D.gray-man T





(ああ・・こんな事ならフェイさんから頂いたコートを着てくればよかった・・)

先日、補佐役のフェイが買ったはいいがやはり気に入らないからと、上質なキャメルのコートを貰ったのだが、あまりに素敵すぎて、着るのが勿体なくて、結局まだ袖を通していなかった。

「ミランダ、何か食べるか?」
「へっ?」

突然、声を掛けられたので奇妙な声を出してしまい、慌てる。

「え、い、いいえっ・・」
「?・・どうかしたのか?」

マリが不思議そうに首を捻った時、給仕が注文を取りに来た。

「いらっしゃいませ、お決まりですか?」
「わたしはコーヒーを・・ミランダは?」
「えっ!」
(な、何にも決めていなかったわっ!)

焦るミランダに気がついたのか、マリは給仕に

「何かセットはあるのか?」
「はい。本日お勧めのケーキを使った、紅茶のセットがございます」

マリはミランダを見て、

「それで、いいかな?」
「は、はいっ・・」
「かしこまりました」

給仕は一礼して戻った。

「勝手に決めて、悪かったかな」
「い、いいえっ・・!と、とんでもないですっ」

元はぼんやりしていた自分が悪いのだから。

「わ、私は、その、優柔不断なので・・よかったです」
「・・そうか」

マリは、ふ、と嬉しそうに笑った。

マリはコートを脱いで、椅子に軽く掛ける。
白いシャツの上に、濃灰色のジャケットを着ていて、なんとも素敵だ。見とれるように、見てしまう自分をはしたなく感じて、目を逸らすように俯いてしまう。

「そういえば、ミランダはどうして街まで来ていたんだ?」
「あ、それは買い物に・・」
「目当ての物は買えたのか?」
「は、はい。買えました」

靴下、というのは恥ずかしいので黙っておく。

「あ・・そういえば、マリさんも買い物ですか・・?」
「いや、わたしはこの先にある教会に用があってな・・」
「教会・・?」

キョトンとするとマリは少し照れたように、

「・・たまに、頼まれてオルガンを弾きに行っているんだ」
「まぁ・・」
(教会で、オルガン・・)

教会でオルガンを弾くマリを想像し、
ミランダは頬を緩ませる。

「なんだか・・すごく、素敵ですね」
「そうかな」
「はいっ・・あの、聴いてみたいです・・」

うっとりと呟いた。

「じゃあ、今度一緒に行ってみるか?」
「えっ!・・い、いいんですかっ?」
「ミランダさえ、よければ」

微笑む。

ミランダは、こくこくと、何度も頷きながら

「い、行きたいですっ・・!」

興奮気味に言った。

(ハッ!・・わ、私ったら図々しいかしらっ・・)

恐る恐るマリを窺うが、気を悪くしたそぶりは見えない。それでも、食いつくように願った自分が恥ずかしくて、ミランダの頬は染まった。


「お待たせいたしました」

給仕の声がして、テーブルに青い花模様のティーポットに、同じ柄のカップが並ぶ。生クリームが添えられたザッハトルテがミランダの前に置かれると、緩む頬を止められない。

「本日の茶葉はセイロンになります」

砂時計が置かれ、

「こちらの砂が全て落ちてからお飲み下さい」
「は、はい」

給仕が立ち去り、ミランダは砂時計を興味深げに見て、それから、さっきから気になって仕方ないザッハトルテに目をやる。

「い、いただきます・・」

マリは応えるように微笑んで、コーヒーを一口飲んだ。フォークを刺し、生クリームを付けて、口に入れる。

(・・!)

洋酒が効いて、ほろ苦く、高級なチョコレートの風味が鼻から抜けた。

「うまいか?」
「はい・・すごく、美味しいです」

うっとり、呟いて。

「よかったら、マリさんも食べてみませんか?」

いつもリナリーにするみたいに、ついお皿を差し出してしまった。

(!!)
「すすすすいませんっ!食べかけなんてっ・・!」

慌ててお皿を戻そうとしたが、

「いや、いただこう」

す、とマリが皿を引き寄せてしまった。

「で、でも、食べかけなんて・・その、ごめんなさいっ」

マリが軽く首を振って、フォークを取る。
その仕草を見て、ミランダはあることに気がついた。

(・・ち、ちょっと待って)

マリが、ケーキにフォークを刺した。


(こ、これって・・)

かっ・・間接、キスっ・・!?

