」
「あ・・マリさん。い、いえ何でもありません」

グス、と鼻を鳴らしながらミランダは首を振った。

「あれ?マリ」
「どうしたんですか?」
「ああ、偶然ミランダに会ってな。ついでだから手伝いにきたのさ」

そう言ってクラウドを見ると、

「よろしいでしょうか、元帥」
「ああ。助かるよ」

クラウドは僅かに笑った。

「あ、そんじゃ悪いけど食糧庫行ってトマト持って来てくれる?ええと10箱はいるかな」

キャッシュの言葉にマリは頷いて。

「ああ。分かった」
「あ、あの・・マリさん」
「ん?」

おずおずと、ミランダは申し訳なさそうに見上げる。

「私のせいで・・す、すみません・・」

そんな様子にマリは苦笑ぎみに笑って、

「すぐに戻るよ」

ミランダの肩にぽん、と手を置いた。

(ちょっ・・カッコイイさ、マリ)
(リンク・・かなり差をつけられましたよ)

この差にリンクはどう感じているのだろうと、二人がそっと窺うと。

((・・あ))

そこには今にも儚く消える蜻蛉のような弱々しさで、黙々と鍋を掻き混ぜるリンクがいた。

「・・・・・」
「・・・・」

あまりに切な過ぎるその姿に、自分達の目に光るものそっと拭う。きっと今のリンクはマリの存在に気付いていないかもしれない。

((・・リンク・・))

アレンは玉葱が目に染みますね、などと言いながら俯き。ラビは顔についた洗剤を拭う振りをして顔を背けた。

「ミランダは米を洗ってくれ」
「は、はい」

クラウドに言われ、頷いたものの。

(あらう・・?)
どうやって洗うのだろう。

(と、とりあえず・・)

10キロの米袋を持ち上げて、台の上に置いてみる。

「・・・・・・」

辺りを見回す。

(みんな・・忙しそう)

調理の先頭に立つクラウドとキャッシュは勿論だが、アレンとクロウリーは野菜の皮剥き、ラビは手際よく洗いものをしている。
フェイもカレーをよそう際に食器類を出しやすくと、カウンターの整理をしていた。

ふと、リンクが鍋を掻き混ぜている姿が目に映る。

「・・・・・・」

ゆっくりと規則的に混ぜる姿はどこか老熟していて、ミランダにはなんだか頼もしく見えた。迷うように口元に手をあてながら、

「あの・・ハワードさん」

おずおずと声をかけると。

《ビクッ》
リンクが数センチ跳び上がったのが見えた。

「あ、ごめんなさい・・お忙しいですか?」
「ま、まさか・・!」

振り返ったリンクの顔は、赤く染まっていて。ミランダはそれ程熱い鍋なのかと心配してしまう。

「あの・・その、お米の洗い方って知ってます?」
「お米・・ですか?」
「洗剤、とか使うのかしら・・?」

困ったように見上げると。突然、リンクは真っ赤な顔でゲホンゴホンと激しく咳込むと、ミランダから顔を逸らす。

「み・・水で大丈夫です」
「そ、そうなんですか」
「・・・・あの」

リンクは迷うように、言いよどみながら。

「よろしければ・・お教えしましょうか・・?」
「え・・!いいんですか?」

ミランダの顔がパァッと明るくなり、嬉しそうに微笑んだ。
そんな春風のような微笑みに、さっきの衝撃で凍えたリンクの心は一気に溶かされていく。

(なんて・・可愛らしいんだ)

胸がキュウンとしてたまらない。

「で、では先ずは米をこちらのザルに入れます」

いそいそと米を持って、ザアッという音とともに雪崩のように米がザルへと落ちていく。
ミランダはリンクの隣にぴたりと寄り添いながら、真剣な顔でそれを見ていた。
ドギマギしながら彼女を窺うと、パチ、と目が合って。

(!)

恥ずかしげな微笑みを返された時、リンクは己の胸に再びキューピッドの矢が刺さったのを感じた。

「こ・・このように入れた後、水を入れて揉み込むように手でとぎます」
「・・ハワードさんはすごいですね」

ぽつり、ミランダがこぼす。

「は?」
「お菓子を作るのも上手なのに、こんな風にお料理まで詳しいんですもの・・」
「そ、そんなことはありません」

ミランダは肩を落としながら、

「本当に・・私は駄目だわ」

小さなため息をもらした。

「さっきも・・皆さんに迷惑をかけてしまって・・・」

リンクはハッとして、さっきのインスタントコーヒー云々を思い出す。

「あれは違います!」
「で、でも・・」
「迷惑なんて、とんでもないっ」
「・・ハワードさん?」
「あのカレーにトマトとコンソメを入れれば、間違いなく絶品になります」

ぐっ、と力を込めて呟く。

「絶品・・ほ、本当に?」
「勿論です」

その訴えかけるような瞳に、ミランダは戸惑いながらも安心したように。

「ハワードさんが・・そういうなら・・」

そっと微笑んだ。


(ハワードさんが、そういうなら)

(ハワードさんが、そう・・)

(ハワードさん・・)


リンクの胸にその甘い響きが幾度もリフレインしていき、喜びを噛み締めるように誰に気付かれる事なく、小さなガッツポーズを取る。

「お任せ下さい・・必ず誰もが舌を巻く、絶品カレーに仕上げてみせます」

貴女の為に・・・。

と、心でこっそり呟いたのだった。







(全く)

そんなリンクとミランダの様子を目の端で映しながら、クラウドは時計に目をやる。

(時間がないんだ、時間が・・)

貴重な戦力が一人復活できた事で、ロスした時間は目をつぶってやる。


時間は午前11時。

(あと1時間・・)

もはやジェリーに頼まれたとかそんな事ではない。

そう。

(この戦いに、勝つか負けるかだ)

無事に、この任務をやり遂げてみせる。
クラウドは決意に満ちた瞳で包丁を見つめると、慣れた手つきで玉葱をみじん切りにするのだった。








決戦は1時間後。











後編へつづく。



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