D.gray-man T





これといって、取り柄の無い方だと分かっている。だから正直驚いたのだ。

彼女の声がYesと答えた時、告げた自分が誰よりも信じられなくて。確認の為に、もう一度だけ同じ言葉を繰り返してしまった。

「本当に・・私を恋人として想って下さるのですか?」

彼女はほんのりと頬を染めて、小さく頷くと。

「もちろんです・・ハワードさん」


恥じらうように、そっと微笑んだのだ。




教会に方舟のゲートが開くと、アレンとラビ、ミランダ。そしてリンクが現れる。

「フランスか〜、久しぶりさね」

跳ねるようにゲートから飛び出したラビは、これからの任務を忘れているかのように、浮き立って見えた。

「さ、ミランダさん。足元に気をつけて下さい」
「ありがとう、アレンくん」

薄暗い教会内で躓いたりしないよう、アレンはミランダの手を取り、ゆっくり誘導する。リンクが最後にゲートを通ると、人の良さそうな中年の司祭が「ご苦労様です」と挨拶をしに来た。

「つい先程、お迎えの方がいらしてますが」
「・・迎え?」

リンクは訝しげに司祭を見たが、背後からの声でそれが誰か気付くと、面白くなさそうに片眉を上げた。

「まあ、キエさんにマオサさん」

探索班の二人はミランダを見ると、駆け寄るようにして。

「ミランダ、お待ちしてましたよ」
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
「ええ、お二人とも本当にお久しぶりです」

ふんわりと微笑むミランダに見とれたのか、二人の顔はほのかに赤く染まった。
ふと、アレンが意味ありげにリンクを見て。

「どうしたんですか、リンク」
「?・・何がですか」
「いえ、いつもならミランダさんに近づかせまいと先手を打つのに」
「・・・・・・・・」
「どっか具合でも悪いとか?」
「下らない事を言ってないで、行きますよ」

ため息ついて、ツカツカと出口へ向かう。

「あ、待って下さいよ」

アレンの声を背中に感じながら、リンクは教会の扉を静かに開けた。


(ああもう、どうすればいいのだ)


リンクは悩んでいた。それは夜も眠れなくなる程。
そっと、背後を窺う。恋しい人は探索班の二人と何やら談笑していて、それは楽しそうに見えた。

(・・・・やはり)

勘違いだったのだろうか。

今から一週間前、リンクは玉砕覚悟でミランダへ気持ちを告げた。
なかなか二人きりになる機会がないから、思いを綴った手紙を彼女の部屋へ差し入れたのだが、

翌日。

彼女から自分も同じ気持ちだと、そう告げられた時は嬉しかったが、どうにも信じられなくて。

『そっ・・それは恋人として、ですよね?』
『本当に・・恋人として想って下さるんですか?』

確認してしまうのも情けないが、リンクとしてはそれほど意外だったのだ。
手紙を出したのは、まずは第一段階。とにかく自分の想いに気付いて欲しかったのと、それにより男として見て欲しかったから。

『もちろんです・・ハワードさん』

恥じらいながら微笑んだ彼女は、とても可愛らしかった。

(・・しかし・・)

あれから一週間。

・・・なんの変化もないのはどういうことだ。

甘い雰囲気とまでは言わないが、想いを通じ合った二人特有の空気すら自分達にはない。
監査役という自分の立場もあり、二人きりになるのはなかなか難しいが、それにしても、これでは線を引きすぎではないだろうか。

(・・・・・・)

リンクは振り返り、ミランダを挟むように歩くキエとマオサや、フランス料理について話すアレンとラビを見ながら、

(誰も・・気付いてはいないのか)

やはりな、と小さく独り言を漏らした。誰かが、感づいてくれたら自分の不安は単なる杞憂だと、片付けれたのだが。

そうなると

(いよいよもって・・勘違いの線が強くなるという訳か)

心のどこかで覚悟していた思いもあり、リンクはそっとため息をつくと、外の階段をゆっくり降りた。


今回の任務はスペインとの国境近くの小さな町。遺跡の中にイノセンスが埋め込まれているらしいというもので、その他にも、数体のAKUMA情報も確認されており、その破壊も目的であった。

