D.gray-man T



「福音・・」

ミランダは、その言葉の意味を噛み締めて、もう一度手紙に目を通した。ひょいと、ラビも手紙を覗いて

「うーん・・つーか、あんまり女の子っぽい名前ねぇな」

(そう言われれば、そうかも・・)

「あ、じゃあ一部を取るって言うのは?さっきの・・エウアンなんとかは、エウ・・は変よね」
「しかしその案は悪くないである、さっきのユーアンなんとかで・・ユー・・」

クロウリーの口をアレンが塞ぐ。

「だめですよ、似た名前で極悪非道なのがいるじゃないですか」
「??」

クロウリーがよく分からず首を捻るなか

「神田、どうしてるのかな・・」

リナリーがぽつり呟いた。
あの戦争の後から、神田の行方は不明だった。

「大丈夫ですよ、神田は生命力は半端じゃないですから、ゴキブリ並にしぶとく生きてますよ」

ねっ、リナリーと肩を叩く。

「そうよね、生きてるわよね」
「・・リナリー、ツッコミどころ忘れてんぞ」

顔を引き攣らせて、ラビが呟く。
マリはティエドールが、今も世界を放浪する理由の一つに、神田の事があるのを知っていた。捜して、無事を確認したいのだろう。

(・・まったく、あいつは・・)

ふう、とため息をついて胸の内に眠る我が子に意識を向ける。

(・・ユウ、などとつけたらあいつが死んだみたいだしな)

そっと胸の内で苦笑した。

「あっ・・これはどうかしら」

突然ミランダが、手紙を指差して

「ここにある『ベル』っていうの」

興奮気味に、マリを見る。

「・・・ベル?」
「とても可愛い名前だと、思いませんか?」
「・・・・・」
「・・マリ、さん?」

ハッとして。

「あ、そ、そうだな・・」
「・・福音の鐘の音じゃな」

ブックマンがぽつり零す。
マリの脳裏に、今は亡き若くして逝った弟弟子が思い出された。

(師匠、そういう事ですか・・)


沢山の同じ意味の言葉の中に埋もれるように隠された名前。恐らく、これがティエドールがつけたかった名前なのだろう。

(全く・・・・もう少し、解りやすくして下さい師匠)

苦笑したマリの胸の中で眠る娘に、そっと声をかける。

「今日からお前の名前はベルだぞ」

そうして、ミランダを見て

「師匠に、礼の手紙を書かなければな」
「はい・・!」

ミランダは大きく頷いた。
リナリーは気付いているようで、少し切なげな顔で笑うと、

「・・とってもいい名前だと思うわ」

ベルの頭をそっとなでた。


「さっ!食おうぜっ!」

ラビの声とともに、命名のパーティーがスタートして、ジェリー特製のローストチキンや、リナリーが作ったチーズケーキ。ワインも開けられ、昼間からクロウリーは呑めることが嬉しそうだった。
こんなふうに沢山の人と食事することが久しぶりで、マリもミランダも楽しくて何度も笑った。

途中ラビがアレンをからかって、リナリーがそれを窘める。昔よく見た光景に、ミランダは胸が熱くなってなんだか泣きそうになった。

「ふぎゃあ、ふぎゃあ、」

泣き声でお腹が空いているのを感じて、ミランダはベルを連れてベッドルームへ入る。
念のためワインを呑んでいなくて良かった。
張った乳房を出して、ベルの口にあてると勢いよく吸い付いてくる。

「う・・いた・・」
(やっぱり痛い〜・・)

