D.gray-man T





(・・・・)

その様子にマリの顔が赤くなる。隠すように軽く咳ばらいして、

「で・・では、いくぞ」

出された腕をとり、そのまま抱き上げた。
軽々と抱き上げると、ミランダは何の抵抗もなくマリの胸に顔を埋める。いつもでは有り得ない彼女の仕草に、心音が速まっていくのを感じた。

「では、失礼します」

二人に軽く一礼すると、

「マリ、好機は逃すなよ・・」
「据え膳・・ですわよ」

何かの脅迫のように低い声で囁かれ、マリの顔は引き攣る。

「・・で、では・・」

そそくさと、大虎たちから逃げるようにマリは談話室の扉を閉めた。

深夜の廊下は、しんと静まりかえっていて
マリの耳に己の靴音と、酔って速くなったミランダの心音が、交差するように聞こえた。
ミランダは意識がぼんやりしているのか、所々意味のない呟きをもらし、独り言なのかマリがそれに応えても返事はない。

「ぅぅ・・ううん・・」
「大丈夫か・・ミランダ」
「・・・・・・」

腕の中で、苦しそうに身じろぎして。
ぼんやりとした視線で、マリを見上げる。

「マリ、さぁん・・?」
「・・?」
「あれぇ?・・わ、わたし・・元帥たちと・・なんで?マリさんが・・」

人差し指を眉間にあてながら、何やらうんうんと考えている。

「ミランダ?どうした・・」
「わかったわ、夢ね・・」
「ん?」
「そうよ・・こんな夢みたいな・・」

言いながら、マリの腕に抱かれている自分を何度も確認した。

「夢・・?」
「だって、恋人みたいらもの・・」

ふふ、と舌ったらずに笑ってマリの胸にまた寄り添う。

「・・・・・」
「夢なのに、あったかーい・・」
「ミ、ミランダ」
「んん?ちょっとまってぇ・・」

ミランダは、ふと思い出したように寄り添った体を離した。

「・・夢の中のマリさん、聞きたい事がありまぁす」
「な、なんだ?」

いつもとすっかり様子の違う彼女に、ドギマギしてしまう。ミランダは口を尖らせて、じぃとマリを軽く睨むと、

「・・私のこと、好き?」

拗ねたように呟いて。
その瞬間、顔が熱くなるのを感じた。

「それは・・す、好きに決まっているだろう」

改まって聞かれると照れ臭いが、マリは語気を強めて言う。ミランダは口を尖らせたまま、ちらとマリを見て、

「・・・・うそ」
「?・・嘘じゃない」
「うそよっ」

首をぶんぶんと振った。

「その『好き』は、ほかの何かを『好き』って言うのとおんなじらわっ」
「そ、そんな事はない!」
「たとえば、どら焼きっ」
「は?・・どら焼き?・・ちょっと待ってくれミランダ、何を」

歩いていた足が止まる。

「マリさんどら焼き、好き?」
「す、好きだが?」

突然の振りに思わず答えてしまうと

「ほら!今の『好き』とさっきの『好き』はおんらじっ」

ビシッと指さす。

「それは、確かに好きは好きだが・・」
「マリさん・・」

ミランダは悲しそうに俯いて、泣きそうに声を震わせた。

「私への『好き』はどのくらい?どら焼きより好き?」
「そ、そんなのミランダに決まっているだろっ」
「どら焼き何個ぶん?2個3個?」
「や・・それよりどら焼きから離れないか?」

頭を押さえる。

「やっぱりマリさん、どら焼きの方が・・!」
「いやいや・・!ミランダに決まっているだろう、ミランダが1番だっ」

ミランダは潤んだ瞳で感激したように、じぃとマリを見つめて

「ほ・・ほんとう・・?」
「当たり前だろ」

これでどら焼きから解放されるかと、マリはホッとため息をついた。

「じ・・じゃあマリさんが食堂でよく食べてるカレー・・」
「カレーやラーメンやから揚げや寿司や焼肉よりも、ミランダが1番だからっ・・!」
「餃子よりも・・?」
「餃子や春巻やお好み焼きやタコ焼きよりもだ・・」

ミランダの瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。

「じゃあ・・・どうしてキスしてくれないの・・?」

(は?)

