D.gray-man T





身を二つに裂かれるような激しい痛みのあとに待っていたのは、今までで1番素敵な出会いでした。

なのに。

物事は、なかなか上手くいかないものね・・・。






時計は午前3時。


「ふぎぃ、ふぎゃああん・・」

その泣き声にハッとして、ミランダは顔をあげる。どうやらまた揺り篭を揺らしながら寝てたらしい。
真っ赤な顔で火がついたように泣いているのは、一ヶ月前にミランダがお腹を痛めて産んだ可愛い娘。少しだけ慣れた手つきで抱き上げて、夜泣きする子の背中をトントン、あやす。
さっき寝たのは午前1時だったから、2時間しか寝てない。ちなみにその前も2時間前に起きていて、赤ん坊はぴったり2時間感覚で寝ては起きるのだ。

(お腹空いたの?それともオムツ?それとも・・)

とりあえずソファーに座って、ミランダは夜着を少し開けると、クッションを支えにしてオッパイをくわえさせた。

(!・・ううっ・・い、痛い)

ひそかに顔を歪ませる。
赤ん坊の乳首を吸う力はけっこう強くて、まだ慣れない。産婆のおばあさんは、時間が経てば赤ん坊も飲むのが上手くなるし、慣れるから大丈夫だと言っていたが、これは慣れるレベルじゃないくらい痛い。

(・・うううっ・・い、痛い〜っ)

ミランダは、歯を食いしばりながらグッと堪える。
ンク、ンク、とミランダの乳首を吸って、赤ん坊は次第にとろとろと眠りの世界へ旅立つようだ。

ンク、ンク、ンク・・ンク・・・ンク・・

うとうとして吸う力が弱まって、そうして赤ん坊の口からミランダの乳首がこぼれる。

(・・寝た?・・)

そっと見ると、唇が半開きになって眠っている。

(まあ)

その様子に思わず笑みが零れてしまった。
起こさないようにそっと抱き上げ、おくるみを巻いて揺り篭へおいて、ふう、とため息をついてからミランダはひとつ欠伸をした。

(ほんと・・赤ちゃんて・・・大変)

ミランダはソファーに腰掛けて、隣の部屋にいる彼が起きなかったことにホッとしていた。

(マリさん、耳がいいから・・)

彼はその聴覚の良さから、いつも赤ん坊が泣く前に目が覚めてしまう。そうしてミランダが起きる前にあやしてしまうので、必然的にマリの睡眠時間が削られているのだ。
ミランダはそれが申し訳なくて、なんとかしようと赤ん坊と二人、夜はマリと別に過ごす事に決めた。
夜はソファーで仮眠しながら赤ん坊の世話をしているが、この生活もそろそろ二週間になりミランダの体力も限界に近づいてきていた。

(・・ほんと・・眠い・・)

初めての育児のプレッシャーもあり、手の抜きどころも分からない。
途切れ途切れの睡眠、重度の肩凝りや抱っこによる手首の痛みなど、想像もしてなかった体力の消耗に、ミランダは毎日戦っていた。

ソファーにそっと横になる。おそらく次は午前5時だろう、できれば彼が起きる6時まで寝ていてほしい。
明日は教会で聖歌隊の伴奏を頼まれているから、寝不足なんかで行っては大変だ・・・。

そんなことをぼんやりと考えながら、ミランダはいつの間にか眠っていた。


ミランダが眠って30分もしないうち、赤ん坊が身じろぎして顔をしかめる。

「ぐ・・ふぎゃ・・」

その時、大きな手が掬い上げるように赤ん坊を抱き上げて、揺り篭のように優しく揺らした。

「ふぇ・・ふ・・・・」

しかめた顔は、抱き上げられて安心したからか、再び小さな寝息をたてはじめた。
ふ、とマリは微笑んで。小さな娘が深い眠りに入るまで、もう少しだけ抱いていた。

ソファーから聞こえる寝息と、腕の中から聞こえる寝息が重なるようにシンクロしていて、それはマリにとっては例えようもない幸せな音楽に聞こえた。


(・・・・・)

そうっと、赤ん坊を揺り篭に寝かせる。寝息を聞くと、深い眠りに入ったようだ。
マリは棚からブランケットを出すと、ソファーでクッションを抱えるようにして寝ているミランダに、掛けてやる。

