D.gray-man T





「あっ・・元帥」

クラウドは、ミランダの頭上を指さす。見ると、ツリーにもヤドリギのリースが飾られてあり、ミランダは慌ててクラウドのもとへ駆け寄った。
クラウドは、微笑みながら

「そんな子羊みたいにビクビクしていたら、本当に食べられるぞ」
「・・ええっ・・」

ミランダが青ざめるので、クラウドは可笑しそうに笑うと、そのまま近くにあったグラスを渡されて、シャンパンを注がれる。

「では、メリークリスマス」
「は、はい。メリークリスマス・・」

グラスを鳴らし、一口飲むと、シュワシュワと口で泡が弾けて。ミランダは、美味しくて顔が綻んだ。

「あら、お二人、こちらにいましたの」

柔らかな声音に振り返ると、室長補佐のブリジット・フェイが、こちらに向かってくるところであった。

「仕事は、大丈夫なのか?」
「ええ。・・ほら」

フェイが視線を向けた先には、連日の完徹によって、いつもより青い顔の科学班のメンツと、珍しく弱った様子のコムイが、食堂へ入ってくるところだった。
クラウドは、目を見開きながら

「さすが・・優秀な補佐官だな、科学班がパーティーに間に合うなど前代未聞だぞ」
「ありがとうございます」

ニッコリ笑った。

ミランダはその科学班の後ろに、マリがいるのに気がついて、急に頬が熱くなる。

「・・ミランダ、どうかしたか?」

クラウドは怪訝な顔で、ミランダの視線の先を見た。フェイもまた意味ありげに、マリとミランダを見比べてうふふ、と笑った。

「まあ」
「・・ミランダ、マリが誰かにつかまる前に、行ってきたらどうだ?」
「えっ!・・げ、元帥っ!?」

ミランダは、自分の気持ちを覚られて狼狽してしまう。

「あの方・・わりと女性の団員に人気があるみたいですわ」

ぽそり、囁かれて。

「そっ・・そうなんですかっ?」
「なんだ、ミランダは知らなかったのか?」
「頼りがいがあって、素敵だわって、皆言ってますよ」

ミランダの顔が、血の気が引くように青ざめていく。クラウドは笑いを噛み殺すように、咳ばらいしながら

「ほら、ミランダ」

背中を押した。

「で・・でも」

ミランダは、もじもじとしながらもマリが気になって、目で彼を追ってしまう。

「ミランダさん、女は度胸ですよ」

ずいっと、ミランダの半分空いたグラスにシャンパンを注いで、フェイは、イタズラっぽく笑った。

「度胸がなければ、とりあえず、お酒の力をかりましょう」






ミランダが、アルコールの助けをかりて、
マリのもとへ行くのを見ながら、

「・・なかなか言うじゃないか」

クラウドは、フェイをちら、と見た。

「あの彼には、先日大量の書類を運んでいただいたので」
「恩返しか」
「それもありますけど・・なんだか焦れったくて」

肩を竦めて、シャンパンを一口飲む。

「ところで・・そんな自分はどうなんだ?」
「私は・・・・」

フェイは、目当ての人物を見る。
彼は、最愛の妹がこの場にいない事にパニックを起こし、周囲の人間に取り押さえられているのが見える。

「・・・・今日は、呑みます」

ぐいい、と一気にシャンパンを煽った。









ふわふわとした、感覚のなか、ミランダは、マリの元へ歩く。

(なんだか、気持ちいい・・)

緊張と寝不足のなか、シャンパンを一気に三杯煽ったからか、いつもより酔いが回るのが早い。

「・・・うふ」

なんだか自然と頬が緩んでしまう。そういえば、水で薄めていないお酒を呑んだのも久しぶりだ。
賑やかな笑い声や話し声が、響き渡り、ミランダは去年までの寂しいクリスマスを思い、ふと、今の幸せを噛み締めた。

「ミランダ、大丈夫か?」

ふと、心配そうな声が聞こえて、心臓が跳びはねた。

(・・マリさん)

「少し、心音が速いな・・アルコールが過ぎたか?」
「え・・あ・・いえ」

半分はあなたのせいです。とは、言えず、ミランダは曖昧に返事しながら、

「なんだか、楽しいので・・少し、酔ってしまいました」
「そうか・・」

マリは、少しだけ心配そうな顔をして

「少し外の空気にでもあたるか?」

その言葉に、ミランダの心臓がさらに大きく跳ねた。


シャンパンのおかげか、はたまたマリが隣にいるからか、体温が上昇しているのを感じる。

賑やかな食堂を出て、二人が向かった場所は、中庭だった。

アルコールでふわふわした頭を、冷気で覚ましたくて、ミランダが希望したのだが、そこに近づくにつれマリの表情が困ったような、複雑なものになる。

中庭に差し掛かる廊下に出た時、

「やはり・・中庭は、やめよう」

ミランダの背中に手をあてて、くるり踵を返した。不思議に感じ、ちらりと窓から中庭を見ると、どうやら先客がいたらしい。

(えっ・・!あれって・・)

