D.gray-man T
3
「だ・・大丈夫かしら」
「・・ミランダ」
心配そうに、扉を見つめるミランダの肩に手を置いて。
「その・・」
ひざ枕したのか?
「は、はい?」
首を傾げて、マリを見上げる。
(な、何を聞こうとしてるんだ..)
咳ばらいしてごまかした。
談話室には、お茶の時間には早いせいか誰もいなくて。アレン達が出ていくと、室内はしん、と静まっている。
マリはミランダの肩に置いた手を、ぎこちなく下ろすと、
「・・お願い、できるかな?」
「え?」
「耳掃除、やっぱりお願いしてもいいだろうか」
照れるように、微笑んだ。
「マ、マリさん・・」
つられるように頬が染まり、嬉しげにマリを見つめる。
「その、いいんでしょうか?」
「ああ」
ミランダが喜んでいるのが分かり、マリの胸に温かいものが広がって。
・・こんなことならもっと早く承知しておけば良かった。
正直言うと、不安は残るが、こんなに彼女が嬉しそうにしてくれるなら、多少(?)の災難は甘んじて受けよう。
マリはミランダの手をそっと取り、談話室の扉を開ける。
「では、行こうか」
「は、はい」
喜びに胸が高鳴るのを感じて、ミランダは手に持った耳掃除セットを握りしめた。
ミランダを自室に招き入れるのは、これで二回目だ。
一度目は恋人になる前で、5分程の用事だったからこんな特別な雰囲気で、彼女と二人きりになるのは初めてかもしれない。
「それでは・・」
「はっ、はい」
マリがベッドに腰掛けるのを見て、ミランダの心臓が跳びはねた。おずおずと、隣に腰を下ろし落ち着きのない様子でシーツを弄る。
マリは咳ばらいを一つして、
「・・いいかな?」
「は・・はいっ」
赤い顔で頷いたのを確認して、マリはミランダの膝へと頭を倒す。
柔らかな、太股の感触が頬に感じて。その心地よさに、マリは目を伏せる。
(・・・くやしいな)
一瞬でも、自分以外の男がこの感触を味わったのだ。
「重たくないか?」
「い・・いいえ」
「よかった」
ミランダが緊張ぎみに耳掃除の道具を手にしたのを感じる。気付かれないように、ゴクと唾を飲み込んだが、次の瞬間にはそれが杞憂であると悟る。
(・・なんだ・・)
彼女の性格を物語るような、遠慮がちな指使いにマリは肩の力が抜けるのを感じた。
優しい力加減で、くすぐるような感触を残していくのが、なんとも気持ち良い。
「あの・・痛く、ないですか?」
「いや・・気持ちいい・・」
目を閉じたまま、微笑むと、ミランダから、安堵したようなため息がもれるのを聞いた。
何かを掃うように、ふうっ、と耳の穴に息を吹きかけられて。
(!?)
甘い香りに、マリは何かに耐えるよう硬く目をつむった。
彼女としては、無意識の行為なのだろう。耳掃除に集中しているから、マリの耳に息を吹きかけたのも気付いていなさそうだ。
(危ないところだったな)
リンクを思い出し、また一つ安堵のため息をもらす。
「ミランダ・・」
「はい?」
「その・・約束してくれないか」
「約束・・?」
マリは、言いよどむように少し沈黙して。
「私以外の男に耳掃除は・・して欲しくないな」
「・・・!」
ミランダの心音が速くなる。
マリは彼女の手をとり、指先で撫でるように摩ると。
「これからは私専属で、お願いできないかな?」
「マリさん」
ミランダの手が熱くなっていく。
「は・・はい、わかりました」
「よかった」
ホッとしたように微笑すると、ミランダの手の甲に唇をあてた。
(・・マリさん)
マリの重みを太股に感じるのが、こんなに幸せだと思わなかった。
「・・・・」
(マリさんの耳・・大きい)
近くで見るのは初めてで、そっと指で撫でる。ちら、とマリを見ると、目を閉じていて、眠っているようにも見えた。
「・・・・・・」
(これね・・)
医療班の彼女達が言っていた言葉を思い出す。
(たしかに・・)
綿棒で耳を拭うと、マリは気持ちよさそうに口の端を上げた。ミランダは見ていて頬が緩んでしまう。
(なんだが・・可愛い)
こんな大きな男性に、そんな事を思うのは失礼かもしれないけれど。
(・・・そういえば)
ふと、嫌な予感がして。
「あの・・マリさん」
「?なんだ」
「医療班では・・どうやって耳掃除されていたんですか?」
「どうやって、とは?」
「その・・・」
何となく、言いづらい。
「こ、こんなふうに・・誰かの膝に・・?」
「まさか」
マリが笑った。
「医療班には頭を置く台があるから、そこに乗せてやってもらうんだ」
「そ、そうなんですか・・」
明らかに安堵した声に、マリは可笑しそうに笑うと、
「大丈夫だ」
ミランダの膝に手をあてる。
「私の頭も、ここ専属だから」
「・・そ・・」
ボッと全身が赤く染まる。
「・・そ・・うですか」
わざわざ聞いてしまった自分が恥ずかしくて、俯いてしまう。
「それにしても・・」
ミランダの手を再び握ると、そのまま自分の頬にあてて。
「・・・・・いや、なんでもない」
「マリさん?」
「なんでもない、続けてくれ・・」
ミランダが首を傾げながら、耳掃除を再開する。
マリは沸き上がる嬉しさを押さえるように、口元を手で覆う。
(・・そういう事か・・)
さっきの彼女の言葉で分かってしまった。どうして、突然耳掃除をしたいと言ってきたのか。
可愛い嫉妬を向けられて、喜ばないはずがない。
「なあ、ミランダ・・」
「はい?」
ミランダのかき棒を持つ手に触れながら、
「こんな耳掃除なら・・毎日でもいいな」
「マ、マリさん?」
くっ、と突然腕を引かれて、ミランダはマリの腕に包まれてしまう。
「!?」
「大丈夫・・」
ミランダの耳元に口を寄せると、
「これ以上は、しないから・・」
優しく囁いて、その細い体を腕に閉じ込める。ミランダの駆け抜けるような速まる心音に、マリは微笑して。
(・・今は、まだ・・)
柔らかな、くせっ毛に唇をあてたのだった。
end
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