(・・全く・・)
苦笑して。

正直に言うなら、マリは夜に起きるのを苦に感じたことはない。それどころか、昼間あまり触れ合えないのを夜に解消できて、嬉しいぐらいだ。
けれどミランダはマリが夜起きると、それを申し訳なく思うようで、起きれなかった自分を責めてしまうのだ。

マリは昔からの訓練もあって、深い眠りはできない。それどころか、気配や物音で瞬時に目覚めることを常としていたので、赤ん坊の声で目覚めるのはマリにとって仕方がない事であった。
それをミランダに説明しても、やはりマリが起きると、どうも自責の念にかられてしまうようで、それはそれで元気がない彼女を見るのが辛い。
結局マリは夜はベッドで一人過ごし、朝になってミランダに睡眠がしっかりとれたことをアピールする。
するとミランダは、ホッとしたように笑うので、マリは仕方なく次の夜も、一人ベッドで過ごすのだった。


マリはミランダの髪をそっと撫でて、

(・・・・頼ってきてくれると嬉しいんだが)

困ったように小さくため息をついた。

(そろそろ、一年か)



あの戦争が終わり、AKUMAも千年伯爵もいなくなり、マリとミランダはかねてからの約束通り夫婦になった。
戦争が終わったからといって教団がなくなった訳ではない。エクソシストの二人は今も所属は教団にあるが、以前のように強制的に本部に住む必要もなく、現在は本部から少し離れたロンドン郊外に住まいを構えている。

コロニアル様式のこの小さな家は、もともと師匠のティエドールのもので、彼は著名な芸術家でもあったからそれなりに財もあり、各地の熱烈な信奉者から家や土地を贈られる事も少なくなかった。
二人が住むこの家もその一つで、ここは二人が結婚した時にティエドールにプレゼントしたいと言われて、流石にそれは固辞したが、せっかくの申し出なので賃貸として月々家賃を払っている。

そんな二人にティエドールは苦笑しながらも、自分の厚意が全く無駄にならなかった事を、喜んでいるようだった。

生活は、教団からの定期的に支給される手当てもあり困窮している訳ではないが、働かざる者・・という性分もあり、移り住んですぐにピアノやバイオリンの教師をはじめ、たまに頼まれて教会でオルガンを弾く事もある。

そうして、暫くの後に二人に可愛い娘を授かったのだ。


マリはふと、思う。

今のこの幸せが夢なのではないか、と。若い頃から死線をくぐり抜け、いつも何かに追われるような緊迫感が隣り合わせにあった。
AKUMAの血の匂いや断末魔の叫びが、マリにとっては日常であったのに。

昔、どこかで夢見た生活がここにある。

愛する人を妻にして、可愛い子供を持ち。静かな場所で、小さな家で、穏やかに日々を過ごす。

毎日が小さな幸せと小さな不幸で成り立って、そんな日常に一喜一憂しながら、暮らしている。

「・・う・・・ん」

ミランダが、身じろぎして。
うっすらと目を開くと、隣に座るマリを見た。

「・?・・!!」

ハッとするように、がばとソファーから身を起こして

「ご、ごめんなさい・・マリさん、起きて・・」
「シッ・・」

静かに、と口に指をあてる。

ミランダは慌てて口を押さえて赤ん坊を見るが、彼女はスウスウと寝息をたてていた。安心してため息をついて、それからマリを窺うように見ると、

「あ、あの・・」
「ちょっと目が覚めてしまってな」

ブランケットに気付く。

「あ・・す、すみません」

マリは首を振って、

「なんだか寝過ぎたせいかな、目が冴えて眠れそうになくてな」

時刻はちょうど4時。

「わたしが見ているから、ミランダはベッドで寝ておいで」
「い、いえ、平気です」

マリは困ったように笑って、

「たまには、わたしにも娘の世話をさせてくれないか?」
「え、あ・・」

ミランダの頬が、そっと染まる。
少しだけ迷うように、マリと赤ん坊を見て、
それから申し訳なさげに。

「じ、じゃあ・・いいですか?」
「もちろん」
「・・あ、あの、マリさん眠たくなったら言ってくださいね?私、眠れないの慣れてますから」
「ああ、わかったよ」
「じ・・じゃあ、あの・・」
「ほらほら、太陽が昇ってしまうぞ」
「あ・・は、はい」

ミランダは顔を赤らめながら何度もマリと赤ん坊を振り返りつつ、ベッドルームへ入って行った。

(・・全く・・お前のママは、あいかわらずだよ)

口元に笑みを浮かべ、心の中で娘に呟いた。




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