D.gray-man T






「はいはい、ち、ちょっと待ってぇ・・」

突然泣き出す我が子に焦りながら、ミランダは昼食の準備をしていた。

「お願い、これ、これだけやらせてぇ」

真っ赤な顔で泣く子を振り返りながら、慌ただしく鍋を掻き混ぜ、皿を棚から取り出す。

「ふぎゃああああんっ!」

待ちかねるように、更に大きな泣き声が聞こえると、ミランダは焦りから手に持っていた皿を落としてしまった。

ガッシャーン!

「いやああっ!」

お気に入りの青い小花の模様がついたスープ皿が粉々に砕けてしまい、思わずかき集めるようにその場へうずくまる。

(ああ・・もう、私ったら・・どうして)

一目惚れしてちょっと奮発して買ったペアのスープ皿・・いつも気をつけて使っていたのに。

「・・・ぁぁぁ・・」

力無くうなだれていたが、背後からさっきよりも力強く泣く声がして、ミランダは立ち直ざるを得ない。

「わ、わかったわ・・ごめんね」

慌てて抱き上げて、背中をトントンと叩くと、腕の中の娘は、遅いよとでも言いたげに顔をミランダの肩に擦り寄せた。

産まれてまだ一ヶ月しか経っていないのに、
この小さな娘にはミランダの存在が母親として認識されているのがミランダには不思議であり、嬉しかった。

(やっぱりお腹の中で、覚えているのかしら・・)

安心したように、泣き止んだのを見て、ミランダはホッとして笑う。

その時、

《コンコン》とノックが聞こえて、ミランダはハッとした。

(嘘っ・・マリさんもう帰ってきちゃった?)

午前中の仕事を終えた後、マリは昼食を食べに戻ってくる。

「は、はい・・」
(困ったわ・・まだ途中なのに)

ミランダはドアへ向かって、おそるおそる聞いた。

「マリさん・・?」
「郵便です」
「えっ!は、はいっ」

少しホッとして、ミランダはドアを開くと・・

「「「おっ邪魔しまーすっ!」」」

「・・え?・・」

そこには懐かしい仲間の面々。ラビにブックマン、アレンとクロウリー、そしてリナリーが立っていた。
あまりに予想外な出来事に、ミランダは目を見開いて呆気にとられてしまう。

「うっわー!ちょっ、小っせー!」
「ダメですよラビ、汚い手で触っちゃ」
「か、可愛いである・・」
「ふむ・・どうやらマリよりはおぬしに似たようじゃな」

わっ、とミランダの胸に抱かれている赤ん坊に皆群がった。

「あ・・あの、どうしたの?」

すると、ウフフと笑い声が聞こえて

「お祝いに来たのよ、ミランダ」

リナリーが手に持ったケーキの箱を見せる。

「ほら、これはジェリーからさ」

持ってきたバスケットの中をちら、と見せるとローストチキンやグレービーソースを入れた瓶が見えた。

じわと涙が滲んで。

「み・・みんな・・」

ぽろぽろと、ミランダの瞳から涙がこぼれるのを見て、

「全く、おぬしは相変わらずじゃのう」
「そうですよ、ミランダさんお母さんなんですから」

アレンがミランダの背中をトントンと叩いた。その時、ミランダの涙につられるように突然赤ん坊がグズリ始めて、

「あ、なぁに?どうしたの?」

慌ててあやす。

「きっと、泣いてるミランダが嫌なのよ」
「そうそう、だからほら早く食おうぜ」

ラビが勝手に室内へ足を踏み入れた。

「あっラビ、失礼ですよ!」
「いいのよ、散らかってるけど・・どうぞ」
「お、どしたん?マジで散らかってっけど・・」

ラビが軽く面食らって、ミランダを振り返る。
ミランダはハッとして

「あっ・・!ごめんなさい、さっきお皿割っちゃって・・」

赤ん坊を揺り篭において、慌てて破片を拾い始めると、リナリーが塵取りと箒を持ってかき集めた。

「ああもう、ミランダはいいから」
「ご、ごめんなさいね・・リナリーちゃん」
「ふふ、ほんとミランダってば相変わらずなんだから」
「そういや教団で生活してた時もしょっちゅう皿割ってたもんな」
「そうそう、それでジェリーさんが強度のある皿を科学班に特注したんですよ」

