D.gray-man T





それは、クリスマスも明日にせまった夜の事。

ミランダは、白い息を吐くなか、風呂上がりの体をショールでくるみ、自室への階段を上っていた。
その時、彼に出会ったのは、全くの偶然である。


「ミランダ」


薄暗い、階段で名を呼ばれたので、ビクリと体が震えた。振り返ると、おそらく彼も風呂上がりなのだろう、マリが階段を上ってくる所だった。

「あっ・・こ、こんばんは」

思わずホッとする。
マリは応えるように、小さく笑って、寒いな、とこぼした。


ミランダにとって、マリは不思議な存在である。
旧本部の襲撃事件や、引越しでのドタバタのせいで(おかげで?)マリと、急速に親しくなることができたが、ミランダは彼への不思議な感情を、最近気付きはじめていた。

「なんだか雪が降りそうですね・・」
「では、明日はホワイトクリスマスか」
「そうですね。それも、素敵ですね・・」

二人で、階段を上りながら他愛もない話をして。

(・・・・やっぱり・・)

ふと、頬が熱くなる。
マリが、ミランダの歩調に合わせて歩いてくれているのに気がついた。いや、以前から不思議に感じていたのだ。
自分は、いつも誰かと歩く時は相手に合わせて歩いてしまうので、自然と上手く歩けなくて躓いたり転んだり、怪我が絶えなかったのに、マリと歩くときは、そういう事がないのだ。
ミランダの歩くテンポに、添うようにマリの足が動いていて。ミランダはそれに気付いた時、小さな喜びを感じた。

「ミランダは教団でのクリスマスは初めてだったな」
「は、はい。ミサの後に、食堂でパーティーがあるって聞きました」

楽しみで、つい笑みがこぼれてしまう。マリは、そんなミランダに微笑しながら

「みんな酒が入るから、あまり呑まされないように、気をつけた方がいい」

そっと、囁く。ミランダは、心配されるのが嬉しくて、素直に頷いた。

(・・・マリさん)

胸に感じる甘い気持ちを抑えるように、ミランダはショールを握る。

(・・気をつけないとっ)

マリの優しさを誤解しないように。

彼は、自分の部屋がある階を通り過ぎ、
そのままミランダの部屋まで付き添ってくれた。

「す・・すみません・・いつも」

恐縮しつつ、厚意に甘えてしまう。マリは、軽く首を振って微笑した。
最後の階段を上って、ミランダの自室までたどり着いた時、マリは一瞬、迷うような困ったような表情を見せる。

「マリさん、どうかしました・・?」
「あ・・いや・・」

言いよどんでから、

「明日は、ヤドリギの下には立たないように・・」
「!」
「・・では、な」

それだけ言うと、マリは歩調を速めて立ち去った。


『クリスマスに、ヤドリギの下にいる女の子はキスを断ってはいけない』


ミランダの故郷ドイツでも、よく知られた言い伝え。

(あれは・・・あれよね・・万が一を、心配してくれてるのよね・・?)

ミランダは、枕に顔を埋める。

(そうよね・・マリさん、目が見えないんだもの、私みたいな女にキスしようとする人、いないのに)

ミランダはムクリと枕から顔を上げた。その顔は、真っ赤に染まっている。
こんなふうに、男性から異性として扱われるのに慣れていなくて。ミランダは、困ってしまう。

(・・・・・)

マリと接していると、わからなくなる。仲間として扱われているのか・・それとも・・・女性としてか。
ミランダは頭をブンブンと振って、顔を叩く。

(何を考えているの!そんな事、あるはずないじゃないっ・・マ、マ、マリさんが・・私を・・だなんてっ)

「なんて大それたことっ!」

ミランダは、再び枕に顔を埋めて、シーツを握り絞めた。

ふと、思う。自分はどうなのか?

(わたし・・・)

マリを思い出す。みるみる、顔が熱くなっていくのを感じて、ミランダは手で顔を覆う。

(わ・・わたし)

ドクドクと、心臓が高鳴るのを感じて、

「えっ・・ええっ・・!?」

(わわわ、私・・マリさんの・・こと・・・?)

