D.gray-man T





神田が心の叫びを上げてから、時間は少し遡る。


「・・・・・」

ミランダは、さっき目にした衝撃を落ち着かせようと、紅茶を一口飲んだ。

(あの本・・・・)

裸の女性がなやましげにポーズを取っていた。

(どうして、マリさんが・・?)

彼は盲目だ。あの手の本を見ることは出来ないはずなのに。

(誰かから貸りたとか?)

でも、何の為に?そもそも貸りる意味がわからない・・。
ミランダは複雑な気持ちのまま、また一口紅茶を口に含む。

(・・・・・)

ぼんやりと紅茶のカップを眺め、模様を指でなぞる。ミランダのお気に入りのそのカップは、やわらかな線で描かれた青い花模様。
食堂のスタッフはミランダが紅茶を飲む時、たいていこれを使ってくれるのだ。

(・・・・?)

ふと、頭に何かがひっかかる。

「ちょっと・・待って」

人差し指を、口元にあてて。
以前、マリがこのカップの模様を、指先の感覚でぴたりと当てた事を思い出した。

(そうよ)

視力が無くても、いつでも彼は自分よりも鋭い感覚をしていて。

じいい、と食い入るようにカップに見入る。
こんな薄い模様が分かるなら、あの本だって読めるのではないか?

(・・じゃあやっぱり、マリさんの本なの?)

そう思うと急に顔が熱くなり、身を縮めるように背中を丸めた。
妖艶に髪をかき上げて、挑発的なポーズの美女の写真。同じ女から見ても、ドキッとする程色っぽくて。唇を半開きにして、誘うように指を舐めていた。

マリさんは、ああいう感じが好きなのかしら。

(私とは正反対だわ・・)

自分でも地味な方だと分かっている。それが沢山あるコンプレックスの一つでもあったから、彼がそういった色っぽい女性を好んだとしても仕方ない、いや当然かもしれない。
頬に手をあて、考え込むように俯く。紅茶の湯気がゆらゆらとミランダの前髪を漂って、額にうっすらと湿りを残した。

(どうしましょう・・)

眉を寄せる。

(このままじゃ飽きられちゃう?・・ううん、もう飽きられているかもしれないわ)

元来のマイナス思考に歯止めがかかる筈はなく、ミランダは悶々とした気持ちで、カップの取っ手を指で摩っていた。


「ミランダ、ここいいかい?」

突然、頭の上から声がして。ミランダはびく、と体を震わせて、弾かれたように見上げると。

そこに立っていたのは、ティエドール元帥だった。








(ミランダは・・食堂ではないのか?)

ヘッドフォンに手をあてて、ミランダの存在を捜す。

「?・・」

意外な場所にいるのに気付いて、マリは首を傾げた。その時、階段を上ってその場所を目指すマリの耳に、

(ん?)

突然、弟弟子達の声が入ってくる。





『ッテメェ!だから違うって言ってんだろうが!』
『分かってますって、俺誰にも言わないっすから』
『だああっ!ぶっ殺すぞ、いい加減!』
『わわわっ!神田先輩、危ないっ』
『逃げんなゴラァッ!』







(な、なんだ?)

その騒ぎが修練場らしい事を確認すると。階段を上っていた足を、咄嗟に下りに変えようと足を止めた。

(ううむ・・)

ミランダから聞こえる心音が、いつも以上に跳ね上がっているのも、気になる。拳を額にあてて、少し考え込むと、何かを思い切るように頷いて。

(すまん、チャオジー)

ミランダの誤解を解いて。それが済んだらすぐに止めにはいるから。そう心で言い訳しながら、マリは階段を駆け上がった。

意外な場所とは、マリの部屋。

マリが速足で自室の前に行くと、彼女の存在は部屋の中から聞こえていた。
迷うように咳ばらいを一つする。

コンコン、と軽くノックして控え目な声を出す。

「ミランダ・・その、いるんだろ?」

「・・・・・・」

反応が無いが、彼女の心音は早鐘のように鳴っていて。

「入るぞ?」

ガチャ、とノブを回すと、静かに足を踏み入れた。
室内にミランダはぽつん、と立って。指を、もじもじ所在無さげに弄っているのを感じる。
扉を後ろ手に閉めると

「ミランダ・・その」

何を言えばいいか迷うように、マリは頭を掻いた。

「マ、マ、マ、マリさんっ・・」

ミランダがカクカクした動きで、近づいてくる。

「あの、その・・えと」

その姿に不思議な違和感を感じる。彼女からあまり聞いたことのない、フワフワした衣擦れのような音。

(・・どこかで聞いたような)

ああ、そうだ。リナリーが髪の長い頃よくつけていたな・・。
それを思い出したとたん、ミランダの上擦った声が聞こえて。


「わわわ私が・・チョコレートですっ」


頭には大きなリボン。

「・・・・・なに?」

リボンを揺らめかせながら、言った言葉の意味が理解できず、マリは瞬きも忘れて、ミランダの言葉を頭の中で繰り返していた。

チョコレート?

