D.gray-man T




「だ・・大丈夫かしら」
「・・ミランダ」

心配そうに、扉を見つめるミランダの肩に手を置いて。

「その・・」
ひざ枕したのか?

「は、はい?」

首を傾げて、マリを見上げる。

(な、何を聞こうとしてるんだ..)

咳ばらいしてごまかした。
談話室には、お茶の時間には早いせいか誰もいなくて。アレン達が出ていくと、室内はしん、と静まっている。
マリはミランダの肩に置いた手を、ぎこちなく下ろすと、

「・・お願い、できるかな?」
「え?」
「耳掃除、やっぱりお願いしてもいいだろうか」

照れるように、微笑んだ。

「マ、マリさん・・」

つられるように頬が染まり、嬉しげにマリを見つめる。

「その、いいんでしょうか?」
「ああ」

ミランダが喜んでいるのが分かり、マリの胸に温かいものが広がって。

・・こんなことならもっと早く承知しておけば良かった。

正直言うと、不安は残るが、こんなに彼女が嬉しそうにしてくれるなら、多少(?)の災難は甘んじて受けよう。

マリはミランダの手をそっと取り、談話室の扉を開ける。

「では、行こうか」
「は、はい」

喜びに胸が高鳴るのを感じて、ミランダは手に持った耳掃除セットを握りしめた。



ミランダを自室に招き入れるのは、これで二回目だ。
一度目は恋人になる前で、5分程の用事だったからこんな特別な雰囲気で、彼女と二人きりになるのは初めてかもしれない。

「それでは・・」
「はっ、はい」

マリがベッドに腰掛けるのを見て、ミランダの心臓が跳びはねた。おずおずと、隣に腰を下ろし落ち着きのない様子でシーツを弄る。

マリは咳ばらいを一つして、

「・・いいかな?」
「は・・はいっ」

赤い顔で頷いたのを確認して、マリはミランダの膝へと頭を倒す。
柔らかな、太股の感触が頬に感じて。その心地よさに、マリは目を伏せる。

(・・・くやしいな)

一瞬でも、自分以外の男がこの感触を味わったのだ。

「重たくないか?」
「い・・いいえ」
「よかった」

ミランダが緊張ぎみに耳掃除の道具を手にしたのを感じる。気付かれないように、ゴクと唾を飲み込んだが、次の瞬間にはそれが杞憂であると悟る。

(・・なんだ・・)

彼女の性格を物語るような、遠慮がちな指使いにマリは肩の力が抜けるのを感じた。
優しい力加減で、くすぐるような感触を残していくのが、なんとも気持ち良い。

「あの・・痛く、ないですか?」
「いや・・気持ちいい・・」

目を閉じたまま、微笑むと、ミランダから、安堵したようなため息がもれるのを聞いた。
何かを掃うように、ふうっ、と耳の穴に息を吹きかけられて。

(!?)

甘い香りに、マリは何かに耐えるよう硬く目をつむった。
彼女としては、無意識の行為なのだろう。耳掃除に集中しているから、マリの耳に息を吹きかけたのも気付いていなさそうだ。

(危ないところだったな)

リンクを思い出し、また一つ安堵のため息をもらす。

「ミランダ・・」
「はい?」
「その・・約束してくれないか」
「約束・・?」

マリは、言いよどむように少し沈黙して。

「私以外の男に耳掃除は・・して欲しくないな」
「・・・!」

ミランダの心音が速くなる。
マリは彼女の手をとり、指先で撫でるように摩ると。

「これからは私専属で、お願いできないかな?」
「マリさん」

ミランダの手が熱くなっていく。

「は・・はい、わかりました」
「よかった」

ホッとしたように微笑すると、ミランダの手の甲に唇をあてた。

(・・マリさん)

マリの重みを太股に感じるのが、こんなに幸せだと思わなかった。

「・・・・」
(マリさんの耳・・大きい)

近くで見るのは初めてで、そっと指で撫でる。ちら、とマリを見ると、目を閉じていて、眠っているようにも見えた。

「・・・・・・」
(これね・・)

医療班の彼女達が言っていた言葉を思い出す。

(たしかに・・)

綿棒で耳を拭うと、マリは気持ちよさそうに口の端を上げた。ミランダは見ていて頬が緩んでしまう。

(なんだが・・可愛い)

こんな大きな男性に、そんな事を思うのは失礼かもしれないけれど。

(・・・そういえば)

ふと、嫌な予感がして。

「あの・・マリさん」
「?なんだ」
「医療班では・・どうやって耳掃除されていたんですか?」
「どうやって、とは?」
「その・・・」

何となく、言いづらい。

「こ、こんなふうに・・誰かの膝に・・?」
「まさか」

マリが笑った。

「医療班には頭を置く台があるから、そこに乗せてやってもらうんだ」
「そ、そうなんですか・・」

明らかに安堵した声に、マリは可笑しそうに笑うと、

「大丈夫だ」

ミランダの膝に手をあてる。

「私の頭も、ここ専属だから」
「・・そ・・」

ボッと全身が赤く染まる。

「・・そ・・うですか」

わざわざ聞いてしまった自分が恥ずかしくて、俯いてしまう。

「それにしても・・」

ミランダの手を再び握ると、そのまま自分の頬にあてて。

「・・・・・いや、なんでもない」
「マリさん?」
「なんでもない、続けてくれ・・」

ミランダが首を傾げながら、耳掃除を再開する。

マリは沸き上がる嬉しさを押さえるように、口元を手で覆う。

(・・そういう事か・・)

さっきの彼女の言葉で分かってしまった。どうして、突然耳掃除をしたいと言ってきたのか。

可愛い嫉妬を向けられて、喜ばないはずがない。

「なあ、ミランダ・・」
「はい?」

ミランダのかき棒を持つ手に触れながら、

「こんな耳掃除なら・・毎日でもいいな」
「マ、マリさん?」

くっ、と突然腕を引かれて、ミランダはマリの腕に包まれてしまう。

「!?」
「大丈夫・・」

ミランダの耳元に口を寄せると、

「これ以上は、しないから・・」

優しく囁いて、その細い体を腕に閉じ込める。ミランダの駆け抜けるような速まる心音に、マリは微笑して。

(・・今は、まだ・・)

柔らかな、くせっ毛に唇をあてたのだった。





end

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