D.gray-man T





食後、談話室でお茶を飲みながら談笑していると、時間はあっという間に訪れて。気付けば9時を回っていたので、二人は少しだけ急ぎ足で食堂へ向かった。

楽しげな笑い声や乾杯の音が聞こえ、二人が食堂へ入ると。始まったばかりのはずだが、もう盛り上がりをみせていた。
一見してみると、科学班の親睦会というよりは旧本部メンバーの親睦会のような雰囲気だ。

中央庁からのメンバーはあまり参加していないらしく、未だ科学班内で中央との微妙な関係が窺えて、その辺がジョニーの苦労さを物語っていた。

「あっ!二人とも、こっちこっち!」

ジョニーが手を振って合図したので、二人は微笑んで近づいて行った。

「少し遅れてしまったか、すまなかった」
「いや、皆けっこうアバウトだからね。仕事が遅れてる奴らもいるし」

ジョニーは二人にビールジョッキを渡した。
隣にはキャッシュが、旨そうに喉を鳴らしながらビールを呑んでいる。

「ああ、あんたら来たの?いらっしゃい」
「こんばんは、キャッシュさん」

ミランダは隣に腰掛けた。
辺りを見回すとコムイとフェイはいないが、
リーバーとロブはチップスをつまみにビールを呑んでいた。
マリはビールを一口飲むと、

「ちょっと、失礼」

厨房へと向かい、ジェリーに何かを頼んでいる様子だ。

「ねぇ」

キャッシュがミランダの肘を突いてくる。

「・・?」
「・・いいの?」
「なにが・・ですか?」

不思議そうに、首を傾げた。

「あたしらいたら、酒入ってもいいムードにならないよ」
「!・・キ、キャッシュさんっ」
「何々?何の話?」

ジョニーが興味津々に話しに入ってくるので、キャッシュが嫌そうに顔をしかめた。

「あんたはいいんだよ、セクハラ野郎」
「ええっ!さ、最近はタップって言ってないよぉっ」

ジョニーの慌てる様子に、ミランダはクスクスと笑い出す。

「なんだ?楽しそうだな」

マリがテーブルにチーズの盛り合わせを置いた。

「おっ、気が利くじゃない」
「マリ、悪いね。ありがとう」
「乳製品をとりながらだと、悪酔いしづらいからな」

ミランダの隣に座って、チーズを一口食べた。キャッシュが笑いながら

「悪酔いって・・今日は気をつけなよ」

ミランダをちらっと見る。

「!・・」

その瞬間、先日の醜態を思い出してミランダの顔が真っ赤に染まった。

「あ、いやっ・・そういうつもりでは」

マリが慌てて訂正するので、キャッシュが吹き出した。

「アハハハ!」
「えっ?何々?また俺だけ分かんないよ〜」
「ハハ、あんたはいいんだよ、黙って呑んでな」

キャッシュがジョニーの背中をバン、と叩く。

「ミ、ミランダ・・その、本当にそんなつもりでは」
「は、はい・・分かってます」

赤い顔で俯きながら、ミランダはチーズを一つ口に入れた。

その時、食堂の入口に何かを感じたのか。マリが突然立ち上がる。

「・・何?どうしたの?」

ジョニーが訝しげに見た。マリは少し考えて、

「いや・・・」
「あの、マリさん?」
「大丈夫、ちょっと行ってくるよ」
「えっ・・?」

優しく微笑んで軽く手を上げると、入口へと歩き出した。


「どうかされましたか?元帥」
マリが声をかけると、仮面の大男は振り返る。

「ん〜?」

ソカロは、何かを探している様子で食堂をぐるり見渡していた。

「いねぇな・・あの野郎逃げたか」

舌打ちして、マリを見る。不機嫌そうに腕を組んで、

「おい、おめぇんトコの師匠どうした」
「・・は、師匠なら、今朝方よりフランスへ行っておりますが・・」
「チッ・・」

仮面の下から舌打ちが聞こえて、マリは嫌な予感がした。

「あの・・師匠がどうかなさいましたか・・?」
「・・・・・・」
「元帥・・?」

ソカロは腕を組んで、じぃ、とマリを見て

「・・ちぃと、付き合え」

ぽつり、呟いたのを聞いて

「は・・?」

マリは顔が強張るのを感じた。




突然席を立ったマリが気になり、ミランダは何度か彼が行った方を振り返っていたが、自分達がいる席はちょうど柱が死角になっていて、入口の見えない場所だった。

(マリさん・・どうしたのかしら・・)

不安げに見ていると、

「なんかさ、親犬に置いてかれたみたい」

キャッシュが笑いながら言った。

「えっ・・?」
「あんたって、ほんとあの男が好きなんだねぇ」

ビールを呑みながら、感心したように呟く。

「えっ・・ええっ?そ、その・・」

ミランダは赤くなった顔を押さえていたが、

「あっ、マリ」

ジョニーの声に、弾かれるように振り返った。けれどマリは、こちらに向かって歩いては来なかった。
ミランダ達がいる場所よりも手前の席で立ち止まると、こちらに背を向けて誰かを待つように、テーブルに手をそえた。

(・・マリ、さん?)