「ええええええっ!!」

ミランダの叫び声は、教団内をこだました。



翌日は、ホワイトクリスマスだった。


ミサの間、ミランダは昨夜を思い出し、顔を赤らめる。
あの頓狂な叫び声に、隣室のリナリーが跳び起き、果ては違う階のマリやアレンまでもが、ミランダの部屋に集まってしまった。
真実を口にする訳にいかないので、ミランダはなんとかネズミのせいにして、あの場を収拾したのだ。

(・・あ・・マリさん)

トクン、と鼓動が速まる。
大聖堂のミサは、教団中の人間が集まっているが、彼の恵まれた体格は、一目でその存在を主張する。
ぼんやりと、まるで見とれるように、頭ひとつ周囲から飛び出た彼の姿を見ていると、手に持っている蝋燭を落としそうになって、慌てた。

昨夜実感した気持ちは、一晩過ぎると、もはや確信に変わって。姿を見るだけで、体温が上昇するのを感じる。

「ねぇミランダ、何かあったの?」

ミサの後、リナリーに突然問われて、明らかに狼狽してしまった。

「えっ!?な、な、なんの・・こっ・・」

後ずさりしながら首を振るミランダに、不審そうな瞳で、リナリーは追い詰める。

「・・マリと、何かあった?」
「!!!」

ビクリと体が震えて、顔がみるみる赤くなる。慌てて首を振るが、なんの説得力もない。
リナリーは、そんなミランダ見て嬉しそうに、ニッコリ笑うと、

「今日、頑張ってねっ!」

ギュッと手を握られて、そのまま抱きしめられた。

「いい?マリと一緒の時はヤドリギの下に行くのよっ」
「えっ!」

リナリーは、パッと体を離すと、ウフッと笑った。

「ヤドリギの下でキスをした二人は幸せになる、て言うでしょ?」
「・・・・・」

そのマリから、ヤドリギの下に行くなと言われてるとは言えず、ミランダは赤い顔で俯く。

食堂へと続く廊下を歩きながら、ミランダはヤドリギを使ったリースが、そこかしこに飾られているのを見て、つい意識してしまった。

(・・わ、私ったらっ自意識過剰もいいところだわっ!)

目をギュッとつむり、首を振る。


マリとキス。

恋心を自覚したばかりのミランダにとって、それは高すぎるハードルである。

(・・マリさんは、どうなのかしら・・私の事・・・・ううん、もしかしたら、もう他に好きな人が・・)

ふと、立ち止まる。

(・・そんな事になったら・・わ、私・・)

もう想像だけで、失恋して泣きそうになってしまっていると、

「ミ、ミランダ?どうしたの?」

リナリーに声をかけられてハッとした。

「そんな、顔して立ってたら、誰かにキスされちゃうわよ」
「・・!」

ちょうど、ヤドリギのリースの下にいるのに気付いて、ミランダは慌てて、飛びのいた。

「ミランダ、気をつけてね、結構あなたを狙ってる人いるんだからっ」
「えっ?狙う・・?」

話がうまく飲み込めないミランダに、リナリーは肩を竦めながら、

「とりあえず・・今夜はマリの側から離れないようにね」
「?・・え、リナリーちゃんは?」
「うふふ・・秘密よっ」

リナリーは軽く頬を染めながら、照れくさそうに笑った。その意味を覚ると、ミランダの頬も染まり、

「あの・・室長さんには・・?」
「絶対秘密!」

シッと口に指をあてられて、慌ててコクコクと頷いた。

「だから・・」

リナリーは、ミランダの耳元へ口を寄せると、

「お互い、いいクリスマスを過ごしましょ」

ポン、と肩を叩かれ、リナリーはそのまま、食堂の奧へと消えた。

(いいクリスマス・・)

そう言われて、意識してしまい、つい目でマリを探すが、どうやらまだ食堂には着いていないらしい。
安堵とも落胆ともつかぬ、ため息を一つして、おずおずと、ミランダは入口を通った。

大きなツリーには、色とりどりのオーナメント。金のベルや林檎をモチーフにした飾り、杖や靴下、そして一番上には、キラキラ輝く星が光って、ミランダはつい見とれてしまう。

(なんて、素晴らしいの・・)

「ミランダ、そんな所にいると危険だぞ」

声が聞こえて振り返ると、シャンパンを片手に、クラウド元帥が微笑んでいた。


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