D.gray-man T


冷静と理性と浴場と

ミランダは疲れていた。


今日も彼女は修練場で、タイムレコードの発動時間と闘っていた。
『時間停止』がなかなか延びず、ミランダは激しい疲労により今日の修練を中断することにした。

本来は、眠るべきなのだろうが、あまりに疲れすぎて頭が冴えてしまい眠れない。
こんなときミランダは風呂に入ることにしていた。 風呂に入って、汗を流し緊張をほぐすと比較的早めに寝付く事が多かった。


風呂場はミランダ以外誰もいなかった。ミランダは、ふぅ、と息付いてお湯に浸かる。
身体が泥のようだ。ミランダは本当に疲れていた。 疲れすぎていた。

男湯と女湯を間違えるほど。




ミランダはほぐれた筋肉をそっとなぞる。白い肌は、薄桃色に染まっていた。

そろそろ、出ようかしら・・
ゆっくり立ち上がると、背後から風呂場のドアが開く音が聞こえた。 リナリーでも来たのかと、振り返る。


そこに立っていたのは、裸のマリだった。

「・・・・!?!?」

ミランダは驚きすぎて、声が出ない。
マリは一瞬、怪訝な表情をしたが、次の瞬間火がついたように全身赤くなった。

「まさか・・ミランダ、か?」
「キャアアアアアッ!!」

ザブンと首まで浸かる。混乱して何がなんだかわからない。

「ミ、ミランダ、どうしてこ、ここに・・」
「マ、マリさん、こそ・・」
「それは・・風呂に・・」
「わ、私も、」
「ここは、お・男湯だぞ」
「は・・えっ・・えええっ?!」

そんな、うそ、まさか、という言葉が声にならず、口をパクパクとしながらミランダはもう卒倒しそうだ。

「む!た、大変だっ・・」

言うなり、マリはザブンと湯へ入るとミランダの側へ駆け寄る。
ミランダは全身の毛穴がブワッと広がるようだった。

「な、何ですか・・」

マリは静かにという風に指を唇にあてる。

「あれは・・クロス元帥・・」
「えっ・・・?」
「こっちにくる」
「ええええぇぇっ・・・」

ミランダは青ざめた。

やや乱暴に風呂場のドアが開く。

「ふん・・」

クロスはマリをちらりと見ると、そのまま湯舟にザブンと浸かった。 ミランダはちょうどマリの背中にすっぽり隠されている。
岩を背にしてマリの肌とぴっちり密着してしまい、ミランダは恥ずかしさで頭がクラクラしていた。

一方、マリは。 背中からつたわる柔肌の熱に、クラクラしていたが、クロスにミランダの存在を気どられぬよう、努めて平静を装った。

(元帥が身体を洗うときに、わたしの陰に隠れて出て行こう)
(は、はい・・)

マリとしても、この状態はしんどい。普段から憎からず思っているミランダが全裸でいるのだ。
しかも、さっきから自分の腰らへんにミランダのやわらかな太腿が当たっている。 血液が下半身へ集中するのをグッとこらえつつ、クロスの隙を伺っていた。

「ずいぶん、隅にいるんだな」

突然、クロスが口を開いた。

「・・・この場所が好きなもので・・」

マリはミランダの心臓が早鐘のように高鳴るのを聞いた。
クロスはいつもマリにそれほど興味を持たないくせに、こんなときに限ってなぜかこちらから眼を離さない。
風呂は熱いのにマリとミランダは冷や汗が出そうだった。

「マリ、おまえ」

クロスがふん、と鼻で笑う。


「童貞だろ」


マリはがっくりと力が抜けた。

「げ・・・元帥・・・」
「おまえあと1、2年で30だろ。このままでいくと魔法使い決定だな」
「なんですか、それは」
「30になっても童貞だったら魔法使いになるんだぞ、知らんのか」

マリは大きくため息ついた。

「魔法使いなんかには、なりません・・・」
「ほう、てことは卒業したのか」
「・・・は・?」

マリはこの話題が早く過ぎ去るのを願った。ミランダがいる前でこれ以上この話題をされるのは辛い。

「元帥、もうこの話は・・」
「ミランダか?」
「!?!?」

マリとミランダの心臓が跳びはねた。

((ばれた!?))


