D.gray-man T
2
「だ、大丈夫ですか?ハワードさんっ」
ミランダの心配そうな声を聞きながら、
(ああ・・どうして)
鼻に詰め物をした状態で彼女に会うなんて。
食堂につくなりミランダに声をかけられ、リンクは目眩がした。
「大丈夫です・・」
ミランダの心配そうな瞳に見つめられてリンクの鼓動は速くなるが、鼻血を出したこともあって、視線をずらすようにミランダから背を向ける。
大食漢のアレンはまだ注文が終わらないらしい。トレーを手にした二人が立ち尽くしているのも妙なので、リンクとミランダは近くの席に座った。
席につくなり、彼女は言いづらそうにリンクを見る。
「あ、あの・・」
「?・・なんですか」
「その・・」
迷うように口もとに指をあて、ちらとリンクを見るミランダは殺人的な程可愛らしい。止まりつつある鼻血が、ツンと刺激されるのを感じるが、平静を装いリンクはコーヒーを一口飲んだ。
ミランダは、勇気を出すように
「後で・・その、お時間とってもらえませんか?」
「はい?」
リンクの眉がピクリと動く。
「あっ・・だ、駄目ですよねっ、ご、ごめんなさいっ!」
ミランダが真っ赤な顔で手を振った。
(もしや)
リンクの頭に「今日の運勢」で読んだ一文が思い浮かぶ。
(これが『ラブチャンス』か・・!)
雷に打たれるような衝撃が背筋を走り、リンクはカッと目を見開くと、
「私は全然、全く、大丈夫です」
咄嗟にミランダの手をガシッと握りしめていた。
「あ・・じゃあ、そのお茶の時間は・・」
「お迎えに上がりますっ・・」
「何、セクハラしてんですか・・リンク」
注文を終えたアレンが立っていたが、それに気付くと同時に己の手の内にある柔らかなものにも気付き、リンクは慌てて放す。
「ししし失礼しました・・!」
『☆今日の運勢☆
ラブチャンス到来の予感!恋の女神があなたに微笑みそう。
お目当てのあの人から突然のハッピーサプライズがあるかも♪』
(恋の女神が・・・)
パタンと本を閉じてリンクは深く頷くと、慌てて作ったわりに良くできたタルトレット・オ・ショコラに目を落とした。
(・・焼きも、完璧だ)
白い箱にそれを詰めて黄色のリボンをかけると、鏡の前で身嗜みをチェックする。
「・・・よし」
鼻の詰め物も取れて完璧だ。ついでに言うならアレンの監視も他の監査官に代わってもらい、こちらも完璧だ。
ふう、と一息ついて。
(・・行くぞ)
歩き出した。
そんなリンクの後ろ姿を見ながら、
「おー、浮足立ってんなぁ」
「・・まあまあ、今日くらいは大目に見ましょうよ、誕生日なんですから」
「わかってるって、邪魔はしねぇさ、年に一度の誕生日だかんな」
ラビが肩を竦めて、笑った。
「そうですよ、今日だけは・・今日だけは、ですけどね」
アレンは、リンクの代わりについた監査官に目をやり、にっこり笑った。
「ね?リナリー」
「そうね」
リナリーが応える。手には報告ノートを持って。
「つーか、なんでリナリーがリンクの代わりになんの?おかしくね?」
ラビが首を捻りつつ聞くと、アレンもまた頭を掻きながら
「いやー、僕も冗談で言ってみたんですけどねぇ」
まさか通るとは、と呟く。
「いや、マジで・・・リンク、浮足立ってんなぁ」
「そうですね・・・」
顔を合わせて曖昧に笑った。
ミランダの自室に迎えに行くつもりであったが、本人が強く遠慮した為、待ち合わせ場所の図書室へと向かう。
図書室へ入ると、ミランダはリンクに気付いてそっと立ち上がった。
「こ、こんにちはハワードさん」
遠慮がちに微笑んで、ペコッと頭を下げる。
(・・相変わらず・・可愛らしい人だ)
胸がキュンとしてしまう。
図書室には個室があって、そこで簡単にお茶が飲めるようになっている。
「ケーキもありますので・・」
リンクは誘った。
「そ、そんなハワードさん・・」
ミランダは遠慮がちに戸惑う。
「せっかくですから・・お時間があるのでしたら」
「・・その、本当にいいんですか?」
「・・そ、それはもちろん」
頷くリンクに、ミランダはホッとしたように笑って
「じゃあ、ご馳走になります」
リンクは、赤らんだ顔を隠すように早足に、ミランダを先導した。
「では、あそこの部屋を使いましょう」
紅茶はオレンジペコー。以前から彼女の好みはリサーチ済みだ。
リンクは茶葉を入れて、ティーポットにお湯を注ぐ。そっとミランダを窺うと、彼女と目が合って微笑まれた。
(!)
