D.gray-man T





食堂を出て。神田はフランスパンで肩を叩きながら、廊下を歩いていた。

(あいつ・・呑めんじゃねぇか)

以前聞いた話と随分違う。

(・・ま、関係ねぇけどよ)

自室へと足を進めていると、背後から急ぐ足音が聞こえて神田は足を止めた。

「神田・・!」

振り返ると、マリがこちらへ駆けて来る。

(?)

なぜかその姿に奇妙な違和感を感じ、神田は片眉を上げた。

「帰っていたのか」
「あ?・・ああ」

目の前のマリに変わった所はないが、その違和感は消えない。

(・・何だ?)

「遅かったな、お疲れ様」

神田の肩に、手を置いた。

「!?」
「お前は頑張りすぎるから、何かと心配なんだぞ」

頭を撫でられ、

「き、気色悪い事すんじゃねぇ!」

神田はその手を叩き落とした。

「なんだテメェ、何のつもりだ」
「何のつもりも、可愛い弟弟子の無事を喜んでいるんだぞ」

マリの顔が嬉しそうに笑う。

「おい、どうした?なにジジィみてぇな事言ってやがる」
「そう言うな、師匠もお前を可愛いから言ってるんだぞ」

また頭を撫でようとするので、咄嗟にフランスパンでその手を叩き落とした。

(なんだコイツ・・)

顔を引き攣らせ、後退りする。マリはそんな神田の様子は全く気にしていないのか、

「ハハハ、まったくお前はヤンチャだなぁ」

(ヤンチャ!?)

全身に鳥肌が立つのを感じた。

「お、おい・・マリ」

一見しても、分からないが。まさか・・・

「・・酔っ払ってんのか?」

マリは先程叩かれた拍子に落とした、フランスパンを拾った。

「酔っ払う?・・さあ、どうだろう確かに気分は悪くないが」
「酔ってんだろ、間違いなく」
「ハハハ、そうかもしれないな」

笑顔でフランスパンを神田に渡すと、

「今夜は寒いから腹を出して寝るなよ、風邪をひくからな」

神田の背中を軽く叩いて、再び走り出した。

「・・・・・・」

走り去るマリの背中を見ながら、
神田は言いようのない気色の悪さに奇妙なデジャヴュを感じた。

まるで、かの師匠がそこにいるような・・




自分の足音だけが、響き渡る。何の音もしない空間で、ミランダはうずくまり、泣き出した。

焦ってクラウドを捜しに出たものの、冷静さに欠けたミランダは、ものの10分で迷子になってしまった。
それからほぼ1時間、なぜかどんどん暗い方へと進んで行き、マリを助けるどころか、自分のピンチを招いてしまったのである。

(マリさん、ごめんなさい・・)

膝を抱えて、鼻水を啜った。

(大丈夫かしら・・マリさん)

具合が悪くなったり、倒れたりしていないだろうか。暗いなかミランダの吐く息が白くて、マリが今夜は冷えると、教えてくれたのを思い出した。

(どうしよう)

体が震えてくるのを感じる。外は雪でも降っているのだろうか・・。

(朝になったら・・誰か通るかしら・・でも、その前に凍死したらどうしよう)

はあ、と手に息を吐きかけて擦り合わせる。
けれどもマリが心配で、暗さも寒さもそれほど、辛くはなかった。

「?」

足音が聞こえた気がして、ミランダはその方向を見る。階段を降りる、タンタンタンという音が聞こえた時、ミランダは確信して立ち上がった。

「・・あっあのぅっ・・」

震える声を、何とか搾り出す。

「ミランダ、大丈夫か?」

暗がりから聞こえた声に、ミランダの心臓は跳びはねた。

「マ、マリさん!?」
「一体どうして、こんな所に?」

乱れた息に紛れて、アルコールの匂いがして。マリがテキーラを呑んできたのが分かる。

「マリさん、大丈夫でしたか?あの・・あんな強いお酒」
「ああ、大丈夫だ。クラウド元帥が助けてくれた」
「そ、そうですか・・よかった」

ホッとため息をつく。

「それより、ミランダ・・」

マリの手が伸ばされて、ミランダの頬を包んだ。

「!」
「ずいぶん冷たいな・・寒かったろ?」
「え・・えと、その」

顔が熱くなるのを感じる。

「もう、大丈夫だ」

包んだ頬を優しく撫でると、

「さあ、行こう」
「!」

背中に手を回し、ひょいと軽くミランダを持ち上げた。

「えっ・・ええっ」
「ほら、体も冷えてるじゃないか」

耳元でそっと囁き、歩き出す。

「あ、あのっ、その・・」
「どうした?まだ寒いか?」

ぎゅう、とまるで抱きしめるように腕の力を強められて、ミランダは密着感にますます顔が熱くなった。

普段のマリは、こんな急にミランダに密着したりしない。

(ど、どうしたのかしら・・マリさん)