ミランダは、両手で顔を覆って涙を押さえながら呟いた。
マリは抱き上げている腕の力を強める。

(もしかして・・)

色々思う所があり、あまり急な態度をとらずにいたのだが、かえってそれが彼女を不安にさせてしまったのか・・。

「・・ミランダ」

腕の中で、声を震わせて泣いている彼女が愛おしくて。胸元に触れる柔らかなくせっ毛に唇を寄せた。

(本当は・・ずっと前からこうしたかったんだ)

でも、奥手な彼女が心配で・・。

「・・ミランダ?」

突然、静かになった彼女に声をかける。ミランダは鼻を啜りながら涙を擦り、

「・・私を、好き・・?」

まるで子供みたいに、ねだるような口調で聞いてきた。その様子があんまり可愛いものだから、マリの頬が知らずに緩む。
抱き上げている体を包むように抱きしめて、

「大好きだよ・・どんな物より、ミランダが1番だ」

耳もとで、そっと囁くと。その滑らかな頬に、唇を落とした。

初めて触れたミランダの頬は、少し冷たくて、そして子供みたいに柔らかかった。



あの日。

初めて、想いを打ち明けた、あの日。

跳びはねる彼女の心音が凄まじくて、それが気になって告白の言葉も、うまく言えなかった。

『・・私も・・です』

そのまま彼女は座り込んで。気絶してしまうのではないかと、心配だった。あまりにも奥手なミランダに、急に恋人として振る舞うことは出来なくて、少しづつ時間をかけて進展していけば、と思っていたのだが。

(時間をかけすぎたかな)

酔ってもらした、ミランダの言葉が、マリの胸に跳ねるような喜びをもたらす。
それは階段を上るように、自分たちの関係が一つ進んだ合図。

(・・それに・・私も、限界だったんだ)

苦笑して、ミランダの髪に顔を埋めるのだった。






目が覚めて、当たり前のように自分のベッドで寝ている事に驚く。
服は着ているから、そのまま倒れるように眠ってしまったのだろうか。

(・・・・・)

それにしては靴はしっかり脱いで、ベッドの脇に揃えられている。

「ぁぁ・・い、いたいぃ・・」

頭の中で殴られているような痛みが走り、ミランダはこめかみを押さえた。

朝の光が目に眩しい。小鳥のさえずりすら、頭に響いてたまらなかった。
それよりどうやって、部屋まで戻ったのだろうか。やはり、フェイか元帥が連れてきてくれたのか。しかしあの二人も相当呑んでいた様子だったから、そこまで出来たのかは疑問が残る。

(!・・い、いたい・・)

色々考えていると、頭がさらに痛みだして頭を抱えた。

(二日酔いなんて・・久しぶりだわ・・)

頭が重いので、ベッドから起き上がるのもしんどい。しかし、病気でもないのに遅くまでベッドにいるのはだらし無い気がするし、万が一、誰かがいつまでも部屋から出ないミランダを病気とでも勘違いされてしまったら・・恥ずかしい事この上ない。

しかも、いい年して二日酔いなんて・・。

(マリさんには・・絶対知られたくないわ)

はあ、と自分の息を確かめるように手に吹き掛ける。ハンカチを引き出しから出し、口にあてるとゆっくり身を起こして立ち上がった。

(ううぅぅ・・・)

ぐらぐらと視界が回るような感覚。足を踏み出すたび、衝撃が頭に響いてたまらない。

(や・・やっぱり・・だめぇ・・)

崩れるように、床にうずくまった。

その時。《コン、コン》と誰かがノックする音が聞こえて、

「ミランダ、大丈夫か?」
(!?)

