D.gray-man T





マリの耳には神田が地下へと向かって駆けて来る音が、聞こえた。

(・・らしくないぞ、神田)

焦りが心音と息遣いに表れている。自分が知っている、あの神田とは思えない。

(来たか)

バタバタと、足音と共に神田の音が聞こえた。
神田はミランダを見て、安心したように息をついたが隣にマリがいるのに気付いて、複雑な感情を滲ませた。

「マリ、いたのか」
「・・ああ、ミランダの声が聞こえてな」
「・・・・」

神田はマリから目を逸らして、ミランダを睨みつける。

「おい・・だから言ったろうが!」
「ひ・・ひぃっ!ご、ごめんなさいぃっ」

身を縮ませて、裁縫箱を抱え込む。

「どこでどうやったら一直線の道で迷えんだよ、おい」
「そ、それは・・その、挨拶をしているうちに・・あの、その・・」
「あん?つまりどっかの野郎に話しかけられて、またフラフラついてったっつう事か」
「そ、そんな・・あ、朝の挨拶よっ・・」

小声で抵抗するように、ぼそぼそ呟くが、

「んな事で迷子になってんなら、今後一生誰とも挨拶すんな!」
「ひいぃぃ!ご、ごめんなさいぃっ」

神田の剣幕に恐れをなして、ミランダはますます小さくなっていった。

「だいたい・・・・」

その時、神田はマリがいない事に気付いた。

「あ・・あら?マリさんは?」

ミランダも気付いて、キョロキョロ辺りを見回す。

(あの野郎)

また妙な気を回しているのだと気付いて、舌打ちした。

(あいつのこういう所が、腹立つんだよ・・)

何でも自分を抑えようとする。昔から、そうだ。
神田の事を分かりきっているかのように、行動する。いや、実際分かっているのだろう。
長い付き合いで、神田の行動と思考パターンは熟知しているだろうから。

しかし、それが神田には苛立たしいのだ。

(・・いつまでもガキみてぇに扱いやがって・・テメェだって・・)

ちら、とミランダを見る。

(惚れてんだろうが)

神田の胸にある決意が固まる。
その決意を崩さないように、行くぞ、とミランダを見ずに歩きだした。





神田の、怒りを含んだ息遣いを耳にして。マリは自嘲気味に笑った。

もう、マリの思惑に気付いているだろう。こういった行動を神田が嫌がる事も知っているが、マリの意思を知ってもらうにはこれがいいだろう。

(これで、いい)

自分にとって神田は、親子や兄弟とは違うがそれなりに深い結び付きがある相手で、友人や仲間といった関係とも少し違う。
口に出して言うことはないが、互いが深い信頼や絆を感じているのは間違いなかった。

マリには二人とも、大事な人間なのだ。
神田からすれば、マリのこんな思いも余計な世話だと、怒りを覚えるだけだろう。それでも、神田の想いを知っている自分がそれを裏切る事は出来ないのだ。

(すまんな・・神田)

神田の苛立つ心音と、ミランダの頼りなげな息遣いに逃げるように、マリはヘッドフォンを静かに外して、歩き出した。




翌朝。
いつものように目を覚ましていたが、マリは修練場には行かなかった。

部屋で音を拒絶するように、ヘッドフォンを外し目を伏せて。朝稽古が終われば、いつものようにミランダが来るのを神田は知っているから、マリの思惑に気付いていても、神田はそれを拒否できまい。

二人が朝食をとり終わった頃、何でもない顔で寝坊とでも言って現れる。
そうやって、少しづつミランダから距離をもっていけばいいのだ。

(我ながら情けないがな)

諦めるには、まだもう少し時間が必要で。あの柔らかな声を完全に拒絶することは出来ないから。

こんなにも、自分が女々しいとは思いも因らなかった。

(・・・まったく・・)