暗くてよく見えないが、雪化粧したカエデに生えたヤドリギの下に、リナリーらしき少女の影、そして彼女を抱きしめるようにしているのは・・・。

(・・・・・リ、リナリーちゃんたら)

ミランダは、熱くなった頬を押さえた。

(マリさん・・気付いたのね・・だから・・)

「・・・・・・」
「・・・・・・」

なんとなく、気まずい空気が流れて、二人は沈黙する。

「その・・ミランダ・・」
「は、はいっ」
「とりあえず・・図書室でいいだろうか」

マリは、軽く咳ばらいしながら言って、ミランダは、慌てて頷いた。

人気のない図書室までつくと、マリは膝かけを持ってきて、ミランダに渡す。

「アルコールは、覚めはじめると冷えるからな・・」

それから、暖炉の火を調節しに、炭を取りに行った。



パチパチと、火が燃える音がして。

「あ・・あの・・」
「・・どうかしたのか?」
「マリさん・・パーティーに戻らなくて、いいんですか?」

なんとなく、彼を独占していることが申し訳なくて。マリは、不思議そうにミランダを見て、それから困ったように笑うと、

「まだ、ここにいたいんだが・・」
「あっ!い、いいえっ・・そそそういう意味じゃなくてっ・・!」

ミランダは慌てて椅子から立ち上がり、首を振った。

「その・・マリさんが、もし、戻りたと・・思ってたら・・ええと・・」

しどろもどろに、呟いた。

「心配は、無用だ・・」

ミランダに否定するように笑う。

「そ・・そうですか」

顔が熱くなるのを感じて、そっと俯いた。

「それより、寒くないか?」
「え・・は、はいっ」

ミランダはまた椅子に腰掛ける。
マリは先程、滑り落とした膝かけに気付くと、かがんで拾い、ミランダの膝にそっとあてた。

(・・あ・・)

マリの顔が、近い。

くらくらするのは、アルコールの名残か。ふわり、彼の匂いがして、胸に甘い疼きが走る。
視線を感じたのか、マリがミランダの瞳を捕えた。

「あ・・あの・・」

何か言おうと、口を開いた時。

それは、あまりに突然に。

マリの唇が、ミランダのそれを塞いでいた。


(・・・!)

味わう間もなく、それは離されて。

「す、すまない・・・・」

マリもまた、自分の行動に動揺している様子で、よく見ると、頬が朱に染まっていた。

「い・・いえっ・・」

ミランダもまた、何が起こったのか、混乱して。ただ、耳まで熱くなるほど、顔が熱かった。
そんななか、ふと、ある事を思い出しミランダは恐る恐る頭上を見て、確認する。

(・・・・)

「・・ミランダ?」
「い、いいえ・・」

ミランダは膝かけを弄りながら、首を振った。

パチパチと、暖炉からの音を聞きながら、ミランダは、唇に残る感触を確認するように指で触れた。
一瞬ではあったが、マリの唇がたしかに自分のそれに重なって・・。


「その・・」
「は・・はい」

マリはミランダの手に、自身の手を重ねた。
それから、いや、うん、その、と口ごもりながら。

「誤解されると、嫌なんだが・・・わたしが、キスをしたいと思うのは・・貴女だけだ」

マリの顔は、あまり見たことない、男の顔をしている。
暖炉の火によって陰影がつけられて、彼の表情は切なげにも見えた。

「・・マリ・・さん」

掠れるように、ようやく出た声で名前をよんだが、うまく言葉が出てこない。

重ねられた手が、熱い。目の前で、俯く彼の頬に触れたいと、思う。

(私、まだ酔っているのかしら)

ミランダは、そのまま顔を寄せて、マリの頬に、キスをした。
唇から伝わる、温かい感触が胸を焦がす。

「私も・・・・そう、です・・」

マリの耳元で、囁くと。
ピク、と彼が反応したのが分かった。

マリが、ミランダの頬に触れる。額と額がつけられて、ミランダは、吐息が洩れた。

「・・ミランダ・・」

ふたたび、彼の唇が寄せられるのを感じた時、ミランダは、何かに気付いたようにハッとして、身を引いた。

「・・?」

「・・その・・できれば・・」







頭上をちらり、見て。



「・・・ヤドリギの下で・・」





kissing underneath the mistletoe・・・


古来より、神聖とされる、ヤドリギ。

そこでキスをする恋人達は、幸せになれるという言い伝え・・。





ミランダは、触れ合う唇の優しさを感じながら、自分が今、本当に幸せであることを、感じていた・・・。





end

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