目的地の町はリンク達がいる教会より、徒歩で半日はかかるだろう。
山を二つ越えて行かなければならないが、方舟があるからそれで済むわけで、以前ならピレネーの山々を越えて行かねばならなかったと思えば、気持ちも軽くなるものだ。しかも山と言ってもそれほどの標高はないので、3時間程で麓町へ着く事になるだろう。

「ミランダさん、しっかり!」

アレンが笑顔でミランダの手を引きながら登って行く。リンクは彼女の背後からそれを見て、複雑な気持ちを抱いていた。

(ウォーカーめ、いつまで手を握っているのだ)

その天使の笑顔を苛々しながら睨み付けていたが、先を歩くキエやマオサであれば我慢ならなかったろうと、奇妙に安堵したりもしていた。

(・・・本当は・・)

彼女の手を引きたかったのだが。

「・・・・」

目の前の揺れる巻き毛を見ながら、リンクの気持ちは沈んでいた。

「リンク、なんか落ち込んでんの?」

からかい気味に近づいてきたラビを、面倒そうに見る。

「ミランダとなんかあった、とか?」
「!」

ハッとして、ラビを見ると。

「・・うそっ・・マジ?」

驚いたように軽く目を見開くと、耳打ちするように近づいて。

「なに、とうとうフラれちゃった?」
「なっ!ち・・違うっ」

キッと睨み、ラビの顔を押し退けた。

「イテッ、んだよ」

下唇を突き出すようにリンクを見るラビに構わず、登る足を少し速める。
空気は春とはいえ冷たく、まだ冬といってもいいだろう。まだ山の草花も、芽はついても冬の様相を崩してはいない。

そろそろ山道も下りにさしかかってはいるが、思ったよりも時間がかかっていて、麓へ着くと予定していた時間はもうすぐに迫っていた。

「ご・・ごめんなさい、私のせいで・・」

泣きそうな声が聞こえる。ミランダはこの中で1番体力がないから、皆彼女に合わせて歩みを遅くしていたので、確かにそれが原因だろう。

「その・・よろしいでしょうか」

やや緊張ぎみに、ミランダに声をかけると、
ミランダは、自分を責めていたのだろう涙ぐみながら、リンクを見た。

あの告白のせいか、こうやって話しかけるのは前にも増して緊張する。

(・・・・伝わっているかは置いといて)

リンクはミランダの様子から、やっぱり伝わってはいないのだろうと、少し諦めのような気持ちになっていた。

普段から彼女は人より少し斜め上な見方をするタイプだと感じていたし、そういう所もなんだか魅力の一つだったりしたから、リンクはこの際、ミランダがあの手紙をどんな風に勘違いしていても、甘受しようと思っていた。

「何です?リンク」

返事をしたのはミランダではなく、彼女の手を引いているアレン。
リンクはアレンを軽く睨んだが、再びミランダに目を向け、照れ隠しのように咳ばらいを一つすると、

「日も傾いておりますから、よろしければ・・麓まで私がその、おぶって・・」

「「「は!?」」」

声を上げたのは、リンクとミランダ以外の四人だ。

「なんですか・・突然奇妙な声を上げて」
「いえ・・心配して損したというか・・」
「安心したさ、やっぱり・・リンクはこうじゃねぇと」
「どういう意味ですか」

曖昧に笑う二人にムッとした表情を見せたが、リンクはミランダへ向き直ると、やや緊張した面持ちで。

「麓町には温泉が湧くという話も聞きます・・その、早く行って温まりませんか?」
「ハワードさん・・」

ミランダは泣きたいのか寒いのか、鼻を赤くして。グスグスと鼻水を啜り、滲む涙を指で押さえながらリンクを見ていた。

「ごめんなさい・・わた、私がどうしようもないから・・気を使わせて・・」

潤んだ瞳で見上げてくる彼女は、かなり魅力的で。

「・・い・・いえ」

それだけ言うと、リンクは赤い顔を隠すようにミランダから目を反らした。
マオサとキエは二人顔を見合わせていたが、何かを思い至るように頷き合うと、

「「あの、俺達二人がおぶって行きますよ!」」
「!?」

思わず二人を見ると、明らかに『そうはさせるか』と言った顔でリンクを見ている。

(くっ・・!)

