D.gray-man T





それはいつものように、女たちの夜会。

「・・ふむ・・1800年ものか」

クラウドが、抜いたばかりのコルクを嗅いだ。

「たしか・・当たり年でしたわ」

フェイがグラスに注いでいく。
ジェリーがチーズ盛り合わせと、手製のスモークしたチキンを皿に取り分けて、キャッシュがそれを各人に手渡した。
ミランダはといえば、空いたグラスやボトルを割らないよう、慎重に隣のテーブルへと置く。

女五人(この場合、もちろんジェリーも含まれる)、こうして集まるのは珍しくはない。
以前はあまりなかったが、フェイやキャッシュが本部へ来てからは、月に一度程度の割合で、日が変わるまで酒とおしゃべりを楽しむ事が常となりつつあった。


「そういや、こないだエライ事になったんだって?」

キャッシュはチキンを頬張りながら、グイッとワインを飲み干した。

「・・ああ!アタシが風邪ひいちゃった時の、あれね」

ジェリーが笑うと、ミランダは思い出したように顔が赤くなった。

それは先日。
クラウドとフェイ、ミランダの三人が飲み過ぎて全員二日酔いでダウンした件で。

「・・あれはキツかったな」
「ほんと、私・・二日酔いなんて久しぶりでしたわ」

クラウドとフェイが肩を竦めて、苦笑いした。

「しかし・・大変だったのは、ミランダだろ?」

何かを含むようにミランダを見ると、ミランダは真っ赤な顔のまま、グラスのワインをちびちび飲んでいた。

「・・・そ、それは」

できれば、思い出したくない。というか、正直覚えてはいないのだが。
二人の話を聞くと、酔っ払った自分を深夜なのにもかかわらず、マリが迎えにきて部屋まで送ってくれたらしい。

抱っこで。

「・・・・・・」
「あらでも、ある意味良かったのでは?ねぇ、ミランダさん」

ふふ、とフェイが笑う。

「そうよねぇ、あれからなんだか二人急接近しちゃって・・いい感じだものねぇ」
「そ、そんな・・ジェリーさんたら」
「ハハ、いや、でもあんたら付き合ってんのが公認になったもん、いいじゃん」

キャッシュは手酌でワインを注ぎながら言った。

「こ・・公認って、そんな」
「そうそう、アタシも嬉しいわぁ。あのマリが恋をするなんてねぇ」

感慨深げに、ジェリーがため息をついた。

「どうなんだ?あれから上手くやってるのか?」
「は・・はい」

クラウドの問いに、ミランダの顔がますます染まると、フェイがそれを見ながらからかうように。

「あら、ご馳走様」
「・・そ、そんな・・」

恥ずかしがるミランダを見て、ジェリーが安心したように

「その様子じゃあ、まだまだ清らかな関係みたいね、安心したわ」
「そりゃないでしょ、だって二人ともいい歳なんだからさ」

キャッシュが笑ってミランダを見た。

「あら、最近はそうやってすぐ体を許しちゃうんだから。女はもっと慎みが必要よ」
「まあ、ジェリー料理長ったら古風なんですのね」
「まあ、お互いに責任がとれるならいいんじゃないのか?」
「で?実際のとこ、どうなのよ」

キャッシュがワインの空瓶をテーブルに置いて、ミランダを見た。
ミランダは何と言ってよいか分からず、一同の注目から隠れるように、グラスを持ったまま俯く。

「・・そ、その・・・」
「?・・よく聞こえませんわ」
「あの・・おやすみの・・キスを・・」

ゴニョゴニョと呟くと、

「おやすみの・・?」
「・・キス?・・」
「は?・・まさかそんだけ?」

呆れたようなキャッシュの声に、ミランダは小さく頷いた。ジェリーがパチパチと拍手して

「さすがねマリ、あの子ったら真面目なんだから」

感心したように深く頷く。クラウドは苦笑しながらワインの栓を抜いて、グラスに注ぐ。

「相変わらずだな、おまえら」

フェイがそれを配りながら、ふと思い付いたように

「そういえばミランダさんて、彼と二人で呑んだりはしませんの?」
「え?・・そ、そういえばないです」
「あら、それじゃあ進展なさらないのも無理ないですわ」

ミランダが怪訝な顔で首を傾げると、フェイは悪戯っぽく笑いながら、

「だって、お酒って媚薬みたいなものでしょう?」
「確かにな。」

ワインを一口含んで、クラウドも頷いた。

「でもさ、あのノイズ・マリって・・酒呑めんの?」

キャッシュが口を開く。その言葉に全員の手が止まる。

「・・・・・」
「・・そういえば、見たことないな」

ジェリーが指を顎にあてながら考えて

「あの子ったら、いっつも介抱する方だったから・・酔っ払った姿って見ないわね」
「実は下戸なんじゃないの?」
「いえ、パーティーで乾杯のシャンパンを飲み干してましたわ」
「まあ、真面目な奴だから・・酔わないよう己を自制しているのだろうな」

クラウドの言葉に、全員が得心したように頷いた。

キャッシュがグラスのワインを一気に飲み干しながら、

「美味しいのに、我慢してんなんてもったいない」
「ふふ、でもあの方って酔ったらどうなるのかしら。ねぇ?ミランダさん」
「そ、そうですね」

なんとなくマリの話題が続く事に恥ずかしさと気まずさがあって。ミランダは曖昧に笑うと、またちびちびとワインを呑んだ。

(酔っ払ったマリさん・・)

