D.gray-man T
1
ついつい見とれる、翡翠色の瞳。
その赤い髪は、風になびくと、とても綺麗で・・。
「あーっ、いた!リナリーッ」
その声に、心臓が跳びはねた。
「・・・」
「リーナーリッ?聞いてる?」
目の前で、赤い髪が揺れる。
「もうっ・・聞こえてるわよっ」
強い口調。ああ、また。こんな言い方しちゃう・・。
「な、何よ・・何か用なの?」
駄目押しの、素っ気ない態度。
「今日リナリーに会えなかったから、探してたんさ」
ニカッと笑う、その顔にまた鼓動は速くなる。ぷい、とそっぽを向いてごまかすように、
「何言ってるのよ」
「そ、そういえば、アレン君たちは?」
「へ?ああ、アレンなら食堂じゃねぇかな、さっき修練場にいたみてぇだから」
もう、もうっ!
またやっちゃった。いつもの悪い癖よ、そうやってすぐに逃げちゃうの。
ラビが見てる、それだけで緊張しちゃう。本当はこんなふうに話すのも、胸がドキドキして止まらない。
「なあ、俺らも食堂行く?」
「えっ!・・な、なんでよ」
「ん?アレンに用があるんじゃねぇんさ?」
「あ・・えと、ううん、大丈夫よ」
曖昧に笑って。
「じゃあじゃあ談話室行く?二人っきりで、リナリーの好きなチョコケーキでもどうさ?」
ラビの瞳は期待からかキラキラと輝いている。
「な、なんでラビと二人っきりなのよっ・・」
「ええっ、俺が駄目なん? 」
「わ、悪いけど・・兄さんに頼まれている事があるからっ」
じゃね、と踵を返すと。
「なあ・・リナリー」
「なによ」
「・・最近、俺の事・・避けてね?」
口を尖らせて、拗ねるように。
「さ、避けるわけないじゃないの。何言ってんのよっ」
「だってさ・・なんつーか、冷てぇんだもん」
「いつもと、変わんないじゃない」
ラビはため息をつくと、胸に手をあてた。
「俺はこんなにもリナリー一筋なのに・・」
「そんな事ばっか言ってると、舌引っこ抜くわよ」
その芝居がかった言い回しに、片眉を上げてリナリーは足早に立ち去った。
ああもう!最悪!
(あんな態度、とるつもりないのに・・。)
ラビと離れてしばらくして、廊下をとぼとぼ歩きながら、リナリーはため息をついた。
ラビを異性として意識したのはいつだったか・・ずっと前かもしれないし、つい最近だったかもしれない。
『俺にはリナリーだけさ』
『リナリー命ですから』
日常茶飯事みたいに、繰り出される彼の軽口を本気にした訳ではないが、特殊な兄のせいで、今まで男性に口説かれた事のないリナリーにとっては、そういう台詞を言われるのは、ひそかに乙女心をくすぐる経験だった。
言われるたびに、嬉しいようなこそばゆいような気持ちになり、ラビの軽口を笑って受け流すのが、少しだけ大人になったようで。
けれど・・。
いつの間にか、そんな言葉に笑えなくなっている自分に気付いた。
(・・・・・・)
だって。
本当に好きなら、あんなに簡単に言えないんじゃない?
(好きって)
リナリーは自分の頬が染まるのを感じた。
声を聞くだけで、ときめいてしかたなくて。
吸い寄せられるみたいに、目で追ってしまう。相手が自分をどう思っているか気になるから、臆病になったり不安になったり・・。
(好きって・・そうなんじゃないの?)
