D.gray-man T





(ああ、どうしましょう・・・)


(こっち?それとも・・そっち?)




ミランダは、教団本部から少し離れた街に来ている。目的は買い物で、冬用の靴下を求めていたのだ。
もともと持っていた物は、ずいぶん擦れてしまい。幾度か繕ったせいで、でこぼことして見栄えが悪くなっていた。


(・・これにしようかしら)

雑貨屋で、山と積まれた中から暖かそうな厚手の靴下を二つ取る。

「あ、あの・・これ下さい」
「はいはい、まいどさま」

優しそうな老女将が靴下を受け取り、紙で包んで、金額を言う。ミランダが財布からお金を出して、商品を受け取った時、カウンターに積まれている毛糸に気がついた。

目に入ったのはダークブルーの毛糸。手に取ると、柔らかくて暖かそうだ。

(・・この色、似合いそう)

思い浮かべたのは、ミランダが秘かに想いをよせるあの人・・。

(マリさん・・)

彼の浅黒い肌に、この色はとても映えるだろう。そんな事を想いながら、毛糸を見つめていると、

「誰かに編んであげるのかい?」
「!」

老女将の声に動揺して、毛糸を落としそうになった。

「い、いいえ、そういうわけでは・・」

慌てて、毛糸を元の場所に戻し、

「す、す、すいません、ありがとうございましたっ」

顔を赤くしながら、まるで逃げるように店を飛び出した。







(私ったら・・何を考えているのかしら)

一瞬、マリに編んであげる想像をしてしまった。

(だいたい、貰う方も困るわよ・・誕生日でもないんだし・・・・あら、でもクリスマスがあるわ・・あ、でも時間がないわ・・バレンタインにあげるのは・・だめよ、もう春になっちゃ・・・)


「!?・・ち、違うでしょっ!!」

ハッとして首をブンブン振った。

(そ、そうじゃなくて!・・私みたいな女から貰っても、困るだけじゃない)

まったく。
何を想像しているのかと、ミランダは赤い顔で大きく息をついた。

時間は午後2時を回り、12月なのに陽射しが暖かかった。

(リナリーちゃんも来れたら良かったのに・・)

本当は、リナリーと二人で買い物に来る予定だったが、リナリーに急な任務が入った為、ミランダ一人で街まで来たのだ。

ミランダは、ポケットから地図を取り出す。
迷子体質のミランダの為に、心配してコムイが書いてくれた物で、店の名前や番地など、詳細に書かれてある為、ミランダは迷子にならずここまで来れたのだ。

(ええと・・・今の店がここだから・・)

帰り道を指で辿っていく。

(ここで・・・ええと)

歩きながら、番地を確認して。

「お嬢さん、何か探してるのかい?」
「!」

ビク、と反応して振り向くと、人の良さそうな露店商のおじさんが、こちらを見ながらにこにこ笑っていた。

「どうしたんだい?どこかに行きたいのかな?」
「い、いいえ、そういう訳では・・」

ミランダが恐縮しつつ、笑顔で返すと、ふと、おじさんが開いている露店に素敵な髪留めがあるのを見つけて近づく。
それは色合いは、乳白色だが不思議な光沢があり、シンプルな形なのに、とても品がよい、素敵な髪留めだった。

「お嬢さん、目が高いね、これは貝細工なんだよ」
「まぁ・・貝?」

そっと、手に取ってみる。

(・・買ってみようかしら・・)

「あの、お幾らかしら」
「それはねぇ、貝細工だからちょっと値が張るよ・・まけても、このくらいだね」
「ええっ・・!?」

おじさんが三本指を立てたのを見て、ミランダは慌てて髪留めを戻した。
とてもじゃないが、髪留めにそんなには出せない。

「ごめんなさい、その・・」
「ああ、いいよ、この髪留めは確かに値が張るからね」
慣れてるように、笑った。

「それより、お嬢さん何か探してたんじゃないかい?」
「え?・・あ、いえ、そういう訳では・・」

思い出したように地図を出そうと、ポケットに手を入れる。

(あら?)

ない。
もう一つのポケットも探す。

(・・・な、ない!)

ハッとして、辺りを見回すと・・。
ちょうど、ミランダがさっきまで立っていた場所に落ちていた。

(あった!)