睨み付けると、リンクと二人の間にビリビリと雷のようなものが走った。向こうも引く気は無いらしい。

(・・のぞむところだ)

リンクは片眉を上げて、フンと鼻を鳴らした。
言わせてもらえば、彼ら二人よりミランダとの接点は多い。探索班は、イノセンス情報を追い掛けるように世界中を駆け回っているが、リンクは基本アレンの任務について行く程度で、教団での時間が多いし、さらに彼女が教団にいる時は、腕によりをかけた特製ケーキを振る舞って、その都度ミランダの表情をとろけさせているのだから、必然的に、キエやマオサの二人より親密度は高いはずと自信があった。

(何かと江戸での話を持ち出す所が、以前から気に食わなかったんだ)

「いえ、二人は探索班としての任務中ではありませんか、やはりここは私が」

ずいっと、二人の前に立ちはだかる。

しかし二人も負けじと、

「それを言うなら、そちらも監査役という任務中じゃないですか」
「それに俺達は二人だし、交代で背負いますから負担も少なくて済みます」

リンクは肩を竦めて、ちらと二人を見ると。

「そんな交代せねばならない程の体力でしたら、任務に集中した方が良いのでは?」
「「!!・・」」

二人がカチンときたのが、アレンやラビにも分かり顔が引き攣ってしまう。

「べ、別に体力が無いわけじゃないです!俺達は元々船乗りだしっ・・」
「そっちこそ、大丈夫なんですか?俺達より体力があるようには見えないですけど!」
「心配してもらわずとも。こう見えても体力には自信がありますから」

キッパリ言い切り、つんとそっぽを向く。キエはあきらかにムッとした表情で、一歩前へ出ると。

「でも・・ミランダは俺達の背中の方がいいんじゃないですか?」
「?どういう意味ですか」
「いえ、ある程度体格差がないとおぶわれる側も疲れると・・」
「ばっ・・キエ!言い過ぎだぞっ」

慌てるマオサをリンクは怪訝な顔で見たが、すぐにキエが言わんとしたことを察し、ふつふつと沸き起こる怒りを感じて、二人を睨み付けた。

(確かに・・・)

見たところ、二人の身長は180センチは越えているようだ。
リンクは172センチで男としては決して高い方ではない。女性にしては高身長のミランダと比べると、数センチしか変わらないのが、誰にも言えないひそかな悩みであった。

そのひそかなコンプレックスを刺激され、リンクは拳を握りしめる。下らない事ではあるが、それをミランダの前で言われた事が、何だかとても悔しかった。

「いいですか、君達・・」
「はい、そこまでにしましょう!」

リンクのタブーに触れたキエを守るように、アレンが三人の間に入る。

「ウォーカー、まだ話は終わってないんですよ」
「だって、終わりそうにないし。寒いし、お腹も空いてきましたし・・」

グウゥと鳴る腹を摩りながらアレンはミランダを振り返り、

「というわけで、間を取って僕がおぶって行きます!」

にっこりと笑った。

「な、何が『というわけ』だっ!」
「そうですよっ!」
「納得いきませんっ」

文句を言う三人を、まあまあと手でいなしながらラビがひそひそと、耳打ちする。

「あんま言い合うから・・ミランダが落ち込んでんさ」
「?」

見ると彼女は、涙ぐみながら何やら木に向かって、ぶつぶつと呟いていた。

「わ、私のせいで・・皆が・・私なんか・・うう・・もう・・」
「「・・・・・・」」
「な?時間ももったいねぇし、とっとと下りようさ」
「しかし、なぜウォーカーが・・」
「分かるけどよ、結局三人で言い合っても時間ばっかくうし。ミランダだって選べねぇだろ」

な?とラビが三人を見る。
キエとマオサは、彼女の性格ならばそれもそうかと納得したのか、ミランダを姉のように慕うアレンなら、リンクよりはと思い直したのか、

「その・・すいません」
「少し、むきになってしまいました・・」

リンクに詫びるように軽く頭を下げると、先導する持ち場に戻って、二人は地図で道の確認をし始めた。

「・・・・・」
(選べない・・か)

リンクはラビに言われた言葉が、ちくりと胸に刺さる。

「ほら、大丈夫ですから。安心して乗ってください」
「で、でも私・・ちょっと太ったし重たいわ」
「大丈夫、僕これでも男の子ですよ。安心してくださいっ」
「まあ、アレンくんたら」

ミランダが微笑みを見せたのだろう、リンクは背中でそれを感じてホッと安堵しつつも、少しだけ胸が締め付けられる思いだった。



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