なんとなく想像してみるが・・

(ダメ・・できない)

いつも禁欲的で感情に動かされない彼が、アルコールで乱れる姿など。ただでさえ想像力の乏しい自分には、かけらも思い浮かばない。

(でも・・どうなるのかしら・・)

いつか、機会があればマリとお酒を呑んでみたい。
そうして誰も知らない、少しだけリラックスしたマリを見てみたい。

想像して、ミランダの頬は少し緩んだ。


それは、小さな希望。
意外な程早く、その希望が叶えられる事になろうとは。

もちろん、気付きはしなかった。







コンコン、とノックの音が三回聞こえると、ミランダの心臓は跳びはねる。マリが夕食の迎えにきた合図だ。

そっと扉を開いてマリが立っているのを確認すると、ミランダの顔が自然に綻んだ。

「こ、こんばんは・・」
「少し早かったかな?」
「い、いいえっ・・大丈夫です」
「そうか」

優しい微笑に、ミランダの頬がポッと染まる。毎日の事なのに、まだ慣れない。

「では、行こうか」
「は、はい」

ミランダの歩調に合わせて、ゆっくりと歩き出した。

付き合って二月近く経つが、二人の関係はまだまだ清いもので。スキンシップといえば、おやすみのキスくらいだが、こちらも唇ではなく額に触れるだけ。

しかし奥手なミランダにとっては、額へのキスも毎度気絶しそうな程、緊張してしまうものだった。

(・・・・・・)

食堂へと続く廊下を、二人で並んで歩く。
朝はマリの鍛練があるし、昼食は互いに雑事があるので時間を合わせるのは難しい。
だから夕食だけでも、一緒に取ろうと約束して、任務や特別な用事がない限り、比較的食堂が空いている午後7時にマリが迎えにくる事になっていた。

「そういえば・・今夜は、冷えるらしいな」
「そうなんですか?・・」
「さっき科学班の気象予報図で確認してきたんだ」

マリは、ミランダの肩にそっと手を置いて

「後で、管理班に行って毛布を二枚調達してこよう・・寒いのは、苦手だからな」
「・・マリさん」

ミランダが冷え症なのを知っていて。けれど気を使わせないような言い方をするマリの優しさが嬉しかった。

「ありがとう、ございます」
「ミランダ・・その」

マリが少しだけ、困ったように笑いながら

「そろそろ、敬語は卒業してもらえないかな」
「・・あっ・・!ご、ごめんなさいっ」
「いや、その・・無理強いするつもりはないんだ・・できれば、と」

慌てて訂正するマリの顔がいつもより、赤らんでいる気がして、ミランダの顔もつられるように赤くなった。


この時間の食堂は、食べ終わった人々と入れ代わる頃で。人気のメニューは品切れになっているが、楽に二人分の席がとれるのが良かった。
注文を終えて二人がトレーを持って席に着くと、

「あっ!二人とも、よかった見つかって」

ジョニーが笑顔で近づいてきた。

「どうしたんだ?」
「いや、あのさ今夜二人って予定空いてる?」

二人は不思議そうに顔を見合わすと、マリが訝しげに

「・・とくには、ないが」

それを聞いて、ジョニーの顔がパアッと明るくなった。

「今日、科学班の親睦会があるんだ!ぜひ二人とも来てよっ」
「・・親睦会?」
「あ、あの・・私たちが行ってもいいのかしら・・?」

おずおずと、聞くと。ジョニーは困ったように笑って、

「科学班って言っても、残業組もいてさぁ・・あんまり人集まんないんだよ」

俺、幹事なんだ、と頭を掻いた。マリはそんなジョニーに苦笑しながら、

「わたしは構わないが・・ミランダは大丈夫か?」
「え・・あ、はいっ」

ジョニーはホッとしたように笑って、

「ああ、よかった!・・幹事って大変だよ、ほんと」

肩を竦めたが、思い出したように。

「あっ、時間は9時からこの食堂でやるから!よろしくっ」

マリが頷くのを確認すると、ジョニーは軽く手を上げて去って行った。
ふと、ミランダは先日の飲み会でした会話を思い出す。

「・・・・・・」
(酔っ払ったマリさん・・)

ちら、と窺うと。視線に気付いたようで、不思議そうにミランダを見た。

「どうかしたか?」
「えっ・・あ、いえっ・・」

なんとなく顔が赤らんで、首を振る

「ミランダ?」
「は・・はい、そのぅ・・」

もじもじしながら、

「あ、あの・・マリさんて、お酒飲まれるんですか?」
「酒?そうだな、嗜む程度には・・それがどうかしたのか?」
「いえ・・マリさんがお酒飲んでいるの、あまり見た事・・ないので」

変な事を聞いてしまった気がして、ミランダは俯く。マリはそんな様子に小さく笑い、声をひそめると

「実は・・あまり強くないんだ」
「え・・?」

シーと、指を口元にあてて

「恥ずかしいから、内緒だぞ」

フフ、と笑った。

「は・・はい」

その仕種にドキドキしてしまう。
スープを一口飲んで。

(でも意外・・)

彼に苦手なものがあるなんて。なんとなく親近感を感じつつ、マリの秘密を知ったようで嬉しかった。



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