D.gray-man T


火蓋は切って落とされて



世の中、たいていの事は予測できんだよ。
こんな何が起きるかわかんねぇトコにいたってな。

予測しながら、どう最善をつくすか、それが問題だろうが。








とはいえ、そんな神田でもまさか空から人間が降ってくるなど、そうそう予測できなかっただろう。
目玉が飛び出るかと思う程の後頭部への衝撃。

ちなみにここは教団内の図書室。戦闘中でもないし、急な襲撃でもない。

「ヒイィィィ!!ご、ごめんなさいぃっ!!」

衝撃の主は神田の背中に乗り上げたまま、真っ青になって叫んだ。

「重てぇんだよ、おりろ、テメェ!」

ギロリと睨み付けると、相手は転がり落ちるようにして背中から降りた。

「あ・あの、ご・・ごめんなさいっ!大丈夫だった?」

怯えながら謝るのは、ミランダとかいう女。少し前にエクソシストになった奴で、兄弟子のマリがやたら気にしてる女だった。

「テメェ・・」

一言、文句でも言ってやろうかと見ればガクガクと震えて半泣きになってやがる。

(つーか、これじゃ俺がわりぃみてーじゃねぇか)

イライラしながらも、毒気が削がれて。神田はそのまま立ち去ろうとすると、

「どうした?」

聞き慣れた声がした。振り返ると、兄弟子のマリが団服を着て立っている。

「ミランダ、大丈夫か?」

神田に目もくれず、ミランダを抱き起こした。ミランダは顔を真っ赤にして、申し訳なさそうにマリを見て

「あの・・ハシゴから落ちちゃって・・神田くんの上に・・」

もぞもぞと話す。

「そうか、怪我はないか?」
「は、はい。だ・・大丈夫です」

頷いたのを確認すると、安心したようにマリは微笑んで、ミランダの頭を撫でた。

(おい)

なんだこれ。甘ったるくて胸やけがしそうだ。
そこにいるのは彼の知ってる兄弟子ではなかった。

(気色ワリィ・・)

「おい、マリ」
「ん?」
「おまえ、これから任務じゃねぇのか?」
「ああ。そうだ」
「えっ!そうなんですか?」
「ああ。おっと、ファインダーを待たせてるからそろそろ行かねば」

時計を見た。

(まさか、この女の声聞いてわざわざ駆け付けたってのか?)

顔が引き攣るのを感じた。

「あの・・気をつけて下さいね・・」

心配そうに、ミランダが呟く。マリはミランダの肩に手を乗せて

「いってくるよ」

少し名残惜しそうにトンと、軽く叩いた。

「神田」
「?」
「大丈夫か?」
「うるせーんだよ、早く行け」

マリは苦笑しながら、図書室のドアを開けて出て行った。

「ふん・・」

あほらしい。
そのまま立ち去ろうと、自分も続けて出口へ向かうとふいに、後方へ引っ張られるのを感じて振り返る。
ミランダが神田のベルトをちょこん、とつまんでいた。

「あ、あのっ」
「なんだよ」
「ち、血がでてるわ・・」
「あ?」

見ると、肘が擦りむいてうっすら血が滲んでいた。

「これっ・・貼らせてちょうだい?」

ポケットから、絆創膏を取り出す。

「いらねぇよ、そんなの」
「で、でもばい菌が・・」
「いらねぇっつってんだろ!」

ギロリと睨み付けるが、ミランダはまだ放さない。泣きそうな顔でベルトをつまんでいた。

「お願い・・わ、私のせいだから・・」

震えてるくせに。
(なんだ、こいつ)

「ちっ・・」

めんどくせぇ。

(こんなのすぐ治っちまうんだよ)

そう思いながらも、肘を差し出した。

「とっととやれよ」

ミランダはパッと顔が輝いて、急いで絆創膏のシールを剥がす。 しかし不器用なのか、もたもたとして、上手くいかない。くっついたり、剥がしたりして、粘着力がいくぶん落ちた絆創膏が神田の肘に貼付けられた。

(イライラさせやがる・・)

しかし、貼った本人は貼れた事に安堵したのか、さっきまでの震えはおさまったようだ。

「神田くん・・ほか、痛いとこ、ない?」

心配そうに見てくる。この女の顔を正面から真っすぐ見るのは初めてな気がする。

(ふん・・)