そっと窺うも、暗くて表情がよく分からなかった。

ミランダがいた場所は、普段あまり使われない会議室がある一角で、マリが来なければ、明日になってもミランダは迷ったままだったろう。

階段を抱かれながら上ってると、

「ミランダは、軽いな・・」
「そ、そうでしょうか・・」
「ああ、抱いていないみたいだ」

そっと笑って、その場でクルリと一回転してみせる。

「きゃっ!マ、マリさん?」
「階段でやることじゃなかったな」
「・・・・」

マリは悪戯っぽく笑って、突然ミランダの額にキスをした。

「!?」
「こうやって・・ミランダをこの手に抱いているのは、幸せだな」
「あ、あの・・マリさん?」
「どうかしたか?」

階段を上りきって、どこかのフロアに出たらしく、マリの歩みが速くなる。

「・・い、いいえ・・」

軽く首を振った。

(マリさん・・もしかして・・少し・・酔ってる・・?)

見たところまったく変化はないが。

「あの、マリさん・・酔ってらっしゃいます?」

おずおずと聞いてみると、マリの歩みが止まった。

「ミランダ・・・」
「えっ?あ、ごめんなさい・・ち、違いますよねっ・・」

訂正するように、手を振ると、パッとその手を取られる。

「マリ、さん?」
「・・敬語はやめてくれないのかな?」

手の甲に、唇を寄せた。

「!・・」
「ミランダ・・」
「は、はい・・」

マリの見えない瞳が、ミランダを映していて。まるで火を燈したように、切なげに揺らめいて見える。

「・・愛しているよ、心から」
「マリさん・・」

キュウン、と胸の奥が締め付けられて。マリの指がミランダの唇をそっと、なぞった。

その逞しい腕に抱かれ、ミランダは身を任せるように目を閉じる。彼は酔っているかもしれないが、そんな事はどうでもよかった。

「わ、私も・・愛して・・ます」

窓を揺らす風の音が聞こえ、微かに空気が揺れるのを感じた時、柔らかな感触に、唇が包まれるのを感じた。

(あ・・・)

触れるだけの口づけは、感触を愉しむようにゆっくりと動き、啄むようにチュ、と鳴らして、そっと離れた。

熱に浮されるように、ぼんやりとマリを見つめる。マリは、抱き上げている腕の力を強めて、

「・・行こう」

ミランダの耳に囁いた。

唇に、そっと指で触れて。さっきの口づけの感触を思い出す。まるで夢のような、不思議な心地。

(キス・・しちゃった・・)

目を閉じて余韻を感じていると、どこかの扉が閉じられる音がして、ミランダは驚いて目を開けた。

「・・?」
(あら・・?)

暗いが、見覚えがある部屋。

(!ここって・・)

数える程しか入っていないが、間違いない。

「こ、ここって・・その、マリさんのお部屋ですよ、ね」
「ミランダ・・」

そのままマリはベッドへ腰掛けると、ミランダを膝に座らせる。
包むように優しく抱きしめられるが、ミランダは緊張から身を硬くした。

「あ・・あの、マリさん・・ええと・・」

(どどどういう事なのかしらっ、ここれって・・ままさか・・)

マリは、ミランダの頬にキスをして

「まだ、離れたくないんだ・・」
「えっ・・で、でも・・」
「駄目だ・・今日は、離したくない」

抱きしめられて、ミランダはそのままベッドへ倒された。

「ミランダ・・・愛しているよ、本当だ・・」
「マリさん・・」

見上げる彼の顔は暗くてよく分からないが、その声は優しい。
ミランダの首筋に顔を埋めて、マリは強く抱きしめる。まるで自分でミランダを覆い隠すようだ。

(ち、ちょっと・・ま、待って・・マ、マリさん)

さすがにキスより先は心構えが出来ていない。今日初めて唇のキスをしたばかりなのに、それ以上の関係になるのは、まだもう少し時間が欲しいのだ。

「ま、ま、待って・・」

勇気を振り絞り、両手に力を込めてマリの胸を押した。

「わ、私たち・・まだ、そういうのは早いと思いますっ・・」

マリの体の重みを両手で支えながら

「その、もう少し時間が欲しいというか・・も、もう少しだけ・・あ、あの・・けして嫌だとかじゃないんですけどっ・・私も、その、いつかはそういう関係に・・って・・で、でもまだ早いと思うんですっ・・」












「グゥ」

「・・?」

埋めた首筋から聞こえる寝息に、ミランダの動きが止まる。

「マ、マリさん・・?」

恐る恐る、頭をぽんと叩いてみると。

「グゥ・・スゥ・・」

安らかな、寝息が続いていた。

(寝ちゃった・・?)

ホッとしつつも、ちょっとだけガッカリしてしまう自分もいて。

(・・やっぱり、酔ってたのかしらマリさん)

ミランダはゆっくりと態勢をずらして、マリの腕を取る。

『ギュッ』

(え?)