顔をしかめていると。

《コン、コン》

「・・ミランダ、入っていい?」

リナリーの声がした。
ミランダは咄嗟に自分の姿が恥ずかしいような、照れ臭いような気持ちになったが、相手はリナリーだし、意識し過ぎる自分も妙だと思い直して、

「あの・・ど、どうぞ」

カチャ、とドアが開く音がした。

「わぁ・・ミランダ、お母さんね」

感心するようなリナリーの声に、顔を赤くして笑う。

「な、なんだか恥ずかしいわ」

リナリーはミランダの隣にそっと腰掛けて、一心に乳を飲むベルを見つめた。

「・・なんだか、羨ましいな」
「え・・?」

リナリーは、俯いてなんだか泣きそうな顔をしている。

「どうしたの・・リナリーちゃん?」
「・・・・ミランダ」

突然、リナリーの瞳に涙が滲んだ。

「リ、リナリーちゃん・・?」

リナリーの瞳から、ポツンと涙が落ちる。

「ごめんね・・ミランダ・・」
「どうかした?」
「・・違うの・・私・・」

顔を手で押さえて。

「・・・昔に、戻りたいって・・思っちゃうの」
「リナリーちゃん・・」
「あんなに辛い戦いだったのにね・・どうしてこんな事考えちゃうんだろ・・」

リナリーはハンカチを取り出して涙を拭うと、一つ呼吸をして、

「今日ね、ラビとブックマンは・・教団を出たんですって・・」
「え・・?」

ミランダは目を見開いた。

「兄さんに聞いたの・・他は誰も知らないわ、アレンくんも・・だから・・ラビ達とは、ここでお別れなのよ」

そう言って、リナリーは肩を震わせて泣き出した。

「みんな、いなくなって行く・・」

そう絞るように呟いた言葉に、ミランダはハッとした。誰よりも、先に教団を出て行ったのは自分達だったから。

(リナリーちゃん)

幼い頃からあの場所で過ごした彼女にとって、家族とも言える仲間が去って行くのはどれほど辛かっただろうか。
ミランダはリナリーの手を取った。

「ごめんね、リナリーちゃん・・」
「ミランダ・・違うわ、そんな意味で言ったんじゃ・・」
「ううん、そうじゃないの・・私ちゃんと伝えてなかったと思って・・」

リナリーが不思議そうにミランダを見る。ミランダは、つられるように涙で目を潤ませながら、ニッコリ笑った。

「離れていても、私たちは『家族』よ・・あなたは、大事な大事な・・」
「・・ミランダ・・」
「何回でも言うわ、私たちはもう『家族』なのよ」

言いながら、ミランダの瞳からも涙が零れる。
リナリーは頷いて、そのままミランダの肩にもたれるように、泣き出した。

「・・ミランダ、お母さん・・みたい」

ミランダはクス、と笑って

「・・お母さんよ、私」
「そうね・・そうだったわね」

リナリーも、泣きながらクスクスと笑い出した。




時計は6時を告げて。
日はすっかりと落ちて、うっすらと月がでている。

「いやー、楽しかった!やっぱ新婚家庭はいいなぁ、俺も子供欲しくなっちまったさ」
「何を言っとるか、この馬鹿モン」
「冗談だって!いちいち本気にすんなよ、ジジィ」

ラビの明るい声が、ミランダの胸に染みた。

「んじゃ、そろそろ行くか」
「そうですね、長居しちゃいました」

皆、がたがたと席を立つ。

「名残惜しいである・・」

クロウリーはそう言って、ベルの小さな指を摘んだ。

「また、ぜひいらして下さいね」
「え・・いいのであるか?」

クロウリーが嬉しそうに頬を染めて、ミランダを見る。

「もちろんだ」

マリも頷いて、クロウリーに手を差し出すと、クロウリーはパァッと顔を輝かせて、ぎゅ、と握手を返した。

「必ず、来るである!」
「私も、また来るからね!」

リナリーが帰り支度をしながら言うと、アレンも声をかけた。

「僕も、ベルちゃんに会いにきますね!」
「おいマリ気をつけろよ、アレンてばちっちゃい子にモテっからさ」
「ちょっとラビ、人を変質者みたいに言わないでくださいよ」

ムッとして睨みつけるアレンを

「ワリィ、ワリィ」

笑いながらラビは玄関のドアをくぐる。

「では、邪魔したの」
「じゃーな、マリ、ミランダ!おっと、ベルちゃんも!」
「お邪魔しました!」
「またベルちゃん抱っこさせてね」
「また来るである」

口々に別れの挨拶をするなか、ラビとブックマンは再会の言葉を言うことはなかった。

「みんな、今日はありがとうすごく嬉しかったわ」
「気をつけて、帰るんだぞ」

手を振って、見えなくなるまで手を振って。

(・・・・・・)