うずくまりながら、弾かれたように扉を見た。

(マ、マ、マ、マリさんっ!?)
「・・・・・」

あまりの驚きに声も出ない。彼が、こんな風にミランダの部屋を訪ねて来たことはないから。しかし、よりによって何故こんな日に・・・ミランダは己の不運を嘆いた。

「・・は、はぃ・・」

一瞬、居留守を使おうかとも思ったが耳のいい彼に通じる筈もなく、観念したようにミランダは出ない声を振り絞った。

「ちょっと、渡したいものがあるんだ」
「・・は、はぃ・・?」
「開けても、いいか?」

(!)
それは困る。

「ち、ちょっ・・!それはっ・・!?ぁぁ・・イタタ・・」
「開けるぞ」

ガチャリ、と音がして扉が開かれる。

「大丈夫か?」

マリは後ろ手に扉を閉めて、そのまま、うずくまったミランダの側へと身を屈ませた。

「は、はぃ・・」

口にハンカチをあてて、酒臭さをごまかすようにマリから顔を背ける。

「ミランダ、ちょっといいか」
「?」

マリの手がミランダの背に回ると、まるで、ひょいと音がしそうな位軽々と、抱き上げていた。

(!?)
「・・マ、マリ・・さん」

二日酔いも醒めるのではないかと思うくらいの驚きに、ミランダの目はこれ以上ないほど見開かれる。
マリは、ふ、と優しく微笑して。何も言わずにそのままミランダをベッドまで運んだ。
衝撃を起こさないように、そっと優しくベッドへ下ろすと、ポケットから何かを取り出してミランダの手にのせた。

紙に包まれた薬のようだ。不思議そうにマリを見ると、

「ブックマンに調合してもらったんだ、よく効くらしい」
「・・え?」
「今、水をもらって来るから、そのまま寝ているんだぞ」

そっと、優しく頭を撫でられた。

(マリさん・・もしかして、知っている?)

二日酔いだと。

「・・・・・」

恥ずかしさで、いたたまれなくて。ミランダは布団をぎゅう、と握ると隠れるように鼻まで覆った。

「ミランダ・・?」
「・・・・」
「どうした・・?」
「そ、その・・」

もじもじと、握った布団を弄りながら

「げ・・幻滅・・しました・・よね」

消えそうに小さな声で、呟いた。マリは立ち上がりかけた腰を椅子に下ろす。落ち着きのないミランダの指をそっと取り、優しく撫でた。

「なあ、ミランダ・・」
「は・・はぃぃ・・」

「好きな食べ物はなんだ?」

「は・・?」

突然の問いに頭がついていかないが、

「ええと・・よ、洋梨・・です」
「・・洋梨より、わたしを好きでいてくれるか?」
「は!?・・イタタ・・は、はい・・」

痛む頭を押さえながらも、ミランダは頷く。

マリは可笑しそうに笑って、手に取ったミランダの指にキスをした。

(!!・・)

マリの唇の感触に、ミランダの顔は熱くなる。

「わたしも、どら焼きよりミランダが好きだ」

その言い方は、どこか悪戯っぽくて。

「ちなみにカレーやラーメンや餃子よりも、な」
「は、はい・・?」

何かの暗号のようか告白に、ただでさえ頭が働かないミランダは混乱してしまう。

「つまりは・・まあ、そういう事だ」

マリは一人楽しそうに笑うと、

「・・・?」
「では、水をもらってこよう」

椅子から立ち上がり、そのまま音を響かせないよう扉を開けて、また思い出すように笑うと、静かに扉を閉めていった。

(・・・?)

まだ頬が熱いまま、首を傾げる。

(・・・・・マリさん?)

不可解な告白の意味を考えるが、今の彼女の思考力では難しい。

ただでさえ痛む頭に、さきほどの指へのキスで頭はショート寸前だ。ミランダは電池が切れるように、枕へと頭を落とす。

頭の痛みで眠ることは出来ないが、横になると幾分楽になったようで。

ふと、昨日までと少し違うマリを思い出した。唇を寄せられた指をそっと撫でる。

(・・・マリさん)

そんな事をされるのは初めてだった。

(まるで恋人同士みたい)

抱き上げられた腕の逞しさを感じたのも初めて。

(・・・・初めて?)

ん?と眉を寄せる。

(初めてよね?)

記憶にはないが、なぜだろう初めてな気がしなかった。ではいつなのかと、思い出そうとすると・・

「ぁぁ・・イタタ・・・ううぅ・・」

激痛が頭を襲う。

(き・・今日は・・やめましょう・・)

思考を止めて。
そのまま頭を押さえて、目を閉じたのだった。




後日。


同じように二日酔いから回復した他二人に、真実を聞いたミランダが、激しい自己嫌悪によってマリと新たな騒動が起きるのだが・・

それは、また別の話である。





End

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