彼の行動の意味が分からず、戸惑いながら見ていると、

「わっ・・あれ!」

ジョニーの小さな叫びにつられて、マリから目を離す。

(・・!)

目に飛び込んできた人物に、ミランダの顔が青ざめた。

「なんで、マリとソカロ元帥が一緒なの・・?」

ジョニーに問いかけられて、ミランダは首を振るしかない。キャッシュが考えるように顎に手をあてて、

「なんか・・様子、変だけど・・」
「え?」

ソカロが席に着くと、おもむろに酒瓶をテーブルに置く。マリは向かい合うように座り、神妙な面持ちでソカロの話を聞いている。

「な、何を話してるのかしら・・」
「なんかさ、元帥・・機嫌悪くない?」
「う、うん・・なんだか怒っているみたいだ」
「・・・・・」
「・・・・」
「な、なんで・・?」

三人は顔を見合わせた。




ソカロは苛立ったように腕を組み、仮面の下の眼光でマリを睨み付けた。

「あのティエドールの野郎・・」
「も・・申し訳ありませんでした・・」
「おめぇに詫びられても、しかたねぇんだよ」
「は・・す、すみません・・」

マリの背中に冷たいものが走る。

「まあ、ホントはひと暴れしてぇとこだが・・」
「そ、それはご勘弁を・・」

座りながらだが、深々と頭を下げて、

(・・師匠・・頼みますよ・・)

マリにしては珍しく、師への恨み言を心で呟く。

ソカロの怒りの原因は、ティエドールのいつもの気まぐれだ。数日前、ソカロが愛飲しているテキーラを、

『ああ、それが話に聞くサボテン酒かい?』
『サボテン酒じゃねぇ、テキーラだ』
『え?でもサボテンで作ってるんだろう?』
『あぁ?テメェ喧嘩売ってんのか?テキーラはサボテンで作ってるわけじゃねぇ!』
『へぇ、そうなの。まぁいいや、ぼくにも一口くれないかな?』
『・・なにぃ?』

ティエドールは、けして他意があったわけではない。純粋にソカロが愛飲しているテキーラに興味を持って、一口呑んでみたかっただけだろう。

『意外だ。旨いね、驚いたよ』
『ふん・・まぁな』
『アブサンのような奥深さも虜になる魅惑さもないけど、単純明快でいいね』

本当に、他意はない。

『・・なんだと?』
『美味しかったよ。でも今度は天の英知を授かるよう、アブサンを呑んでみるといい』
『あぁ〜?アブサンてアレか、薬クセェ気味悪い色のあの酒か』
『なんだって?アブサンはグリーンの詩神、妖精のささやきとも言われる魅惑の酒だよ』
『ハッ!男があ〜んな砂糖入れたりする酒なんか呑めるわっきゃねぇだろ』

これが引き金になり、両元帥によるテキーラVSアブサンの舌戦が始まった。
結局二人とも譲らず、ティエドールの提案により、テキーラで自分を潰す事ができたら、負けを認めてやるという話になったのだ。

そして、約束の日が今夜であった。

(・・師匠・・)

「自分で言っといて、逃げやがったな。あんの野郎」

ソカロがバキバキと指を鳴らす。マリは、静かに目を伏せた。

昨夜、ティエドールがモワンヌ島にある遺跡の話を探索班から聞いて、興奮気味にスケッチブックと筆をバッグに積めていたのを思い出す。

(・・忘れていたんですね・・師匠)

よりによって、ソカロ元帥との約束を忘れるとは。

「本当に・・申し訳ありませんでした・・」

ソカロはテーブルに置いたテキーラの瓶を取ると、

「むしゃくしゃしてたまんねぇからよ、取りあえず・・オメェが付き合え」
「・・・・」

逃れられない災難に、覚悟を決めた時。マリの背後から、ミランダの凄まじく跳びはねる心音が聞こえて、思わず動揺した。

(・・・・弱ったな)

周囲の様子で、自分とソカロが飲みくらべ勝負をやる事に気がついているだろう。

(酒が強くない・・など、言わなければ良かった)

このままでは、余計な心配をかけてしまうだけだ。
マリはミランダの方をそっと振り返って、安心させようと、小さく頷いて微笑んだ。



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