美人、といえなくもない。青白いとも言える肌は陶器のようだ。人目を引く容姿という訳ではないが、優しげで繊細な様子が教団内でひそかに人気を集めているのだろう。

(まぁ、俺には関係ねぇけどな)

「テメェも、ぼさっとしてんじゃねぇぞ」

神田は舌打ちして、そのまま図書室をでた。
なんだか奇妙な気持ちだった。彼女の瞳を昔、どこかで見たことのあるような、気がしたのだ。





予測ができないといえば。


普通、こんなところで行き倒れにはならないだろう。

ここは団員の自室がある階の廊下。時間は夜10時

神田は、修練を終えて風呂上がりだった。階段を上りきったところで、暗がりに白い手が見えてさすがの神田も驚いた。

(おい、ちょっと待て・・)

よく見ると、壁にもたれるようにしてミランダが眠っていた。
くたり、と頭を垂れて寝息をたてている

「・・・おい」

肩を揺する

「おい」

さらに揺するが、反応はない。

(なんなんだよ、ったく)

ミランダはよく見れば眠っている、というより意識を失っているようで。夜目にもわかる程、青白い肌に冷や汗のような汗が額に浮いていた。
めんどくせぇ、と呟きながらミランダを抱き上げる。ふわん、と優しい香が鼻をつく。
ヒョロリとした体の割に、全体的に柔らかい。

なんとなく気まずい気持ちになりつつ、神田は医務室への道を急いだ。

歩きながら、ふと思い出した。さっき修練場に、彼女もいたことを。

(ああ、そういや・・)

マリが言っていたな

『ミランダは頑張り過ぎるから、心配なんだ』

兄弟子がよく、彼女の発動を止めさせて修練場から連れ出していたのはこういう事か。

「ふん・・」

まったく、ご苦労なこった。

「ん・・・」

ミランダが身じろいだ。うすぼんやりと、目を開けるが、意識が戻った様子ではない。

「マリ・・さん?」

うわごとのように呟く。

「・・・・」
「ごめん・・なさい」
「・・・」
「また・・迷惑・・かけて・・」

それだけ言うと、ミランダはまた意識を手放した。

(悪かったな、マリじゃなくて・・)

何となく面白くない気持ちになる。

「チッ・・」
(どうでもいいけどよ)

そのまま歩き続けた。







あれは、いつだったか。もう何年も前、ガキの頃だ。
どこの任務だったかも忘れちまったが、子犬を見つけた。別に犬なんて興味ねぇが、弱っちい犬。

何があったのか知らねぇが、子犬のくせに、人間の顔色見てるみたいにビクビクしてた。そのくせ拾って欲しいのか、俺の後ろをずっとついてきやがる。

結局、そのままはぐれちまってあの犬がどうなったかなんて知らない。
別に後悔してるとか、そんなんじゃねぇ。ただ、なんとなく。忘れ難いだけだ。





「神田くん、こ、こないだは・・ごめんなさいね」

食堂で、偶然会った。いや、偶然じゃないのか?どうやら待ち伏せされてたらしい。
入口で、ずっと立っていたのか周囲の注目を浴びていた。

「・・・・・」

そのまま素通りすると、聞こえなかったと勘違いしたのか後ろから、オロオロして付いてくる。

「あ、あの、神田くん?あのっ・・・」

相変わらずビクビクしやがって。

「なんだ」

ミランダは聞こえていたことに安心したのか、少し表情が和んだ。
神田がジェリーの前に行くと当然のように蕎麦が出てくる。

「あら」

ジェリーは神田の後ろにいるミランダを見つけると

「よかったわね、待ち人きて」

ウィンクした。

「あ・・は、はい」

それから神田を見て

「ミランダったらあんたとすれ違いになったら困るってんで
朝6時から待ってたのよ」
「ジ、ジェリーさん」

ミランダは恥ずかしそうに俯く。

「・・・・・」

神田は興味なさそうに、そのままトレーを持って少し離れた場所に座った。
蕎麦を啜りはじめると、向かいの席に、ミランダが座りたそうにうろうろしているのが分かる。

(なんなんだよ!ったく!)