もちろん、好きな相手に甘い言葉を言われるのは嬉しい。けれど、それを素直に聞けないのも複雑な乙女心なのだ。
素直になっていいかわらかないの。
だって、どこまで本気で言ってくれてるか分からないんだもの。
もし、いつもの冗談の延長だったらどうしよう・・。一人、恋に本気になった私をどう思われるか恥ずかしい。
隠していても。
その隻眼に、見破られそうで、ついついキツイ態度をとってしまう。
本当は・・・
(もっと・・一緒にいたいのに)
小さくため息を落とし、足を止めて近くの窓枠にもたれた。
ふと、窓の下に広がる中庭の木々に隠れて、見知った人物の存在に気付き、リナリーは窓に顔をつけるように、目をこらした。
(あれは・・ミランダと、マリ)
中庭のベンチで、二人は仲睦まじく寄り添うように談笑している。
ミランダは頬を染めながら、なにやらマリに一生懸命話しをしていて、マリはそんなミランダを包むような優しい微笑で見つめていた。二人が醸し出す空気は、甘く優しく、恋人達のそれで。リナリーは見とれるように、目が離せないでいた。
(・・いいなぁ・・)
マリが、ミランダの髪をそっと撫でる。とても大切な物を扱うように、それは優しく。うっとりと、マリを見上げるミランダの瞳は熱っぽくて、一目で恋する女の視線だと分かった。
ふと、自分はラビにあんな顔しているのだろうかと考えて。
(それはそれで・・)
恥ずかしい。
(それに、マリは大人だもん)
ラビに自分があんな顔したら、引かれちゃいそうで怖い。昔から思っていたが、ラビはあんな風に人懐っこく装っていても、ある一線からは、けして自分のテリトリーに入れようとしない。
掴み所がないというか・・それもブックマンの資質の一つなのかもしれないが、リナリーにとっては、どうにも心を許せない。
けれど、そういう所がこんなにも惹かれてしまう原因なのかもしれないけれど。
また一つ、ため息をこぼして。
仲睦まじいカップルが見える窓から、そっと離れると、リナリーはいつものように、科学班の手伝いへと向かうのだった。
「おい・・テメェ、いい加減にしやがれ」
神田は蕎麦を啜るのを中断して、目の前の男を睨み付けた。
「だって・・もう俺どうしたらいいか、わかんねぇさ・・」
ラビは突っ伏した状態で、テーブルに涙の染みを作っている。
「リナリーが・・冷てぇよう・・俺、なんかしたんかなぁ」
「・・・・・」
無視して、箸を動かす。
「なぁ、ユウ・・知らねぇ?リナリーからなんか聞いてねぇ?」
「・・・・・・」
「あれさね、やっぱ俺の愛が重すぎんかな・・なぁなぁ、ユウってば」
箸を持つ手が、怒りで震えてくる。
「それとも、どっか他に好きな奴でも出来たとか?ああぁ・・そんなの嫌だぁっ・・!」
頭をテーブルに打ち付け、その衝撃で蕎麦の薬味のネギがこぼれた。
「・・!」
「そんなん俺、耐えられねぇさぁっ・・!」
「だあぁっ!!うるせぇんだよっ!!」
ガシィッ、と赤毛を掴むとそのまま持ち上げて
「それ以上、くだらねぇ事ほざきやがったら・・テメェの鼻にこいつを詰めるぞ」
手にはワサビのチューブが握られている。過去に何度かお見舞いされた経験があり、そのせいでワサビ嫌いになったラビは急いで頷いた。
「すすすすいませんっっ・・!」
「チッ」
パッと手を離すと、ラビの頭はそのまま急降下したが、なんとか咄嗟に直撃を防ぎ、流血は免れた。神田はフン、と踏ん反り返るように腕を組んで、
「だいたい、んな事・・モヤシあたりにでもほざいてりゃいいじゃねぇか」
「やー、だってユウはリナリーと幼なじみだし・・」
「・・あ?だから何だよ、馬鹿かテメェ、ぶっ殺すぞ」
ラビが肩を落としながら、神田の暴言に身を委ねていると。
「何やっているんだ、お前ら」
若干、呆れたような声がして。食事のトレーを持ったマリが、ラビの横に座った。
「おお、マリ!」
「・・・・・・」
神田は厄介事を押し付ける相手が出来たと思ったのか、箸をとって再び蕎麦を啜り始める。
「そうだ、ミランダからなんか聞いてねぇ?リナリーの事とか、俺の事とか」
縋り付くように、マリの腕に抱き着いた。マリは面食らいながらも、
「リナリー?・・いや、特には聞いていないが・・」
「リナリーに好きな奴いるとかも?」
「あ、ああ。聞いて・・ないが」
顔を引き攣りぎみに答え、ラビの体を自分の腕から引きはがした。
「いったい・・どうしたって言うんだ?ラビ」
