D.gray-man T





「次、ノイズ・マリさん、1番診察室にお入りください」


看護婦の声に腰を上げる。
マリは、つい先日の任務で傷めた骨のレントゲンを撮りに、医療班に来ていた。
勝手知ったる、という訳ではないが見えなくとも場所くらいは分かる。マリが記憶と聴覚で、診察室へ向かっていると、

「あの、ご案内しましょうか?」
「?」

どこかで聞いた事のある声。記憶をたぐり寄せるように、少し考えていると・・

「お久しぶりです・・その節はご迷惑をおかけしました」

少女らしい、はにかんだ物言いにピンと来て。

「・・ああ、久しぶりだな。」

たしか、江戸から戻ってきた時に入院していた部屋付きの看護婦だ。まだ新人で、よく婦長に叱られていたのを何度か慰めた事がある。

(少し・・ミランダに似ているんだよな)

マリは、ここにいない恋人を想って苦笑した。

「あの・・診察が終わってからでいいんですが・・時間作ってもらえませんか?」

言いづらいのか、小声で聞いてくる。

「・・?・・ああ、分かった」

軽く頷いて、診察室に向かうと。

「あっ、ご案内しますよっ・・」

小走りで駆けてきて、マリの傍らを歩いた。


後に。

この出会いが、マリにとって悲劇的な騒動を巻き起こす事になるのであろうとは・・・。

この段階では全く、予想も出来ない事である。








第一目撃者。 ラビ


図書室にある小さな個室で、読書兼うたた寝をしていたラビは、誰かの話し声で目を覚ました。

机に突っ伏す格好のままで、声に耳をすます。
場所はラビがいる部屋の、壁を一枚挟んだ向こう側。廊下のようだ。

(おいおい・・壁、薄すぎじゃね?)

欠伸をして、のびを一つする。

『でも・・私、本気なんですっ』
『し・・しかし・・』
『本気で・・好きなんです!』

(んんん!?)

耳がピクン、と動く。

(なになに〜?ちょっとそういう場面なん?)

ニヤ、と笑ってラビは壁にぴたりと耳をあてた。
雰囲気としては、女が男に追い縋っているようだ。

『だから・・お願いです・・』
『そう、言われても・・』

弱る男の声に、ラビは首を傾げる。

(あれ?どっかで・・聞いた事あるような・・)

『私の気持ち・・分かって下さい・・マリさん!』
「!?」
(マリ?いま、マリって言った!?)

壁に耳をあてながら、とんでもない名前を耳にして、ラビの時間は止まった。会話はなおも続いて、

『すまないが・・諦めてほしい』
『そ・・そんな』
『・・申し訳ない・・』
(おお!偉いさ、マリ!)

ラビは感心したように、うんうん頷く。

『誰か、他に好きな人・・いるんですか?』
(いるわな〜、なんてったって、あのミランダと付き合ってんだから)

『いや・・いない・・と思う』
(は!?)

思わず声が出そうになって、ラビは慌てて口を押さえた。

(いやいや、いるだろアンタ!いっつもベッタリ新婚よろしく、くっついてんじゃねぇか・・ああ、でも男ってもんは常に狩人だから、やっぱ獲物を逃がしたくないって本能もあるわな・・)

うーん、と腕を組みつつマリの言葉に少しだけ理解を示す。
あのマリにそこまで言わせる彼女が見てみたい、これは純粋な好奇心だ。ラビは椅子を壁際に置いて、室内についてる小さな飾り窓の隙間から、廊下を窺って見た。

年の頃はリナリーと同じか、それより一つ二つ年上だろうか。綺麗な明るい髪を二つに纏めていて、けっこう可愛い。

(あれ?あの娘・・)

以前入院した時に部屋付きだった看護婦だ。
あまりにも注射が下手で、何度も痛い思いをしたのでよく覚えている。
そういえば彼女が婦長に叱られた後、マリが彼女を慰めていたのを何度か見た覚えがあった。

(そういや・・ちょっとミランダっぽいさ)

どうやらマリはこの手のタイプに好かれるらしい。とは言え、こちらの方は随分と積極的だが・・

『好きな人がいないなら、私にもチャンスありますよね?』
『いや・・う、うーん・・』
『私、諦めませんからっ!』

そう言ってマリの前から走り去り、残されたマリは困ったように頭を掻いた。



第二目撃者。 リナリーとミランダ


司令室から歩きながら、リナリーは手に持ったケーキの箱を見た。任務の無事を祝って、ジェリーに焼いてもらったという、チョコレートケーキ。

(兄さんったら)