ため息をついて、マリは頭を掻いた。







時刻が9時を回る頃、マリは食堂へ向かう。

階段を下りて廊下を歩いていると、中庭から続く廊下からばったりと聞き覚えのある足音が聞こえて、マリの顔は強張った。

(・・!)
「・・神田・・?」

神田もマリの存在に驚きを隠せない様子で、舌打ちをして睨みつける。

「っ・・テメェ、何やってんだよ」
「・・・おまえこそ」
「・・・・・・」
「・・・・・」

動揺を隠しきれず、二人はそのまま押し黙った。食堂から真逆の中庭から一人で出て来た神田に、マリはもしやと眉を寄せる。

「神田・・まさかおまえも、修練場には・・」
「・・行ってねぇよ」

苛立ち気味に、神田は頭を掻いて

「なんなんだよ。ったく、面倒くせぇ!」
「おまえ・・まさか」
「テメェの魂胆なんか知るかってんだよ・・コソコソしやがって」

舌打ちして、マリを睨み付ける。

「・・あいつに惚れてるくせによ」
「!」
「気付かれてねぇとでも思ってやがったのか」

フン、と鼻を鳴らす。

「何を勘違いしてんだか知らねぇが、妙な気を回しやがって気色ワリィ」
「・・・・」
「惚れてんならテメェが行きゃいいだろうが、阿呆かテメェは」
「・・・違うだろ」

ぼそ、と呟いて神田を見た。

「おまえこそ、好きなんだろう?ミランダを・・」
「あ?知らねぇよ」

ぷいとそっぽを向く。

「・・素直になれ、神田」
「変な妄想してんじゃねぇぞ、阿呆らしい」

マリはふう、とため息をついて。

「・・知っている筈だ・・わたしに、ごまかしは通じないのを・・」
「・・・・」

知っているさ。

マリには面倒な説明なんていらない、何も言わずともこの男は自分の事を理解してくれる唯一の人間だから。

「だからなんだよ・・」
「わたしはおまえとミランダが・・」
「それが余計な世話だって言ってんだろうが!」

腹立ち紛れに壁を蹴り、マリを睨み付けると

「いい加減、自分勝手にやってみりゃいいじゃねぇか!・・あいつが好きなら俺がどうだろうと関係ねぇだろ」
「・・・神田」
「それに・・俺は、本当にあいつの事はいいんだ」
「・・・それも嘘だ」
「うるせぇ!いちいち人の心音聞いてんじゃねぇ!」

マリは何か考えるように、やや黙る。
そして、ある思いに至ったのか神田を真っすぐ見て

「なあ、神田」
「・・・なんだよ」
「では今朝は、ミランダだけ修練場に行ったのか?」

神田の思考が止まった

「・・・そういや、そうだな」
「・・・・・」

二人、顔を見合わせる。

ミランダは何も知らずに、二人を迎えに来ていたはずだ。いない二人を見てどう思っただろうか・・。
一人で食堂へ向かって、たった一人で朝食をとったのだろうか。

「・・・・・・」
「・・神田・・」

二人はふいに目を合わせた。
互いの気持ちより、ミランダが大事だろう。余計な話は後でも間に合う。今は、一刻も早く食堂へ行って彼女に詫びなければ。
逸る気持ちに身を任せるように、二人は走り出した。



食事を終えた人の波が、食堂から溢れ出て。二人はそれを避けながら、入口へと進んで行った。
人の波の中で、神田が見覚えのある焦げ茶の髪を見つけて、声をかけようと口を開いたその時、突然マリに肩をつかまれ、

「・・ちょっと・・待て」
「・・何?」

怪訝な顔でマリの顎が指す方を見てみる。後ろ姿ではあるが、食後なのが雰囲気でわかる。
ミランダが、アレンと監査官のリンクの三人で楽しげに会話している姿があった。


「・・・・・」
「・・・・」

(おい)
(これは・・)

マリの耳に、三人の会話が耳に入ってきた。


『ミランダさんと朝食が食べれて嬉しいなぁ』
『そ、そんなアレンくんたら』
『それにしても、約束しておいたのにすっぽかすなんて・・許しがたいです』
『ち、違うわハワードさん・・と、特に約束していた訳じゃなかったんです』
『えっ?そうなんですか?僕てっきり神田たちと、いっつも約束してんだと思ってました』
『それは・・わ、私が迷子にならないようにって・・マリさんが。修練場なら部屋から近いし・・』
『・・なるほど、そうだったんですか』
『あ、じゃあまた明日も三人で朝ごはん食べれますね!』
『え?・・・ええと、そ、そうね』
『やった!あ、じゃあ明日迎えにいきますね』
『・・君はその前にもう少し早く起きて下さいよ』
『・・ふふ、アレンくんたら』


マリは頭を抱える。
神田は自分達の失態に歯軋りをして、アレンとリンクを睨みつけた。

ふと、神田の殺意のこもった眼差しに気がついたのか、アレンとリンクが顔だけ振り返る。

それはまさに確信犯。
二人は神田とマリを見て、ふ、と勝ち誇った顔で笑ったのだ。


「「!!」」

(・・やられたな・・)
(くそっ・・あいつら・・!)


まさに後の祭りである。






ガタン、と乱暴にトレーを置いて勢いにまかせて蕎麦を啜る。マリは静かにスープを口に含んだ。

「・・・・・」
「・・・・・」

神田が蕎麦を啜る音だけが、響いて。黙々と口を動かした。やがて、皿を空にしたマリが何かを思うように口を開く。

「神田」
「ああ」

頷いて、蕎麦湯に手をのばす。

「・・・・・」

言葉には出さなくとも、分かっていた。神田は蕎麦湯をぐい、と飲み干して

「行くぞ」

立ち上がり、二人は食事を終える。
この時、二人の間に共同戦線が張られたことに、誰も気付かなかった。
ミランダとの朝食を巡る新たな戦いの火蓋は切って落とされたのである。



互いの気持ちを納得いくまで話し合うのは、幕を下ろしてからだ。二人はそう決めて、食堂を後にしたのであった。






End

- 28 -


[*前] | [次#]








戻る


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -