D.gray-man T





(そうよね、そんないい事なんて・・続かないわよね・・)


涙で前が霞んでよく見えない。
ふらふらと歩きながら、さっきの光景が何度も頭を過ぎってしまう。
涙と鼻水でビショビショにハンカチを濡らしながら、ミランダはトボトボと自室へと歩いていた。

ふと、時計を見て3時のお茶の時間が過ぎた事に気がついて

(・・リナリーちゃんに、悪い事しちゃったわ)

チョコレートケーキ、一人で食べてるのかしら・・申し訳ない気持ちになりながらも、どうしても足は談話室へとは向かない。

(あの彼女・・とても可愛らしい人だったわ)
ずきん、とする。

(あんなふうに、抱きつくみたいに縋って・・・)

マリさんの事、よっぽど好きなのね・・。

(・・・好き・・)

胸がキュウと痛んで、また瞳から大粒の雫が落ちてしまう。

(だめよ、ミランダ・・・・そうよ・・誰だって、私みたいな女より、若くて可愛いあの娘みたいな方が、いいに決まっているじゃない)

ちょっと幸せに慣れてしまったから、久しぶりの不幸が思いの外、こたえているだけよ。


階段を上る足が、重たくて仕方なかった。手摺りにもたれるようになんとか上りきると、涙で霞んだ視界に、ミランダが今1番会いたくない人が立っていた。

「・・ミランダ」

その声を聞いて、ミランダの瞳はさらに溢れてしまう、もう全身の水分が出てしまうようだ。

「マ、リ・・さんっ・・」

使い物にならなくなったハンカチで押さえるが、全く意味をなさない。

「どうして泣いているんだ?」

心配そうに近づいて、そっと屈むと、ミランダの涙を指で拭う。

「!」
たまらず、顔を背けた。

「あっ、ご、ごめんなさいっ・・!」
「どうかしたのか・・?」

ミランダは首をふるふると振って、なんでもありません、と言おうとしたが声が出なかった。

「・・・・」
「何か、あったのか?」

黙り込むミランダに、マリは更に心配そうに語りかけてくる。

「もう・・いいんですっ・・」

絞るように、小さく叫んだ。

「私なら、だ、大丈夫ですからっ・・」
「ミランダ?」

怪訝な顔をする。

「そ、そりゃ納得いかなくはないですけど・・わ私なんて、こ、こんなだしっ・・」

ずず、と鼻を啜りながらもなんとか笑おうとするが、引き攣ってしまって無理だった。

「いっ今まで、お付き合いできただけでも・・し、幸せでしたっ・・」
「お、おい」
「だ、だからっ・・」

『お幸せに』と言おうとするが、どうしても言えなくて。

「何を、言ってるん・・」
「さようならっ!」

マリをすり抜けるように、走り出したが

「ち、ちょっと・・待てっ」

ぐいと右手が引かれ、マリに手首を掴まれてしまう。

「その、いったい何の話を・・」
「は、放してくださいっ・・」

マリの手から逃れようと、抵抗するように自分の手を引っ張った。けれど、マリも優しい力ではあるがしっかり掴んで放そうとしない。

「マリさんなんて・・」

消え入るような、小さな声で、


「・・・嫌い、です・・」
「!?」


一瞬マリの手が緩む、その隙に手を振りほどいて

「ご、ごめんなさい・・さよならっ・・!」

ミランダは涙を押さえながら、駆け出して行く。


(嫌い?)

振りほどかれた手をそのままに、茫然とその場に立ち尽くしてしまう。

(何なんだ・・あれではまるで・・)

別れを、告げられているようではないか・・・

(別れ・・?)

「ち、ちょっと待て!」

慌ててミランダを追いかけた。




ラビは疲れた顔で、自室までの道を歩いていた。
リナリーからの執拗な取調べからやっと解放され、とにかく今は横になって休みたい。
取調べによって、立ち聞きがばれてしまい、
リナリーにドライアイスなみの冷たい視線を向けられて深く傷ついていた。

(ハートブレイクさ・・)

ため息をつきながら歩いていると、視線の先に騒動の張本人が何か慌てた様子で走ってくる。

「ちょい待ち!」

その腕を掴んだ。

「!?・・ラビか」
「どこ行くんさ、マリ」
「すまん、今はちょっと・・急いでいるんだ」

掴まれた腕を振りほどこうとする。ラビは何か閃いたように、片眉を上げて

「いやいや、まずいってマリ」
「・・は?」
「いや、まぁ、俺も男だし気持ちは分からなくはないさ」

マリの肩をぽん、と叩く。

「いっつも肉食ってたらたまには魚も食いたくなるわな、甘いものの後はしょっぱい煎餅ってな、分かるよ男ってそんなもんさ」
「・・煎餅?」
「でもほら、今はまずいって、ミランダ帰ってきてんだから」
「ミランダ?・・すまん意味が・・」

理解出来ないと、首を捻った。

「隠しても遅いって、てか手遅れだよ」

ラビはハア、とため息をついて

「・・・もうミランダもリナリーも知ってんさ」
「?」
「ミランダに知られるのは以っての外だけど、リナリーに知られたのもヤベェさ」
「・・リナリー?何だ?何を言って・・」

ラビは腕を組んで、少し考え込んでから

「俺さ、前からリナリーって可愛いのになんであんな怖えのか、不思議だったんだけど・・実は最近その謎がようやく解明できたんさ」

キョロキョロと辺りを見回して、誰もいないのを確認すると

「・・・リナリーは魚座のB型なんだ」
「・・・は?」
「つまり・・・」

「・・ソカロ元帥といっしょなんさ」

ぼそり、呟いた。

マリの顔が引き攣る。いったいラビは何を言いたいのかさっぱり分からない。
ミランダの名前が出たのでつい足を停めてしまったが、もうここに居る必要はなさそうだ。

「すまんがラビ、急いでいるんだ」

早くミランダを見つけて、誤解があるなら解いておきたい。とにかく話し合わねばならないのだ。

その時、


「見つけたわよ、マリ」

噂をすれば、のリナリーが仁王立ちで立っていた。そしてその後ろには、ミランダが隠れるように立っていて、

「リ、リナリーちゃん・・私は・・」
「いいから、ミランダはここに居てっ」

どうやら無理矢理連れて来られたようだ。
マリはミランダが見つかってホッとしつつも、リナリーから醸し出す殺気に顔を強張らせる。

「ねぇ、マリ・・ちょっと聞きたいんだけど」
「な、なんだ?」
「返答しだいでは・・どうなるかしらね?」

ニッコリ笑うと同時に、ダークブーツを発動させた。

「ちょ、ちょい待つさリナリー!」
「あら、なあに?だから返答しだいって言ってるじゃない」
「そ、そうよ、リナリーちゃんっ・・やめて、私の事なんて気にしなくていいから」

首を振ってリナリーに縋り付く。

「何いってるの?ミランダ、悔しくないの?私だったら許せないわ」
「で・・でも、仕方ないわ私なんかじゃ・・」
「その・・すまないが、どういう事か説明してくれないか?」

一人、話が見えなくて声をかけると、

「マリ・・往生際が悪いわよ」
「そうさ、隠す優しさも確かにアリだけど、もう今更遅ぇって」
「は・・?」

何が何だかさっぱり分からず、とにかく説明を求めて口を開いた時、

「あ、あのー・・」

今度は別の声がして、全員が声の主を振り返った。
そこには、噂の彼女が手にピンクの封筒を持って佇んでいる。彼女はマリを見て、パッと顔を輝かせると小走りで駆け寄った、が。

「ちょっと、あなた」

ずずい、とリナリーが立ちはだかる。ちら、と封筒を見て、

「それ、何よ、もしかしてラブレター?」
「そ、そうですけど・・」

リナリーは片眉をグイッと上げて

「あなたね、人の恋人に手を出すってどういうつもりなの?」
「恋人・・?」
「知らないふりしたってバレバレよ!」

ビシッとミランダを指差して、

「ミランダの恋人に手を出すなんてっ・・」
「ち、ちょっと待て!なんの事だっ」

マリが慌てて口を挟む。

「どういう事ですか!?マリさんっ、恋人いないって言ったじゃないですかっ!」

彼女がマリを責めるのを聞いて、

「なんですって?ちょっとマリ、あなた彼女を騙していたの!?」
「ち、ちがうんだ・・そうじゃなくて・・」
「おい!ミランダ大丈夫かっ!」

ラビに支えられたミランダは、真っ白な顔で今にも倒れそうになっている。

「キャー!ミランダーッ!」

事態の収拾をはかるのはもはや絶望的かと思ったその時、背後から助け舟があらわれた。


《ドガアァァッ!!バキィッ!!》


(((!?)))

突然、凄まじい破壊音が聞こえて全員が振り返ると、自室のドアを蹴破って不機嫌度MAXの神田が立っていた。

「・・テメェら、五月蝿ぇんだよ・・」

手には六幻。震えが起こる程の殺気が辺りを包んで。

(((そ・・そうだ、ここ・・)))

神田の部屋の前だと気付き、一同は顔を引き攣らせる。
そういえば神田は任務から朝帰ってきて、自室で仮眠中だった。寝起きの彼の恐ろしいのはこの場にいる全員が身をもって経験済みである。

「ご、ごめんね、神田」
「わ、悪ぃな、静かにするさ・・」

それぞれが障らぬ大魔神に祟りなしで、ゆっくり後退りしていると、

「あっ・・あのっ!」

一人、さっきの彼女が神田に近づいていくのに気付いて、

「ちょっ!待つさ!」
「だ、駄目よっ・・!」

ラビとリナリーが慌てて止めようと身を乗り出したが、一足遅かった。


「好きです!これ、読んでくださいっ・・」


ピンクの手紙を神田に差し出した。


(((エエエエエエーッ!!!)))

全員が凍りついた。けれど次の瞬間、

《シャッ》

何か手応えのない音がして、見ると彼女の手にあった手紙が真っ二つに割れている。

「ひっ・・!」
小さく彼女が叫んだ瞬間、

「・・おい・・・」

神田は六幻の刀先を彼女に向ける。

「・・五月蝿ェって、言ったろうが・・」
「・・ひ・ひぃ・・」

眉間にあと数ミリ、という所まで近づけられて、奇妙な呻きを発した後、彼女は後ろへ垂直に倒れて行く。
ラビが慌てて支えるように抱き上げると、真っ青な顔で気絶していた。

(こ、怖ぇ・・)
(告白しにきた娘を刀で脅すなんて・・)
(ヒイィ・・)

その場にいた全員が、常人には計り知れぬ、神田の人でなしぶりに声をなくしていた時、

(・・だから言ったのに・・)

今までの彼女への忠告が無駄になってしまい、マリはため息をついた。







巨大エビフライを頬張りながら

「えー?ふまいおいいうおとれふは(つまりどういう事ですか)」
「・・だから、結局マリじゃなくてユウが好きだったってわけよ・・」

ラビが苦笑いして言った。

アレンは任務の後という事もあり意識の殆どは食事に向けられていて、ラビの話にはあまり興味がないようだ。

「なんだかマリに悪い事しちゃったわね・・私たち」

リナリーが肩を竦めて、切り分けたチョコレートケーキをアレンに差し出す。

「ありがとう、リナリー」
「どういたしまして」

微笑み合う二人に割り込みように

「そういや、ユウは入院しててもすぐ退院してたもんな、あの娘も本性知らずに一目惚れしててもおかしくねぇさ」
「うーん、そうね確かに神田って顔はいいものね」

納得するようにリナリーが頷くと、横からアレンが

「神田は顔だけが取り柄ですからね」

眩しいほどの笑顔で呟いた。

「・・・ま、まあとにかく」

ラビはリナリーからのケーキを一口食べて、

「ミランダの誤解が解けたのが1番さ」

リナリーは頷いて、マリとミランダの分のケーキを紙に包んだ。
今頃、きっと誤解が解けて二人はきっとこのチョコレートみたいに甘くなっているのだろう。
そう思うと羨ましくて、恋に憧れるように、ため息をついたのだった。






「ぁ・・あのっ・・」

「なんだ?」
「も、もう・・許して、もらえませんか・・?」

赤い顔で俯いた。

ここはマリの自室。
ミランダはある場所から動けずにいた。さっきから、ずっとマリの膝の上に座らされている。
背後から抱きしめられて、髪を撫でられ、頭にキスされ、いつもより過分なスキンシップにミランダの羞恥心はショート寸前だ。

「・・どうしようかな」
言いつつ、ミランダの耳たぶに唇を寄せる。

「・・んっ・・!」

体がビクッとして、恥ずかしくて涙目になって。

「まだ・・許したくないな」

今日のマリは、いつもより少しだけ意地悪だ。自分の体に縫い付けるように、ぎゅう、と抱きしめられる。
ミランダを抱きしめたまま、マリはそのままベッドに寝転ぶので、ミランダも必然的にベッドに寝転ぶ事になる。

「・・マ、マリさん!?」

時刻は夕方に差し掛かってはいるが、まだ夜ではない。こんな日の明るい内にベッドにいるなんて、はしたない事だ。
ミランダは一人起き上がろうとするが、マリの腕に押さえられてしまう。

「マ、マリさん・・い、いけませんっ」
「だめだ・・そんな可愛らしく言っても・・」

ちゅ、と額にキスされて

「・・止まらなくなるだけだ」
「そ、そんなっ・・マリさん、意地悪ですっ」

抗議するように、マリの胸を叩く。マリは確信犯のように、小さく笑うと、

「そうだな・・ミランダに嫌われてしまったからな・・」
「!」
「どうにも悲しくて、つい意地悪したくなるようだ」
「・・・・・」
(マ、マリさん・・わざとね)

ミランダの顔がますます赤くなって、

「き、嫌いじゃ・・ありませんっ・・」

消えそうな声で呟くと、

「嫌いじゃない?」
「は・・はい」
「・・つまり?」
(!!)

明らかにわざとだ。
マリは、クスと笑い、ミランダの髪を一房取って唇にあてた。

「す・・好きです・・」

恥ずかしさよりも、いつもより意地悪なマリにドキドキさせられて。心臓がこれ以上ないほどの跳び上がりを起こす。
マリの指が、つつ、とミランダの唇をなぞって。

「・・さて・・では聴いてみよう」

そう言って、マリはミランダの唇を塞いだ。

「・・!」

優しく、慈しむように唇を吸われて意識が何かに吸い取られていくよう。
あまりに優しいキスに、ついうっとりと受け入れてしまうと、ふいに、離される。

(?)

ぼんやりとマリを見上げると、いつものように優しい表情で微笑んで、

「確かに、そう聴こえるな・・」

そうして、ふたたびミランダの唇に・・優しいキスが降ってきたのだった。




End

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