こんな心遣いが嬉しくて、知らずに頬が緩んでしまう。

「リナリーちゃん、良かったわね」

優しい声が聞こえると、リナリーは照れたように笑って、声の主を振り返る。

「ミランダも一緒に食べるでしょ?」
「ううん、室長さんの気持ちだもの・・」
「でも、こんなには食べ切れないわ、それにこれは無事に任務を終えた私達にくれたのよ」

確かに、コムイは『二人ともご苦労様』と言ってケーキを差し出した。ねっ!とリナリーにお願いされると、ミランダは弱い。

「じゃあ・・いいかしら?」
「もちろんよっ、着替えたら談話室で待ち合わせね!」

嬉しそうに笑って、それから、ああ、と何かを思い出したように

「・・マリも呼んだほうがいいわよね?」

いたずらっぽく言った。

「リ、リナリーちゃんっ!」

突然、恋人の名前が出たのでミランダは真っ赤になってしまう。リナリーはクスクス笑いながら

「だって、久しぶりでしょ?会いたいだろうなぁって」
「そ・・それは・・」

そうだけど・・・と心で呟いて。けれど、そんな事を臆面もなく言えるほどミランダの性格は積極的な方ではない。

「大丈夫よ、ケーキ食べたら邪魔者は消えるから・・あとは二人で」
「も、もうっ、リナリーちゃんたら・・!」
「うふふ、ゴメンゴメン!」

可笑しくてたまらないという風に口を押さえて笑いながら、リナリーはふと窓の下を見た。

「あら?」

窓の下は中庭になっていて、そこにはリナリーのよく知る人物がいた。

(え・・なに?)

食い入るように、窓の下を見ていると、そんなリナリーを不思議に思ったミランダが、

「どうしたの?リナリーちゃん?」

ひょい、とリナリーの顔と並ぶようにして窓の下を覗く。

「わっ!だ、駄目よっ!!」

慌てて、ミランダの視界を遮ろうと体を捻るが既に遅く。ミランダはサッと青ざめた顔になりながら、その人物を凝視していた。

そこにいたのは久しぶりに見る、ミランダの恋人。

(マリ、さん・・?)

中庭の木陰に隠れるようにマリは立っていたが、彼は一人ではなかった。
看護婦らしい若い女性が、泣きそうな顔で彼に縋り付いている。明らかにただならない雰囲気で、声はよく聞こえないが、二人の様子はシリアスで、彼女の方がマリを慕うように側へ寄っていた。

「ミ、ミランダ・・たぶん・・何かの間違いよ、うん、きっと誤解よ」
「ご・・誤解・・?」

リナリーにそう言われても、目の前の二人を見る限りそう思えない。とうとう若い女性は泣き出すように、顔を手で覆う。
するとマリは優しく慰めるように肩に手を置いて、彼女に何か囁いた。

「・・・・」

滲む視界に堪えられなくて、ミランダは窓から離れると、ハンカチを出して溢れるものを押さえる。

「ミランダ・・・」
「ごめんなさい・・リナリーちゃん・・ケーキは遠慮してもいいかしら・・」

強いて笑顔を作るのが、痛々しい。

「ね、ねぇ・・きっと誤解よ、あのマリがそんな・・」
「いいの、大丈夫・・ありがとうリナリーちゃん・・私、部屋に戻るわ」

リナリーの声も聞かず、ミランダは今見た光景を振り切るように、駆けて行った。

「ミランダ・・」

リナリーは、もう一度窓の下へと視線を向ける。

(どういう事なの?)



「なーに恐い顔してんさ?リーナリッ」

からかうような声がして、咄嗟に声の主を睨み付けると、その眼光に恐れをなしたように、ラビは後ずさった。

「リ、リナリー?・・どうした?」
「どうしたもこうしたもないわよ・・」

見てみろと言わんばかりに、窓の下を指差されたので、ラビはちらと覗いて見た。

そこに見えたのは、先日と同じ光景で

「・・・・あー・・」
「・・何よ、それ」
「えっ?何がっ」
「何か、知ってるのね?」

す、とラビの眉間を指す。

「へ?いや、まじ俺なんも知らねぇって」

慌てて手を振ったが、

「・・ラビ・・隠しても為にならないわよ」

にっこりと貼付けた笑顔に、ラビはゴクリ、生唾を飲み込んだ。

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