D.gray-man T





二人部屋といっても、小さなベッドがぎりぎり二つ入る位の狭い部屋だ。小さな燭台が一つと、小さな机に椅子。

そして、ベッド・・。

「・・・・・」
(い、いかんつい!)

ベッドを凝視してしまい慌てて反らすが、やはり気になりまた見てしまう。

「ハワードさん、どっちのベッド使いますか?」

こちらの思いとは打って変わった暢気な声に、リンクはびく、と反応して。振り返ると、ミランダが団服の上のコートを脱いでいた。

「お、お待ち下さいっ・・」
「え?な、なんですか?」

今、あの体にフィットした団服を見ればよからぬ事を想像してしまいそうで怖い。

「いえ・・その、あなたに聞きたい事がありまして・・」

目を逸らしながら、

「とにかく・・座っていただけますか?」
「は、はい・・」

ミランダは首を傾げながら、ベッドにそっと腰掛ける。

「で、出来れば、そこはやめて頂きたい・・」
「え?え?」

立ち上がりキョロキョロして机に備えられている椅子を見つけると、ちょこんと座り、リンクを見上げた。

「ここで、いいかしら?」
「・・はい」
「・・・・」
「・・・・・」

どう切り出してよいか分からず黙り込んでしまう。

「ハワードさん?」
「・・・あの」

そっと、ミランダを窺って、

「私の事を本当に、恋人だと思ってくれているのでしょうか」

言いながら、顔が熱くなるのを感じた。

ミランダは頬をポッと染めながらモジモジと指先を擦り合わせ、

「は、はい」

小さな声で答えた。
リンクは思わず拳をグッと握りしめ、感激を噛み締めるように目を伏せる。

(勘違いじゃなかった・・!)

「あの、もう一つだけ聞いてもいいですか?」
「は、はい。なんでしょうか・・」

リンクはゴク、と生唾を飲み込みながら

「いつから・・そ、そういう気持ちになって頂けたのか、と・・」
「いつから・・?」

ミランダが困ったように口元に手をあてる。

「例えば、決め手・・みたいな事があれば・・」

言いながら、声が小さくなっていくのは気恥ずかしさからか。

「決め手・・・」

ミランダは考えるように目を閉じたが、やがてハッ!としたように。

「ありますっ!」

パァッと顔を輝かせた。

「そ、それは?」
「それは・・」

椅子から立ち上がり、夢見るような瞳でリンクを見る。

「チーズスフレですっ・・!」
「チーズ・・スフレ?」
「はいっ」

手を組んで、うっとりと頬に寄せる。

(そういえば・・以前作って差し上げた事があったか)

あの時、えらく感動してくれて。これほど作り甲斐のある人もいないと、リンクも感激したのだ。

「あれ以来・・いいえ、本当はあの前から気付いていたんです、本当は・・」

ミランダが熱っぽい眼差しをリンクへ向ける。

「はしたないと、思われるのは分かってます・・あれから・・私・・」
「そ、そんな・・ミス・・いや、ミランダ・・」

うっとり自分を見つめる彼女に、目眩がしそうだ。

「ハ、ハワードさんを見ていると・・・・」

ミランダは切なげにため息をついて、

「唾液が・・出てきちゃうんです」
「はい?」

(今、なんて?)

「なんて言えばいいのかしら・・」

ミランダは顔を赤らめながら、上目使いに見上げて、

「その、ハワードさんを見ていると、ハワードさんのケーキを思い出しちゃうんです」
「・・・ケーキ、ですか」

まだ把握できない。

「でも・・この気持ちがなんなのか分からなくて」
「・・・・・・」
「そんな時、お手紙頂いて、ああこれだわって、確信したんです!」
「て、手紙・・?」

リンクはますます解らなくなる。

(あの手紙と、彼女の気持ちが・・なんだと?)

ミランダは、そっとリンクに近づいて。

「わ、私もハワードさんの事を考えると胸がときめくんです・・」

(あ・・!)

リンクの頭に、ある事が閃いた。

(違う・・・)

今のミランダの言葉は、一つ足りない。

『わ、私もハワードさん(のケーキ)の事を考えると胸がときめくんです・・』

リンクは閃いた答えを、心で呟いてみる。

(ちょっと待て。それは・・・・)

聞いた事がある。

犬を使った条件反射の実験で、飼育係りの足音だけで唾液が分泌していく話を。

(・・似てないか?これ)

くらり、目眩がして眉間を押さえた。

「それは・・私の姿を、思い出しても・・唾液が出ませんか?」
「ど、どうして分かるんですか?」

驚いて、目を見開く。

「・・それは、レモンと同じです」

リンクは力が抜けるように、そのまま背後のベッドに腰を落とす。ミランダは怪訝な顔で彼を見ていたが、考えるように頬に手をあて、

「レモン?」
「・・レモン→見る→唾液が出る、という図式と同じです」
「じゃあ・・ハワードさんに会えないと、淋しい気持ちになるのも?」
「そ、それは・・ケーキが食べられないからでは?」

ミランダは考えるように目を伏せると、

「・・・でも私、いつもハワードさんのケーキの事考えてて」
「・・・は?」

ドキン、とした。

(条件反射じゃない?)

