D.gray-man T






それは、明らかに神田の失態だった。


当時の自分は、エクソシストの意味も役割もただどうでも良くて、AKUMAと戦う事だけが己を突き動かすものであった。

あの日、どこの街かは忘れたが苛烈な戦いが始まって、神田はついAKUMAを倒す事に熱くなり持ち場を離れてしまったのだ。

AKUMAを斬るたびに、奇妙な高まりを覚えて、六幻とまるで自分が一体になったような恍惚とした感覚だった。


「神田!後ろ・・!」


誰かの叫び声が耳に届いた時には、背後から凄まじい爆音がした後だった。
ハッとして振り返り確認すると、LEVEL1の爆撃を受けた瓦礫の下にマリが倒れている。

(!・・)

持ち場を離れていた自分に気付き、神田の顔は強張った。
その場所には、街の人々が避難して行った教会へと続く道があり、その教会には数人のファインダーが今回の目的であるイノセンスを守っていたのだ。

咄嗟に、マリは侵入しようとしたAKUMAを倒す為、現在戦闘中のLEVEL2から一時逃げて来たのだろう。ちょうどAKUMAに挟まれるようになってしまったのだ。
なんとか追ってきたLEVEL2は倒したが、身を隠した建物がLEVEL1の爆撃にあいそのまま崩れる瓦礫にマリは身を沈めたのだった。


戦いの後、意識を失いながら手当を受けるマリを、なぜか腹立たしい気持ちで神田は見ていた。睨み付けるようなその視線に周囲のファインダー達は冷ややかな視線を送る。
神田の失態のせいで自分達やイノセンス、果ては街の人々までもが危うくなるところだったのだ。

マリが身を呈して防いでくれたが、一歩間違えばとんでもない事になっていたであろう。
普段からの態度も手伝って、周囲の人間の視線は刺すように厳しかった。

けれど、神田にとってそんな事はどうでもいい事である。
目の前の男に借りを作ってしまった事態が腹立たしい。普段から恩着せがましく自分の世話を焼く、この男に神田は心底辟易していたのだ。

(・・チッ・・)

ギリ、と歯軋りしながら再びマリを睨み付ける。
目が覚めて、まず第一声に何と言うかだ。恩着せがましい心配や、説教臭い言葉を少しでも吐いたならば決して許しはしない。
この男が二度と自分に近付きたくないと思わせる程の毒を吐いてやる。
殺意すら込めるように、睨み付けていると。

「・・ぅ・・」

それに気付いたかのようにマリが身じろいで、ゆっくりと意識を取り戻した。
まだハッキリしない頭を手で軽く叩きながら、首を回す。ゆっくりと起き上がり、ふと気付いたように神田へと視線を向けた。

「神田?・・どうした」

意外そうに呟く。

「・・・」
「・・何か用か?」
「あ?」

その第一声に、神田は片眉を上げた。
マリは痛めた腕の調子を確認するように動かして、神田の事はとくに気にも留めていないのか、枕元にある水差しの水を飲んで、再び横になる。