ホッとして、慌てて、地図を拾いに小走りに駆け出す。けれど、しゃがみ込んで、地図に手を延ばした瞬間。

ヒュウウゥゥッ・・

つむじ風が吹いて、地図が空中に舞った。

「ああっ・・!」

地図はそのまま、風に乗って、空中でクルクルと踊ったかと思うと、ゆっくりと地面に落ちていく。
ミランダが再び駆け出して、今度こそ掴もうと手を延ばした時、目の前に、何かがサッと横切り、気付いた時には地図はなかった。

(えっ?・・)

訳が分からず、呆然とするとすぐ背後から、

「ニャアアオ」

(!?)

見ると、ドラ猫とも呼べるふてぶてしい風体の猫が地図をくわえていた。
猫はまるでミランダをからかうように、クルリ、回ると、そのまま路地裏目掛けて走り出す。

「えっ!ち、ちょっと待ってぇっ・・!!」

慌ててミランダも、路地裏へと走り出した。










「やってしまったわ・・・・・。」

ミランダは幾度目かの角を曲がりながら、脱力して呟いた。

ここは、どこ?

さっきの猫を追い掛けていたのに、そもそも猫はどこに行ったのか?
見覚えのない店、見覚えのない道。間違いようがない、恐れていた事が現実になったのだ。

(ま・・迷子になってしまった・・)

サーッと、血の気が引いてくる。よろめくように、ミランダは街路樹にもたれ掛かった。

(ど・・どうしましょう・・)

誰かに聞こうにも、教団の事は極秘なので誰にも言えない。そもそも、この街の人達が知っているとも思えなかった。

(もう・・終わりだわ・・・きっと私はこのまま、行方不明のエクソシストとして闇に葬られるのよ・・)


ああ、せっかく誰かの役に立てるかもしれないと思っていたのに・・・みんな、ごめんなさい。
ウッ、グス、と涙と鼻水が出て、ミランダは街路樹に抱き着くように泣き出した。

その時。


「・・ミランダ?」


聞き覚えのある、優しい声に、ミランダの涙は引っ込んだ。
恐る恐る、振り向くと。

「どうしたんだ?こんな所で・・」

あまりにも意外すぎる人物が立っていたので、ミランダは鼻水を拭くのも忘れてしまった。

「マ、マリ・・さん?」

ぱちぱちと、瞬きをして。

「大丈夫か?」

ポケットからハンカチを出して、ミランダに渡した。

「あっ・・は、はいっ・・」

垂らした鼻水を隠すように片手で顔を覆って、慌てて自分のポケットからハンカチを出す。

「だ、大丈夫ですっ・・」

ズズ、と鼻を啜る音が恥ずかしかった。
マリは珍しく、私服を着ていて。白いシャツに黒いコートを着て、首元には黒いマフラーをしている。
初めて見るその姿に胸がときめいたが、それよりも自分の情けなさに、ミランダはいたたまれなかった。

(この年で、迷子になって泣いていたなんて)

・・違う意味で泣きたい。


「ミランダは、もう帰るところだったのか?」
「え・・あ、その・・」

何と言えばいいか、ゴニョゴニョと呟く。

「時間があるなら、そこのカフェでお茶でもまないか?」
「えっ!」
「・・だめかな?」

ふ、と優しく微笑された。

「だ、だめなんかじゃないですっ・・そのっ・・」

首を振って、力いっぱい答えると、マリは突然ミランダの頬に触れて、

「・・ほら、冷たい」
「!!」
「早く行って、温かいものでも飲もう」

ミランダの背中にそっと手をあてた。

(マ、マリ、さんっ・・)

触れられた頬と背中が熱くなって・・。ミランダは、跳びはねるような心臓を抑えるように、胸に手をあてた。


すぐ近くにあったカフェは、新しく出来たばかりなのか小綺麗で。温かみのあるクリーム色の壁紙に、モスグリーンのカーテンが高級感を出していた。店内には上品そうな紳士や婦人の他、恋人達が多く、誰も彼も素敵な装いをしている。

(わ・・私・・場違いじゃないかしら・・)

こういった雰囲気の店に入るのは初めてで、
ミランダは貧相な自分と一緒にいるマリに申し訳なく思った。
目の前の彼は、上等な生地のコートを着て、
その振る舞いは、充分立派な紳士に見える。



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