今更ながら、自分の失態に気が付く。こんな自分と間接でもキスをしてしまうマリに申し訳ない。

「あっ・・あのっ!」
「ん?・・」

パク、と口に入れてしまったのを見て、青ざめた。

「・・確かに、うまいな」

そのままフォークを皿に戻して、ミランダに差し出す。

(こっ・・これはっ・・!)

さっき青ざめた顔が途端に真っ赤に染まった。

(私が使ったフォークをマリさんが使って、マリさんが使ったフォークを私が・・だからつまり、私のフォークがマリさんのフォークで、あ、いや、そうじゃなくて)

軽いパニックに陥る。

「・・・・・・」

ごくり、生唾を飲んだ。

(い、いいのかしら・・こ、こんな事)

恐る恐るフォークを手にしようとした時、

「ミランダ」
「はいいっ!」

ビクッと体が揺れて。
咄嗟に大きな声を出してしまったので、周囲の注目を浴びている事に気付く。

「す、すみませんっ」
「いや、それより、砂時計が全部落ちたぞ」
「は・・・」

確かに落ちている。

「あ、ありがとうございますっ・・」

動揺しながら、ティーポットを持とうとした。
そっと、手を抑えられて。

「わたしが入れよう」
「えっ・・」
「いいから」

可笑しそうに笑いながら、ポットを持つ
マリはその大きな手にポットを持って、流れるような仕草で、カップに紅茶を注いだ。
あまりにも自然な動きに、つい彼が盲目であることを忘れてしまう。

(今更だけど・・マリさんて、すごいわ)

「どうぞ」

ミランダの前にカップが置かれ、ふんわりと紅茶の優しい香りがした。カップを取り一口飲むと、温かくて笑みがこぼれる。

「おいしいです・・」
「そうか」

紅茶を飲んで、いくぶん落ち着いたミランダは、ちらとマリを窺って。
そっと、ケーキのフォークに手をのばすと、

「・・・・」

なんとなく頬を染めながら、一口取って

口に入れた。







時刻は午後4時を回って、すっかり薄暗くなっている。風が強くなったせいでミランダの髪を揺らしていた。

「寒いな」
「そうですね・・」

体を縮こませて応えた。

カフェを出て、二人は教団本部へと向かう。
街灯が燈されているのを見て、あらためて、今日マリに出会えてよかったと思った。

(こんな暗い中、一人だと心細いもの・・)

「・・ミランダ」

突然マリの手が、す、と出される。

「はい?」

キョトンと、それを見て。

「はぐれると、いけないから」

包むように、ミランダの手を握った。いつもと変わらない顔でそんな事をするから、ミランダは驚く事も忘れてしまう。

(・・・え・・?)

じわじわと、ミランダの脳に事の重大さが伝達されて行き。理解する頃には、繋がれた手はマリのポケットの中にいた。

(手・・手っ・・)

手を繋いで歩いている。

(な、なんだか・・これじゃあ・・)

熱い顔で、そっとマリを見て。

(恋人、みたいです)

暗いから、マリの顔は見えないけれど。なんとなくマリの頬も赤らんでいる気がして、ミランダは微笑んだ。

大通りに出ると、

「あれ?さっきのお嬢さんじゃないかい?」
「・・あ!さっきの・・」

露店商のおじさんが、店じまいをしながら声をかけてきた。おじさんは、マリを見て、何か納得したように頷いて、

「ああ、探していたのは旦那さんだったのかい?すまないね、奥方には見えなかったから・・」
「ええっ?そ、そういう訳ではっ・・」

慌てて訂正しようとするが、おじさんは聞いてないようで、

「いやぁ、さっき見てたこの髪留め、あんまりじっくり見てたから、もっとまけてあげりゃ良かったと思ってたんだよ」
「あ、あの・・」
「旦那さんも、見てみるかい?確かに値は張るが、物はしっかりしてるよ」