タルトを切り分けながらも、リンクの胸の鼓動はおさまらない。
(・・いったい・・何の話なのだろうか)
『ラブチャンス到来、恋の女神があなたに微笑みそう♪』
リンクの頬が染まる。
(ま、まさか・・)
「お待たせしました・・どうぞ」
タルトをミランダの前に置いて、カップに紅茶を注ぐ。フワンとオレンジペコーの柔らかくて甘い香りがして、彼女の頬が緩むのをリンクは幸せな面持ちで見ていた。
「・・いただきます」
タルトにフォークを刺して、一口食べる。濃厚なチョコレートがまだ温かく、とろけるような食感に、ミランダの表情もとろけた。
「すごく・・美味しいです」
「・・それは、恐れ入ります」
リンクは紅茶を一口飲みながら、彼女を窺う。何の話があるのか気になってしかたない、
「その、ミス・ミランダ・・」
「は、はいっ?」
タルトに集中していた彼女は、驚いて体をビクリと震わせた。
「あ、これは失礼・・」
「い、いいえっ・・私こそ、その・・すいません」
食べ物に集中しすぎた自分が恥ずかしかったのだろう、ミランダは羞恥から顔を赤らめた。リンクは、ためらいながらも意を決したように
「・・今日は、どういった件だったのでしょうか」
胸の鼓動が早鐘のように鳴り響いた。
「そ・・その」
リンクの問いにミランダの顔が一瞬にして強張る。困ったような、迷うような仕種の後に、
「あの・・昨日のお話しなんですけど・・」
「昨日?」
「その、お誕生日の」
(・・誕生日・・)
どうにも自分が考えていた雰囲気と少し違う事に、リンクは軽い落胆を感じた。ミランダは何やらポケットを探ると、淡い水色の紙に包まれた四角い何かを差し出しす。
「あの・・ど、どうぞ」
「?・・開けてもよろしいですか?」
ミランダが小さく頷くのを確認すると、包みを剥がしていく。
(これは・・)
包みの中には白いハンカチが入っていて、リンクの名前が刺繍されてあった。
「・・・・・・」
咄嗟に頭が働かず、ハンカチを呆然と見つめていると、突然ミランダにハンカチを奪い取られる。
「ご、ごめんなさいっ・・い、いらないですよねっ」
真っ赤な顔で、ハンカチを慌ててポケットにしまうので、リンクはハッとして、ミランダの腕を掴んだ。
「そ、それはっ、何ですか?」
リンクの頬も熱くなる。
ミランダは恥ずかしいのか、消え入りそうに、
「お・・お誕生日の・・プレゼント、ですぅ・・」
「ハワードさん、お誕生日お祝いされるのお嫌みたいだったんですけど・・いつもお世話になってるし・・その、何も思い付かなくて・・こんな物しか・・」
スカートを弄りながら、おずおずと呟いて。そっとリンクを窺うと・・。
彼は茹でタコのように、真っ赤に染まっていた。
「あら、今帰ってきたの?マリ」
リナリーが談話室から声をかけると、マリは団服のまま談話室に入ってきた。
「ただいま」
「おかえりー、あれ?ユウは?」
「神田は、食堂に寄ってくるらしい」
「マリは部屋に戻るんですか?」
「ああ、とりあえず着替えてくるさ」
疲れも見せず笑うと、マリは談話室を後にしようとドアへ向かったが、リナリーが占い本片手に聞いた。
「あ、そうだマリの誕生日っていつ?」
「?・・7月15日だが」
「血液型は?」
「たしか、O型だと・・なんだ?いったい」
怪訝な顔をする。リナリーはふふ、と笑いながら「何でもないわ」と手を振った。
マリが肩を竦めて、談話室から出て行くと、アレンとラビが、占い本に集まってくる。
「どうなんですか?」
「ちょ、俺にも見せろって!」
「待って、ええとマリは蟹座のO型ね・・」
頁を開いて、読み始めた。
「「「・・・やっぱり・・」」」
その結果に、三人は納得したのだった。
- 30 -
[*前] | [次#]
戻る