違う、少し違う。

(これは・・・)

リンクの胸に一筋の希望の光が射していくのを、感じた。

「ハワードさん?」
「あ、いえ・・なんでも・・」

慌てて首を振って、リンクは何となく顔が赤くなる。考えるように、口に拳をあてて。

(落ち着こう)

今、ミランダが恋しているのはリンクのケーキ。(これは間違いない)
しかし、リンク=(イコール)ケーキ の図式が出来ている為、ミランダは、自分が恋しているのはリンクだと思っているようだ。


(・・・・・・・・これは・・・・悪くないんじゃないか?)
うん、と頷く。

確かに自分が考えていたパターンではないが、この状況はオイシイ。ライバル達の先頭に立っているのは間違いないだろう。

(そうだ)

自分のケーキに夢中になってくれているなら、ある意味で両想いじゃないか。恐らく最初は条件反射だけだったのが、彼女自身気づかぬまま、少しづつ気持ちが伴ってきたという事か?

(にしても)

彼女の思考がこういう事になっていようとは・・。
斜め上どころか斜め下からの発想に、どこか感心すらしてしまうリンクだった。

リンクは仕切直すように、咳ばらいする。

「その・・本部に帰ったら、先日のチーズスフレを作って差し上げましょうか?」
「チーズスフレ・・」

ミランダの頬が紅潮して、それは嬉しそうに微笑む。

「また、作って下さるんですか?」
「も・・勿論です・・その、『恋人』の為ですから」

言いながら顔を反らし、赤く染まった頬を隠した。

「え?で、でも・・ハワードさん、さっきレモンが・・」
「あ、ええと、いえっ。チーズスフレに入れるレモンを少し多めにしてみようかと・・」
「え?・・ええ??」

ミランダが混乱したように首を傾げるので、リンクは慌てて、

「こっ、今度は一緒にチョコレートのスフレも作りますよ、温かい状態のは舌触りも完璧です」
「チョコレートスフレ・・!」

突然登場したチョコレートスフレにより、ミランダの思考はそれから広がる事は無く、スフレの味を想像しているのか、うっとりと目を閉じ、組んだ手を胸にあてながら、

「すごく・・楽しみです」

ほう、とため息をつく。

「もう少し暖かくなったら、苺の季節になりますからジャムを作る予定です」
「まあ・・」
「それを、焼きたてのスコーンにクロテッドクリームをつけて召し上がりましょう」
「すっ・・素敵ですっ!」

ミランダの瞳は潤んで、リンクをじっと見つめていた。

(可愛い)

理性が飛びそうになるのを堪えつつ、リンクは再びミランダをお菓子の世界へと連れて行く。

「木苺の果汁入りカスタードクリームを載せた、チョコレートのタルトも美味しいですよ」
「た、食べたことないですっ・・」
「では、楽しみにしていてください」

ミランダはリンクの言葉にコクコクと頷き、
夢見るような瞳を見せるその姿は、どこからどう見ても恋する女。
リンクはその姿を満足そうに見ながら、もう一つ心に浮かんだ言葉をなんとか打ち消す。

ち・・違う

(断じて・・餌付けではない)

ゴホン、と咳ばらいをした。









ちょうどその頃、近くの食堂で二人の少年が夕食をとっていた。

「あの二人・・マジなんかな〜」

ラビが、ため息をつく。

「なんでリンクだよ、すげえショックさ・・」

ラビはチキンをフォークで玩びながら呟いた。

「マオサとキエなんか落ち込んじゃって大変だぜ、晩飯もいらねぇってくらいだし」
「・・・そうですねぇ」
「あれ?どしたんさ、アレン」

どこかぼんやりしたアレンを訝しげに、見る。

「いえ、それよりなんでラビがそんなショックなんですか?」
「あー、だって・・リンクに先に越されるって何かショック〜」

テーブルにゴン、と頭を乗せる。

アレンはそんなラビをちらとも見ず、オムレツを一口食べながら、上にのったグリンピースに目をやった。

(・・・・・)

アレンはラビほど深刻な事態を考えてはいない。
というのも、よく考えれば普段彼らと一緒にいる自分から見て、ミランダがリンクを男として意識しているようには見えないから。

彼女の事だから何か困った勘違いをして、あんな事を口走ったと考えている。なので、冷静になればそれほど驚く事ではなかった。

「・・・・」

けれど、一つ気になる事がある。

(あの時)

山で、アレンがミランダの手を引いた時、
彼女が一瞬、誰かを気にするように視線をずらした。

(リンクを見ていた・・)

恐らく本人も意識していない行動だったのだろう、しかしだからこそ気にかかる。
アレンはミランダを姉のように、そして妹のように大切に思っていて。

頼りなくて、守ってあげたくなる彼女に言い寄る男達に手を焼いていたから、実害のない「リンクと付き合う」事はある意味、アレンにとっては望ましい事だ。

(とにかく・・)

二人の関係が、これ以上進まないよう見張っていなくては。リンクの事だから、今夜ミランダに手を出す事はないだろう。

(ヘタレだし)

でも後で釘をさしておこう、調子に乗ってその気になられては困る。

(任務の間は・・キエとマオサのストッパーになるとして、本部に帰ってからですね)

ここにいない、もう一人のミランダを姉と慕う少女を思いながら、

(帰ったら、報告しなくちゃな)

グリンピースを二つ、フォークでブスリ刺して。

なんの躊躇いもなく口に運ぶのだった。







end

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