(・・・私がチョコレート?)

「あ・・あのぅ、マ、マリさん?」

身動き一つしないマリを心配になったのか、ミランダが不安げに聞いてきた。

「・・ミランダ」
「は、はぃっ」
「・・・・ええと、それは・・どういう意味なのかな」
「・・え?・・・・・えええっ!」

なぜかショックを受けた様子で、ミランダは頭を抱える。

「ミ、ミランダ?」
「わっ、私ったら間違えたわ・・どうしよう、これじゃなかった?」

混乱したように、ぶつぶつ独り言を呟いて

「っ・・そうだわっ!」

閃いたように、パッと顔をマリに向けた。

「いったい、どうしたん・・」
「私を食べてください!」
「・・・・・・・は?」
「私がチョコレート・・です・・だから、た、食べてもらえますか?」

言い遂げて満足したのか、ミランダはホッとしたように笑った。
ふらり、よろめくように二、三歩後退り。マリは急速に赤くなる顔を隠すように、額に手を置いて俯いた。

「き、急にどうしたんだ?」
「あの、だ・・駄目ですか?」
「いや、駄目とかそういう事じゃなくて」
「おかしいわ・・また間違えたかしら・・?」

ぽつ、とミランダがこぼす。

その言葉が気になり、

「・・何が、間違えたんだ?」
「えっ」
「そういえば、さっきもそんな事を言っていたような・・」
「・・・・・」

ミランダは少し困ったような、迷うような顔でマリを見て。

「あの・・その・・マリさんが、喜ぶって聞いたんです・・」

(なんだと?)
嫌な予感がする。

「・・・・・」
「あの・・マリさん?」

マリは考えるように拳を口にあてて、

「ミランダ・・まさかそれは・・師匠か?」
「え!・・・」

図星を指されたように、ミランダの顔が赤く染まる。

「そうなのか?」
「ええと・・あの、その、違うんです。元帥は、相談に乗ってくだすって・・」
「相談・・?」

ミランダは言いづらそうに、マリから目を反らして。それから恥ずかしそうに、俯くと。

「マリさん・・は、色っぽい女性を、好まれるのかしら・・って」

消えそうな声で呟いた。

「なぜ、そうなるんだ?」
「・・・だ、だって」

ますます困ったように、ミランダは身を縮こませると、マリは、はたと例の本を思い出して。
合点がいったように、ミランダの肩を掴んだ。

「ち、違う!」
「え?」

びっくりしたように、マリを見て。

「あ、あれは私の本ではない。第一、盲目の私に読める筈がないだろう?」

ぎゅうと、掴んだ手に力を入れる。

「・・・・・・そ・・」

ミランダの肩の力が抜けるのを感じた。

「そうです・・よね?」
「・・ああ」
(やっぱり、誤解されていたか・・)

マリがミランダの肩からそっと手を離すと、ミランダはまだ気になる事があるのか、

「あの、マリさん」
「ん?」
「さっきの言葉・・駄目でしたか?」

おずおずと聞いた。

『私がチョコレートです、食べて下さい』

マリは思い出して再び顔が赤くなり、ゴホンと慌てて咳ばらいした。

「い・・いや、駄目じゃないんじゃないかな」
「本当に?」
「あ・・ああ」
「・・あ・・あの、マリさん」

ミランダが、おそるおそるマリの指に触れてきたので、ドキリとした。彼女の指は震えていて。つられるように、マリの指にも微かな震えが起こる。

(ミランダ・・どうしたんだ?)

急に雰囲気が変わり、マリはゴク、と唾を飲んだ。

(まさか・・ミランダ、そのつもりなのか?)

二人は、口づけはあれどそれ以上の関係はない。
付き合ってそれなりの時間が経っているが、
ミランダは元々男性に臆病なタイプだったし、マリもそんな彼女を知っているから、性急な行動を起こしたりはしなかった。

(・・・ミ、ミランダ)

「マリさん・・あの」
「な、なんだ」

ミランダはポケットから小さな箱を取り出し、かけられたリボンをシュルリと解く。蓋をそっと開けると甘い匂いがして、チョコレートが入っているのが分かった。



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