あの二人に感謝の言葉も言えなかった。
今まで、いっぱいいっぱいお世話になったのに・・・。

(今からでも・・遅くないかしら・・)

追い掛けて、ただ一言言うだけでも・・。

突然、ミランダの手が掴まれる。
ハッとして見ると、マリは静かに首を振った。

ミランダの気持ちを分かっているように、

「・・それは、よくない」

「マリさん、知って・・?」
「ラビの奴の声を聞けばわかるさ・・あいつはまだまだ未熟者だ」

哀しく笑って呟く。

「・・・・・・」

ミランダは耐え切れないようにマリに抱き着くと、そのまま顔を埋めて泣き出した。

「・・・ミランダ・・」

宥めるように、頭を撫でられて。

「淋しい、です」
「そう、だな」

こうやって世界は変わって行くのだ。人は、動き続けるものだから。
新たな出会いと別れを繰り返しながら、喜びと痛みを刻みながら生きて行かねばならないのだ。

ミランダはマリの胸に顔を埋めながら、この温もりだけは離したくないと、けして離れないと、祈るように強く思うのだった。









午前2時。


「ふぇ、ふぎゃあ、ふぎゃああ・・」

ミランダはソファーから這うように起きる。

(・・い、1時間しか経ってないのに・・)

今日は人がたくさん来たから興奮したのだろうか、いつもより起きるペースが短い。

「はいはい・・」

抱き上げて、乳をあげようと夜着のボタンを外す。

(!・・痛い・・)

顔をしかめるのも、毎度の事。ンック、ンックと勢いよく吸い上げられているうちに、ミランダはうとうととして。
このまま乳をあげながら眠りたい、そんな事を考えていると、ふいにベッドルームのドアが開いてマリが出てきた。

「・・あっ!・・起こしちゃいました?」

ハッとして、一瞬にして眠気が飛ぶ。マリは首を振ると、そのままミランダの隣にすわって

「・・そろそろ、一人で寝るのは淋しくてな」
「えっ・・で、でもっ」
「ミランダ、わたし達は、家族だろ?」

そっと、ミランダの肩を抱いた。

「大変な時は、家族が力を合わせて乗り切るのが1番だと思わないか?」

(あ・・・)

ふと、リナリーが思い出される。
仲間の事を家族のようにいつも案じていた彼女に、昔同じような事を言われた気がしたのだ。

(・・家族・・)

ふと、何か手応えを感じるような感覚がして。

「家族って、仲間・・ですよね」

マリを見る。

「ああ、そうだな」
「・・仲間・・」
「・・ミランダ・・」

噛み締めるように呟いたミランダに、マリは意図することを察したのか、肩を抱く力を強めると

「わたしたちは、同じ目的を持って生きる、仲間だと思わないか?」
「・・そう、ですね」

ミランダはマリの胸に寄り添いながら、そっと目を伏せた。その言葉が嬉しかった。

「だから、もう少しわたしを頼ってくれないか?」
「え・・?」

ミランダは思いがけない言葉にキョトンとして、マリを見つめた。

「新しい仲間を二人で一緒に、育てて行きたいんだ」

新しい、仲間。

乳を吸いながら、眠りにつこうとしている娘の頭をマリがそっと撫でながら、

「・・寝不足も、肩凝りも、一緒にな」

そう言って笑ったマリの顔は、ミランダが大好きな優しい微笑だった。

「・・マリさん」
「出来るだけ協力して、色んな事を分け合っていかないか」

眠りについたベルを、マリの大きな手で抱き上げる。

「とりあえずは、夜は一緒に寝よう」
「・・マリさん」
「いいだろう?」

ミランダは頷いた。
マリの見えない瞳が、とても温かい色を映していて、自分の胸の奥にあった頑ななものを溶かしていく。

(・・あいかわらずね)

昔から、彼はミランダの心が手に取るようにわかる、魔法使いだった。一番欲しい時に、一番欲しい言葉をくれる。

(本当は、私も一緒に眠りたかったの・・)

ミランダは、マリの肩にもう一度もたれかかる。

「・・ありがとう」

いつもの「ごめんなさい」をやめて、そう囁くと。マリは、それは満足そうに微笑んでいたのだった。








End

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