声を掛けられたマリは、近付いて髪留めを手に取った。

「あの、マリさん・・そのっ・・」

マリはミランダに、ふ、と微笑みかけると、

「いただこう」

懐から財布を取り出す。

「だだだだめですっ!い、いけませんっ!」

慌ててマリの腕に抱き着いた。

「奥さん、せっかく旦那がプレゼントしてくれるんだ、有り難く貰ってやんないと」
「で、ですから、奥さんじゃなくて・・」

半泣きになりながら首を振っていると、宥めるように頭を撫でられて、

「いいじゃないか、ミランダ」

この状況を楽しむように、マリが笑って言った。

「さすが旦那、じゃあ、もうちょとまけてあげるよ」

マリは財布から金を出すと、髪留め受け取った。

「まいどあり」
「マ、マリさん」

申し訳なくて、泣きそうだ。

(うう・・なんて事・・)

あの時無理をしてでも自分が買っておけば・・いや、そもそも手に取ったりしなければ・・。
どんよりと後悔の波に飲み込まれていると、
髪の毛をふわりと持ち上げられて驚く。

パチン、と何かを弾くような音がして、ミランダの髪が何かによって纏められたのを感じた。

(えっ?)

「いやぁ、旦那、上手いもんだね、こんな暗いのによくそんなに出来るもんだ」

露店のおじさんが感心したように声を上げる。
ミランダがそっと触れると、その髪留めが、言うことの聞かないくせ毛をすっきり纏めていた。

「ああ、素敵だねぇ、似合うよ奥さん」
「そ・・そんな」

顔が赤くなる。
マリは嬉しそうに、ミランダを見ていた。




「あの・・す、すみませんでした」
「ん?」

露店商のおじさんにお別れをして、二人は再び大通りを歩き始めた。

「わ、私のせいで・・余計なお金使わせちゃって・・それに、ふ、夫婦だと・・思われたみたいで・・」

マリは首を振って、

「いいんだ、楽しかったしな・・」

小さく笑って、それから再びミランダの手を取ると、自身のポケットに収める。

「それに・・」

ぴたり、歩みを止めて。そっと屈むように、ミランダの耳元へ口を寄せると、


「ミランダが、奥さんというのも・・悪くない」

「!・・」

骨髄にまで響き渡る、低音の声に囁かれて、ミランダは本気で失神するかと思った。

ミランダは、とろけそうになっていた意識を慌てて引き戻す。

「あ、あのっ・・」
「ん?」
「な、何か、お返しさせて下さい・・」

マリは首を振って、

「・・必要ない」
「で、でもっ・・」

さすがに貰いっぱなしは、気にかかる。ミランダが困ったようにオロオロしていると、マリは優しい眼差しを向けて、

「そうだな・・・」

少し考える。

「そうやって、わたしの事を考えてくれる、気持ちで充分だ」

悪戯っ子のように笑った。

「マ、マリさん・・たらっ」

困りながら、ミランダは首まで赤く染まる。

(・・・・・)
けれど困った。

そこまで言われては、何かあげたくても、逆にこちらが意地になっているみたいだ。

(気持ち・・・)

ふと、閃いて。キョロキョロと辺りを見回す。
一軒の、小さな雑貨屋に目を留める。明かりがついているのを確認して、安堵のため息をもらした。

「・・どうかしたのか?」
「あ、あのっ!ちょっと待っていてもらえますか?」
「ミランダ?・・」

ミランダは、その店へ一目散に走り出す。
店の前までたどり着き、少し乱れた息を整えながら、街灯の下に立つマリを見た。

(これなら・・ずっと、あなたの事・・考えていられますから)

カウンターに積まれた毛糸。
ひと針、ひと針、あなたを想いながら編ませて下さいね。

そんなことを、思いながら、ミランダは店の扉を開けたのだった。




End

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