ギロリと睨むと、明らかにビクッと飛び上がった。

「あの、一緒に・・たべない?」

恐る恐る聞いてくる。

「ああ?」
「だから、そ・・その一緒に・・」
「勝手にしろよ」
「!・・いいの?」
「・・・・」

そのまま、蕎麦を啜り続ける神田を見て、ミランダは嬉しそうに笑う。
一緒に、といっても会話らしい会話はない。 ただミランダは、神田と同席できたことが嬉しいようでニコニコしながら神田を見ていた。

「なんだよ・・」
「えっ?」
「人の顔になんかついてんのかよ、ジロジロ見やがって」

上目使いにじろりと見れば、

「そんな、ジロジロなんて・・」

恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「わ、私・・神田くんに嫌われていると、思ってたから・・」

もじもじとこちらを伺う。

「だから、この前神田くんが医務室まで運んでくれたって聞いて、びっくりしたけど・・その・・嬉しかったわ・・」

神田は箸を動かすのを止める。

「ふん・・」

何かを考えるように、宙を見て。

「神田くん?」

不思議そうに顔を覗きこんできた。

(なんつーか・・こいつは無自覚なのか?)

無自覚にこんなこと言ってんのか?しかも、頬まで染めやがって。

「神田、くん?」

(小首をかしげるな)

イラッとしながら立ち上がる。

「呼んでたぜ」
「えっ・・?」
「俺が運んでる間、誰かさんの名前、呼んでたぜ」
「!!!」

思い当たることがあるのだろう、茹でタコみたいに赤くなった。

「悪かったな、そいつじゃなくて」

ニヤリと笑って、そのまま席を立つ。

(面白くねぇ・・)

誰にも聞こえないように、小さく舌打ちして
食堂を後にした。

パタパタと、足音が聞こえる。

「まっ、待って・・神田くん!」

追いかけてきたらしい。

(めんどくせぇ女だ)

構わず歩いていると、背後から誰かとぶつかったのだろう、衝撃音や謝罪の言葉が聞こえてくる。

『ご、ごめんなさい』
『ミランダこそ大丈夫か?』
『は、はい』
『どこかに行くとこだったのか?』
『え・・その・・』
『送っていこうか?』
『い、いえ・・』

(くそっ腹立つっ・・!)

「何やってんだテメェはっ!ちんたら歩いてんじゃねぇぞゴラァ!」

思わず振り返り、怒鳴り付けた。背後にいた二人は驚きと恐怖で30センチ跳び上がった。

ミランダは怯えながら、神田の側へ来る。

「か・神田くん・・」
「なんだよ」

睨み付けると、泣きそうな顔をする。けれど、逃げようとはしない。

「あの・・私、神田くんと仲良くなりたいの・・」

消えるような小声で呟いた。

「あ?」
(なに言ってやがる、こいつ)

「マリさんがね、神田くんの事・・よく話してくれるの・・」
「・・・・」
「話しを聞いているうちに・・すごく、仲良くなりたいなって・・」

怯えながらも、恥ずかしそうに言う彼女。普段なら怒鳴り付けるぐらいするところだが・・。

神田は深く、ため息をついた。

(なんだ、この女・・)

知らない内に懐に入り込まれるような感じだ。有無を言わせない・・いや、拒絶できない。

(ああ、そうか)

神田は、思い出した。
ミランダの瞳を。いや、あの子犬の瞳を。怯えながらも、受け入れて欲しそうに、チョロチョロと側に寄って来た。

「ふっ・・」

口の端が上がって笑みがのぞく。

「いっとくが・・」

ミランダを見る。

「俺と仲良くするって、どういう事かわかってんのか?」
「えっ?」

キョトン、とする。
そんな表情まで、可笑しくて、神田はニヤリと笑った。

「こういうことだよ」

フワリ、と神田の黒髪がミランダの頬をくすぐる。気がつく間もなく、唇が塞がれていた。
神田の薄い唇に支配されて、ミランダは驚きのあまり目を閉じるのも忘れていた。

神田は味わう間もなく、唇をはなす。ミランダは呆然として、何が起こったのか分かっていないようだ。

ふと、何かを感じて目線を上げた。

(やっぱり、いたか)

あきらかに動揺を隠し切れない兄弟子が、その場に立っていた。

「そういうことだ、マリ」

恐らく、帰還直後だったろうに。そう思ったら、同情も感じないわけではない。

(いくら無自覚でも、さすがに自覚しただろ?)

真っ赤になって自分を見るミランダを、満足そうに神田は見ていた。


(なにごとも予測不能ということか)





End

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