「図星か」

クロスがニヤリと笑った。

元帥にばれた・・

(どうやったらこの場を逃げ切るか、いっそ素直に白状するか? いや、歩く性欲・・じゃない元帥の事だ、ミランダにどんなセクハラ行為に及ぶか、それにミランダの事だ知られるだけで耐え切れないだろう・・)

マリの頭は目まぐるしい勢いで回っていたが、うまく切り抜ける策は思い浮かばない。

「ミランダはよかったか?」

突然のクロスの発言に、マリは現実に引き戻される。

「は・・?何のことですか?」
「あ?なんだ?ミランダとヤッてんだろうが」
「・・・げ、元帥・・」

(ばれた訳じゃないのか・・・)

「してません!」

とはいえ、今度こそ本当に崩れるように、マリはうなだれた。

ミランダはマリの背後で固唾を飲んで成り行きを伺っていた。さっきからのクロスとマリの攻防に赤くなったり青くなったり、心臓と脳を忙しくフル活動したせいか、クラクラとして意識を保つのがやっとだ。

(ああ・・・なんだか眼の前が、二重に・・見え・・る)

ミランダは湯の熱さにあてられて、肩まで浸かっていた身体を少しだけ浮かせる。

(あつ・・・熱くなって・・きたわ)

フワフワとした心持ちになり、眼の前のマリの背中に添うようにもたれた。
その、広く硬い背中に安心感をいだきながら、ミランダはゆっくりと眼をつぶった。



背中に、やわらかな膨らみを感じた瞬間、いろんな部分が硬直してしまった。 クロスはまだ暢気に湯に浸かっている。
ミランダがこんな状態ならば、クロスが風呂から上がるまで待たなければならない。

(くそっ・・・)

早く、ミランダを出してやらねば。気は焦る。
クロスは上機嫌なようで、ニンマリと悪どい顔で笑うと、

「ミランダといえば・・・あいつは危険だぞ」
「・・?」
「あの腰だよ、あれはヤバイ」

フフン、と笑った。

「元帥、こういった話題は・・・」
「俺の経験上、ああいう足首は名器持ちが多いな」
・・」
「尻はハート型だし、ありゃあ後ろから責めたら最高だな、なぁ?」

同意を求められても困る。

マリは、ミランダの意識が無いことにひそかに安堵した。その時、脱衣所の奥にある扉からノックの音がした。

「こちらにクロス元帥はいらっしゃいませんか?!」
「元帥!いるんですか!?」

中央庁の監査員らしい。

クロスはチッと舌打ちして「うるせーなあ」と頭をわしわし掻く。 どうやら監査員を撒いてきていたらしい。

「しゃーねーな、行くか」

ゆっくり湯舟から立つと、マリに一瞥もくれず出口へと向かった。 クロスは出口のドアを半分開けると、マリを見て

「・・・もちっと色気のある下着つけろ、って伝えとけ」
「は?・・誰に、ですか」
「いい歳してベージュはねぇだろ、ったく」

マリの問いには答えず、独り言のように呟きながら、クロスは風呂から出て行った。

「?・・」

耳で、クロスが脱衣所からも出たことを確認する。 自分の背中にもたれているミランダを、抱き留めようと身体を捻る。


ふにゃ


「!!」


支えようと手を延ばした時に、ミランダの乳房に触れてしまった。

(し、しまった・・そんな、つもりでは・・)

慌てて手を離すが、なぜか今度は尻を触っていた。

(!?ち、ち、ちがう!・・ああ、くそっ!)

どこを触ってもミランダの柔肌に触れてしまう。ミランダは意識を失っている、一刻も早く医務室へつれて行かねば・・。
マリは、ええい!、と雑念を振り払うように頭をブンブンと振り、ミランダを、グイッと持ち上げた。

くにゃん、と力無くマリの身体に張り付く。

正直、いま眼が見えなくて良かったと、思う。肌が触れるだけで、これだけ追い詰められるならば見えていたら、どうなることか・・。

(とりあえず、タオルで巻かなければ)

若干、歩みを速めて風呂場の出口を開けた。 脱衣所に入ると、涼しい空気に変わる。
マリはタオルが置いてある棚へ手を延ばそうとした。しかし、

『ガチャ』

ドアが開く音がした。

「!!!」

(しまった、意識をこちらに集中しすぎた・・!)