「俺・・俺・・リナリーに避けられているみたいなんさ・・」
涙声で、がっくりとうなだれる。
「避けられてる・・?」
「ハッ、おおかたテメェの暑苦しさに嫌気がさしたんだろうよ」
吐き捨てるように言った神田の言葉に、
「ひ、ひでぇさ!ユウッ!」
「間違ってねぇだろ」
「おいおい、二人とも・・」
睨み合う二人を、宥めようとマリが手を入れた時。ふと、マリの見えない瞳が何か別のものを捉えているのに気付いて、二人はその視線の先を辿っていく。
(・・・・・・)
(・・そゆこと・・)
ちょうどミランダが食堂の入口から顔を出した所だった。ミランダの後ろには、リナリーが。
「!」
ラビはバッと立ち上がると、
「リーナリーッ!」
大きく手を振って、合図した。
リナリーは、びく、と驚いたようにこちらを見たが、明らかにムッとしたように眉間に皺をよせると、つかつかと近づいてきた。
「なによ、そんな大きな声で」
「今から飯だろ?ほらほら、こっちで一緒に食おうぜ」
「な、なんでよっ・・」
「へ?だってミランダと一緒なんだろ?ほ、ほらこっちにはマリがいるしっ!」
必死に食い下がるラビを尻目に、リナリーの餌にもならない神田は、食後のトレーを持って厄介事に巻き込まれる前に立ち上がった。
「あっ!か、神田っ・・」
突然、リナリーに声をかけられて神田はピク、と片眉を上げた。
「・・なんだよ」
「ど、どこ行くのっ?」
ガシッと腕を捕まえられる。
「あ?修練場に戻んだよ」
「ちょうど良かった、私も行くわっ」
「あ?お前何言って・・」
「ちょっ、リナリー?飯はどうしたんさ!?」
リナリーは困ったようにラビから目を背けて、
「その、修練場に・・忘れ物しちゃったのよ」
その仕種は、あきらかに嘘だと分かる。
「ほ、ほら!行きましょ、神田っ」
「おいっ、引っ張んなよっ・・」
ぐいぐい神田の腕を引いて歩いて行くリナリーを、引き止める事もできず、ラビはのばした手を、下ろせずにいた。
「あ、あら?リナリーちゃんは・・?」
遅れてミランダがやってきた頃には、テーブルはラビの涙で水溜まりができていて。
「ラ、ラビくん?」
「さよなら・・俺の青春・・」
うううっ・・と、ハンカチを噛み締める。ミランダは戸惑いがちにマリを見ると、マリは苦笑して、軽く肩を竦めた。
「ミランダ」
こっちへ、と誘われて。ラビを気にしつつ、彼の隣へ座った。
マリはなぜか楽しそうに、微笑していて。
「・・マリさん・・?」
ミランダが首を傾げると、マリはシーと口元に指をあてた。
「??」
「なあ、ラビ・・」
マリがおもむろに口を開く。
「どうもさっきの心音・・リナリーは何か悩んでいるのではないかな」
「・・へ?・・」
「そして・・恐らくそれは、もう自分の手に負えないのではないだろうか・・」
静かな声で、呟く。
「・・・そんなに、大変な悩みなのか?」
ラビが生唾を飲み込む音が聞こえた。
「さあ、そこまでは」
マリはふ、と笑って。
「ただ、リナリーにとっては大変なものだろうな・・」
ちら、とミランダを見る。ミランダは事態が把握できず、不安そうに二人をを見ていた。
「ラビ、お前が本当にリナリーの力になりたいなら・・」
「その悩みを・・解消してやるのが、1番じゃないか?」
元気づけるように、ラビの肩をぽん、と叩いた。
「・・マリ・・」
「うかうかしてると、他の誰かに解消されてしまうぞ」
悪戯っぽく言うと、ラビの頭に黒髪の幼なじみが思い浮かんだのか、
「そ、そうさねっ・・!」
ガタン、と勢いよく立ち上がる。
「俺っ・・ちょっと行ってくるわっ!」
じゃ、と片手を上げた。
一目散に食堂を後にした彼の背中を見送りつつ、ミランダはマリをそっと見つめる。
「あ・・あの、マリさん」
「ん?何だ、ミランダ」
「ラビくん・・どうしたんですか?そ、それにリナリーちゃんも・・」
マリは、ふと思い出したように笑った。
「いや、うん・・そうだな」
少し考える。言ってしまおうか。
ラビに声をかけられた、リナリーの心音が、
自分に声をかけられた時の、ミランダとそっくりだった事。
(・・・いや・・)
マリは悪戯っぽく笑った。
「それは・・まだ秘密だな」
そっと、誰にも気付かれずにミランダの指先に触れて。その、跳びはねるリズムを聞くのだった。
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