「・・・・・・・」
「・・・・」

寝息が聞こえてくるのに、神田は苛立ちを覚えた。
何も言わないマリに、無言の圧力をかけられているようで腹が立つ。これなら説教や心配の方がまだましだ。

「おい」

神田の声に反応するように、マリは閉じた眼を開く。それから顔だけ神田に向けると、なんだ、とやや面倒そうに呟いた。

「・・・・・言えよ」

まだ声変わりしない声で、低く呟く。

「何がだ」
「言いてぇことがあんなら、言えっつってんだろうが!」
「・・・・・・」
「何を考えてんだか知らねぇが、恩着せがましく黙りやがって」

舌打ちして、睨み付けた。

「・・・・・・」
「聞いてんのか、おい!」
「・・・・・」

マリは何かを考えるように眉を寄せると、ゆっくり起き上がり神田を見る。

「言わなくとも、分かっているはずだ」
「・・・あ?」

マリの言い方は責めるでもなく、淡々として。神田は寄せた眉間を若干緩ませて、マリを見た。

「どういう意味だよ、面倒くせぇ言い回ししてんじゃねぇよ」
「・・・そういう事ではないんだが」

少し困ったように、ため息をつく。

「・・わたしは耳がいいからな」
「・・?」
「おまえが少なからず反省しているのは・・声音や心音で分かる」

そういえば、こいつの耳は人の心音すら聞き分けるんだったな・・。
思い出して、神田はなんとなく黙る。しかし黙っているのもマリの言葉を肯定したようで、それも嫌だ。

「・・勝手な事、言ってんじゃねぇよ」

フン、と鼻息を荒くしてマリを睨む。

「言っとくが、妙な優越感なんか持つんじゃねぇぞ」
「・・・ああ」

マリは苦笑ぎみに神田の言葉を聞いて、

「・・おまえも余り気にするな、結果良ければ、だ。」
「あん?誰が気にしたって言ってんだよ」

食ってかかってくる少年に、マリは肩を竦めながら

「じゃあ・・借しにしとくぞ、いつか返してくれ」
「・・・・・」

神田は面白くなさそうに顔を背けながら、

「・・んなの、すぐ返してやるよ」

そう吐き捨てるように言うと、バンと強くドアを閉めて部屋から出た。
神田は胸の奧に、初めて感じる奇妙な気分に戸惑った。自分の気持ちを、あの兄弟子に見透かされていた事が、なぜだか・・嬉しかったからだ。

人の誤解も、特別気にはならない。
気にした事もないから。

誰かに分かってもらいたいと、考えた事すらないというのに。目の見えないあの男に、気持ちを見透かされた事が、不思議と嫌ではなかった。

「・・・・・」

人に借りを作った事も無い。勿論、借りを返したことも。誰かとの約束も、初めてだった。


この後、しばらくして神田はマリを初めて名前で呼ぶ。それは、出会いから三年近くも経っていた。







「わたしは師匠の用事があるから」


食後、マリは二人とは逆方向へ歩き出した。
神田はなんとなく、マリの考えを察知していたが何も言わず、彼の後ろ姿を見送る。

(・・余計な気、回しやがって)

マリが自分とミランダに妙な気を使っている事に、気付いていた。
ちら、とミランダを見ると残念そうに目を伏せている。それはまるで飼い主に置いていかれた子犬のようで。

(やっぱり、答え出てんじゃねぇか)

目を伏せて、胸の痛みに耐えた。





『あら・・?』


『ど・・どうしましょう・・』


耳に聞こえた、その声にマリの胸は疼く。

(また、迷子になっているのか・・?)

彼女の困った声が聞こえると、居ても経ってもいられなくてマリは呼ばれるように駆け出してしまう。

時刻は、昼より少し前。
ミランダはまたも迷子になって、教団内をさ迷っていた。人も殆ど通らない、地下室の片隅で半泣きで座り込むミランダを見つけると、マリは早く安心させたくて、いつもより大きな声で彼女の名前を呼んだ。

「ミランダ」
「マ、マリさんっ・・」

弾かれるようにマリを見て、安心したのかその瞳から涙がこぼれる。

「す、すいませんっ・・わわ私・・ま、また迷って・・」
「いいから、もう大丈夫だ」

落ち着かせようと、頭を撫でて。

「どこかに行くつもりだったのか・・?」

ミランダはハンカチで涙を拭きながら首を振った。ふと、何か小さな箱を抱えているのにマリが気付く。

「・・それは?」
「え?・・あ、裁縫箱です・・」

裁縫箱?
マリが一瞬不思議そうな顔をしたのに、ミランダが気付いて。

「あの・・神田くんと、約束していたので・・」

マリはピンときたが、あの約束は確か朝食の後だったはず。もしかして・・と彼女を見ると、ミランダは身を縮こませて俯いた。

「さ、裁縫箱を・・取りに行っていたら・・その、迷って・・」

涙を拭きながらも、恥ずかしそうに顔を赤らめて裁縫箱をぎゅ、と抱きしめる。

マリは、ヘッドフォンに手をあてて神田の様子を探る。神田の慌ただしい心音が耳に入り、彼もまたミランダを捜している事を覚った。
それもそうだろう、マリが二人と別れてゆうに2時間以上は経っているのだから。

「さ、ミランダ・・行こう」

マリはミランダの肩を支えて、そっと立たせた。

「神田が、心配している」
「・・え・・?」

驚いて、マリを見る。
ミランダの心音がいつもより速くなったのを、マリは聞いた。

「神田くんが?」
「・・・ああ」

頷いて、そっと背中を押す。



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