慌ててミランダを隠そうと、近くにあるトイレへ足を向ける。

「大丈夫か?」

その声は、女性元帥のクラウドだった。

「ク、クラウド、元帥・・?」

クラウドは手際よく、タオルを2、3枚使ってミランダの身体をくるっと巻いた。

「わたしが医務室へ連れていこう」

マリの手にあるミランダを持ち上げた。

「ク、クラウド元帥、これは・・その、誤解しないでいただきたいのですが・・・」
「ああ、わかってる」
「自分とミランダは・・」
「クロスから無線ゴーレムで連絡があったのだ」
「は・・?」
「ミランダが男湯で迷子になった、とな」
「!!」

(では、クロス元帥は・・)

最初から知っていたのか?
マリの頭にクロスが去り際に言った、下着云々の話が頭をよぎる。

(そう言われれば、脱衣所にミランダの服も下着も、置きっぱなしだった・・)

どっと力が抜けた。

「マリ、災難だったな」
「・・・」
「大丈夫か?おまえ」
「は、はい・・それより、ミランダを早く医務室へ連れてあげて下さい」

クラウドは軽く頷く。

「ラウ、行くぞ」

ラウシーミンはミランダの服や下着を袋に詰めていたらしい。 キキッという鳴き声とともにクラウドにそれを渡す。

「では・・」
「はい、お願いします」

しかしクラウドは、何かを考えるようにすこし黙る。

そしておもむろに言った。

「マリ、一応わたしも女だ」

「?」




「隠せ」



「!!!!」


慌てて、股間を手で隠した。

「じゃあな」

そのままバタンという音と ともにクラウドは出て行った。









「アレン、風呂いかねぇさ?」
「そうですね、行きましょうか」

ラビとアレンで風呂場への道を歩いていると、途中リナリーに出会った。

「あれ、リナリーどこ行くんですか?」
「ミランダがお風呂で倒れちゃったらしくて・・今から様子みてくるのよ」
「ええっ・・大丈夫かな」
「オレらも行くか?アレン」

ラビの提案にリナリーが首を振る。

「何いってるのよ、夜なのよ、レディに失礼でしょ」
「そうですよ、ラビ」
「そっか、そうだよな」

リナリーは、それじゃ、と言って駆けて行った。アレンとラビはそのまま風呂へと歩く。

「いま、風呂混んでっかなぁ」
「ああ、そろそろ混みそうな時間ですね」

ふと、二人はちょうど風呂から出て来たマリを見つけた。

「よ、マリ。」
「こんばんは、マリ」

マリはハッとした顔で二人を見る。

「・・ラビとアレンか」
「?・・あ、マリ、風呂混んでたさ?」
「・・あ・・あ、いや・・大丈夫だ」
「マリ、どうかしたんですか?」

アレンが怪訝な顔でマリをみる。

「いや、なんでもない。では、な・・」
「?」

いつもと何かが違うマリにアレンは首を捻る。ラビが、あっ、と思い出したように

「そうだ、マリ。ミランダが風呂場で倒れたらしいさ」

マリの身体がビクッとした。見ると、顔が赤い。

「マリ?顔が赤い・・あーっ!なんかいやらしいこと考えたんさ〜?」
「ラビったら失礼ですよ、ラビじゃあるまいしマリがそんなこと。」

ねぇ、とアレンがマリを見ると

マリの姿は、走り去る遠くのシルエットでしか確認できなかった。


アレンは、脱衣所で見覚えのある眼鏡をみつけた。それを見た瞬間、なんとなく、さっきのマリの様子に合点がいった。

また、赤い悪魔がなにかやったのか、と。
アレンは眼鏡をそっとしまうと、心の中でマリに手を合わせたのだった。

end

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