ハハハ、と笑い声がしてミランダは恥ずかしそうに俯いた。

「も・・もう、みんなったら・・」

その時、

「どうしたんだ?お前達・・それに、ブックマンまで」

たった今帰ってきたばかりのマリが、驚きを隠せずに立っていた。

「マリ!」
「おお、久しいのう」

マリはブックマンに一礼して

「ご無沙汰しております」
「うむ、おぬしらの子供を見物にきたんじゃ。突然ですまんかったの」
「だって、やっぱサプライズは大事だろ?なぁ?」

ラビがいたずらっぽく笑ってマリの背中を叩いた。その後ろには同じように年相応の顔で笑うアレンと、肩を竦めるリナリーとクロウリーがいる。

「まったく・・」
ふ、と笑った。

「ねぇねぇ、私赤ちゃん抱っこしたいな」

リナリーがミランダにお願いすると、

「あっ僕も!」
「俺も!」

わっ、と揺り篭に集まったが、リナリーが、ちろと睨む。

「ちゃんと二人とも手を洗ったの?赤ちゃんは雑菌に弱いんだから」
「「・・・・」」

アレンとラビは先を競うように手を洗いに行った。ミランダは揺り篭から、まだ首の据わらない頼りなげな体を抱き上げて、

「はい・・抱いてあげて、リナリーちゃん」

リナリーは馴れない手つきでそっと受けとると、嬉しそうに微笑んだ。

「わぁ・・可愛い」
「あっ!いいなぁっ」
「次は俺ね、俺っ!」

手を拭きながら二人が現れて、リナリーと赤ん坊を取り囲む。

「ほんと、小っせぇさぁ」
「わっ、見てください、この爪!」
「ねぇ、名前はなんて言うの?」

リナリーが聞くと、ミランダとマリは顔を合わせて、黙ってしまった。

「・・・・・・・」
「・・・それが・・」

ブックマンは眉を寄せて

「なに?まだ決まっておらんのか?」
「もう一月になるのであろう?少し遅いのではないであるか?」

クロウリーも心配そうに言った。

「そ・・それが・・」

ミランダはマリをそっと窺う。マリは頭を書きながら、

「名付け親が・・師匠なもので・・まだ連絡がないのです」

困ったように、呟いた。

「ティエドール元帥・・忘れてんじゃねぇのか?」
「そんな、ラビじゃあるまいし・・そういえば元帥はどこですか?」
「たしか・・今頃はベトナムあたりにいると思うが・・」

マリが思い出すように言うと、

「えっ!ベトナム?」

リナリーが反応して、声を上げた。赤ん坊をマリへ渡すと、

「ち、ちょっと・・待って!兄さんから預かってきたのよっ・・あった!」

慌てるように、持ってきたバックをガサゴソと探って白い封筒を見せた。

「たしか、ベトナムからの手紙って言ってたわ!ティエドール元帥かも・・」

ミランダが渡された手紙を見ると、差出人は不明だが宛名はマリとミランダになっている。

「あ、開けます・・」

ピリ、ペーパーナイフで封を切ると中から数枚の便箋が入っていた。便箋を開くと見覚えのある右上がりに癖のある文字の羅列が見えて、咄嗟にマリを見る。

「こ、これティエドール元帥からですっ・・」
「なんて書いてあるんだ?」
「え・・ええと・・」

全員の注目を集めるなか、ミランダは読み始める。

「・・・・・・・?」
「・・ミランダ?」
「どうしたの?」
「その・・・」

ミランダが困ったような顔でブックマンを見る。

「なんじゃ?」

ミランダから手紙を取り、読み始めると怪訝な顔になった。

「ううむ」
「おい、ジジィどうした?」
「なんて書いてあるんですか?」

ブックマンはマリを見て、

「これは、間違いなくおぬしの子の名前が書かれておるが・・些か数が多いのう・・」
「どういうことでしょうか・・」
「それぞれが様々な言語で書かれた、名前の候補のようじゃな・・」

ブックマンが試しに一つ二つ読み上げるが、
誰ひとりとして復唱できる者はいなかった。

「何語なの・・?」
「古代の言葉も入っておるが・・全てに共通した意味があるようじゃな」

ブックマンが手紙にもう一度目を通して、

「例えば・・このギリシャ語のユーアンゲリオーンや、ラテン語のエウアンゲリオンこれは・・」
「おお!福音か・・!」

ラビがピンときたように言った。

「たしか、福音には『よい知らせ』っつう意味の他に『戦いの勝利』、という意味もあったよな」

ラビの言葉にブックマンは頷いて。

「とにかく、ここにある名前の全てが『福音』を意味しておるわ」



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