逃さないという風に、マリの腕はミランダの腰を捕まえていた。

・・・じゃあ、今夜はこのまま?

(・・そ、それは)

マリの息が首筋に感じる。抱きしめられて、彼の胸に顔が近い・・。

(ど、ど、どうしましょうっ・・・!)

心臓が早鐘のように鳴り響き、ミランダは胸を押さえる。

「・・・・マ、マリさん?マリさん・・あの、マリさん・・?」

もう一度、声をかけるが反応はない。規則的な寝息が首筋に感じられるだけ。
ミランダは、小さくため息をついた。

「・・・マリさん?あの・・マリ、さん・・その・・・あの・・・」

「・・・・・・・」

そっと目を閉じて。

「おやすみなさい・・」

ミランダは諦めるように小さくため息をついた。









鈍い痛みで、目を覚ます。今まで感じた事のない、奇妙な痛みだ。

フワフワとした、何かに鼻をくすぐられるようにして、目が覚める。

(・・・・)

しかし、腕の中の柔らかな感触が気持ちよくて。なんだか目を覚まさずに、このまま寝ていたくなる。
意識がぼんやりするなか、聞き覚えのある声がした。

「ぅぅ・・ん・・」

声の主は寝返りをうって、マリの胸へ潜る。

(なに?)

「!?」

咄嗟に起き上がりそうになったが、なんとかそれを留めた。起き上がれば、胸の中の彼女も目覚めてしまうから。

(ミ、ミランダ?)

どうしてここに?

(・・たしか、ソカロ元帥と呑んでいて・・ああクラウド元帥が途中から現れたんだった・・・)

眉間を指で押さえる。

(・・それから・・・・・・・)

それから、全く記憶にない。

まるで糸が切れたように、ぷっつりと記憶が途切れているのだ。
恐らく、ソカロ元帥と呑んでいる時は緊張から意識を保てたが、開放された後は安堵から、一気に酔いが回ってしまったらしい。

(そ、そんな事より)

なぜ、ミランダがここに?
マリはハッとして、ミランダの服を確認する。

(だ・・大丈夫だ・・)

ホッとしつつ、自分の服も確認したが脱いだ形跡はない。

(では・・なぜ・・)

マリが眉間に皺を寄せて考えていると、ミランダがもぞもぞと動いて、あくびを一つした。

「うぅ・・ん?」

瞬きをぱちぱちとして、むくりと頭を起こす。マリに気付いたのか、視線をこちらへ向けた。

「・・あ・・」
「その・・ミ、ミランダ・・」

青ざめながらマリは体を起こし、

「あの・・」
「お・・おはようございます」

ミランダが恥ずかしそうに、呟いた。

「・・・・おはよう」
「マリさん、体・・大丈夫ですか?」
「か、体?・・」
「今日は・・あんまり無理しないで下さいね?」

心配そうな口調に、マリは混乱してしまう。

(体って・・二日酔いの事で、いいんだよな?それ以外ないよな・・?)

「その、ミランダ・・さ、昨夜の事だが・・」

言いかけて、ハッとする。

(もし、何かあったらどうする)

記憶がないとミランダに知られたら、謝っても済まされない。

「・・い、いや。なんでもない」
「?・・そ、そうですか」

不思議そうに首を傾げた。

「・・・・・・」
(恐らく何もない筈だ・・何かあれば、ミランダの様子がこんなに普通な筈ない)

「あっ・・大変、こんな時間!」

時刻は5時を指していて。

「私・・戻りますね」

慌てて靴を履きだした。

「では、送ろう。」
「い、いいえ!大丈夫ですよっ・・」
「いいから、一人で帰す訳にはいかないだろ?」

マリも起き上がり、靴を履く。

「ついでに、鍛練もあるしな」
「そ、そうですか・・大丈夫なんですか?」
「ん?・・あ、ああ平気だよ」

曖昧に応えながら、ミランダに笑いかけた。ミランダはポッと顔を染めて、恥ずかしそうに俯くと。

「あ・・あの、マリさん・・」
「ん?どうした」

ミランダはもじもじとスカートを弄りながら、

「さ、昨夜のこと・・覚えて、ます・・よね?」

「!?」
(な、な、なに・・・!?)

全身の血の気が引いていく音が聞こえて。マリは、今まさに絶体絶命のピンチを迎えている。

「・・・・・」

様々な脳内の葛藤の末、マリが口に出した言葉は・・



「も、もちろんだ・・」


「よかった」

ミランダが頬を染めて微笑んだのを感じ、マリもまた、複雑な思いにかられつつ、微笑んだのだった。






その後。

なぜか彼を避ける弟弟子に、己の酔った様子を聞きだしたマリは、二度とアルコールを口にすることはなかったという・・。














end

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